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イリコとブキ

マサバはしばらくしたら落ち着いたようで、三人は試し撃ちを終え、買い物を再開することにした。
散々悩んだ末に、イリコが買うことを決めたのは、スプラチャージャーとヒッセンだった。
「ホクサイ、絶対楽しいんですけど……」
未練が残る視線をフデの棚に向けながら、イリコは溜め息を吐く。
「チャージャー練習したいんですよね……絶対使わないと覚えられない……」
「ええんとちゃう?」
マサバはそう言って、イリコの選択を励ましてくれた。
「まずは何事も経験よぉ~。わからんことあったら聞いてね!おれで良ければ教えるし」
「ありがとうございます!」
「ヒッセンは……」
イリコのチョイスに、アオは何とも言えない顔をした。
「買うのね」
「はい!」
イリコははっきりとうなずいた。
「使ってみたいので!」
「……そう」
アオはそれ以上、何も言わなかった。少なくとも、嫌がってはいない……ように、イリコには見えた。
「お買い上げありがとうでし~」
買ったばかりのブキは、持ち帰るか配送してもらうかを選べる。イリコは両方とも、送ってもらう方を選んだ。
買い物を終え、店を出ると、
「……ごめんなさい、イリコ」
複雑そうな表情を浮かべるアオに突然謝られて、イリコはどきっとした。
「申し訳ないけれど、わたしの前でヒッセンは使わないでね……」
「あ、えと、むしろなんだかすみません……」
イリコは途端に申し訳なくなって、アオに謝り返す。
「どうしても……使ってみたかったので」
「それはいいの」
アオはあっさりそう言って、左右に首を振ってみせた。
「あの話を聞いて、ヒッセンを使ってみたいと思ってくれたのなら、むしろそれはいちナワバリバトルプレイヤーとして、光栄に思うわ。けど……わたしの前では、使わないで欲しいの」
彼女はそう言ってから、深く溜め息を吐いた。
「……自制が効かなくなるから……」
「は、はい……」
そうなるときっと、反省会であの熱量の話……いや、きっとそれ以上の話を聞かされるのだろう。イリコはアオの話を聞くのは好きだったし、反省会も全く苦ではなかったけれど、さすがに堪えるような気がした。
アオにヒッセンの扱い方を教わりたい気持ちはあったが、ここはお互いのためにも控えた方がいいんだろうなと、イリコは思った。
「わかりました。アオさんの前では使いません」
「ありがとう」
約束してくれたイリコに対し、アオはほっとしたような表情を浮かべた。
「……もし、どうしてもというのなら、バトルの指導が普段の1000倍くらい厳しくなっても構わないという覚悟でお願いね」
「……わかりました!」
「イリコちゃん、いま一瞬悩まんかった?」
「ちょっとだけ!」
「素直な子やね~」
「……本当にどうしてもという時にしてね?」
アオはまた困ったような表情を浮かべる。
「わたし、まだあなたに嫌われたくないのよ」
「き、嫌いになりませんよう!」
イリコは慌てて言った。
「現に、マサバさんはアオさんのこと嫌いになってないじゃないですか!」
「おっとぉ、そこでおれの話出しちゃう?」
「マサバは……マサバだもの」
アオはそう言って、唇を尖らせる。
「イリコにはどうしたら嫌われないか、わからないもの……」
「だから嫌いになりませんってば!」
イリコは根気強く繰り返す。
「そこら辺はマサバさんとおんなじぐらいに信用していただけるよう、私も頑張りますから!」
「…………」
アオは、しばらくじっとイリコを見つめてから、
「……ならいいのだけど……」
「あ、いいんやねそれで……」
納得するアオに、マサバはちょっと脱力した。
「あ、そうだマサバさん」
イリコはふと思い出して、あらためて会釈する。
「今日はお買い物に付き合ってくださって、ありがとうございました!」
「いやいや、おれはなんもしとらんよ」
マサバはそう言って、照れたように苦笑いしてみせる。
「しかも、何か恥ずかしいとこまで見せちゃったし……」
「え、えと……」
「できれば忘れてくれたら嬉しいな~なんて……」
「そうね」
アオが軽く眉をひそめながら、後悔したように呟く。
「まさか、泣かれるとは思ってもみなかったわ……」
「アオちゃ~ん、おれのお話聞いて~?」
「もう大丈夫なの?」
