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イリコとバトル<前編>

どうして。

どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

どうして。
また、何かを間違えた。
今度は、何を間違えたのだろう。
間違っていることは、正さなければならない。
間違いなんて、あってはならない。
だって、『自分』は―――正しくなければ、いけないのだから。



***



―――イリコたちが無事に戻ってきた。
その知らせを聞いて、セイゴはほっと胸を撫で下ろした。
ミントまで巻き込まれたと聞いた時はどうなるかと思ったが、ラキアたちを信じて良かった。
彼らが『仕事』をし損じることはないとはいえ、ピーニアの苛烈さには厄介なものがある。
イリコがいつかのアオのように傷つけられてしまうのではないかと、セイゴは内心落ち着かずにいたのだった。
……なんだかんだ言いはしたが、結局のところ、セイゴもイリコを気に入っている。
イリコのすぱすぱと物を言う姿勢は、一見遠慮がないように見えて、その実、ちゃんと相手を見て物を言っている。相手をちゃんと見ているようで、実際は煙に巻くだけ巻いているセイゴには、到底真似できない。
あのストレートさは……率直に言って、羨ましい。
(……にしても、今日はアオと待ち合わせしてるって言ってたよな)
本当なら、自分も一緒に合流してイリコのランク30到達を祝う予定だったのだが、集合時間はとっくに過ぎている。
……慰めと諸々の詫びも兼ねて、今日は全員分の昼食ぐらいは奢ってやろう。
ちょうど給料日で温まっている懐のことを考えながら、セイゴがいつイリコたちを出迎えに行こうかと考えている、その時だった。
「―――ピーニア様!!!」
コメットの痛々しい叫び声に、セイゴは咄嗟に反応してしまう。
見れば、デカタワー前―――ロビーの玄関から出たすぐのところで―――ピーニアがイリコをコンクリートの地面に押し付け、その首を締め付けようとしていた。
「うっ……ぐ……」
「ピーニア!!!!!」
「うるさい!!!!!!」
ピーニアの手にはヘアピンが握られている。彼女は怒りに我を忘れた表情で、
「邪魔したらっ、こいつの目を潰してやる!!!もう一生バトルできないようにしてやる!!!」
「っ!!」
その言葉に、周囲を取り囲んでいたアメアリメンバーの動きが一瞬で止まる。
イリコは必死でもがこうとしていたが、ピーニアに押さえつけられ、身動きができない様子だ。
「ピーニア様、おやめください……!!」
「うるさいっっっっ!!!!!!!」
コメットの縋るような制止でさえ、ピーニアは跳ね飛ばした。
「あんたはどっちの味方なのよ、コメット!!!!!あたしの味方なら、もっと役に立ってみせなさいよ!!!」
「……っ!!」
コメットは何も言えない様子で押し黙ってしまう。ピーニアはイリコに向き直り、
「あんたが悪いんだからねっ?!あんたが、あんたがふざけたことするから……!!」
「っ……う……」
―――なんとかピーニアの気をそらさなければ、イリコが危ない。
だが、周囲は身動きが取れない。物陰から様子を窺っていたセイゴであれば、まだピーニアに気付かれていない分、不意をつくことができるだろう。だが……。
(……俺じゃ駄目だ……)
きっと、ピーニアは自分の姿を見たら激昂するに違いない。あれ以上怒らせたら、イリコがどうなるかわからない。
それなら、最後の手段は。
「……ああ、くそっ」
不甲斐ない自分に腹を立てながら、セイゴは待ち合わせ場所のバーガーショップに急いだ。



