Phi-Brain
「好き」の違い
久しぶりに愛用のバイクにまたがって、後ろに乗せたミハルを中学校まで送って。√学園に着いたら愛車を駐輪場に置き、生徒昇降口までは徒歩で移動。その途中でお馴染みのパズルバカと彼に対抗意識を燃やすパズル部、そしてポニーテールの少女を見つける。相変わらずの登校風景だ。
「大門カイト、今日こそはこのスペシャル武田ナンプレでお前に勝ーつ!」
「またお前らかよ…毎日懲りねぇな」
「ふっふっふ、今日のは一味違うのさ。なんと!あの有名パズル作家、地堂刹のナンプレを分析して様々なテクニックを組み合わせた超ウルトラスーパー最高難度!」
「よっ、武田さん天才!」
「はい解けた」
「何ぃぃいっ!?」
「ったく、これのどこが地堂刹なんだよ」
そんなバカな騒ぎの発端となったナンプレを覗き見れば、なるほど、確かに俺様の作ったパズルとは程遠く不格好。無くても解ける数字が予め示されていたり、全体の数字の位置が対称になっていなかったり…カイトがあっさり解くのも分かる。ま、カイトの用事にわざわざ口を挟む気は無いけどな。
…もっとも、彼女は口を挟みたくても挟めないようだが。
「よう、ノノハ」
「あ、おはようギャモン君」
パズルバカに放っておかれたままのノノハに声をかければ、前までと変わらない笑顔。POGに行ったことで裏切り者呼ばわりされた時はどうなるかと思ったが、あっさり修復された関係につい頬が緩む。もちろん、彼女の反対隣にいるバカの睨むような視線は完全無視だ。嫉妬するくらいならノノハを放置しとくんじゃねぇよ、バーカ。
だが、そこで気が付いた…違和感。
なんだか、視線が多い。
睨み付けてくるカイト、にこにこ笑顔のノノハ、おまけでパズル部、そこまでは想定していた。しかしそれ以上に多くの視線が俺たちに向けられている気がする。
もっとも、天才テラスに集まる連中はそれだけで目立つ集団ではある。が、√学園内では「天才とはそういうもの」として一般生徒も皆すでに慣れているはずで、今さら好奇の目を向ける奴もいなかったわけで。だが今日は興味津々といった様子のそればかりだ。
「…おい、俺のいない間に何かあったのか?」
「えっ?特に心当たりは無いけど…ギャモン君が久しぶりに登校してるから珍しいだけじゃないかしら。きっとすぐ慣れるわよ」
「うーん…そういうもんかぁ…?なんかそれとは種類が違うというか…」
「種類?」
「いや、俺様を中心に世界が回っているんなら注目されるのも悪くねぇけどよ。そういう心地いい視線だけじゃなくて野次馬の視線も多い気がしてなぁ。ノノハが気にしてないなら別にいいんだけどよ…」
「おいギャモン、何ノノハとこそこそ話してんだよ」
「あぁ!?テメーには関係ねぇよバカイト!」
「なんだとアホギャモン!」
「ちょっと、朝からやめなよ二人とも!」
そう言って咄嗟にノノハが仲裁に入った、その時。
ざわざわと煩い雑音の中である一般生徒たちの話が妙にクリアに、はっきりと聞こえた。
『ちょっと、あれって三角関係!?』
『嘘、マジで!?』
『井藤さんはどっちを選ぶんだろう』
『やっぱり大門君のほうじゃない?ずっと一緒にいるし』
『でも逆之上君が強引に…ってこともあり得るよね』
三角、関係?
井藤さんと、大門君と、逆之上君が?
