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イリコとガチマッチ


 翌朝、アオに会えないかと連絡をもらい、イリコは急いでロビー前へと向かった。
「アオさーん!」
「イリコ」
 アオはイリコの顔を見るなり、嬉しそうに片手を振ってくれた。
 アオとこうして会うのは、何だか久しぶりのような気がする。といっても、数日一緒にバトルしていないだけなのだが。
「急にごめんなさい……あなたの顔が見たくて」
「いえいえ!そう言っていただけて何よりです!」
 はしゃぐ気持ちを抑えようとしつつ、イリコは首を傾げた。
「えっと、今日は一緒にバトルに行ける日でしたっけ?」
「ごめんなさい、今日も用事があって……」
 アオは残念そうに首を振った。
 イリコも内心がっかりはしたが、仕方がない。アオにはアオの都合があるのだから。
「気にしないでください!でも、こうして会えて嬉しいです」
「嬉しい?どうして?」
 不思議そうな顔をするアオに、イリコは照れ笑いを浮かべた。
「アオさんの顔見れたので……」
「……わたしを喜ばせても、何も出ないわよ」
 ちょっと恥ずかしそうに眉をしかめるアオに、イリコは笑う。
「私が勝手に喜んでるだけなので大丈夫です!」
「そう……」
 照れを振り切るかのようにして、アオは軽く頭を振ってから、イリコに訊ねる。
「今日もガチマッチに?」
「はい!今日はガチホコに行こうと思ってるんです!」
 イリコは元気良く返事をしてから、
「けど……」
 と、抱えていたブキケースを見下ろして、少し口ごもってしまう。
「けど?」
「……も、もみじで行けますかね……?」
 イリコの不安そうな表情に、アオはちょっと目を開いてから、
「……悪くないと思うわ」
 と、安心させるように答えてくれた。
「ガチホコのルールは確認した?」
「は、はい!」
「なら、自分でガチホコを持つという意識はしっかり持ちなさい。それから、さんぽでガチホコの練習をしておくといいわ……あのブキはクセが強いの。扱いには慣れておくといいわね」
 アオのいつものレクチャーを、イリコはうんうんと頷いて聞く。
 やっぱり、アオにバトルを教わるのは楽しい。
 彼女の教え方は、いつもイリコの中に染み込むようにして、伝わっていく。
「C帯の連中は、初心者だけじゃないわ」
 アオの青い瞳が、きらりと光る。
「所謂サブアカウントを取得した連中が、潜り込んでいる場合もあるの」
「あ……たまにいるめちゃくちゃ強いひとって、そういうことだったんですね……」
「そうね。上にあがりたいなら立ち回りを覚えておく必要があるけれど……今は、バトルを楽しんでくればいいわ」
 アオはそう言って、小さく微笑んでくれた。
「あなたなら、きっとそうするでしょうけれど」
「……はい!」
 イリコは大きくうなずいてみせた。
 楽しいバトルが、今日も出来たらいい。
 そう思ってから、イリコは昨日見たバトルの動画のことを思い出した。
「あ、あの、アオさん……」
「どうしたの?イリコ」
「あの……色々お話したいことがあるんです」
 イリコは恐る恐る、アオに言った。
「最近お忙しいかとは思うんですが、今度、お時間いただいてもいいですか……?」
「もちろん」
 アオはすぐに快諾してくれた。
「むしろ、最近時間がとれなくてごめんなさい……わたしも、イリコと色々な話がしたいわ」
「ありがとうございます!」
 どうやら、アオも同じ思いでいてくれたらしい。
 そのことを嬉しく思いながら、イリコは「次の日曜はどうでしょう?」と更に提案してみた。
「ええ、大丈夫よ。なら、いつものお店でいいかしら?」
「はい!あそこですね」
 イリコたちがよく行くバーガーショップ。
 あそこで待ち合わせることを約束して、イリコとアオはその場で別れることにした。
「それじゃあ……頑張ってきてね、イリコ」
「はい!行ってきます、アオさん!」
 大好きな先輩に見送られ、イリコは勢い良くロビーに向かって駆け出す。
 向かうは、ガチホコバトル。
 本気のイカたちがぶつかりあう、ガチの戦場だ。