***



ピーニアのヘアピンが、ぎらぎらと光って眩しい。
首を抑えられて上手く息が吸えない。むやみやたらイリコに拳を叩きつけてくるピーニアの涙が、ぽつぽつと顔にかかってくる。
「なんでっ!!!どうしてよお!!!」
ピーニアは泣いていた。子供のように泣きじゃくっていた。
「あんたみたいなのがっ!!!あんたみたいなのばっかりずるい!!!」
駄々をこねる子供のように、ピーニアは繰り返す。
「何も望まなくてもひとに囲まれてっ!!!守ってもらえて!!!ずるい!!!ずるい!!!」
「…………」
正直、イリコには今やりたいことが、二つほどある。
それをやってしまったら、このピーニアと自分が同じところに立ってしまうようで、何となく嫌ではあったけれど。
でも、首を抑えられているこの状況を何とかしなければ、流石に危ないし、何より―――。

自分の目が見えなくなるようなことなんかあったら、きっと。
お姉ちゃんが、悲しむ。

「―――イリコ!!!!!」

イリコの耳にその声が届いた瞬間、腕に力が入った。
とっさにピーニアの腕を片手で掴み、できるだけ右腕に力を入れて―――
「……いい加減に……」
―――思いっきり、ピーニアに向かって、振り上げる。
「しなさいっ!!!!!!!!このバカ女ァ!!!!!!!!!!!」

パァンッ!!!

