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イリコとガチマッチ


カコーン……

玉砂利の敷き詰められた庭園から、シシ威しの音が聞こえる。
その日、セイゴはボーイの格好をしていた。
広い座敷のうえ、正座するセイゴの前には、着物を着た壮年の男性がひとり。
その相手は、女装して会えるような人物ではない。
TPOは弁える。それが、セイゴの主義だった。
「そんで、マサ坊はどないや」
ぱたぱたと扇子を扇ぎながら訊ねる男性に、セイゴは軽く頭を下げる。
「おかげさまで、相変わらずですよ」
顔をあげてから、セイゴはちょっと微笑んだ。
「おやっさんが心配するようなことは、何もないです」
「そうかそうか」
セイゴの答えに、彼は満足そうにうなずいた。
「あん時お前らを助けられんかったのが、どうにも心残りでなぁ……元気なら、ほんまに良かった」
「おやっさん、またその話ですか……」
セイゴはちょっと苦笑いしてから、「もう大丈夫ですって」と、相手を安心させるように笑う。
「俺もマサバも、何事もなくつつがなく過ごせてます。日々安泰、ってやつですよ」
「せやからってなあ」
男性は、ちょっとおどけたように唇を尖らせてみせる。
「あんなめんこい格好でイカスタグラム更新しとったら、悪い虫つかへんか心配なるやん?」
「……んんっ!?」
思わず身を乗り出すセイゴに対し、男性は声を上げて笑った。
「わっはっは!いや~おいも最近始めてな。なんやえらいかいらし子いるな~おもたら、どっかで見たことあるやんけ。ちょっと前にフォローしたったさかいに」
「うっそでしょ……」
思わず口調が素に戻る。
にんまり笑う相手を見て、セイゴは慌てて取り繕おうとした。
「いやマジ……本当ですかおやっさん……」
「タイヤキのおっちゃんの審美眼、舐めたらあかんでえ」
タイヤキと名乗る男性は、面白おかしそうににひっと笑う。
「これでも人を見る目はあるさかいに、ぎょうさんフォロワーまでおって楽しそうやんけ。ま、おまんの趣味に口出すほど野暮やない、むしろ楽しませてもろてるから安心せえ」
「はは……」
このひとにはかなわねえな、と、セイゴは首をすくめてみせる。
でもあとでフォロワー確認しとこう。見つかるかわからないけど。
「まあ、ほんとは娘との会話に繋がらへんかな~と思って始めてみたんやけど」
そう言って、タイヤキは扇子で口元を覆うと、意味ありげな表情でセイゴを見た。
「あれやねえ、反抗期やねえ……今日も、どっかにふらっと遊びに行ったままやねん」
「……ピーニアですか」
セイゴは少し、姿勢を正す。
足崩してもええで、と言われたが、丁重に遠慮することにした。
「な~んや最近、えらい楽しそうでなぁ」
タイヤキの視線が、ついと庭に向けられる。
「フレンドがどーの、こーの。ひと集めてな~んのお遊びするつもりなんやら……」
「…………」
「コメットも、最近おいの言うことすっかり聞かんでな~」
そう言って、タイヤキは正座を崩し、あぐらをかいた。
「まあ、元々ピーニアのために付けた従者やさかいに。それはええんやけど……」
タイヤキの視線が、すっとセイゴに向かう。
セイゴは真っ直ぐに、タイヤキの視線を受け止めた。
「うちの娘がまた何かしでかしたら、おいに言い。これでも父親さかい、責任はとるけんのぉ」
「……ありがとうございます」
形ばかりの礼を言い、軽く会釈してから、セイゴは真摯な表情で向かい合う。
「でも……これは、俺たちの問題ですから」
「……ほんまなぁ」
タイヤキは、深く溜め息を吐いた。
「おいにもおまんみたいな息子がいたらな~……いや反抗されそやな~!」
「あはは……」
「おっま、そこはそんなことないですよぉ言うとこやろがい?!」
「いや……俺はろくでもない息子ですよ」
セイゴはそう言って、困ったように苦笑いしてみせる。
「親友と一緒に実家飛び出して、ろくに連絡も取らずにほっつき歩いてるんですから……きっと、俺がおやっさんの息子でも、親不孝しかしませんでしたよ」
「自覚があるだけまだマシやろがい」
タイヤキはやれやれと言いたげに頭を振った。
「ほ~んにピーニアは全く……ああすまん、娘のことになるとどうもな」
「いえいえ」
セイゴは左右に首を振ってから、小さく笑う。
「あいつが、いい婿さん見つけてくるといいですね」
「うちに婿入りしたいって奇特なイカがいたらの話やな」
タイヤキがそう言って、小さく溜め息をついた時だった。襖がスッと開く音がし、タイヤキはおもむろにそちらへと視線を向ける。
「なんや、来客中やぞ」
「失礼しやした」
いかつい男が膝をついたまま、恭しく頭を下げる。
「お嬢さんがお戻りです」
「ん」
タイヤキはついと顎を上げる。男は再び恭しく頭を下げると、静かに襖を閉めた。
