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イリコと『もみじ』

カフェ・テリアを出たところで、「そういやイリコちゃん」と、マサバが思い出したように言った。
「フレコカード作った?まだなら作ってから行かへん?」
「まだですけど……いいんですか?」
イリコは遠慮がちに答えた。
「せっかくこれからバトル行くのに……」
「せっかくこれからバトル行くからやって」
イリコに向かって、マサバはにっこりと笑った。
「野良で遊んでくれた子とかに渡したりしたい時もあるやん?イリコちゃん、なかなか作る暇なさそやったし、こういうタイミングでもないとな~と思ってさ」
「いいじゃん、俺もイリコちゃんのフレコ欲しいし」
セイゴがそう言って、ゲーセンの方を指す。
「それなら先にゲーセン行こうぜ。フレコカード作るならあそこだろ」
「ハチもいいよな?」
マサバに確かめられ、ハチも笑顔でうなずいた。
「構いマセン。イリコサンのフレコカード、ボクも欲シイデス」
「……ハチくんはさっきフレンド申請したよね?」
「欲シイデス」
何故か力強く、はっきりと繰り返すハチに、イリコは「そ、そっか……」と言うしかなかった。
「そんじゃあ、カード代はお兄さんが奢ったげよう」
「え、いいんですか!?」
「大して高くもないし、これぐらいはな」
マサバはそう言ってウィンクしてみせる。
「イリコちゃんが普段めっちゃ頑張っとるのは知っとるしね」
「マサバさん……!」
イリコはぱあっと顔を輝かせた。
「意外とちゃんと見てくれてるんですね、マサバさん!」
「意外とちゃんと先輩してんじゃんマサバさ~ん」
「意外と面倒見はいいんデスヨネ、マサバサン」
「だから今日のおれの扱い!!!」
引き続きいじられるマサバに、イリコたちは声を立てて笑った。