アオは聞いているのかいないのか、それでもマサバのことは心配らしく、そう聞き返した。
「大丈夫、大丈夫……ちょっとびっくりしただけやから」
「今度からは気をつけるわ」
「今度?今度の機会ある?」
「……一度フレンドを解除して再申請するときとか?」
「フレンド解除された時点で泣いちゃうけども??」
「……わかったわ。次にマサバを喜ばせるときね」
「あ、おれが喜んでたのは気づいてたのね。そう、ならそれでいいです……」
「いや良くないですよね!?」
まるで漫才のような二人のやりとりにすかさずイリコが突っ込むが、アオはきょとんとするばかりだった。
「まあそれはさておき……イリコちゃん」
マサバにちょいちょいと手招きされ、イリコは首を傾げた。
マサバはおもむろにポケットを探ると、イカしたカードケースのような物を取り出す。そこから彼はカードを一枚とって、イリコに差し出した。
「これあげる。おれのフレコカード」
「ふれこかーど?」
イリコがいそいそと受け取ったカードには、マサバの名前とフレンドコード、それから連絡先が書いてあった。
カードそのものは綺麗に加工され、きらきら輝く仕様になっている。
「わ!かっこいいですね!」
イリコの素直な感想に、マサバはにへっと笑った。
「あんがとさん。裏にQRコードあるからさ、そっから良かったらフレンド申請してね」
「わー!いいんですか!?ありがとうございます!!」
「イリコちゃんも作っとくといいよ。ゲーセンとかで結構簡単に作れるし、おれも何種類か持って……」
がしっ。
と、唐突にアオがマサバのフクを掴み、引っ張る。
「ん?」
マサバはカードケースを持ったまま、アオの方を振り返った。
「どないしたの、アオちゃん」
「…………」
「……あ、アオちゃん?」
「…………」
「アオちゃーん」
「…………」
「え、おれ、なんかした?」
「…………」
「えっ、マジでなに」
「…………」
アオはマサバのフクを掴んだまま、無言の視線だけで何かを訴え続けていた。
「……アオちゃーん。お願いだから、コミュニケーションしよ?なんかあった?」
マサバに困ったようにそう言われ、アオはようやく、もごもごと口を動かし始める。
「……わたしには」
「んえ?」
「わたしにはないの」
「……えっ、フレコカード?要る?」
アオはうなずきこそしなかったが、引き続き視線はマサバに何かを訴えかけていた。
だが、ようやく視線をそらして、
「……くれないならいいわ」
「いやいやいやあげるあげる!!何枚要る!?」
「一枚でいいわ……」
アオの話を聞いているのかいないのか、マサバは全種類のカードを一枚ずつ渡し始める。
アオはそれで気が済んだらしく、いそいそとカードを仕舞い込んだ。
「……お二人っていいコンビですね」
「えっ、それはどういう意味で!?」
「深い意味はないです」
イリコは首を左右に振ってみせた。そう、決して深い意味はないのだと、内心で自分に言い聞かせる。
「そうだわ、マサバ」
受け取ったカードを仕舞い終えてから、アオが言った。
「ハチにも、わたしのフレンドコードを伝えておいてくれる?」
「ハチコーに?いいけども」
「ありがとう。あの子なら、きっと受け取ってくれるでしょう」
少し含みのあるアオの言葉に、マサバは悪戯っぽく笑う。
「アオちゃんとフレンドなりたいコなら、いっぱいいると思うけど?」
「だめよ」
アオはちょっと咎めるように眉をしかめた。
「他には教えないで。ハチだけにして」
「はいはい、そう簡単に教えませんて……」
二人の会話に、イリコは今度はきょとんとしてみせた。
「はちこ?さん?」
「イリコには、まだ紹介していなかったわね」
アオがふと気づいたように、そう言った。
「わたしとマサバの……なんて言ったらいいのかしら。共通の、知り合い?」
「後輩でええんとちゃう?大体そんなもんやろ」
「……なるほど?」
自分とアオの関係性のようなものかな、と、イリコはなんとなく納得した。それならそのハチというひとは、自分の先輩に当たるわけだが。
「今度、イリコにも紹介するわね」
と、アオはそう言ってくれた。
「良い子だから、あなたとは気が合うんじゃないかしら」
「そうだと嬉しいです!」
アオとマサバの知人なら、きっと良いひとなのだろう。どんなイカに会えるのか、イリコは今から、とても楽しみになってしまった。
