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イリコと『もみじ』

バトルが好きだから強くなりたい。
強くなったら、きっともっと楽しいバトルができるから。
あの彼とわかり合えるかはわからない。
でも、自分は自分なりにバトルに対して真剣なんだってことは、どうしても伝えたい。
イリコの想いを聞いて、それでもなお、アオは迷っていた。
迷っていることを伝えると……イリコは初めてアオに対して、怒ったような顔を見せた。
「アオさんは、私がアオさんに『強くなってほしい』って言われたから、私が強くなろうとしてるって思ってませんか?」
その通りだ。
アオは、イリコに強くなってほしかった。
強くなったイリコと、一緒に―――思う存分、バトルがしたかった。
でも、それが自分のエゴでしかないとしたら。
そのせいで、イリコがバトルを嫌いになってしまうとしたら……。
「私、アオさんともっと一緒にバトルがしたいんです」
イリコは訴えかけるようにそう言った。
「アオさんは、私に強くなるきっかけをくれて、『強い』って、どういうことかも教えてくれました。だから、私はアオさんと戦いたい。アオさんと戦って、『強く』なりたい」
イリコの瞳はどこまでも真剣だった。
イリコの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
自分は―――それから、逃げているような気さえした。
「アオさんに強くなってほしいって言われたから強くなるんじゃない。私は、私が強くなりたいから、強くなるんです。私の思いを、アオさんのせいにしないでください」
「……イリコ」
「でも」
と。
イリコは、ふと表情を緩めた。
「そんなアオさんだから、きっとこうしてお願いもできるんだと思います」
「……?」
「アオさんが、私のことを大事に思ってくれるから……」
イリコはそう言って微笑む。
「私のことを、真剣に考えてくれるから……私も本気で、お願いできるんです」
「……わたしで、いいの?」
アオはイリコに向かって、確かめるように訊ねた。
「強いイカは、探せば他にもいるわ……頼めばバトルの練習をさせてくれるイカは、そのなかにだって、いるかもしれない」
それでも。
例え、そうだとしても。
イリコの答えを、アオは確かめたかった。
「わたしで、いいの?」
アオの問いかけに、イリコは笑った。
「アオさんじゃなきゃ、駄目なんです」



―――お前といても楽しくない。



そう言われたのは、いつのことだっただろう?
戦えば戦うほど、孤独になるようだった。
強くなればなるほど、孤独になるようだった。
仲間ができても、知り合いが増えても、自分が一緒にいてはいけないような気がして。
ずっとずっと、周りと距離を置こうとしながら、ずっとずっと、一人で生きてきた。
(……でも、もういいんだ)
そんなこと、もう考えなくていい。
わたしじゃなきゃ、駄目だと言ってくれるひとがいる。
わたしと戦いたいと、言ってくれるひとがいる。
何度倒しても、何度倒しても。
諦めずに、立ち向かってきてくれるひとがいる。
それは―――なんて、幸せなことなんだろう。
「!!」
アメフラシの雨雲が見え、アオは素早く横の細道に移動した。
今のステージはハコフグ倉庫。狭いながらも細道が両脇を通っており、奇襲しやすく、迎え撃たれやすいステージだ。
中央の広い箇所……といってもそこまで大きくはないステージ内でアメフラシを投げられると、非常に邪魔で厄介になる。あのインクの雨を受けてもすぐにデスすることはないが、耐えられる時間は約4秒。他でダメージを受ければ、当然もっと短く―――イリコだ!!
アオの正面に回り込むようにして現れたイリコは、ロボットボムを投げるなりすぐにイカ形態へと姿を変え、インクの海に飛び込んで逃げた。
この細道で追跡してくるロボットボムをかわすなら、アオは後退するしかない……つまり……。
「……ふふ」
楽しい。
イリコが何を考えているかわかるからこそ、アオは楽しくてしょうがない。
(あの子は確実に強くなっている。だからこそ……)
まだ負けるわけには、いかなかった。
彼女の師匠として。先輩として。絶対に負けるわけにいかない。
自分はイリコの目標でなくてはならない。彼女が目指すべき壁として、立ち塞がっていなければいけない。
自分にそう言い聞かせながら、アオは素直に後退する手段をとった。ロボットボムの爆発範囲は、狭くはない。引きつけて爆発を見届けてから―――それから―――。
「……?」
イリコの姿が―――現れない。
アメフラシでアオを脇道に進ませ、それからロボットボムで牽制。アオが後退し、戻ってきたのに合わせて挟み撃ちの形で迎え撃ってくる……という作戦だと思ったのだが。
―――背後から、インクの跳ねる音。
「!!!」
アオは素早く振り向きシャープマーカーネオを構えた。一歩早くイリコがもみじシューターのトリガーを引く。アオもトリガーを引いた。理論値においてシャプマネオともみじのキルタイムは同等。しかし弾ブレないシャプマネオの方が有利。イリコの悪癖。銃口が上を向く。イリコのインクがアオにかかる。アオのインクがイリコに、いや、待て、これは―――
(視界が塞がれたっ!?)
アオは、エイムには自信がある。
どんなブキであろうと、真っ直ぐに弾が飛んでくれさえするのなら、的確に相手へと当てる自信があった。
だが、それは―――相手の姿が、見えている時の話だ。
イリコのインクがアオの顔面を濡らし、そして―――