***



 今のステージは、アンチョビットゲームズとザトウマーケット。
 事前にルールも確認して、ステージも下見した。
 問題は―――ガチホコである。
(……大丈夫かな……)
 あのブキ、物凄く苦手だ。
 ガチホコバトルは、『ガチホコ』と呼ばれる金色のブキを相手のゴールまで持って行くことで勝利を目指すルールになる。
 ガチホコを持っている間は、元々持っていたブキのサブやスペシャルは一切使用できない。
 つまり、ガチホコだけがバトル中に扱えるブキとなるのだが……アオの言う通り、めちゃくちゃクセが強い。
 一定のチャージ後、大きな曲線を描いて放たれた弾が、大きな爆発を起こしてインクを散らす……これを狙って敵に当てるのは大変そうだし、逆に上手いひとに狙われたら、逃げるのも大変そうだと、イリコは感じていた。
(アオさんは、自分でガチホコを持ちなさいって言ってたけど……)
 要するにあれは、「誰かが持つのを待ってる間に敵に取られるからさっさと持て。ていうか野良は持たないと思え」……と、いう話らしい。
 ガチホコの扱いが下手な自分が持っても良いのだろうかと悩んでいたが、さんぽの後、こっそりマサバに相談してみたところ、そんな回答が返ってきたのである。
『習うより慣れろってな~。そもそもC帯はサブアカでもない限り全員同じとこからのスタートやし、気に止まんでええのよ』
 と、彼はいつもの軽い口調で言ってくれた。
「が、頑張ります……」
『ていうか何で俺に聞いたん?アオちゃんに連絡つかんかったとか?』
 そう聞かれて、イリコは「なんとなく……」と答えた。
「マサバさんに聞きたいな、と思ったので……だ、駄目でした?」
『いやいや!駄目やないよ……ありがとね』
「……?」
 なぜ質問した側がお礼を言われているのかはちょっとわからなかったが、『楽しんどいで』というマサバの優しい声は、慣れないルールに足踏みするイリコの背中を、後押ししてくれているかのようだった。
 みんな、イリコがバトルを楽しみたいと思っていることを、知ってくれている。
 それは、ちょっと照れくさいような、嬉しいような、くすぐったい気持ちだった。
 ―――今日の自分の目標は、『楽しむこと』。
 そう決めて、イリコは自分に気合いを入れる。
(勝っても負けても、悔いの無いバトルをしよう……)
 そう決めて、イリコは転送装置へと立つ。
 ステージへと転送され、やってきたのは―――アンチョビットゲームズ。
 大きなプロペラを回してステージを移動する要素がある、特徴的なステージだ。
 ナワバリバトルではよく敵陣にアメフラシを投げ込んでいたが、今回はガチホコバトルになる。
 敵陣に潜り込んでKOするためには、ガチホコを持ったまま、なんとかプロペラを回さないといけない。
(……大丈夫かな)
 胸がどきどき、わくわくする。
 バトルの前は、いつだってそうだ。
 今日はどんなバトルができるのか―――楽しみで楽しみで、仕方ない。

 バトル開始の、合図が鳴る。

 イリコはもみじシューターを構えて飛び出した。
 ナワバリバトルとは違い、ガチホコバトルはまず自陣を塗るという必要はない。
 自分や味方の進路方向を塗り進みながら、急いでガチホコの方へと向かう。
(あっ、まずいかも―――)
 一足先に、ガチホコの近くへと敵が到着していた。
 大きくバリアが膨れ始めているのを見て、イリコは逃げを選択する。
 他の味方も急いで撤退しようとする……が、ひとりだけ逃げ遅れてしまった。
 バリアが破裂し、「やられた!」のシグナルが飛ぶ。
 相手のチームは無傷。人数差は不利だ。
 しかし―――なぜか敵は、ガチホコを持とうとしなかった。
 その一瞬の隙をついて、イリコはガチホコに向かって飛び込む。
 相手の紫のインクに身を浸しながら、少しだけカウントが進む。
 無謀だったかもしれない。すぐにそう思ったが、足下がオレンジ―――自分たちのチーム色に塗られた。
 ―――進め。
 そう言われている気がして、イリコは急いでガチホコを運ぼうとする。
 けれど、敵もすぐさまイリコに向かってインクを飛ばした。
 イリコはあっけなくやられてしまったが、カウントはさっきよりも、少しだけ進んでいる。
(急いで復帰しなきゃ……)
 でも、戻ってすぐにやられてしまっては、元も子もない。
 イリコはスーパージャンプではなく、イカダッシュで前線に戻ることを決めて、急いで塗り進んでいった。
 それから、数分後。
 進んで塗って、塗られては進まれて―――試合状況は、かなり不利になっていた。
 相手に上手くガチホコを進められてしまい、カウントダウンはKO寸前まで行ってしまった。
 何とかKO負けは防いだものの、このまま防衛され続けては負けてしまう。
 イリコも味方も頑張ってはいるが、なかなか中央の辺りから前に進めない。
 ガチホコを抱えた敵を、味方が食い止めたのを見て、イリコは急いで近くに向かう。
 ガチホコが再びバリアを纏ったのを確かめて、必死に割りにかかる。
(取らせない……!!!)
 だが、敵もガチホコのバリアを割ろうと、近くまでやってきている。
 それでもイリコはもみじシューターのインクが尽きるまで、インクを撃ち続けた。
 ガチホコのバリアはオレンジ色に染まり、膨れ上がる―――破裂したと同時に、敵が全滅した!
「今だ!!!!!」
 思わず声に出しながら、イリコは急いでホコをつかみ取った。
 時間は残りわずか。だが前に進む。進むしかない。
 勝っても負けても、後悔はしない。
 でも―――だからって、負けたいわけじゃない!!!
 相手の陣地に向かうため、イリコはプロペラを回して足場を上げようとする。 
 だが、上手くホコのチャージ時間を見極められず、思ったように当てられない。
(どうしよう、あとちょっとなのに……!!)
 イリコが内心焦り出した、そのときだった―――後ろから、誰かのインクが、プロペラに当たる。
 味方だ。味方のスピナーが、プロペラを回してくれたのだ!
「ナイス!!!」
 感謝のシグナルを飛ばしながら、イリコは急いで前に進む。
 振り返っている暇はない。紫に塗られた相手の陣地に向かってガチホコショットを飛ばし、進路を作る。
 気が付けば、試合は延長戦に入っていた。まだ勝機はある!
(あとちょっと……!!!)
 もう少し。もう少しというところで、復帰した敵が、イリコを止めようとブキを向けてきた。
 しかし、味方も必死に後ろから援護しながら、敵と撃ち合ってくれている。
 イリコは絶対にガチホコを離すまいとしながら、敵のインクをかわし、前に進んだ。
「うわあああああああああ!!!!!!!!!」
 ―――進め!!!!!
 無我夢中でインクに潜り、走り、ガチホコをゴールへと叩きつける―――その寸前。