「そういえば、これからバトル行くんやろ?そろそろスケ変の時間とちゃうかな」
「そうね……」
アオがイカフォンでアプリを開き、次のステージを確かめる。
「タチウオとガンガゼね」
「ええやん、いこいこ!イリコちゃんにソーダちゃん見せたるよ」
「わ!ありがとうございます!」
「それじゃあ……行きましょうか」
ステージが変わるのを待って、三人はロビーへと向かった。



――それから、二時間後。
スケジュール変更の時間を迎え、三人はバトルのステージから、再びロビーの前へと戻ってきていた。
「楽しかったですねえ!さっきのバトル!」
イリコがはしゃぎながらそう言うのを聞いて、アオとマサバは微笑んだ。
「イリコちゃん、ほんとに楽しそうにバトルするなぁ」
「負けてもへこまないのが、イリコのいいところね」
「えへへ……」
イリコは思わず照れてしまった。イカした先輩の二人に褒められるのは、嬉しいけれどくすぐったい。
「遅くなってしまったし、反省会は明日にしましょうか」
「わかりました!今日は解散ですね」
イリコは元気よくうなずく。
「……二人とも、今日はほんとにありがとね」
突然マサバにそう言われ、イリコとアオはきょとんとする。
「……お礼を言うのは、わたしたちの方だわ」
「そうですね!今日マサバさんに会えて良かったです」
「そう言って貰えると嬉しいな」
マサバはへらっと笑ってから、軽く首をかしげてみせる。
「二人とも、ほんまに仲良えんやね。出会ってまだそんな経ってないって感じせえへんというか」
「そうですか?」
「それは……」
アオは少し考えるようにしてから言った。
「きっと、イリコのお陰だわ」
「わ、私?」
戸惑うイリコに、マサバが笑った。
「物怖じせえへんもんな~イリコちゃん。でもチャージャーに正面から突っ込んでくのはやめようね♡」
「うっ。は、はい……」
「その点は明日の反省会でも取り上げるとして……」
「はいぃ……」
「……マサバもイリコも、今日は本当にありがとう」
しみじみと噛み締めるように、アオは言った。
「わたし……あなたたちに会えて、本当に良かったわ」
「そ、そんなアオちゃん……」
「アオさん……」
「今までずっと、わたしは一人でいるべきなんだと思っていたけれど……」
アオは一瞬うつむいてから、すぐに顔を上げる。
「そうじゃないって、マサバはずっと前から教えてくれていたし……わたしにそれを気付くきっかけをくれたのが、イリコなんだわ。だから……二人とも、ありがとう」
「ま、待ってください!」
と、唐突にイリコがストップをかける。
「マサバさんまた泣いちゃう!」
「お察しの通りちょっと泣きそうだからちょっと待ってね!」
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ!むしろおれがごめんね!」
本当にマサバは泣きそうになっているようで、彼はしばらく空を見上げてから、「もうだいじょうぶ……」と真顔でそう伝えてきた。
「も、もうわたし、喋らない方がいいかしら……?」
「いや、言いたいことあるなら言っていいよ」
メガネを押し上げて目をこすりつつ、マサバは言った。
「アオちゃん普段から何言えばいいかわからん言うて我慢しちゃうし、言葉が見つかってるときは素直に言うてほしいな」
「でも……」
「おれとイリコちゃんにぐらい遠慮せんと」
イリコもこくこくうなずいた。
「そうですよ!マサバさんが泣いちゃったらその時はその時です!」
「言っとくけどおれそんな泣き虫なわけちゃうからね!?」
マサバとイリコのやりとりに、アオは二人の顔を交互に見てから、おずおずと口を開く。
「わ、わたし……」
アオの言葉の続きを、イリコとマサバは待った。
二人が待ってくれていることに気がついて、アオは恐る恐る言った。
「……また、二人とバトルがしたいわ」
二人がぱっと顔を輝かせる。それを見て、アオもさらに続けた。
「……明日も、わたしと一緒に、バトルしてくれる?」
「「もちろん!!」」
イリコとマサバが力強く答えたのは、ほぼ同時だった。
それを見て、アオは驚いたように目を見開いてから、くすくすと笑い出す。
「……あなたたちも、仲が良いのね」
アオの珍しい表情に、イリコとマサバは、思わずきょとんとしてしまった。
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