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イリコとブキ

アオと内緒話を終えたイリコは、内心、とてもほっとしていた。
(マサバさんにお願いして良かった……)
きっとイリコが話しかけにいったら、アオは無理に気を遣って、すぐに店に戻ってきただろう。
気心が知れているらしいマサバから声をかけに行ったほうがいいんじゃないかと思い、イリコはマサバに「マサバさんからアオさんに声をかけてあげて欲しい」と、頼んでいたのだった。
その判断はどうやら正解だったようで、アオの表情は先ほどより、いくらか明るく見える。
(……私からマサバさんとフレコ交換したらって言うのは、絶対やり過ぎだよなぁ)
気を遣ってあげたい気持ちは山々だが、いくらなんでも、イリコが言うのは差し出がましい。そもそも、つい最近知り合ったばかりのイリコが口を挟むべき話でもないだろうし。
あとで私からマサバさんにフレンド申し込んだら、その時にワンチャンないかな……などと考えていると、
「イリコ」
アオがイリコのフクの裾を、軽く引いた。
「あっ、は、はい!なんですか、アオさん」
「本来の目的を果たしましょう」
アオが真面目な顔でそう言うので、イリコも思わず真顔になる。
「ほ、本来の……目的」
「……忘れたの?」
アオは不思議そうな顔で、きょとんとしてみせる。
「わたしたち、あなたのブキを買いにきたのよ」
「……そうでした!!!」
そうだった。元々、それが目的でカンブリアームズまで足を運んできていたのだ。
マサバの登場やら、アオの動揺やらで、すっかり忘れてしまっていたけれど、本来はイリコのブキを探しに来たのである。
イリコが慌ててアオと共に店の中心へと戻ると、マサバとブキチがカウンターを挟んで、何やら雑談しているのが見えた。
「やっぱりヒーローシューターはあの性能で実装すべきだったでしよ……」
「いやいや、みんなあれしか使わななるわ……お!」
アオとイリコが戻ってきたことに、マサバはすぐに気がついて、ひらひらと手を振る。
「お帰り~!おふたりさん。ガールズトーク終わった?」
「は、はい!すみませんでした、急に向こう行っちゃって……」
「ええよええよ~、女の子同士でしかできん話もあるやろしな」
そう言って、マサバは爽やかに笑ってみせる。
「今更ながら、いらっしゃいでし~」
マサバの向こう側から、ブキチがカウンターから身を乗り出しつつ言った。
「さっきは外してて悪かったでしね。ブキのメンテ中だったでしよ。ご用はなんでし?」
「あ、えっと、ランクが上がったので、新しいブキをと思いまして……」
「了解でし!えーと、キミのランクは……」
イリコのランクは15だ。
ブキチにそれを伝えると、「今買えるブキを見繕ってくるから待っててほしいでし~」と、ブキチは棚の方に向かって行った。
「……マサバ。あなた、これから予定は?」
不意にアオに訊ねられ、マサバは軽く首を傾げてみせる。
「ん?特にないけど……今日はバイト夜からやし、ステージ良かったらガチマかレギュラーいこっかな~、くらいかな」
「もし良かったら、イリコのブキ選びに付き合ってあげてくれない?」
アオの突然の提案に、マサバだけでなく、イリコもびっくりしてしまう。
「え!あ、アオさんはどちらに?」
「?わたしも勿論付き合うわ」
アオは当然と言いたげな表情で答えた。
「バケツは彼の方が上手いのよ。ローラーもだけれど……」
「そ、そうなんですか?」
「いやぁそんな……」
「勘違いしないで」
謙遜しようとしたマサバを遮り、アオはイリコに向かって、クールに言い放つ。
「ウデマエはわたしの方が上よ」
「……、……えーっと」
イリコがなんと返答するべきか困っていると、マサバが穏やかな表情で、アオの肩を優しく叩いた。
「……アオちゃん。それ、おれ以外に言うたらあかんからね……?」
「?言わないわ?」
アオは不思議そうにきょとんとしている。
「そっか……まあその通りなんやけどね……」
ずり落ちたメガネを直しつつ、切なそうな声で言うマサバに、イリコは内心でそっとエールを送った。
「まあ、おれはいいとして……イリコちゃんはええのん?せっかくアオちゃんと買い物に来とったんやろに」
「あ、ぜひ!!よろしくお願いします!!」
「お、おお……気合い十分やね」
マサバはイリコの勢いにちょっと気圧されながらも、「じゃあ、お邪魔しよかな」と、笑顔でうなずいた。
「そんじゃ、ブキっちゃんはもうちょい待っとくとして……イリコちゃん、バケスロ使ったことは?」
「あ、えと、試し射ちくらいしたことないです」
そう言いながら、イリコはマサバが脇に抱えているブキも、バケツの形をしていることに気がつく。
「あの……マサバさんの持ってるブキって、なんていう名前ですか?」
「ん、これ?」
イリコが訊ねると、マサバは空色と黄色のバケツを、くるりと回してみせた。
「バケットスロッシャーソーダやね」
「ばけっとすろっしゃーそーだ……」
「イリコちゃんはまだ見たことない?」
そう言って、マサバはイリコの目の前に、バケットスロッシャーソーダを差し出す。
「サブがスプラッシュボム、スペシャルはクイックボムピッチャーやね。ブキチセレクションは聞いたことあるかな。ブキっちゃんが改造した、特別仕様のブキやねんけど……」
「そんなのあるんですか!」
「メインの性能は、元となったバケットスロッシャーと同じね」
横からアオが補足した。
「デザインとサブスペがブキチ仕様と言えばいいかしら。他のブキも、なかなか尖った性能をしているわね」
「ロンネクとかな……」
「わたしはH3リールガンチェリーが好きよ」
「アオちゃんまーたそういうマニアックなとこ行く」
「何故?いい性能じゃない」
「……えーと……」
マサバとアオが話しているブキがどれなのやら、イリコには全くわからない。
困惑して辺りの棚を見渡すイリコに気がついて、
「……ごめんなさい、イリコ」
と、アオが小さく謝った。
「一気にブキの名前を言われても、まだわからないわよね……ひとつずつ、覚えていけばいいわ」
「は、はい!頑張ります」
ブキの種類を覚えるのは大事だと、アオには先日から言われていた。
メインとサブとスペシャル。それぞれの性能を把握しておけば、相手のブキにどう立ち回るべきかわかる、というのが理由だ。
そもそもどのブキにどう立ち回るかということ自体、イリコはまだ把握できていなかったけれど、アオは毎回、丁寧に教えてくれていた。
「いずれ全部のブキを覚えてもらうけれど」
さらっと恐ろしいことを言いながら、アオはイリコの方を見る。
「今はまず、どのブキのメインが自分に合っているかを探す方がいいわね。まだ触ったことのないブキもあると言っていたでしょう?」
「あっ、はい。せっかくマサバさんもいてくださるので、今日はまずはスロッシャーから……」
「お待たせでし~」
イリコがそう言いかけていると、ブキチが荷台にいくつかのブキを乗せて運んでやってきた。
「ん?スロッシャーを試し撃ちするでしか?なら、まずこのヒッセンの説明を……」
「チャージャーから試そうと思います」
「……そうしてくれると助かるわ」
前言撤回したイリコに、アオは控えめにうなずいた。


