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イリコとバトル<後編>

***



「なんで俺にピーニアのこと言わなかった?」
詰め寄るマサバに、セイゴは冷めた視線だけを返す。
一触即発の状況に、ハチはおろおろと二人の顔を交互に見る。
クロトガは壁に背を預けたまま、その様子をただ眺めているだけだった。
―――アメフラシ・アーチェリー本部。
イリコたちの様子を見かねたらしいサジータらに気遣われ、彼らの『会社』があるという建物に招かれた……のだが。
別室でイリコが手当を受け、アオが着替えを借りている最中、マサバとセイゴの間には、ぴりぴりとした空気が漂っていた。
「……言っただろ、ちゃんと」
マサバの睨み付けるような視線に対し、セイゴは呆れたように溜め息を吐く。
「イリコちゃんがいつ狙われるかも知ってたんだろ!?なんで俺に教えない!!」
「教えてどうすんだよ」
セイゴは冷ややかな視線をマサバに投げかける。
「また前みたいにピーニアに会いにいってキレるのか?あいつがまだ何もしてないタイミングで?」
「それは……」
「大体、お前だって俺に言ってないこと、沢山あるだろ」
セイゴはそう言って、拗ねたように口をへし曲げる。
「なんで俺ばっか怒られなきゃいけないわけ。理不尽じゃん」
「そ、れとこれとは……」
「止めてクダサイ……」
耐えかねたように間に割って入ったのは、ハチだった。
「お二人マデ喧嘩しないでクダサイ。ただでさえ、まだアオサンやイリコサンが落ち着いてナイノニ……」
「…………」「…………」
マサバとセイゴは何も言わないまま、互いに互いから顔を逸らす。
意地っ張りな二人の様子に、ハチが大きく溜め息を吐いた、そのときだった。
「元気だねえ~ボーイくんたち~」
ひらひらと片手を振りながら、部屋の入り口にラキアが現れる。
「イリコちゃんのお手当とアオのお着替え終わったよん。入ってよーし」
「……あの、リーダー」
「ん?」
セイゴはマサバを無視するようにして、一歩前に進み出る。
「俺、何かすることありますか?仕事の手伝いとか……」
「んー?んー……」
ラキアはちらっと部屋の様子をうかがってから、にんまりと笑って、
「ほんじゃお茶入れてくれるかね。セイゴちんの入れた美味しいお紅茶飲みたいにゃー♡」
「お、お茶ですか?」
「あたしオレンジペコね!よろしくぅー♡」
ラキアの笑顔に気圧されて、セイゴは渋々「……わかりました」とうなずいた。
セイゴが部屋を出て行ったのを確かめてから、ラキアはにやにやとした笑顔でマサバを見やる。
「マサバっちとセイゴちんが喧嘩なんて、珍しいこともあるもんだにゃ~?」
「昔の話なら今せんといてや……」
以前にもピーニア絡みでラキアたちにお世話になったことを思い出しながら、マサバはうんざりした表情で首を振ってみせる。
「にゃはは、めんごめんご。さてさてボーイズ、ガールズはこっちだよん」
ラキアに先導され、マサバたちは近くの部屋を覗き込んだ。
そこではあちこちに包帯を巻いたイリコと、うつむいたまま黙り込むアオの二人がいた。
「そんじゃマサバっち~、あたしマニュ部隊の執務室の方いるから」
「あ、うん。ありがと、ラキアちゃん……」
「いいってことよん」
ぺろりと舌を出してみせながら、ラキアはさっさと行ってしまった。
「……イリコサン」
アオの様子を気に掛けながらも、ハチはイリコに話しかける。
「怪我は大丈夫デスカ?」
「あっ、うん!」
イリコはぱっと表情を明るくして、ガッツポーズしてみせる。
「ほんとね、もうピンピンしてるの!!ちょっと転んだだけみたいなもので、見た目ほど酷くないっていうか……」
「……なあ、イリコちゃん」
