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だって今日は俺たち日和

―――クマサンフェス。
アルバイターたちの間では「祭り」として崇められる、「全ブキがクマサンによる改造ブキ」という破格のシフト日である。
その日、とあるイカ(とタコ)たちは、その祭りという名の激闘を一時乗り越え、束の間の休息を取っていた……。



***



『おかけになった電話は、現在使われていないか……』
「……どうなってんだ?」
何度電話をかけても繋がらず、クロトガは小さく舌打ちした。
―――バイトが終わったらいったん、連絡する。
クロトガは確かに、知人へとそう伝えていたはずだった。
仕方なくタコフォンをポケットに仕舞いなおし、クマサン商会前の壁に寄りかかる。
電話番号を急に変えるわけもないし、変えたという話も聞いていない。『彼女』なら恐らく、自分にはちゃんと教えに来るはずだ。
多分。恐らく。きっと。
「…………」
クロトガが眉間を抑えながら、一人で考えごとをしている時だった。
「あ、ねえ君!」
明るい声が聞こえ、クロトガは視線だけをそちらに向ける。
視界に入ったのは、無邪気な笑顔を浮かべた、リブニットを被ったイカボーイ。
人なつっこい笑顔に、クロトガは何故か危機感を覚えた。
似たような状況に、前にも遭遇したことがある。
こういう時は、大抵……。
「さっきのバイトで一緒だったよね!俺さ、みどりっていうんだけど……」
「知らねえ」
「ええっ!?」
話しかけてくる相手を軽く流して、無視するように視線をそらす。
そこまですれば諦めてくれそうなものだが、みどりと名乗ったボーイは、負けじとクロトガの前まで回り込んできた。
「あ、あんなにめっちゃナイスしてくれたのに!?覚えてないの!?」
「バイトじゃあれでしか連絡できねえだろが……」
仕方なく受け答えしてから、クロトガは不機嫌そうに眉をしかめてみせる。
「……何の用だよ?」
このタイミングで話しかけてくる用件というと、思い当たる節は一つしか無いのだが。
クロトガが返事をしたのがよほど嬉しかったのか、みどりはぱあっと顔を輝かせて、
「俺とフレンドにならない!?」
「断る」
「えっ……っちょ、早っ!?えっ、早くない?!もうちょっと考えてくれても良くない?!」
「……なんなんだよ、テメェは……」
正直、こういう『フレンド申請』には、あまり良い思い出がない。
……主に、相手を泣かせてしまったという意味で。
けれど、みどりはしょげた様子もなく、引き続きのなつっこさでクロトガに話しかけてきた。
「いや君チャージャーめっちゃ上手いなーって思ってさ!俺ほんと下手で苦手なんだけど、なんかコツとかある?あ、ちなみに俺ローラーは好きなんだけど……」
「今忙しいんだよ」
あっち行け、と手で追い払うが、みどりは諦めきれないような顔でイカフォンを握りしめる。
「そ、そう言わずにさ!せめてフレコだけでも……」
粘るみどりに、クロトガは仕方なく、威嚇するような視線を投げかけた。
「フレンドにはならねえっつってんだろ。あと……」
少しだけ、迷ってから、付け加える。
「……イカは嫌いだ」
「そ、そんなこと言わないでさ~!良いイカだっていっぱいいるよ!」
なぜか必死に頑張るみどりに、クロトガは怪訝そうな顔をした。
……かつて自分にフレンド申請を申し込んできた、『知り合い』のことが脳裏をよぎる。
だが、この話を受けるつもりはなかった。自分が今でもイカ嫌いなのは、事実だ。
「……いいイカってなんだよ」
―――適当な返事が返ってきたら、殴る真似をして追い返そう。
そう思いながら、クロトガはみどりに聞き返す。
「えっ。いやほら、いいイカってさ、たとえば……」
みどりはちょっと考えてから、やがてイカした感じに親指を立て、キメ顔で自分を指した。
「……俺とか?」
「…………」
クロトガは黙って彼のイカスカジャンの襟を掴み、拳を振り上げる真似をした。
「アーッ!!!待って待ってごめん!!!暴力反対!!!すみませんでした!!!」
「マジでなんなんだお前」
呆れつつも、元より殴るつもりはない。軽い脅しが効いたのを確かめてから、クロトガはみどりを放してやった。
「オレは忙しいっつっただろ。ほんとに殴られたくなかったら、さっさとどっか行け」
「え、ほんとに忙しいの?さっきそこでかっこよく腕組みして立ってたのに……」
「……やっぱり何発か殴られてえみてえだな」
「ご、ごめんって!」
みどりは慌ててクロトガから距離を取る。少しだけ。
……どうやら、その場から完全に離れる気はないらしい。
クロトガはやれやれと溜め息を吐いた。
「……あのなぁ、オレはあんまり気が長ぇ方じゃねえんだよ……あんまりにもうろちょろしてるようなら、マジで蹴飛ばすからな」
「そ、そんなぁ……」
みどりはしょんぼりと肩を落としてから、不意にはっとしたような顔をして、
「……もしかして、タコとしかフレンドにならないとか?」
「……あ?」
みどりの何気ない一言に、クロトガの眉がぴくりと動く。
「それならしょうがなイカ……俺もタコにはなれないしな……」
「……おい、待て」
クロトガは低く押し殺した声で、みどりに呼びかける。
「お前、オレがタコだって分かるのか……?」
「えっ、だって見たらわかっ……あっ」
みどりは慌てて両手で自分の口を抑える―――が、もう遅い。
「……普通のイカどもは、俺らタコのことなんか気付かねえんだよ」
クロトガの赤い瞳が、敵を狙うレーザーサイトのように光る。
後ずさりしようとするみどりを、クロトガは逃がさなかった。
「お前……何者だ?」
「いやっ……あのっ……えっと、ええ~っと……」
みどりが言葉にならない言葉を探しながら、必死に視線をさまよわせていた―――そのときだった。
ころん、ころころころ……。
「……ん?」
「……え?」
二人の目の端のほうで、カラフルな何かが、ころころと転がっていく。