「……ピーニア帰ってきてもうたな」
タイヤキはやれやれと言いたげに、セイゴへと視線を戻す。
「そろそろ帰るか?」
「はい、長々とすみません……お邪魔しました」
「ええ、ええ。おいが呼んださかいに」
ぱたぱたと扇子を振りながら、タイヤキは貫禄のある笑みを浮かべた。
「サジ坊とアイツによろしゅうな。たまには顔出せって言っとき」
「はい。おやっさんも、どうかお元気で」
セイゴはそう言って、深々とお辞儀する。
「それでは、失礼します」
「おん」
痺れた足を必死で誤魔化しつつ(絶対バレていただろうけど)、セイゴは座敷を出る。
待ち構えていた案内役の男はセイゴを見ると、「玄関までお連れします」と、軽く会釈してくれた。
「お願いします……あ」
向こう側の廊下から、どたばたと騒がしい足音がする。
この屋敷において、そんな足音をさせて許されるのは―――タイヤキを除いてただ一人しかいない。
細く切ったゲソをポニーテールにまとめたイカガールが、怒ったような顔をしながら歩いてくるのを見て、セイゴは小さく溜め息を吐いた。
「セイゴ!!!!!」
彼女はセイゴを見つけるなり、大声で叫ぶ。
「……よう、ピーニア」
面倒くさいことになったと思っていることをおくびにも出さずに、セイゴは笑ってみせる。
「久しぶり」
「あんた何しに来たの!?」
眉を逆立て、甲高い声で言いながら、ピーニアはセイゴに詰め寄った。
「どうせパパに会いに来たんでしょ!パパに取り入って何するつもり!?」
「アホか、むしろタイヤキさんに呼び出されたんだよ」
セイゴは呆れたような表情を浮かべて、首を傾げてみせる。
「パパにぃ?」
ピーニアは怪訝そうな顔をして、じっとセイゴを見つめた。
「何の話よ」
「世間話」
「うそつき!!」
ピーニアの声がまた一つ甲高くなる。セイゴは思わず耳を押さえた。
「いっつもそうやってあたしには誤魔化してばっかりじゃない!!ほんとはなんのために来たのよ、言いなさいよ!!」
「いっちいち怒鳴るなよ……」
慣れてはいるが、久しぶりに聞くとキンキン響く。側近らしい周りの男性たちは、黙って堪えていた。お疲れさまです。
「あんたのことだから、ど~せまたマサバのために~とか言うんでしょ!!知ってるんだから、あたし!!」
ピーニアの勢いは噛み付かんばかりだ。
セイゴは思わず溜め息を吐きながら、
「……俺があいつにつきっきりなのは、今に始まったこっちゃないだろ」
そう言ってから、セイゴは軽くピーニアを睨む。
「大体、そのことと俺がお前を許してないのは、また別の話だかんな。わかってると思うけど……」
「……ふん!!!」
ピーニアはつんと顎を逸らすと、後ろを振り返る。
男たちの間で、一人のガールが恭しく待機していた。
「行くわよ、コメット!!!」
「はい、ピーニア様」
コメットと呼ばれたガールはそう返事をすると、大股でセイゴの横を抜けていくピーニアの後を急いで追った―――が。
「……セイゴ」
コメットはセイゴの真横まで来るなり突然立ち止まって、鋭い視線をセイゴに向ける。
「……あまり、ピーニア様を刺激しないで。あなたたちが思っているほど、あの方は強くないのよ」
「お前が思ってるほど、俺らはピーニアのこと知らないわけじゃないぜ?」
セイゴは挑戦的な笑みでコメットを見返してやる。
「俺のことが気に入らないだけなら、お得意のダイナモテスラで、ぷっちんしちゃえばいいじゃねえか。それとも、それすらピーニアの許可がないとできないか?」
「ふざけないで」
コメットの表情が厳しくなる。
セイゴが何さらにか言おうとした、そのときだった。
「コメット、何してるの!!!」
ピーニアから叱声が飛び、コメットは慌ててそちらを振り返る。
「申し訳ありません、ただいま!」
「……俺だって、あいつに会う前に帰るつもりだったんだよ」
セイゴはそれだけ言って、軽くコメットに首をかしげてみせた。
「騒がせて悪かったな」
「…………」
コメットはきつくセイゴを睨む。
だが、セイゴは全く気にせずに、肩をすくめてみせる。
「……つーかさ、たまにはあいつの抑え役もやってやれよ」
セイゴの言葉に、コメットは思わず目を丸くする。
セイゴはにんまりと意地悪く笑ってやった。
「言うこと聞くだけが、従者の役割じゃないぜ?」
「あ……あなたに言われたくありませ、」
「コメット!!!!!!!!!」
「っ……申し訳ありません、ピーニア様!!!」
コメットはセイゴをもう一睨みだけしてから、大急ぎでピーニアに駆け寄る。
セイゴは二人の後ろ姿をちらりと見てから、案内役の男性に「すみません、お願いできますか」と声をかけた。
男性は特に何も言わず、黙って玄関まで送り届けてくれた。
「……騒がせてすみませんと、タイヤキの親父さんにお伝えいただけますか」
