短編
その年はいわゆる『冷夏』というやつで、冷房が要らないどころか、薄い上着がないと肌寒いくらいには酷く涼しい夏だった。
毎年のうだるような暑さが嘘かのように七月、八月が過ぎていく。
テレビでは異常気象だなんだと騒がれているようだったが、農家でも気象予報士でもない自分には関係がない。
それどころか、涼しいから過ごしやすくていいな、と思っているくらいだった。
自炊しないから野菜も買わないし、特段生活に影響はない。
強いて言うなら、クーラーを使わないので、去年より電気代がちょっと安かった。
変わったことといえばそれくらいだった。
けれど、ある日。
九月になってから、ようやくというべきかなんなのか、やけに暑い日があった。
カンカン照りという言葉がぴったりの太陽が、晴れ晴れしく青空に居座り煌々と地上を照らしている。
暑いなぁ、と思った。
そのときはそれだけだった。クーラーも付けた。
そうして何も変わらないはずだった。
翌日、太陽がまた大人しさを取り戻した日のこと。
どこからか、蝉の鳴き声が聞こえてきた。
もう九月にもなるというのに、涼しい風のなか、どこからかあの耳障りで特徴的な声がするのだ。
いったいどこからその声がするのだろうと不思議に思っていると、通りすがりの親子がこんな会話をしているのが聞こえた。
「蝉鳴いてる、もう九月なのにね」
「昨日あったかかったからなぁ、勘違いして出てきちゃったんだろ」
―――そうだ。
あの蝉は、きっと昨日の温かさのせいで、今日が夏だと勘違いして出てきてしまったのだ。
もう他に鳴いている蝉はいないのに。
周りのどこにも、仲間なんていないのに。
「…………」
あの蝉は、8日を過ぎたら死ぬのだろう。
きっとどこかにぽとりと落ちて、ひと知れず死んでいくのだろう。
ひとりとはそういうものだ。
孤独とはそういうものだ。
「…………」
わたしも、同じなのかもしれないなと思った。
毎年のうだるような暑さが嘘かのように七月、八月が過ぎていく。
テレビでは異常気象だなんだと騒がれているようだったが、農家でも気象予報士でもない自分には関係がない。
それどころか、涼しいから過ごしやすくていいな、と思っているくらいだった。
自炊しないから野菜も買わないし、特段生活に影響はない。
強いて言うなら、クーラーを使わないので、去年より電気代がちょっと安かった。
変わったことといえばそれくらいだった。
けれど、ある日。
九月になってから、ようやくというべきかなんなのか、やけに暑い日があった。
カンカン照りという言葉がぴったりの太陽が、晴れ晴れしく青空に居座り煌々と地上を照らしている。
暑いなぁ、と思った。
そのときはそれだけだった。クーラーも付けた。
そうして何も変わらないはずだった。
翌日、太陽がまた大人しさを取り戻した日のこと。
どこからか、蝉の鳴き声が聞こえてきた。
もう九月にもなるというのに、涼しい風のなか、どこからかあの耳障りで特徴的な声がするのだ。
いったいどこからその声がするのだろうと不思議に思っていると、通りすがりの親子がこんな会話をしているのが聞こえた。
「蝉鳴いてる、もう九月なのにね」
「昨日あったかかったからなぁ、勘違いして出てきちゃったんだろ」
―――そうだ。
あの蝉は、きっと昨日の温かさのせいで、今日が夏だと勘違いして出てきてしまったのだ。
もう他に鳴いている蝉はいないのに。
周りのどこにも、仲間なんていないのに。
「…………」
あの蝉は、8日を過ぎたら死ぬのだろう。
きっとどこかにぽとりと落ちて、ひと知れず死んでいくのだろう。
ひとりとはそういうものだ。
孤独とはそういうものだ。
「…………」
わたしも、同じなのかもしれないなと思った。
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