「やぁ、おはよう皆。朝から元気だね」
「のわぁッ!?」
「あ、軸川先輩。おはようございます」
「つーかギャモン、変な声出すなよな」
突然声をかけられ現実へと引き戻された俺はその原因となった張本人、軸川先輩を思わず軽く睨む。本当は揚げ足を取るような言い方のカイトもムカつくが、変な声が出ちまったのは事実だからカイトを睨んだところでどうしようもない。
それよりも。
「…軸川先輩、学園は何も変わってないって話についてなんスけど」
「ん、何か問題があったかい?ギャモン君の欠席処理なら特例ですべて公欠扱いにしてもらったはずだけど…」
「それについては感謝してますがそういう話じゃなくて!」
「じゃあ何かな?ギャモン君のことも学園長のこともすべては普段通り、学園内で特に変わった様子は無かったはずだよ」
真相をはぐらかしているのか、それともただの癖なのか、笑顔で話のペースを乱す軸川先輩。それに耐えきれなくなった俺は、単刀直入に切り出した。
「どこが以前と同じだぁ!?カイトとノノハとの事とか、周りの噂とか、全然話と違ってねぇかぁ!?」
相手は先輩だが、勢いに任せるあまり敬語は吹っ飛んだ。するとようやく軸川先輩は言いたいことが分かったようで、あぁ、と一言漏らすと再びにっこりと微笑んで言う。
「それなら、傍観者の僕よりも本人に聞いたほうが早いんじゃないかな。ね、カイト君」
「…あ?何の話だよ」
「忘れたのかい?この前の放課後、このバスターミナルロータリーから正門へ続く道でノノハ君をぎゅっと…」
「! うわぁぁあもういいもういいです軸川先輩!そもそもあれは腕輪による事故で…!」
「ちょっとカイト、事故って何よ!」
何の事か理解した瞬間、みるみるうちに顔が真っ赤になり、必死に軸川先輩を止めようとするカイト。そして、そんなデリカシーのないカイトの発言に対する怒りで紅潮した…ように見えて、本当は照れているだけなのがなんとなく分かる、こちらも真っ赤な顔のノノハ。その様子から、二人に何かがあったことは最後まで聞かずとも容易に推測できた。軸川先輩が途中まで言った言葉を手がかりにすると…
『カイトがノノハをぎゅっと抱き締めた』
これが答えであり、今朝の異様な視線の原因なのだろう。
本人たちの気持ちがどうであれ、抱き締めたことが事実ならそれだけで噂は独り歩きを始める。きっと「二人は両思い」なんて話になっていたはずだ、二人とも学園内では有名なのだから。そして、そこに俺が入ってきたら…三角関係と言われてもまぁ仕方ないわな。
自嘲気味に小さく笑うと、軸川先輩と話す二人を改めて見る。
…カイトのはっきりしない態度は気に食わねぇが、意外とこの二人、お似合いなんじゃねぇか?
例えばカイトが勝手にパズルを解きに行った時、ノノハは必ず追いかける。その行き先が外国だろうと入れない屋敷だろうと解けないパズルの中だろうとお構い無しに。そしてカイトも来てしまったノノハを強く拒絶はしない。
カイトの親友でありPOGの実質上のトップであるルークと神のパズルをめぐる一件では、危険な目にあっても懲りずにノノハを巻き込むカイトが疫病神のようで気に食わなくて敵対したが、俺が何か言ったところでノノハは自分の意思でカイトのそばにいると主張するし、カイトもノノハを手放すつもりはないのだろう。
なんだかんだで行動の理由はほとんどがカイトに起因しているノノハと、ノノハを鬱陶しいかのように扱いながらも大抵隣にいるカイト。うん、お似合いだ。
そもそも俺だって、POGにいた頃はカイトを倒すことに躍起になりすぎてノノハの幸せは二の次だった。いや、むしろ対戦用のパズルを作ったり秘密裏に行動したりする毎日だったから、ノノハのことを思い出す暇も無かったんじゃねぇか?もしかしたら、俺はノノハのこともステータスの一部として見ていたのかもしれない。カイトにあって俺に無いもの、カイトから奪えそうなもの…無意識ではきっと、そんな認識で。
まぁノノハスイーツはうまかったし、時々見せる彼女の無防備な行動や笑顔に今でも惹き付けられるのは事実だ。お似合いとはいっても完全に割り切れたわけじゃなく、もしもまたカイトがノノハを悲しませることがあるならその時は全力で守ってみせる。
だが、それは俺だけじゃなくキュービックもアナも、ひょっとしたらノノハに関わる人全員が同じ気持ちだろう。すなわち、恋愛感情とは違う意味での「好意」。仲間としての好意。思えば妹以外の女からそんな好意を持たれたのは、ノノハが初めてだったもんな…普通の奴は見た目やら何やらを気にしてわざわざ接点を持とうとしてこなかったし、俺もそれでいいと思っていたから。
スッと心が軽くなった気がして、後頭部をガシガシと掻いた、その瞬間にポケットで振動する携帯。取り出して確認すれば、それはわがままな女王様からのメールで。
『今日の仕事退屈。終わったらいつものゲームセンターにいるから、久しぶりにあのパズルゲームの相手しなさいよ』
…ったく、POGから離れて普通の生活に戻っても変わんねぇな、コイツは。
「ギャモンくーん!早く行かないと授業始まるよー!」
「…おー悪いな、今行く!」
なんだ。俺にもあるじゃねぇか、『カイトに無くて俺にある繋がり』。
俺は携帯をポケットにしまうと、片方の手を挙げながらノノハとカイトたちのもとへ歩みを進めた。
fin.
