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イリコとアオ

ロビーを出ると、アオが先に出て待っていた。
彼女は隅の方でイカフォンを眺めながら、何やら考え事をしているようだった。
「あ、アオさん」
イリコが恐る恐る名前を呼ぶと、彼女は眺めていたイカフォンから顔を上げる。
「今日はありがとう」
近くまで駆け寄って来たイリコに向かって、アオはそう言った。
「とても楽しかったわ」
「えっ……」
イリコは思わず驚いて、アオの顔をまじまじと見つめてしまう。
「……?」
アオは不思議そうな表情を浮かべて、きょとんとしていた。
……どうやら、お世辞や社交辞令で、そう言ってくれたわけではないらしい。
彼女はイリコとのバトルを、本気で『楽しかった』と、そう思って言ってくれたようだった。
「……どうしたの?」
「あ。いえ、あの……」
ちょっともじもじしてから、イリコはかろうじて相手に聞こえるぐらいの声量で、
「私なんかじゃ、アオさんの相手は務まらなかっただろうなって思って……」
全然塗れなかったし、結局キルは取れなかった。
貰ったハンデを全くイカし切れていないどころか、なかったにも等しい戦績だ。
けれどアオは、
「……何を言っているの」
と、少し呆れたように言った。
「あなた、わたしからキルをとるつもりだったでしょう」
唐突にアオからそう言われ、イリコは思わず目を丸くする。
「えっ……」
「違う?」
真っ直ぐに問いかけられ、イリコは慌てて首を横に振った。
「いえっ、あのっ、ち、違わないです!」
「最後の詰めは、とても良かったと思うわ」
アオは顎に指を添えながら、真面目に考え込むようにして言った。
「もう少し時間があったら、相打ちに持っていかれていたでしょうね」
「え……」
褒められている、ような気がする。
―――いや、間違いなく褒められている。
とても良かったと、今まさに、彼女は言ってくれたのだ。
「あのテクニックも、動画で見たの?」
「あ、いえ!」
イリコは再び、ぶんぶんと首を左右に振る。
「えと、私が見てた動画のひとは、チャージャー使いさんだったので……」
「そう……」
アオはまた、考え込むようにうつむいた。
すごくサマになるなぁという思いと、どうしたんだろうという疑問を抱きつつ、イリコが内心で首を傾げていると、
「……わたしから、もみじシューターでキルをとりたいなら」
と、アオが真剣な表情で話し始めた。
「もっと、やり方を考える必要があるわね」
「……えっと」
急に何かが始まった、ような気がする。
イリコは戸惑いながらも、
「やり方……ですか?」
と、おずおず聞き返した。
「もみじシューターは……」
アオは顔を上げて、イリコの方を向いた。
「近接戦闘をすべきブキでありながら、他のブキに比べ、近接戦闘には向いていないわ。何故かはわかる?」
「え、えと、」
イリコは必死で思考回路を巡らせ、「ぬ、塗り向けのブキだから……?」と、たどたどしく答える。
「おおむね合っているわ」
アオはうなずいた。
「正確には、塗りに特化するためにあえて弾ブレ……インクブレが起きるように設計されているブキなの。だからその分、敵に弾が当たりにくく、キルタイムが遅めになるというわけね」
それはなんとなくわかる。
イリコがうなずくと、アオはさらに続けた。
「キルが取りたいだけなら、はっきり言って他のブキの方が向いているわ。シューター系なら、スプラシューターなんかが代表的だけど……」
アオはいったんそこで言葉を切ると、不意にイリコに問いかけた。
「あなたは、どうしてもみじシューターを持っているの?」
「えっ」
唐突な問いかけに、イリコは一瞬言葉に詰まる。
「え、えっと、それは……」
アオの青い瞳が、真っ直ぐにイリコを見つめている。
イリコは内心どきどきしながら、アオの瞳を見つめ返し、答えた。
「ぬ、塗りたいからです!」
「いい答えね」
アオがちょっと微笑んだ―――ような気がした。彼女はすぐに真顔に戻って、
「ナワバリバトルは、塗らなきゃ勝てないわ」
(お姉ちゃんと同じこと言ってる……)
イリコが謎の感動を覚えている間にも、アオの話は続く。
「でも、塗っているだけでは勝てないことも、あなたにならわかるわね」
アオにそう言われ、イリコは大きく頷く。
「キルを取らなきゃいけないってことですよね」
「その通りよ」
アオはイリコに頷き返した。
「キルがとれれば、それだけ相手が塗れる時間は少なくなり、逆にこちらが塗れる時間は増えるわ。この有利不利は、ナワバリバトル以外のルールでも言えることね」
アオが言っているのは、いわゆるガチマッチのことだろう。色々なルールがあることは噂には聞いているけれど、イリコは参加したことがない。というか、まだ参加できるランクに達していないだけなのだが。
「そこで、話をもみじシューターに戻すけれど」
アオはそう言って、イリコのブキケースを指す。
「塗っているだけでは勝てない以上、当然塗りブキであるもみじシューターでも、キルを取っていく必要があるわ」
「塗る隙を作るために……ってことですか?」
「そうね」
アオはまたひとつうなずく。
「味方がひたすらにキルを取るタイプなら、そのひとに任せるのも、ありと言えばありだけれど……ナワバリバトルはチームプレイよ。一人だけ突出していても……勝てないわ」
何故かちょっと苦い顔をしながら、アオはそう言った。
「まあ、その話は、今はいいでしょう……とにかく、あなたが今後ももみじシューターを使い続けたいなら、もみじシューターの特性をイカした立ち回りが必要になるわ」
イリコは真剣な顔でうなずく。メモを持ってくれば良かったなと、内心思った。
「まずはロボットボムの運用と、アメフラシの使いどころの見直しから……いえ、ごめんなさい」