元気に振る舞おうとするイリコを遮って、マサバが問いかける。
「なんでピーニアのこと言わへんかったの。今日あいつが動くって、セイゴに聞いてたんやろ」
「えっ……」
「めっちゃ心配するやん。俺も……アオちゃんも」
アオがほんの少しだけ顔を上げてから、またうつむく。
イリコはちょっと迷ったような表情を浮かべてから、「だ、だって……」と、言いづらそうに唇を尖らせた。
「……言ったら二人とも、絶対自分のせいにするじゃないですか……」
「―――へ?」
「アオさんは自分のせいだって言うだろうし、マサバさんも俺が悪いって言いそうだし……」
包帯の結び目をいじりながら、イリコは拗ねたように言う。
「だからセイゴさんと相談して、内緒にしとこうって言ったんです。結局、こんなことになっちゃいましたけど……」
「……やっぱり」
小さな声で、アオがぽつりと言った。
「わたしの、せいなのね」
「あ、アオちゃ……」
「わたしがあなたに気を遣わせたから、あなたをそんな目に……」
「―――だぁ~かぁ~らぁ~!!!」
ガタンッ!と椅子を蹴倒さんばかりの勢いでイリコが立ち上がり、アオは思わず身をすくめながら顔を上げる。
イリコのオレンジ色の瞳が、炎のように燃えさかっている。
イリコは―――怒っていた。
誰がどう見ても、怒っていた。
「アオさんがそんな風に言うって思ったから言いたくなかったんですよ!!!どうしてすぐわたしのせいわたしのせいわたしのせいって、自分勝手に自分のせいだって決めつけるんですか!?」
「だ、だって……」
「私は一言もアオさんのせいにしてないのに、アオさんばっかりアオさんのせいにする!!!」
イリコは思いっきり憤慨しながら、アオに真っ直ぐ詰め寄った。
「アオさんのせいだったらなんだっていうんですか!?もう私と二度とバトルしてくれないんですか!?」
「そ、そういう……わけ、じゃ……」
アオは慌てて否定しようとするが、すぐにその声は力を無くしていく。
またもやうつむいてしまったアオの後頭部に向かって、イリコは、
「―――もういいです!!!」
突き放すようなイリコの言葉に、アオははっと顔を上げた。
イリコは泣き出しそうな顔で―――目にいっぱい涙を溜めて、叫んだ。
「アオさんがなんだかんだ理由をつけて私と離れたいんだったら、もういいです!!!」
「い、イリコ……!」
それ以上何も聞きたくないと言うかのように、イリコは部屋を飛び出して行ってしまった。
アオは思わず椅子から立ち上がって手を伸ばす―――が。
……その手は力なく、下ろされるだけだった。
「……わ、わたし……わたし……」
「……はぁ」
それまで黙って事態を静観していたクロトガが、一つ大きく舌打ちをする。
「おい、眼鏡とチビ。もみじのとこ行ってこい」
「エッ」「お、おれらが?」
「いいから行ってこい」
クロトガはドアを顎で指し示しながら、有無を言わせない表情でマサバとハチを睨む。
「どうせどっかでびーびー泣いてんだろ。だったらお前らが行ってこい」
「で、でも……」
「……お願い、マサバ、ハチ……」
戸惑うマサバたちに向かって、アオが力無く頼み込む。
「イリコも……あなたたちなら、安心すると思うから。……お願い」
「……わかった」
マサバはひとつ頷くと、クロトガに向かって、
「クロくん、アオちゃんのこと頼むわ」
「うるせぇ。いいから行ってこい」
クロトガはさっさと行けと言わんばかりに、追い払うような手つきをしてみせる。
マサバはちょっと眉を上げてから、ハチに「ハチコー、行くで」と声をかけた。
「は、ハイ……」
ハチはまだ少し戸惑ったような表情をしていたが、マサバに伴われるようにして、イリコを追いかけていった。
「……ったく」