***



ゲームセンターでフレコカードの印刷ができあがるのを待ちながら、イリコたちは街の様子を眺めていた。
今日もハイカラスクエアは、多くのイカたちで賑わっている。
「……そういえば」
様々なギアに身を包んでいるイカたちを見て、イリコはふとハチに話しかけた。
「ハチくんの髪型って、最近流行り出したんだっけ?」
「……ボクデスカ?」
軽く首をかしげるハチに、イリコはうなずいてみせる。
「イカしてるよね!ギアもかっこいいし。オシャレ好きなの?」
「…………」
イリコのストレートな褒め言葉に、ハチはびっくりしたように目を見開いたあと……うつむいてしまった。
「……あ、あれ?ごめん、嫌だった?」
「あ、イエ……」
ハチはこちらに手のひらを向けるようにして顔を隠しつつ、首を振った―――耳まで赤くしながら。
「……褒められ慣れテナイものデ……」
「……」
かわいい。
何故か今日はやけにボーイにこの感想を抱く気がするなぁと思いながら、イリコは思わずにこにこしてしまった。
「マサバがもっと褒めてやんないから……」
「もうおれ弄りはええやろが!」
にやにや笑うセイゴを、マサバがむくれたような顔で小突く。セイゴはそれを軽くあしらいながら、
「そういやみんな、今日ブキ何使うんだ?」
と、イリコとハチに向かって訊ねた。
「俺、それにあわせてサブスペ選びたいなーって。味方になれるかわかんないけど」
「私はもみじです!」
「ボクはスプラローラー、デスネ」
「マサバは?」
セイゴに訊かれ、マサバはちょっと複雑そうな顔をしながらも、持っていたブキケースを開けてみせた。
それを見て、イリコが思わず声を上げる。
「あ!ヒッセン!」
「アオちゃんには内緒にしてね……」
緑色のバケツを取り出し、小脇に抱えて、マサバがちょっと溜め息を吐く。
「今日こっち来ぉへんて聞いてるからさ……久しぶりにな」
「あの件、やっと仲直りしたって言ってなかったか?」
セイゴが軽く肩をすくめてみせる。
「そんなら堂々使えばいいのによ」
「それとこれとは別なの!」
なぜかムキになるマサバを、「へいへい」とセイゴは軽く受け流した。
「そんじゃあ俺、今日はスパクリにしよ~っと」
「チャクチ狩られろ」
「やだぁこわ~い、味方んなったら守って♡」
「どうせ自分で何とかするんやろが」
可愛い子ぶるセイゴをマサバが冷たくあしらうと、セイゴは楽しそうにけらけらと笑った。
仲良しだなぁとその様子を眺めていたイリコは、ふと、あることに気が付いた。
「……ていうかセイゴさん、その格好のままバトルに参加するんですか?」
「するよぉ」
そう言ってセイゴはスカートをつまみ、ぴらぴらと裾を振ってみせる。
「いいじゃん、誰に迷惑かけてるわけでもなし」
「いや、全然いいんですが……」
文句があるわけではないですよ、とイリコは補足してから、真面目な顔で言った。
「……さっきからちょくちょく、セイゴさんがボーイであるという事実を忘れそうになるんですよね……」
「え?俺そんなに可愛い?」
セイゴは一瞬目を丸くしてから、悪戯っぽく笑う。
「ありがと♡もっと言って♡」
「……可愛いです。可愛いんですけど」
イリコは悔しさを胸いっぱいに抱えつつ、正直に言った。
「……可愛すぎて、今私はガールとしての自信を若干失いつつあります……」
「それはまぁ、頑張ってくれとしか……」
セイゴはちょっと考えてから、
「今度、化粧品とか教えようか?あんま高くないやつ」
「いいんですか?!」
「めっちゃ食いつくやん……」
「女性ゴコロはフクザツ、デスネ?」
そんな雑談をしているうちに、イリコのフレコカードが刷り上がった知らせが出る。イリコは早速、買っておいたケースにカードを入れた。
「カードありがとうございます、マサバさん!」
「いいってことよ~」
「イリコちゃーん、早速一枚貰っていい?」
「ボクモ……」
「あっはい、もちろん!どうぞ!」
イリコがセイゴたちとフレコカードを交換してから、4人はあらためてロビーへと向かった。
「バトル楽しみだね!」
「そうデスネ」
イリコとハチが笑顔でそう言い合っていた、そのときだった。
ふと、どこかから視線を感じて、イリコは周囲をきょろきょろと見渡す。

―――赤い瞳。

射貫くような視線に、イリコは思わず立ち止まる。
赤い瞳をした少年が、確かにこちらを睨んでいた。
(……誰?)
ハチと同じような髪型をした、背の高い少年。
見たことのないギアに、見たことのない赤い瞳。背にはチャージャーブキが入っていると思われる、細長いブキケースを背負っている。
彼は何故か険しい表情をして、イリコたちの方を睨んでいた。だが、イリコと視線が合ったことに気がつくと、不機嫌そうに眉をしかめて顔をそらし、ロビーの方へと行ってしまう。
「あ……」
イリコが声をかけようか迷っていると、彼はさっさとロビーの中に入って行ってしまった。
―――今のは、誰だったんだろう。
知らないひとだ。知らないひとなのは、間違いない。
けれど。
酷く、印象的な瞳をしていた。
「……イリコサン?」
立ち止まったイリコに気がついて、先を歩いていたハチが駆け寄ってくる。
「どうされタンデスカ?」
「……ううん」
イリコは首を左右に振って、ハチに笑いかける。
「なんでもない。早くいこ!」
「……そうデスカ」
ハチは深くは訊かずに、そう言って微笑み返した。