「ま、まって~……」
ころころ、ころころ……。
「ああ~、落ちちゃう、落ちちゃう……」
ころころ、ころころ……。
「あっあっあっ……」
沢山のカプセルを抱えた、小柄なイカボーイの腕から、ひとつ、またひとつとカプセルが溢れ落ちては、どんどんと転がっていく。
クロトガとみどりが、思わずそれを眺めていたときだった。
慌ててカプセルを追いかける彼が、商会前の坂道から、転げ落ちそうになる。
「あっ……!!」
「……っぶねえ!!」
―――二人がイカボーイのフクを掴んだのは、ほぼ同時。
「わあっ!」
イカボーイは坂道からは転げ落ちずに済んだものの、とっさにフクを掴まれた弾みで、色とりどりのカプセルを地面に放り出してしまう。
赤、緑、青、桃……。
カラフルなカプセルが跳ねて、転がっていく様子に、周囲は何事かと不思議そうな顔をしていた。
「うわわっ、散らばっちゃった!ごめんっ!」
「……ちょっと持ってろ」
クロトガは助けたボーイをみどりに押しつけるようにすると、カプセルを拾い集めに向かった。
「あ、待って待って!俺も手伝うって!」
「ご、ごめんね~……おれが落としたのに……」
クロトガとみどり、そして小柄なボーイの三人はカプセルをかき集め、再びクマサン商会前に運んで行った。
「助けてくれてありがと~」
ずれたスペボウレプリカを被り直しながら、そのボーイはぺこりと頭を下げた。
「おれ、モチっていうんだ~。確か、さっき一緒にバイトしてくれたひとたちだよね?」
「あ!さっきいっぱい助けてくれた子だ!」
みどりがぱっと顔を輝かせた。
「俺みどり!よろしく~」
「みどりくん、よろしくねえ」
「いいから、報酬さっさと貰ってこいよ……」
あえて名乗らずに、クロトガはモチに向かって、親指で受取所を指し示す。
「また落としても知らねえぞ」
「あ、うん。行ってくる……あっ」
ころん、ころころころ……。
「あっあっあっ……」
ころん、ころころころ……。
「…………」
どうやらカプセルが多すぎて、モチの腕の中に収まり切らないらしい。見かねたクロトガは、落としたカプセルをまた拾い上げてやることにした。
「……さっさと行くぞ」
「手伝ってくれるの?」
モチはカプセルを拾い直しながら、クロトガに向かってにこにこと笑った。
「ありがと~」
「えっ、めっちゃ優しいじゃん……」
「うるせえぞ緑頭」
「そ、そう言わないでさ!俺も手伝うよ!」
三人でカプセルを運び、モチの報酬の交換が終わるのを見届ける。モチがせっせとオカネやらギアやらを仕舞うのを、クロトガとみどりも手伝った。
「いっぱい貰ったね~。持って帰れる?」
「また落とすんじゃねえぞ」
「うん、大丈夫だよ~。二人ともありがとう」
モチはにこにこと笑って言ったあと、「そうだ」と思い出したようにポケットをごそごそ探り、数字の書かれた紙を二人に差し出した。
「せっかくだから、フレンドになろうよ~。また一緒にバイトいこう」
「…………」
クロトガは眉をしかめて、
「……悪いが、オレはフレンド作らねえんだ」
「そうなの?」
きょとんとするモチに対し、みどりがショックを受けたような顔で、
「待って!!俺の時より断り方が優しくない!?」
「黙ってろ」
「ぴえん……」
クロトガの言葉に、モチは首を傾げてから、「んんー」と、考えこむように唸った。
「でも、フレンドになった方が、バイトやりやすいんじゃないかなぁ……」
「……どういうことだ?」
怪訝そうな顔をするクロトガに、モチは頭の横で、わちゃわちゃと手を動かしてみせる。
「ほら、あの、ボイスチャットするときに耳につけるやつ……」
「……インカムか?」
「そうそう!フレンドだと、クマサンにそれ使わせてもらえるし……」
モチはこくこくうなずいてから、ふんにゃり笑った。
「シャケこっちにいるよ~とか、今こういう状況だよ~とか、連絡できるとすっごい楽ちんじゃない?」
「…………」
確かに一理ある。
バイトにおいて、情報は生命線だ。主に金シャケ探しとか、金シャケ探しとか、金シャケ探しとか。
クロトガが考えこんでいると、モチは引き続きふにゃふにゃとした、柔らかい笑顔で言った。
「それに、おれさっき君たちとバイトしたとき、すごーく楽しかったからさ~、もっかい一緒に行きたいなーって」
「…………」
クロトガは少しだけ眉根を寄せてから、横にいるみどりを睨んだ。
「……おい、お前もフレコよこせ」
「えっ!?いっ、いいの!?」
顔を輝かせながら慌ててイカフォンを取り出すみどりに、クロトガは仏頂面で答える。
「バイトの効率考えただけだ」
モチのフレンドコードを登録してから、みどりのフレンドコードも登録する。モチとみどりも、仲良くフレンド登録をしあっていた。
「これでいいか?」
「うん、登録できたよ。ありがと~」
モチがにこにこと笑ってうなずいた。
「よろしくね、クロトガくん」
「おう」
おざなりに返事をしながら、クロトガはタコフォンを仕舞う。知人たちからの連絡は、やはりなかった。
「ね、せっかくフレコ交換したんだしさ、もっかいバイト行かない!?」
みどりがはしゃぎ気味に二人を誘った。
「今日クマサンブキの日だしさ~、稼げる時に稼いどきたいっていうか……」
「おれも行きたいな~」
モチもガッツポーズしてみせるのを見て、クロトガは、まあいいか、とうなずいた。
「なら、行くか……確か、今日の夜中まではシフトあったよな」
「そうだね~。ブキ、何がくるかなぁ?」
「俺さ~、クマサンローラーとかあったら使ってみたいんだけど、持ったことないんだよね。ていうかあんのかな?」
「ねえよ。チャーとスロとブラスターと、あと、シェルターだけだ」
「……シェルターあったっけ?」
「あるよ~、傘ついてないけど」
「あれシェルターだったの!?」
「いやブキ名見とけよ……」
三人のボーイたちは、再びクマサン商会の中へと入っていく。
シャケたちとの戦い、そして、金イクラを求めて。