クロトガはやれやれと言いたげに腕組みしながら、沈んだ様子のアオを見やる。
「バトルじゃ無双してるくせに、こういう時はめそめそしやがるんだな」
「…………」
アオは眉をしかめながら、わずかな抗議を視線と共に向ける。
「……わたし、泣いてないわ……」
「今にもべそかきそうな顔してよく言うぜ」
クロトガはそう言ってアオの抗議を一蹴すると、
「で?お前はどうすんだ?」
「え……?」
「イリコに言わせっぱなしにすんのかって聞いてんだよ」
「…………」
クロトガの問いかけに、アオはぎゅっと拳を握りしめる。
―――自分は。
自分は、どうしたら。
どうしたら―――正しい道が、選べるのだろう。
「……少し……考えさせて……」
か細い声でそう絞り出したアオの言葉に、クロトガは黙って顎をしゃくっただけだった。



***



やらかした。
思いっきり、やらかした。
「……やっちゃった……」
泣きながら部屋を飛び出し、廊下を走り。
気付けばイリコは見たことのない場所にいて、すっかり迷子になっていた。
幸い、イカフォンは持ってきていたので、誰かに連絡を取ろうと思えば取れるけれど―――流石に今の状況では、気まずいことこの上ない。
うろうろしていてもどうしようもないので、イリコはたまたま見つけた休憩所らしき場所でボックスソファに腰かけ、先ほどのアオへの言動を、思いっきり後悔していた。
「……やっちゃったよう……」
本当にどうしようもなくやらかした。あそこでアオに向かって逆ギレするなんて、最低だ。
アオにぶちまけた本音は前々から思っていたことではあるけれど、本当なら、あんな風にぶつけたりはしたくなかった。
―――でも。
(……だって、アオさん、全然話聞いてくれないんだもん……)
イリコはアオのせいにしたくないと言っているのに、当のアオは「わたしが悪い」の一点張りだ。
あの事態を招いたのはピーニアであって、それをこっそり解決しようとしたのはイリコで。
それならアオは、何にも悪くないはずなのに。
なのに、アオは―――。
「こんなところでイカがされました、お嬢さん」
おどけたような声が上から降ってきて、イリコは思わず顔を上げる。
イリコの腫れぼったいまぶたをみて、相手はちょっと目を丸くして、
「おっと、泣いてたんなら悪かったな。俺のハンカチ使うか?」
「さ、サジータさん……!」
驚くイリコに、サジータは青いタオルハンカチを渡してくれた。
ちょっと申し訳なくなりながらも、イリコはお礼を言って、ハンカチで顔を拭う。
……なんだか、前にもこんなことがあったような。
「こんなところで一人でどうしたんだ?アオたちは?」
「え、えっと……」
何と説明すればいいのかわからず、イリコはうつむいてしまう。
アオとのことを、どんな風に話したらいいのだろう。
しょんぼりと肩を落とすイリコの様子を見て、サジータは小さく微笑むと、
「案外、そういうところはお姉さんに似てないんだな」
「……え?」
「ウルメなら、俺を捕まえるなり『ちょっと聞いてよ』って話し出すところだからさ」
そう言いながら、サジータはイリコの隣に腰掛ける。
「話したくないんなら無理には聞かないけどな。話しちゃった方が楽になることもあるぞ?案外知り合ったばっかりの奴の方が、聞ける話もあるしさ」
「…………」
……やっぱりこの状況、どこかであった覚えがあるような。
何となく既視感を覚えながら、イリコはおずおずとサジータの方を向く。
「あの……アオさんのことって、ご存じですか?」
「ああ、あいつとは前から知り合いなんだ」
サジータは組んだ足に頬杖をつきながら、朗らかに笑った。
「もちろんマサバともな。知り合ったのは、あいつらがスクエアに来た頃くらいかな」
「結構前からですね……?!」
「イリコちゃんは、最近スクエアに来たんだよな?」