***



バトルに入る際、ボイスチャットの申請もして、インカムを装備する。
やっぱりこの方が落ち着くな、とイリコが思っていると、イヤホンからセイゴの声が聞こえてきた。
『もしもーし、聞こえてるー?』
「あっはい、大丈夫です!」
『ほんと?サンキュー』
イリコが返事をすると、セイゴがほっとしたように言った。
『ナワバリでボイチャとか超~久々だわ』
『お前最近バイトばっかりやもんな』
『よろしくお願いシマス』
「よろしくね!」
ブキを抱えて、転送装置へ。
このときが一番どきどきして、緊張する。
どんなイカが味方で、どんなイカが敵なのか。
フレンドと一緒に参加しているときはなおさらだ。
8人がステージに運ばれ、転送装置の上に立つ。
やってきたのは、ザトウマーケット。何でも揃うと話題の大型スーパーマーケットで、起伏の大きいステージだ。
味方には―――ハチとセイゴ、それから知らないガールがいる。つまり、向こうには当然……。
『待ってえ!?おれぼっちなんやけど!!』
『もうシステムまでマサバ弄り始めてるじゃん』
スパッタリークリアをくるくると回しながら、セイゴが笑った。
―――試合開始だ!
『先導シマス!』
勢いよくローラーを振り、ハチが塗り進んでいく。
イリコも足下を塗って丁寧に自陣を固めながら、その後を追いかけた。
『俺マサバキルできないからさ、ごめんだけどよろしくね』
「えっ、なんでですか?!」
『ちょっとね』
イリコの脇を通り抜けながら、セイゴがぱちんとウィンクしていく。
……多分、深く訊かない方がいいのだろう。
イリコは一人で納得して、インクの上を塗り進んだ。
『セイゴお前さぁ……』
『敵チームのひとは話しかけないで貰えますぅ~?』
『ボイチャしとんのやから仕方ないやろ!!』
イヤホンからはマサバとセイゴの仲の良いやりとりが聞こえてくる。思わず苦笑いしていると、
『イリコサン、うるさカッタらオフにできマスヨ』
と、ハチに気を遣われてしまった。
「だ、大丈夫!!」
返事をしつつ、スペシャルが溜まったのを見計らって、アメフラシを投げる。
敵と交戦しやすい高台の方に向かおうとすると、赤いレーザーサイトが見えた。
(チャージャー!)
確か、相手にいるのはスプラチャージャーだ。
インクの方向からして、向こうはまだイリコに気が付いていないはず。
壁を塗って高台に上がり、ロボットボムを投げようとして―――イリコは気が付いた。
(……あ)
険しい表情でスプラチャージャーを構える、赤い瞳の少年。
さっきの、知らないボーイだ。
彼はイリコに気がつくと、すぐにイリコの方へとブキを構え直した。
「!!」
イリコはとっさに、立っていた位置の斜め前に飛ぶ。放たれたインクは相手の狙いから微妙に逸れて、キルを取られるまでには至らない。
(チャージされる前なら……!!)
素早くイカダッシュで近づき、相手に向かって、もみじシューターのインクを放とうとする。
だが、相手はそれよりも素早く正確に、イリコへとスプラチャージャーの銃口を向けた。