***



カンブリアームズの裏には試し撃ち場が用意されており、客であれば自由に使えることになっている。
「チャージャーを試すのよね?」
アオは持ってきたブキを眺めながら、イリコにそう確かめた。
「あの、あの、」
イリコはおずおずと申し出る。
「私、アオさんがスプラチャージャー使ってるとこが見たいです……!」
「あっ、おれもおれも!おれも見たい!」
はしゃぎ出すイリコとマサバに、アオはちょっと呆れたように溜め息を吐いてみせた。
「あなたたち……イリコのブキを見に来たのよ」
「お手本ということで!!ぜひ!!」
「おれも見たい!!!」
「……仕方ないわね……」
アオは仕方なさそうに、スプラチャージャーを手に取る。
「……チャージャーなら、止まっている的を撃っても意味がないわ。こっちに来て……」
アオが指し示したのは、奥に準備されている、動く的の方だった。
「マサバ」
アオは動く的から少し離れた場所に立ち、インクタンクを装着した。
「スプラチャージャーのサブスペは?」
「え?!おれ?!」
動揺するマサバに向かって、アオは視線だけ向ける。
「3秒」
「待って早ない!?えっちょっお、オニギリとハイプレェ!!」
「……正式名称は、スプラッシュボムとハイパープレッサーね」
アオは、今度はイリコに向かってそう言った。
「オニギリは、スプラッシュボムの俗称よ。覚えておくといいわ」
「は、はい!」
「スプラチャージャーは……」
アオはスプラチャージャーを構えながら、説明を始める。
「チャージャーの基本中の基本といっても良いわね。そもそもチャージャーは、」

パァン!

一つ目の的が割れた。
アオの放ったインクが、見事に命中したのだ。
「……インクを溜めてから放出することで、長い飛距離と高い攻撃力を実現したものだけれど……スプラチャージャーは、そのなかでももっとも優れたバランスを持つといわれているわ」

パァン!

アオが話している間に、二つ目の的が割れる。
「射程は長く、弾速も優れているうえに、攻撃力は一撃必殺。俗に一確と呼ばれるわね」

パァン!