サジータはそう言って、軽く首を傾げてみせる。
「良かったら、色々聞かせてくれないか。あのアオとフレンドになった経緯とか、正直興味があってな」
「…………」
サジータの銀色の瞳を、イリコはじっと見つめる。
飄々とした風を装ってはいるが、サジータの声は、どことなく優しく温かい。
良いひとなんだろうな、と、直感で思った。
それに、お姉ちゃんが信頼していたひとなら、きっと間違いはないだろう。
そう考えて、イリコは思い切ってこれまでのことを、サジータに話してみることにした。
「実は……」
イリコはアオと出会ってから今までのことを、かいつまんでサジータに説明した。
サジータはとても聞き上手で、大事なことを取りこぼさないよう、時折質問や相づちを織り交ぜながら、イリコの話を聞いてくれた。
アオと初めて会った日のこと、彼女からバトルを教わってきたこと、マサバやハチ、セイゴやクロトガとの出会い、アオから初めてキルを取った日のこと―――。
そして、今日、初めてアオに対して、怒りをぶつけてしまったこと。
「私……アオさんが言い返さないのわかってて、アオさんに怒っちゃったんです」
イリコはしょんぼりと肩を落としながら、小さく溜め息を吐いた。
「今日のことだって、私が悪い面だって確かにあるけど……そこで謝ったら、きっとまたアオさんは気にしちゃうし……でも……」
「よしよし」
苦笑するサジータにぽんぽんと頭を撫でられて、イリコは唇を尖らせる。
「……サジータさんは、何でアオさんが自分のせいにばっかりするか知ってます?」
「いや……そもそも、アオがそんな風に深く他人と関わってること自体、俺には驚きだけどな」
そう言って、サジータは軽く目を細めてみせる。
「知ってるかもしれないけど、アオはなんていうか……孤高の存在でさ。誰ともフレンドにならないし、誰とも組まずに、ずっと一人でバトルしてたんだよ。あんな風に実力があるなら、どこのチームから声がかかってもおかしくないのにな」
「……そうですか……」
―――もしかして。
と、イリコの脳裏に、ふとある一つの考えが浮かぶ。
(……アオさん……ずっと、自分は誰かと一緒にいない方がいいって、思ってたのかな……)
だから、彼女は誰も彼もを遠ざけて、たった一人で―――一人ぼっちで、戦い続けてきたのだろうか。
もしも。
もしもそうなのだとしたら。
そうだとしたら―――自分は―――。
「サジータ」
冷ややかな声が突然飛んできて、イリコは自分の名前を呼ばれたわけでもないのにびくっとしてしまう。
「こんなところで油を売っている暇があるとは随分なご身分ですね」
振り返ると、白いおかっぱ頭の青年が、辛辣な瞳でサジータを睨んでいた。
「あなたが世話になったお嬢様とやらのお陰で、まだ山のように仕事が残っているんですが……おや?」
青年の瞳がイリコに向けられ、彼は不愉快そうに眉をしかめる。
「……誰かと思えば、ウルメの妹じゃありませんか」
「あ……えっと……」
「俺に用じゃないのか?ウベン」
イリコへの視線を遮るようにして、サジータは片手でサファリハットを持ち上げてみせる。
「警察とのやりとりなら、マーシャに任せてきたんだが」
「……ラキアがお呼びですよ」
ウベンは何故かやけに嫌そうな顔をしながら言った。
「ついでにウルメの妹も呼んでこいとのことです」
「……え?わ、私?」
戸惑うイリコをよそに、ウベンはさっさと踵を返して行ってしまう。
サジータは軽く肩をすくめてから、「悪いが一緒に行ってくれるか?」とイリコに頼んできた。
イリコは困惑しながらも、こくこくとうなずいてみせた。



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