パァン!!!

……破裂音。
インクに沈むブキ。インクに沈むギア。そして、立っていたのは……イリコだけ。
彼女はアオを倒すなり、即座にインクの海へと潜って、場を塗り広げようとする。
……が、何かに気付いたかのように、すぐに足を止めた。
「……あ?」
イリコは呆けたように、小さく声を漏らした。



***



ばしゃばしゃとインクを乗り越えながら、マサバは大急ぎでアオの立つリスポーン地点へと駆けつける。
「アオっ!!!」
マサバの声に、アオはふらつきながらも視線を向けた。彼女はシャープマーカーネオを抱いたまま、大きく肩で息をしている。
「……ごめんなさい、大丈夫。いえ……」
アオは激しく咳き込むと、少しだけ相手色のインクを吐き出した。イリコの攻撃を受けた際に、少しだけ飲んでしまったに違いない。
「大丈夫か?水飲める?」
「ありがとう、もらうわ……」
マサバが差し出したペットボトルの水を、アオは一気に飲み干した。
「……ありがとう。落ち着いたわ」
呼吸を落ち着けたアオを見て、マサバはほっと息をついた。
「あ、アオさん……!!」
もみじシューターを片手に、イリコが慌てたように駆け寄ってくる。
「イリコ」
「あ、あの、わ、私……」
イリコはとにかく戸惑ったような表情で、少し高い場所にいるアオを見上げた。
「私、アオさんから、キル……取りました……よね?」
「……取られたわ」
アオはそう言ってうなずいてから、イリコに向かって、ふっと微笑んだ。
「……よく頑張ったわね」
「……や、」
もみじシューターが、勢い良く振り上げられる。
「やったぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!アオさんからキルとったあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
狭いハコフグ倉庫に、イリコの声が高らかに響いた。
嬉しそうに飛び跳ね始める彼女に、マサバは思わず笑みをこぼした。
「やっと実感沸いてきたかぁ……」
「無理もないわ。わたしも、まだ呆けてるもの」
アオは優しい目でイリコを眺めてから、ちょっと顔をしかめてみせる。
「……でも、悔しいわね。判断ミスだったわ……」
「…………」
マサバは何も言わずに、アオの横顔を見つめた。
イリコがアオから、キルを取った。
それは凄いことだと思うし、素直に賞賛したい。だが、今のマサバには、それができそうにない。
あの子が羨ましかった。あの子が妬ましかった。
でもそれ以上に―――自分が情けなかった。
あの子はたった数日で……いや、一ヶ月足らずで、アオを倒したのに。
俺は二年間も、何を。
「……マサバ」
不意にアオから声をかけられ、マサバは思わずびくっとする。恐る恐る彼女の表情をうかがうと、彼女は挑戦的に微笑んでいた。
「次は、あなたの番ね」
「……え?」
「期待していていいのよね?」
アオの笑みと言葉の意味がわからず、マサバは戸惑ってしまう。
「ど、どういう意味……?」
「わたしは……」
アオは青い瞳に真摯な色を湛え、言った。
「あなたがまた挑んでくれるのを、ずっと待っている」
思わず言葉を失うマサバに、アオは続けた。
「イリコに先を越されて悔しいのなら、逃げずにわたしと戦って」
「……あ、アオ、」
「わたしも、もう、逃げないから」
アオはそう言うと、軽く手を振り、何か言いかけたマサバを遮った。
それから彼女はふわりと段差を飛び降り、はしゃぎ疲れたイリコへと駆け寄っていく。
「イリコ、少し確かめたいことがあるのだけど……」
取り残されたマサバは、アオに向けようとしていた行き場のない手を、仕方なく下ろした。
「……どーすんの」
いつの間にか下で待っていたセイゴが、リスポーン地点まで足を運んでくる。