―――と。
アオは、不意にはっとしたような表情を浮かべると、申し訳なさそうに首を横に振った。
「よく考えたら、あなたはバトルを始めたばかりだったわね……今後ももみじシューターを使い続けるとは、限らないわよね」
そう言って、彼女は酷く申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。上から目線で、講釈を垂れてしまって……」
「あ、いえ」
イリコは慌てて言った。
「今の話、すごく参考になりました!要するに、どんなブキを使っていたって、キルを取っていくことを諦めていたら、バトルじゃ勝てないって話ですよね?」
「そういうことだけれど……」
イリコの要約に、アオは恐る恐るといった表情で聞き返す。
「……不愉快じゃなかった?」
「いえ、できれば続き聞きたいです」
イリコは大真面目な顔をして、そう言った。
「それに、もみじシューターでどうやったらアオさんからキルとれるのか、まだ聞けてないですし」
「……聞きたいの?」
アオはぱちぱちとまばたきして、また聞き返す。
「……わたしの話を?」
「はい!」
イリコはアオに向かって、明るくうなずいた。
「確かにこれから先、私ももみじシューター以外のブキを使うことはあると思うんですけど……今は、このブキがしっくり馴染んでますし」
ブキケースの方をちらっと見てから、イリコは続けた。
「出来たら、このブキで強くなりたいなって思ってます。だからアオさんの話、もっと聞きたいなって」
「…………」
「あ、もちろん、アオさんがご迷惑でなかったらですが……」
「…………」
アオは何とも言えない表情を浮かべ、しばらく黙り込んでしまった。
その様子に、イリコは何となく心配になってしまう。
バトルについての話がいきなり始まったことにはびっくりしたけれど、イリコが今アオに言ったことに、嘘偽りはなかった。
アオが話してくれる内容が興味深いのはもちろん、彼女の話し方は、淡泊ながらも冷たさはなく、特にバトルに関しては、はきはきとしゃべってくれる。
身近な存在で、こんな風にバトルについて詳しく教えてくれるひとはいなかったし、何より……アオがバトルに向けている真剣さが、話の合間合間でひしひしと伝わってくるのが、イリコには、とても心地が良かった。
「……あの」
数分間、たっぷり黙り込んでから、アオがまた、恐る恐るといった様子で口を開く。
「イリコ……」
「はい?」
「……えっと……」
アオは視線を泳がせながら、小さな―――イリコがなんとか聞き取れるほどに、小さな声で言った。
「……わたしと、フレンドになってくれないかしら?」
「……えーと」
「嫌ならいいの」
「嫌じゃないですよ?!」
何故かやたら消極的なアオに、イリコは慌てて言った。
「えっと、昨日、一応登録はしましたよね?プライベートマッチやるからって……」
「そう、なのだけど……」
アオは言葉に迷うように、あちこち視線をさまよわせてから、ようやくイリコに瞳を向けた。
「わたし……あなたと、もっと戦ってみたいの」
昨夜、イリコに告げたのと同じようなことを、アオは再び言った。
「でも、敵としてだけじゃなく……味方としても、一緒に戦ってみたいわ」
「!」
そう言われて、イリコは思わず目を丸くしてしまう。
「で、でも、私とアオさんじゃ、実力が釣り合わないんじゃ……」
「わたしに教えられることなら、全部教えるわ」
アオは真面目な顔をして言った。
「シューターなら一通り扱ってきたし、それ以外のブキも……ブキ種にもよるけれど、扱いなら教えられると思うし……」
「いいんですか?!」
食いつくイリコに、今度はアオが目を丸くする。
「あ、あなたがいいなら、だけど……」
「えっ、すっごくありがたいです!ぜひお願いします!」
「……」
ちょっと興奮ぎみのイリコに、アオはひたすら驚いているようだった。
イリコからしてみれば、アオのようにイカしたイカガールから教えを受けられるなんて、嬉しい以外の何ものでもない。
けれどアオは、ちょっと自信がなさそうな顔で、
「……ほんとう?」
と、聞き返してきた。
「本当ですよ!あ、じゃあせっかくだから、連絡先交換しておきませんか?アオさんが空いてる日に待ち合わせして、一緒にバトル行きましょうよ」
「……本当にいいの?」
「はい!」
繰り返し訊ねてくるアオを安心させるように、イリコは笑ってうなずいてみせた。
「私も、もっとアオさんとバトルしてみたいですから!それに、さっきみたいにバトルのことも、もっと教えてほしいですし……結局今日のバトルじゃ、一回もキル取れなかったので」
「……。…………」
「……アオさん?」
「……いえ」
また黙り込んでしまったアオに、イリコは首を傾げてみせる。けれど、アオは軽く首を振って、
「……なんでもないの」
そう言うと、彼女は顔を上げて、イリコに向かって微笑みかけた。
「……ありがとう、イリコ」
「こちらこそです!」
イリコはまた、にっこりと笑い返した。
「それじゃあ、あらためてこれからよろしくお願いしますね!アオさん」
「ええ……あらためて、よろしくね。イリコ」
二人は、どちらからともなく手を差し出して、互いに握手をかわしあった。



……これは、イカした『日常』と、見タコのとない『非日常』の、戦いの物語。
イリコとアオは、自分たちの出会いが、その物語の始まりであることを―――まだ、知らない。



「そういえばアオさん、お腹空きませんか?ハンバーガー食べにいきましょうハンバーガー」
「あなた……本当に好きなのね」



……まだ当分、知ることはない。



<つづく>
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