―――赤い瞳に、射貫かれた。




……イリコがそう思ったのは、自分がキルされたと気がついてからだった。
真っ赤なレーザーサイトと、真っ赤な瞳が、ダブって見えて焼き付いて、何だかひどくクラクラする。
インクの海に沈んで復活を待っている自分と、先ほど見た光景が忘れられない自分で、頭と心がバラバラになっているみたいだった。
バトルで、こんな感覚を味わったのは初めてで、イリコはどうしたらいいのか、わからなかった。
『……イリコちゃ~ん?』
セイゴの声に、イリコはハッとする。
『イリコちゃ~ん?大丈夫?』
「……あ、」
気が付けば、もうリスポーン地点に立っている。
『大丈夫デスカ?イリコサン』
ハチにも声をかけられて、イリコは慌てて返事をした。
「だ、大丈夫!です!!すみません!!」
急いでリスポーン地点から飛び降り、自陣の塗り残しを塗り始める。時間が勿体ない。
『何やどうした、大丈夫か?』
敵だというのに、マサバまで心配そうに声をかけてくる。
「ご、ごめんなさい……大丈夫です」
『チャージャーに突っ込んでくと危ないよ~』
「すみません……」
どうやらセイゴは、さっきのイリコの様子を見ていたらしい。気が付かなかったが、近くにいたのかな、とイリコは思った。
『フォローするから、俺と一緒にいこっか』
「え?」
イリコが返事をする前に、セイゴがスーパージャンプで飛んできた。
『おっすー♡』
「せ、セイゴさん!」
『敵にやったら強いチャージャーいんの。一人だと心許なくてさ』
セイゴは軽い口調でそう言うが、その目は真剣だ。恐らく、さっきの彼のことだろうと思って、イリコはうなずいた。
『君がありったけ塗れるようにフォローするから、サポートしてくんない?』
「わ、わかりました!」
二人がそんなやりとりをしていると、今度はハチもスーパージャンプでやってきた。
『あれ、ハチも来たの』
『せっかくナノデ』
ハチはそう言ってにっこり笑う。
『味方の金モデサンがさっき落ちテタので、復活を待って攻め込みマショウ』
『おっけー。イリコちゃんもそれでいいよね?』
「はい!」
イリコは真剣に返事をした。今のところ状況は不利だ。
自分が無理に攻めに行かなければ……と、イリコは内心、後悔していた。
「すみません、足手まといで……」
『何言ってんの』
マイクを通じて、セイゴがイリコを励ます。
『こういうのはチームプレイっていうんだよ。なあハチ?』
『そういうコトデス』
ハチもイリコに向かって、にっこり笑ってくれた。
イリコは何だかほっとして、小さくうなずき返した。
『お前らなんかずるくなーい!?』
『あっはっは!一人だけ敵チームのやつがなんか言ってる~』
『マサバサンから潰しマショウ』
『やーめーてーやー!!』
三人のやりとりに小さく笑ってから、イリコはもみじシューターを抱え直した。
(……今は、バトルを頑張らないと)
そう思っても、脳裏でちらつく赤い瞳は、簡単には消えてくれそうになかった。



***



それから何度か彼とはバトルになったものの、同じチームになれることはなく、気付くと姿が見えなくなっていた。
(……抜けちゃったのかな)
どうにも胸の奥底がそわそわして、落ち着かない。
出来れば彼と話がしてみたいし、もう一度バトルしてみたい。印刷したばかりの、フレコカードのことも思い出した。
追いかければ間に合うかもと考えて、イリコは今のバトルを終えたらいったん抜けてもいいか、三人に確かめた。
『ええよぉー』
『戻ってくる時のやり方わかる?』
「大丈夫です!」
『また後でバトルしマショウ』
「うん!」
逸る気持ちを抑えながらそのバトルを終え、結果発表を見届けて(なんとか勝てた)、イリコはロビーを飛び出した。
辺りを必死で見渡すも、彼の姿は見当たらない。
帰ってしまったのだろうか。それとも、別のバトルに行ってしまったのだろうか。
(もう会えないのかな……)
もう少し探そうか、どうしようか。イリコが迷いながら、周囲を見回しているときだった。
「……あ」
レーザーサイトみたいな、赤い瞳。
『カンブリアームズ』から出てきた彼と、偶然、目があった。
「あ、あの!」
イリコはとっさに声をかけようとする。
けれど、彼は気が付いていないかのようにすぐ目をそらし、歩いて行ってしまう。
イリコは大急ぎで、彼の後を追いかけた。
「ま、待って!ええと……」
さっきのバトルで確かめた彼の名前は―――確か―――
「く―――クロトガくん!!」
イリコが名前を叫ぶと、彼はようやく足を止めて、振り返ってくれた。
「……あ?」
ガラの悪い声を出しながら、彼は怪訝そうな目でイリコを見る。けれどイリコはひるまずに、真っ直ぐ彼の目に向き合った。
「あの、さっきのバトルで一緒だったよね」
敬語も忘れて、イリコは必死に彼に話しかけた。
「私、イリコって言うんだけど……」
「……話しかけんな」
「……え?」
彼は―――クロトガは、思い切り舌打ちをして、イリコをきつく睨み付けた。
「話しかけんなっつってんだよ、ザコイカ女」
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