セイゴがそう言うと、案内役をしてくれた男性は少しだけ微笑んでから―――すぐに無表情に戻り、「承りました」とうなずいてくれた。
玄関を出てから、最後に一度だけ、屋敷に向かってお辞儀する。
屋敷から離れるようにしてしばらく歩き、恐らく関係者に見聞きされないところまで来てから、セイゴはがっつりと力を抜いた。
「……………………くっそ疲れた……」
―――一人で来るんじゃなかった。
いや、一人で来る以外の選択肢はないのだが。
ノザマ組のタイヤキ―――スクエア近辺でちょっと『ヤンチャ』したことがあるイカなら、きっと知らぬ者はいないであろう、「その筋のイカ」である。
その当人が済む屋敷に訪れて、気疲れしないイカが、果たしているだろうか……いや、いない。
現に、自分は割と図太いという自信を持っていたセイゴでさえ、緊張と気遣いでへとへとである。
「あー……煙草吸いてえ……」
そうぼやきつつも、今日は煙草を持ってきていない。
あとで買うかと考えながら、タイヤキがわざとらしくこぼした愚痴が、次々と思い返される。
(……あの我が儘娘の、『オトモダチ』ねえ)
タイヤキの口ぶりからも、ピーニアが『ろくでもないこと』を考えているのは、恐らく間違いないだろう。
そして、彼女がそんなことをしでかそうとしている理由についても、セイゴには何となくわかってしまうのだった。
(……あ~嫌だ嫌だ。最近やっと平和だと思ってたら、嵐の前の静けさかよ……)
どうも、あのイカガール―――イリコが来てから、マサバの周囲が騒がしい。
ハチも。アオも。自分の尊敬する先輩たちも、自分自身も……なんだか、とても落ち着かない。
今まで止まっていた『何か』に、大きな、大きな風穴が空いて……ゆっくりと、だが、確実に。
見えない何かが、動き始めている。
……そんなざわめきを、セイゴは一人で感じていた。
「…………」
セイゴはひとつ息を吐いて、おもむろにイカフォンを取り出す。
手癖に近い操作で、恐らくマサバの次に連絡を取っている相手に、セイゴは電話をかける。
「……あ、もしもし……リーダーですか」
電話の向こうからは、やたらめったらハイテンションな声が聞こえてくる。後で何徹目か確認しようと思いながら、セイゴは話を続けた。
「すみません。以前ご報告した、『ウルコ』さんの妹さんの件なんですが……ええ、ええ。あ、はい……はい、それじゃ今から本部に向かいます。いや、ちょっと気になる話を聞いて……」



***



や、や、や……
「ヤグラむずかしい~!!!!!」
思わず叫んでしまうほどには難しい。難しいというか、立ち回りがわからない。
ガチマッチのルールの一つ、ガチヤグラ。
ヤグラと呼ばれる乗り物を特定ポイントまで運んでカウントを進めていき、最終的にカウントが進んでいた方が勝ち、というルールなのだが……。
「多分これ絶対もみじ向いてないよね?!」
『向いてナイデスネ……』
なんとかBーには上がれたものの、あまりにも勝てなさすぎて、イリコは電話でハチに助けを求めていた。
『メジャーなのハ、ブラスターやスピナー、デショウカ』
ハチは丁寧にイリコにオススメのブキを教えてくれた。
『シューターの中デモ、プライムシューターやスプラシューターなどはオススメデス』
「あ、あのねハチくん」
『ハイ?』
「私エイムが本当にダメなんだけど……エイムがなくても行けそうなブキって、あったりする……?」
『…………』
ハチはしばらく悩んでから、言った。
『頑張りマショウ!!!』
「頑張るね!!!」
それしかアドバイスがないのなら仕方ない。
イリコはハチに礼を言ってから、電話を切った。
ふと時間を見ると、ちょうどいつもクロトガがナワバリにいる時間だった。
彼は本当にルーティン通りのスケジュールでバトルをしているそうで、あれからイリコも何度かフレンド合流させてもらった。
クロトガから合流してもらったことは、まだないけれど……。
(……あれ?)
ロビーの情報を見る限り、今のタイミングでは参加していないらしい。スケジュール変更から少し経っているので、部屋の入れ替わりということもないと思うが。
「…………」
なんだかすごくそわそわしてしまう。
いや、別にいいんだけど。いいんだけど。
クロトガとするバトルが楽しいというだけで、他意はないのだから。
「……今って、確かガチエリアだっけ……」
独り言を呟きながら、イリコはイカリング2を確かめる。
ガチエリア。
『エリア』と呼ばれる枠を塗ってカウントを進め、多くカウントを進めた方が勝ち……というルールだ。
これなら、もみじシューターでも活躍できるかもしれない。
「……よし、がんばろ!」
一人で気合いを入れ直し、イリコは再び、ガチマッチへと向かった。
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