2012/05/21 公開
久しぶりに愛用のバイクにまたがって、後ろに乗せたミハルを中学校まで送って。√学園に着いたら愛車を駐輪場に置き、生徒昇降口までは徒歩で移動。その途中でお馴染みのパズルバカと彼に対抗意識を燃やすパズル部、そしてポニーテールの少女を見つける。相変わらずの登校風景だ。
「大門カイト、今日こそはこのスペシャル武田ナンプレでお前に勝ーつ!」
「またお前らかよ…毎日懲りねぇな」
「ふっふっふ、今日のは一味違うのさ。なんと!あの有名パズル作家、地堂刹のナンプレを分析して様々なテクニックを組み合わせた超ウルトラスーパー最高難度!」
「よっ、武田さん天才!」
「はい解けた」
「何ぃぃいっ!?」
「ったく、これのどこが地堂刹なんだよ」
そんなバカな騒ぎの発端となったナンプレを覗き見れば、なるほど、確かに俺様の作ったパズルとは程遠く不格好。無くても解ける数字が予め示されていたり、全体の数字の位置が対称になっていなかったり…カイトがあっさり解くのも分かる。ま、カイトの用事にわざわざ口を挟む気は無いけどな。
…もっとも、彼女は口を挟みたくても挟めないようだが。
「よう、ノノハ」
「あ、おはようギャモン君」
パズルバカに放っておかれたままのノノハに声をかければ、前までと変わらない笑顔。POGに行ったことで裏切り者呼ばわりされた時はどうなるかと思ったが、あっさり修復された関係につい頬が緩む。もちろん、彼女の反対隣にいるバカの睨むような視線は完全無視だ。嫉妬するくらいならノノハを放置しとくんじゃねぇよ、バーカ。
だが、そこで気が付いた…違和感。
なんだか、視線が多い。
睨み付けてくるカイト、にこにこ笑顔のノノハ、おまけでパズル部、そこまでは想定していた。しかしそれ以上に多くの視線が俺たちに向けられている気がする。
もっとも、天才テラスに集まる連中はそれだけで目立つ集団ではある。が、√学園内では「天才とはそういうもの」として一般生徒も皆すでに慣れているはずで、今さら好奇の目を向ける奴もいなかったわけで。だが今日は興味津々といった様子のそればかりだ。
「…おい、俺のいない間に何かあったのか?」
「えっ?特に心当たりは無いけど…ギャモン君が久しぶりに登校してるから珍しいだけじゃないかしら。きっとすぐ慣れるわよ」
「うーん…そういうもんかぁ…?なんかそれとは種類が違うというか…」
「種類?」
「いや、俺様を中心に世界が回っているんなら注目されるのも悪くねぇけどよ。そういう心地いい視線だけじゃなくて野次馬の視線も多い気がしてなぁ。ノノハが気にしてないなら別にいいんだけどよ…」
「おいギャモン、何ノノハとこそこそ話してんだよ」
「あぁ!?テメーには関係ねぇよバカイト!」
「なんだとアホギャモン!」
「ちょっと、朝からやめなよ二人とも!」
そう言って咄嗟にノノハが仲裁に入った、その時。
ざわざわと煩い雑音の中である一般生徒たちの話が妙にクリアに、はっきりと聞こえた。
『ちょっと、あれって三角関係!?』
『嘘、マジで!?』
『井藤さんはどっちを選ぶんだろう』
『やっぱり大門君のほうじゃない?ずっと一緒にいるし』
『でも逆之上君が強引に…ってこともあり得るよね』
三角、関係?
井藤さんと、大門君と、逆之上君が?