 試合終了の、ホイッスルが鳴った。

「……え?」
 イリコはガチホコを抱えたまま、ぴたっと動きを止める。
(……バトルが終わった……?)
 ぽかんとしているイリコに、味方たちが駆け寄る。
「カウントリード!カウントリードしたんだよ!」
 味方チームだったイカボーイが、そう言ってイリコに教えてくれた。
「君のお陰で勝ったんだ!!ありがとうもみじの子!!」
「……え?」
 イリコは肩で息をしながら、まだちょっと呆けていた。
 ……やがてジャッジくんとコジャッジくんがとことこと現れ、1カウント差で勝利をつけてくれたのを見て、イリコはようやく、さっきのボーイが言っていた意味を理解した。
 相手のカウントは残り3。
 それに対して、イリコが延長戦中にカウントを2まで進めたため、決着がついたのである。
「……勝ったぁ……」
 試合結果を見るなり、イリコは脱力してしまった。何だか物凄く気が抜けてしまったのだ。
 本当は連戦するつもりだったが、今の試合に、本気の全力を尽くしてしまった気がする。
 少し休憩してからにしようと思って、イリコはいったんロビーから抜けることにした。
「……ふう」
 ―――楽しかった。
 ものすごく、楽しかった!!!
(……勝てて良かった……し、何より楽しかった……!)
 それもこれも、味方のみんなが助けてくれたお陰だ。
 せっかくだから一声かけていけばよかったな、と思っていると、ロビーから見覚えのあるボーイが出てきて、イリコの顔を見るなり「あ!」と声を上げた。
「ねえ、さっきの子だよね?お疲れさまー!」
「あ……お疲れさま!」
「さっき凄い頑張ってくれたよねー、ありがとう!」
 イカボーイは人なつっこい笑顔で、イリコにそうお礼を言ってくれた。
「え!?あ、ううん、そんな……」
 あれは、みんなで頑張って得た勝利だ。
 そう言おうとして、イリコは彼が持っているブキケースに気が付いた。
「あ……もしかして、あの時プロペラ回してくれたのって……」
「そうそう、あれ僕!」
 スピナーが入ったブキケースを大切そうに抱えながら、彼は笑った。
「あれはもう、進ませなきゃ-!って思ってさ~。延長戦で逆転勝ちとかめちゃくちゃ熱かったよね~!」
「あ、さっきの野良の子ー!」
 またロビーから出てきたイカガールが、イリコに向かって声をかけてくる。
「さっきはありがと~!ガチマであんなに楽しかったの初めてだよ~!」
「ほ、ほんと?」
「もし良かったらフレコ交換しない?」
 イカボーイがにこにことしながら言った。 
「今度ナワバリ行こうよ~!また一緒にバトルしよ!」
「あ、あたしも良かったらいい?君の立ち回り、参考にしたいし……」
 イカガールにもそう言われ、イリコは思わず嬉しくなりながら、うなずいた。
「……うん!よろしくお願いします!」
 ―――楽しいバトルは、一人じゃできない。
 以前、誰かがそう言っていたことを、イリコは思い出す。
 いつかアオたちとも、あんな楽しいバトルができたらいいと、イリコは強く思った。



***



「……呑気にアホ面しちゃってさ」
 楽しそうに話をしているイリコたちを、遠くの物陰から見ている少女が一人。 
 彼女は憎々しげな表情で、イリコのことを強く睨んでいた。
 だが―――イリコは気付かない。気付かれるほど、近くにはいない。
「……ピーニア様」
 静かな声に、少女―――ピーニアは振り返った。
 恭しく頭を下げるコメットに向かって、ピーニアは棘を含んだ声で訊ねる。
「手はずは?」
「整えております」
「そう……なら、次の日曜に動くわよ」
 ピーニアはそう言って、再びイリコを睨みつける。
「もう二度と、この街にいられなくしてやる……あいつも、アオも!!!」
「…………」
 コメットは、ただ黙って、主人に頭を垂れるだけだった。



<つづく>
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