真剣な表情で何か確認し合っているアオとイリコを眺めながら、セイゴは肩をすくめてみせた。
「先越されちゃってさ」
「……正直、マジで悔しい……」
さすがに親友には、本音が漏れてしまった。マサバがこぼした言葉に、セイゴは軽く眉をひそめる。
「……でも」
ぎゅっと、マサバは力強くこぶしを握る。
アオの視線と言葉が、強く焼き付いていた。
―――ずっと待っている。
―――もう、逃げないから。
「……いつかは、絶対勝つ」
「……ん」
セイゴはうなずいて、小さく笑う。
「お前がそう思ってんなら、それでいいよ。……でも、その顔はイリコちゃんに見せんなよ。絶対気にするぞ」
「……ちょっと待って、今整える……」
「ったくもー」
しょうがねえな、とセイゴは呟いてから、マサバを置いて、ガール二人の方へと降りていった。
「……そう。やっぱりそうなのね」
イリコの話を聞いて、アオは納得したようにうなずいていた。
「あの、このクセがなかなか直らなくて……」
「いいわ。もう直さなくていい」
アオにそう言われ、イリコは「へ?」と間の抜けた声を出す。
「あなたの個性として、大事になさい。ただ、エイムはもっと鍛えた方がいいわ。それから……」
「おーいお嬢さんたち、休憩にしようぜ」
熱心な表情で相談を続ける二人に、セイゴがやれやれと言いたげな表情で言った。
「飯食いに行こうぜ飯。さすがに疲れただろ」
「あ、セイゴさん!」
「お疲れさま、イリコちゃん」
セイゴはイリコの顔を見ると、にっと笑った。
「今日はハチがいなくて残念だったな。あいつが一番イリコちゃんのこと応援してたんだぜ」
「え、そうなんですか!あとでメッセージ送っておきます!」
「そうしてやって~、絶対喜ぶよ」
「そんじゃあ、今日はおれの奢りで!」
マサバはそう言って、勢い良くリスポーン地点から飛び降りる。
「イリコちゃんすごいで賞と、アオちゃんお疲れさまで賞ってことでね。どこで食べたい?」
「いつものファストフードでいいでしょう」
アオはそう言って、イリコを見る。
「いいわよね?イリコ」
「はい!アオさんといつもあそこに行くので!」
イリコが嬉しそうにそう言うと、不意にぽんぽんと頭を撫でられる。
「お疲れさま、イリコちゃん」
マサバの手だと気付いて、イリコはびっくりしたように目を丸くする。
マサバは穏やかな声で、イリコを労った。
「凄かったで。アオちゃんからキルとるなんて、ほんま成長したな」
「あ……」
マサバがにっこりと笑う。それを見て、イリコはぱぁっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!マサバさん!」
「……言い忘れたけど」
と。アオがマサバとイリコの間に割り込むようにして、ひょっこり顔を出す。
「奢るならイリコだけにしてあげて。わたしは自分で払うわ」
「えっ」
「あんまり金銭の貸し借りは作りたくないの」
アオはそう言って、イリコのフクの袖をつまんで引っ張った。
「行きましょ、イリコ」
「あ、アオさん?」
イリコは戸惑いながらも、素直にアオについていく。
マサバが呆気に取られていると、セイゴがマサバの顔をのぞきこみながら、にやにたと笑っていた。
「……何やセイゴ。言いたいことあんなら言えや」
「べっつにー?」
セイゴはけらけらと笑ってから、マサバの背中を軽く叩いた。
「ほら、俺らも行こうぜ。奢られてやるからさ」
「誰がお前に奢るかアホ!!」
小突く振りをするマサバに、セイゴはまた声を立てて笑う。
仲の良いやりとりをするボーイ二人に、イリコとアオは黙って顔を見合わせ、小さく笑った。
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