三つ目の的が割れた。
イリコは感心するばかりで、ぽかんと口を開けていた。
「使い方にコツのいるブキではあるけれど……」
アオは復活する的を眺めながら、ブキを下ろした。
「つまりは、扱いこなせれば相手への攻めと牽制を同時にこなせる、優秀なブキというわけね。長射程をイカして後衛を務めるべきブキではあるけれど、スプラッシュボムで前衛の処理もできるし、何よりスペシャルのハイパープレッサーによる圧力はすさまじいわ」
「ほああ……」
イリコの口からは、返事のようなそうでないようなものだけが漏れていた。
「かっ……こいい~……」
「わかる~惚れ惚れしてまうよね……」
感心するイリコと、うんうんうなずくマサバを、アオは軽く睨んだ。
「……聞いていた?」
「す、すみません聞いてはいました!!」
イリコは大慌てでアオに駆け寄る。
「えと、チャージキープっていうのができるっていう話も聞いたんですけど……」
「チャージキープは、フルチャージをした状態でイカになって移動できる技術ね」
アオはそう言って、フルチャージの手本を見せてくれる。
「チャージャーブキはその特性上、機動力の低さが弱点よ。当然、上手いイカはそんなのを感じさせないわけだけど……チャージをしたままイカセンプクで移動することで、その機動力をカバーするというわけね」
「な、なるほど……」
「ただし、チャージキープはスコープ付きのブキでは使えないから注意してね」
アオはそう言いながら、イリコにスプラチャージャーを渡す。
「まずは使ってみるといいわ。習うより慣れろよ」
「は、はい!」
イリコは緊張しながらうなずいた。見るのと使うのとでは大違いだということは、実戦でも何度も経験してきた。
「……そんなに緊張しなくていいわ」
イリコの様子に、アオはふと微笑む。
「ここは戦いの場ではないのだから……今は、気楽にブキと向き合うといいわ」
「は、はい!」
そうは言われても、正直、アオの前で緊張しない方が難しい。
インクタンクを装着して、イリコは慣れない手つきでスプラチャージャーを構えた。
「チャージャーの射程は体で覚えなさい。もう少し下がっていいわ……」
「は、はい!」
「下がり過ぎたときに、レーザーサイトの光が途切れるのはわかるわね?」
「はい……あ、あれですね!」
「そう、いいわ……あとは、自分のタイミングで撃ってみて」
そう言って、アオはイリコからそっと離れた。
イリコはブレそうになる照準を必死で合わせながら、引き金を引く。

……パァンッ!

「お見事!」
マサバがそう言って、ぱちぱちと拍手してくれる。
「あ、当たったぁ……」
イリコが思わずほっとしていると、アオは真剣かつ冷静な表情で、イリコの側へとやってきた。
「……イリコ」
「は、はいアオさん!」
「あなた、照準が上を向くクセがあるわね」
アオはそう言って、イリコにブキを構えさせる。
レーザーサイトの向く先を見て、彼女は眉をひそめた。
「えっ。そ、そうなんですか?」
「もみじと向かい合ったときに、キルタイムが少し遅いと思ったのはこのせいかしらね……」
アオは独り言のようにそう言ってから、
「もう少し下に下げてみて」
と、イリコに指示した。
「えっ、と、こう……ですか?」
「もう少し……ほんの少しでいいわ。……そう、いいわ」
イリコの照準を調整してから、アオはまた少し離れた。
「撃ってみて」
今度は照準をしっかり合わせることを意識して、イリコは引き金を引く。

パァン!

小気味いい音が響いて、的が割れた。
「……悪くないわね」
「初めてにしては上手いやん」
アオとマサバに褒められて、イリコはぱっと顔を輝かせた。
「あとはエイムを合わせる速度と、距離感かしら」
アオは考えるように指で顎を支えつつ、小首を傾げてみせる。
「実戦では、あのバルーンよりも素早いイカを相手にしなきゃいけないわ。だからこそ、エイムを合わせる速度と、正確性が必要になる……チャージャーが、上級者ブキと言われる所以ね」
「…………」
イリコは今度は何とも言えない顔をしながら、バルーンとスプラチャージャーを交互に見つめた。
「……次のバトルに持って行ってみる?」
「勘弁してください……!」
「ふふふ」
イリコの反応に、アオが悪戯っぽく笑った。
「いやこれ、思ってた以上に難しいんですが……」
「だから、初心者のうちに慣れておくのがいいのよ」
レーザーサイトが付いているのだから、それを目印に合わせれば良さそうなものだが、そもそも、そのレーザーサイトの光がブレる。
これを実戦で使ってるひとってすごいんだなぁ、と、イリコはしみじみ思った。
「次のブキも試してみる?」
「んん~……」
イリコは首をひねり、小さく唸ってから、
「もうちょっと練習してみてもいいですか?」
と申し出た。
「もうちょっと、こう、感覚掴んでみたいので……」
「わかったわ」
アオはうなずいた。
「わたしは少し離れたところで見ているから……何かあったら、聞いて」
「はい!ありがとうございます」
イリコはちょっとほっとしながら、またスプラチャージャーを構えた。
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