「……え……?」
―――イリコの右手の平がピーニアの頬を張り飛ばした瞬間、ピーニアの手からヘアピンが落っこちる。
ピーニアは信じられないような目でイリコを見ていたが、イリコは咳き込むのも構わずに起き上がり、ピーニアの胸ぐらを掴んだ。
「何であんたの取り巻きがさっきから泣いてるか、あんたほんとにわかんないの!??!?!!!?」
「……は……?」
「わかんないんなら、もう二度と顔を出すな!!!!!!!!!すっこんでなさい、このバカ女!!!!!!!!!!」
イリコの剣幕に、ピーニアは頬を押さえたまま、ぽかんとしている。
イリコは彼女を揺さぶるようにして、言い捨てる。
「そこまで面倒見切れるか!!!!!!いい加減にしろって言ってんのよ!!!!!!!」
「……な、なに言って……」
呆然としているピーニアの表情に、イリコは大きく息を吐いてから、ピーニアを押し出すようにして自分の上から退かした。
立ち上がるときに少しだけ足下がふらついたが、問題なさそうだ。
周囲で成り行きを見守っていた―――というか、ピーニア同様、呆然としていたラキアたちが、はっと気付いたように、ピーニアを取り囲もうとする。
だがその前に、ピーニアの取り巻き―――コメットという名前だったか―――、彼女が急いでピーニアに駆け寄り、そっとその身体を支えた。
「ピーニア様、お怪我は……」
「…………」
ピーニアは何も言わない。ただ、コンクリートに座り込んだまま、はたかれた頬を押さえている。
少しだけ迷ってから、イリコが口を開きかけたそのときだった。
「イリコっ!!!!!」
「あ……」
先ほどイリコの耳に届いた声と同じ―――いや、それ以上に切羽詰まった声が聞こえ、イリコは顔を上げる。
「アオさん!」
「イリコ、イリコ……!!」
アオは急いでイリコに駆け寄ると、震える声で詰め寄った。
「ど、どうして……?どうしてあなたが怪我を……どうして……」
「だ、大丈夫ですよ」
アオはいつになく動揺しているらしい。イリコは慌てて安心させるように、
「大した怪我じゃないんです。えっと、転んでできたようなものと同じっていうか……」
「どうして……」
けれど、アオの耳に、イリコの声は届いていないようだった。
見たことのない彼女の様子に、イリコが思わず戸惑っていると、アオはぶるぶると身体を震わせながら、
「どうして、あなたが……どうして……」
「あ、アオさ……」
「一体、一体何があったの……?!」
アオはイリコの身体を掴んで、必死の形相で揺さぶる。
「どうして……どうしてあなたがそんな目に……!」
「え、ええと……」
―――ふと。
アオはイリコから視線を逸らし、ピーニアの方に視線を向けた。
ピーニアは、アオをじっと見つめていた―――ひどく、恨めしそうな瞳で。
「……あんたのせいだ」
ピーニアの口から、呪いのように言葉がこぼれ落ちる。
「全部、あんたのせいだ……」
「ピーニア様……」
けれど……それらは、すぐにコメットによって押し留められた。
彼女はピーニアに向かって左右に首を振ってみせてから、泣き出しそうな顔で、
「もう、行きましょう。ピーニア様……」
「……どうして……」
突然、ピーニアはコメットに詰め寄る。
「どうして!!!あんたはあたしの味方をしてくれないのっ、コメット!!!」
「………………」
「ねえ!!!!!どうして!!!!!」
コメットは何も答えない。
ただ、唇を噛んで、黙って俯いているだけだった。
「……コメット」
いつの間にか近くまで来ていたらしいサジータが、サファリハットの奥から静かな視線を投げかけながら、コメットに向かって言った。
「ピーニアお嬢は俺たちが……」
「いいえ」
コメットはサジータをきつく睨むと、そっとピーニアの肩を支える。
「お嬢様は私がお連れします。貴方たちは、指一本触れないで」
「…………」
サジータはそれ以上何も言わずに、ただ黙って帽子のツバを下げただけだった。
「……行きましょう、ピーニア様」
「…………」
ピーニアはそれ以上、もう何も言わなかった。
コメットに支えられ、足下をふらつかせながら、彼女とその取り巻きは、どこかに連れて行かれてしまった。
「…………」
イリコとアオが、黙ってそれを見送った、その直後。
ぽつんとひとつ、冷たい粒が頬に当たった。
間もなくもうひとつ、またひとつ。
ぽつぽつと降り出したその滴は、空に広がる雨雲から落ちてきていた。
「あ、雨……」
イリコはそう呟いてから、慌ててアオに向かって、
「アオさん、風邪引いちゃいますから、どこかに……」
「……何言ってるの?」
アオは信じられないと言いたげな表情でイリコを見上げる。
「そんな場合じゃ、ないでしょう……わたしの心配なんか、してる場合じゃ……」
「で、でも……」
「わたしのせいなんでしょう!?!?」
―――そのとき、イリコは初めて、アオが大声を出すところを見た。
「わたしが、あなたとフレンドになったから……!!わたしがまた、間違えてしまったから!!!」
ちがう。
「だからあなたがこんな怪我をしているんでしょう!?違う!?」
ちがう。
ちがう。
ちがう。絶対に違う。
そう言いたいのに、
「だからあなたが傷ついたんでしょう!?違うの!?」
「ち、ちが……アオさ……」
アオは、イリコにそう言わせてくれない。言わせようとしてくれない。
アオのいつにない様子に、イリコはどうすればいいかわからなかった。
違うと言いたい。言わなきゃいけない。それなのに―――
「わたしが全部悪かったのよ!!!!!だからあなたも、マサバも、みんな、わたしのせいで―――」
「それは違うよ、アオちゃん」
イリコのものではない、静かな声が、アオの叫びを否定する。
取り乱していたアオは、その声の方へはっとしたように振り返り、イリコはイリコで、泣き出しそうになりながら、彼の方を振り返った。
「……マサバさん……」
「遅くなってごめんね」
マサバは申し訳なさそうに笑ってから、自分が濡れるのも構わずに、二人に向かって傘を差し出す。
それから、マサバはアオに向かって真剣な表情で、
「アオちゃんは悪くない。なんにも悪くないよ」
「…………」
アオは答えないまま、俯いている。ただ黙って俯いている彼女を、穏やかな緑の瞳で見つめてから、マサバはイリコに問いかけた。
「そうだろ、イリコちゃん」
「っ……!!!」
イリコは、必死で何度もうなずいた。言葉が喉に詰まって、上手く声にならない。
……段々と雨脚が強くなってきた。
雨宿りしようと言うマサバの言葉に、イリコはただ、黙ってうなずいた。
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