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短編

13日の金曜日、僕らは必ずデートをする。
普段多忙な彼女も、この日だけは必ず休日をもぎ取り約束を果たしてくれた。
この約束が破られたことは、今のところまだ無い。僕もまた、この約束を破ったことはなかった。

ハイカラスクエア、ロビー前。
「ごめん、待った?」
慌てたように走ってくる彼女に、僕は「待ってないよ」と嘘を吐く。
それを聞いたラキアははにかむように笑って「ありがとね」と言った。
「久しぶりだね、13日のデート」
「うん……何か食べに行く?」
遅起きの彼女に合わせて待ち合わせたので、時刻はもうすぐ正午になろうとしていた。
「うん、何がいいかな?ロッカくん、何か食べたいのある?」
「僕は何でもいいよ……」
そう言ってしまってから、投げやりな返答になってしまったのではないかとはっとした。
けれどラキアは何も気にしていない様子で、
「じゃあ私、パスタ食べたい。カルボナーラがいいな」
「……分かった」
いつものカフェに行こう、とお互い示し合わせてから、手を繋ぐ。
彼女の手は少し固くて、柔らかかった。

僕とラキアが出会ったのは数年前。
とあるMMORPG……要はネトゲで出会ったのだった。
始めは当然、お互いがイカかタコかも知らなかったのだけれど、オフ会で何度か会う内に、ラキアは僕のことを好いてくれた。
最初はからかわれているのだと思った。
けれどいつもおかしなテンションのラキアが、僕の前でだけは普通の―――『本来の』ラキアでいてくれるのを見て、僕も段々と彼女に惹かれていった。
今では同じ家に住む仲だ。もっとも、今日のようなデートの日は、必ず外で待ち合わせると約束しているのだけど。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま……」
馴染みの店で食事を終えた後、ラキアはチーズケーキとロイヤルミルクティーを頼んでいた。
甘い物は別腹と言うやつらしい。僕にはよくわからない。
僕はコーヒーだけを頼んで、ブラックのまま飲んだ。
「最近どう?」
チーズケーキを食べ進めながら、ラキアが僕に話しかけてくる。
「何か面白いこと、あった?」
「特に何もないかな……」
僕はイカフォンを操作しながら答える。
「君に話せるようなことは、特に何もないよ。いつも通り、引きこもってただけだし」
「でもロッカくんは私にない目線で色々見てるでしょう?」
ラキアはそう言って笑う。
「だからね、ロッカくんの話、聞くの好きだよ、私。いつも頭良いなーって思うもん」
「……褒めても何も出ないよ」
僕がそう言って、ラキアの言葉の後味をコーヒーで誤魔化そうとした、その時だった。
「―――あらぁ、そこのお姉さんどしたの?だいじょうび?」
ラキアが口調をがらりと変えて、席を立つ。
何事かと見てみれば、一人のインクリングのガールが、これまたインクリングのボーイに対して、何やら迷惑そうな顔をしていた。
「あ、あの……」
「何?友達?」
軽薄そうなインクリングのボーイは、馴れ馴れしくガールに話し掛ける。
「ごめんね、困ってたみたいだから話し掛けたんだけど、大丈夫?」
ラキアはボーイをまるきり無視して、再度ガールに話し掛けた。
「あ、あの……」と、気の弱そうなガールが、ラキアに向かって縋るような視線を向ける。
「さっきからしつこく話しかけられて、それで困ってて、その……」
「いいじゃんちょっとお茶するくらいさ〜」
「知り合いじゃないのね?」
ラキアは引き続きボーイを無視して、ガールに確かめる。ガールは泣きそうな顔でうなずいた。
「そんじゃあ、話しかけて良かったわけだ」
ラキアはうんうんと一人頷いてから―――あ、悪い顔してる。
こういう時の彼女は、とてもタチが悪い。敵に回したことがなくて良かったと思うほどに。
「ねえ君さぁ、顔も頭もギアもイカしてなくない?」
ラキアは悪い笑顔でボーイに喧嘩を吹っ掛ける。
「ていうかむしろダサいよ。嫌がってるガールにしつこくすんなっつーの」
「な……」
ボーイは一瞬絶句してから、顔を真っ赤にして、
「なんだこのブス!やんのか?!」
「やだこわ〜い、この天下無敵の無双美少女に向かって見る目が無い当たりダサさだけはXだねぇ」
けらけらとラキアは笑う。僕は黙って席を立ち、おろおろしているイカガールに手で合図した。
「で、君、XPはおいくつでいらっしゃる?」
「は?お、おれはS+……」
「あ、じゃあ私より下か。やっぱりダサボーイじゃ〜ん」
「なんだと!てめえウデマエは……」
ラキアは黙ってフレコカードを見せた。輝くオールX、そして輝くその名前。
アメフラシ・アーチェリーの名前を知らない者は、今やスクエアでは少ない方だろう。
そして、その結託力の強さも。
案の定、イカボーイは真っ赤な顔を真っ青にして、震え出す。
「あ、あの……」
「さっさと帰んな、それとも喧嘩買って欲しいの?」
ラキアは名刺をチラつかせながら笑う。
「特別にタダでプラベ、したげてもいいよ♡」
「すっ、すみませんでしたぁっ……!!」
イカボーイは情けない声を上げ、慌てたように逃げ帰ろうとする。ちゃんと会計はしていく辺りが惨めだ。
「あ、あの……」
いざと言う時に巻き込まれないようふたりから遠ざけていたイカガールが、おずおずとラキアに話し掛ける。
「ん?ああ、急にちょっかいかけてごめんね。たまたま目に入ったからさ」
「いえ、ありがとうございました……!」
ガールは何度も何度も僕とラキアに頭を下げてから、彼女もまた店を後にしていった。わざわざこちらの伝票まで払っていったから、イカにしては律儀だなぁと僕は思った。
「急にごめんね」
食べかけのチーズケーキと冷めたミルクティーの前に戻りながら、ラキアは言った。
「何が?」
「ううん、ありがと」
ラキアはそう言ってチーズケーキをつつく。
僕は少し黙ってから、ふと思ったことを口にした。
「……ラキアちゃんてさ」
「ん?」
「優しいよね」
冷めたコーヒーに、僕の顔が映る。
イカとは違う顔。タコとして産まれた、僕の顔。
「誰にでも……誰が困ってても、助けてくれるっていうか」
思いついただけの言葉の端が揺れる。
この先を更に言葉にすると、何だかみじめになりそうで、僕が黙ってしまった、その瞬間。
「私が優しいから君と付き合ってると思ってるの?」
―――時折、ラキアは恐ろしいほどに核心をついてくる。
僕が思わず顔を上げると、目の前は、どこまでも優しく笑う恋人の顔があった。
「私、ロッカクくんのそういう自分に自信ないとこも好きだけど、そこからくる自己否定で、私の感情まで否定しないで欲しいな」
「―――ご、ごめん」
僕が謝ると、「いいよ」とラキアは朗らかに笑った。
「ロッカくんが控えめなのはいつものことだもん。でも、忘れないでね」
そう言って、ラキアは僕にしか見せない顔で言った。
「私が一番優しくしたいのは君だってことは、ちゃんと覚えてて」
「……はい」
ミルクティーとコーヒーを飲み終え、チーズケーキを食べ終えてから、僕らはデートの続きをすることにした。
今日はゲームを買いに行こう、というラキアに、僕は頷く。
そうして、また二人で手を繋いだ。
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