「やぁ、おはよう皆。朝から元気だね」
「のわぁッ!?」
「あ、軸川先輩。おはようございます」
「つーかギャモン、変な声出すなよな」
突然声をかけられ現実へと引き戻された俺はその原因となった張本人、軸川先輩を思わず軽く睨む。本当は揚げ足を取るような言い方のカイトもムカつくが、変な声が出ちまったのは事実だからカイトを睨んだところでどうしようもない。
それよりも。
「…軸川先輩、学園は何も変わってないって話についてなんスけど」
「ん、何か問題があったかい?ギャモン君の欠席処理なら特例ですべて公欠扱いにしてもらったはずだけど…」
「それについては感謝してますがそういう話じゃなくて!」
「じゃあ何かな?ギャモン君のことも学園長のこともすべては普段通り、学園内で特に変わった様子は無かったはずだよ」
真相をはぐらかしているのか、それともただの癖なのか、笑顔で話のペースを乱す軸川先輩。それに耐えきれなくなった俺は、単刀直入に切り出した。
「どこが以前と同じだぁ!?カイトとノノハとの事とか、周りの噂とか、全然話と違ってねぇかぁ!?」
相手は先輩だが、勢いに任せるあまり敬語は吹っ飛んだ。するとようやく軸川先輩は言いたいことが分かったようで、あぁ、と一言漏らすと再びにっこりと微笑んで言う。
「それなら、傍観者の僕よりも本人に聞いたほうが早いんじゃないかな。ね、カイト君」
「…あ?何の話だよ」
「忘れたのかい?この前の放課後、このバスターミナルロータリーから正門へ続く道でノノハ君をぎゅっと…」
「! うわぁぁあもういいもういいです軸川先輩!そもそもあれは腕輪による事故で…!」
「ちょっとカイト、事故って何よ!」
何の事か理解した瞬間、みるみるうちに顔が真っ赤になり、必死に軸川先輩を止めようとするカイト。そして、そんなデリカシーのないカイトの発言に対する怒りで紅潮した…ように見えて、本当は照れているだけなのがなんとなく分かる、こちらも真っ赤な顔のノノハ。その様子から、二人に何かがあったことは最後まで聞かずとも容易に推測できた。軸川先輩が途中まで言った言葉を手がかりにすると…
『カイトがノノハをぎゅっと抱き締めた』
これが答えであり、今朝の異様な視線の原因なのだろう。
本人たちの気持ちがどうであれ、抱き締めたことが事実ならそれだけで噂は独り歩きを始める。きっと「二人は両思い」なんて話になっていたはずだ、二人とも学園内では有名なのだから。そして、そこに俺が入ってきたら…三角関係と言われてもまぁ仕方ないわな。
自嘲気味に小さく笑うと、軸川先輩と話す二人を改めて見る。
…カイトのはっきりしない態度は気に食わねぇが、意外とこの二人、お似合いなんじゃねぇか?
例えばカイトが勝手にパズルを解きに行った時、ノノハは必ず追いかける。その行き先が外国だろうと入れない屋敷だろうと解けないパズルの中だろうとお構い無しに。そしてカイトも来てしまったノノハを強く拒絶はしない。
カイトの親友でありPOGの実質上のトップであるルークと神のパズルをめぐる一件では、危険な目にあっても懲りずにノノハを巻き込むカイトが疫病神のようで気に食わなくて敵対したが、俺が何か言ったところでノノハは自分の意思でカイトのそばにいると主張するし、カイトもノノハを手放すつもりはないのだろう。
なんだかんだで行動の理由はほとんどがカイトに起因しているノノハと、ノノハを鬱陶しいかのように扱いながらも大抵隣にいるカイト。うん、お似合いだ。
そもそも俺だって、POGにいた頃はカイトを倒すことに躍起になりすぎてノノハの幸せは二の次だった。いや、むしろ対戦用のパズルを作ったり秘密裏に行動したりする毎日だったから、ノノハのことを思い出す暇も無かったんじゃねぇか?もしかしたら、俺はノノハのこともステータスの一部として見ていたのかもしれない。カイトにあって俺に無いもの、カイトから奪えそうなもの…無意識ではきっと、そんな認識で。
まぁノノハスイーツはうまかったし、時々見せる彼女の無防備な行動や笑顔に今でも惹き付けられるのは事実だ。お似合いとはいっても完全に割り切れたわけじゃなく、もしもまたカイトがノノハを悲しませることがあるならその時は全力で守ってみせる。
だが、それは俺だけじゃなくキュービックもアナも、ひょっとしたらノノハに関わる人全員が同じ気持ちだろう。すなわち、恋愛感情とは違う意味での「好意」。仲間としての好意。思えば妹以外の女からそんな好意を持たれたのは、ノノハが初めてだったもんな…普通の奴は見た目やら何やらを気にしてわざわざ接点を持とうとしてこなかったし、俺もそれでいいと思っていたから。
スッと心が軽くなった気がして、後頭部をガシガシと掻いた、その瞬間にポケットで振動する携帯。取り出して確認すれば、それはわがままな女王様からのメールで。
『今日の仕事退屈。終わったらいつものゲームセンターにいるから、久しぶりにあのパズルゲームの相手しなさいよ』
…ったく、POGから離れて普通の生活に戻っても変わんねぇな、コイツは。
「ギャモンくーん!早く行かないと授業始まるよー!」
「…おー悪いな、今行く!」
なんだ。俺にもあるじゃねぇか、『カイトに無くて俺にある繋がり』。
俺は携帯をポケットにしまうと、片方の手を挙げながらノノハとカイトたちのもとへ歩みを進めた。
fin.
2012/05/21 公開
81/91ページ