***



「……っていう感じでね、友達増えたんだ~」
にこにことそう話すモチの言葉を、ロジは複雑な思いで聞いていた。モチが楽しそうなのは良いとして……その『イカ』は、恐らく、『タコ』だ。
モチがいいひとというからには、危険はないのだろうけれど……自分もついて行けば良かったと、内心ちょっと後悔する。
今度は自分もバイトについていこう、と、ロジが思っている時だった。
「そういえば、今日不思議なことがあってね~」
「?」
モチはイカをダメにするクッションに寝転がりながら、ロジを見上げた。
「今日のバイト、シェケナダムって聞いてたのに、シャケト場だったんだよねえ」
「……場所が違ッタノ?」
「そうそう、クマサンも間違えることがあるんだね~」
「…………」
ロジはタコフォンでシフトを確かめる。
今日のバイトは、間違いなくシェケナダムのはずだ。
「どしたの?ロジくん」
「……ウウン」
ロジは首を振ってから、真面目な顔をして、モチに言った。
「次は、ロジクンもついてク」
「うん、一緒にバイトしよ~」
ロジの心配もつゆ知らず、モチはにこにこと笑った。



***



「それでさー、クロトガくんライダースーツがめっちゃくちゃ似合っててちょーイカしてんの!!!俺写真撮らせてくれって何回か頼んだんだけどぜんっぜん許してくれなくてでもそこがまたかっこいいっていう」
「フーーーーーーーーーーーーーーン」
「えっなんでハチちょっとキレてんの」
何でも何もない。どこのタコともわからないボーイがみどりと仲良くなったと聞かされて、ハチが面白いわけもない。聞けばそのタコボーイ、みどりの襟を掴んで脅したとかいう話だし。もし会う機会があったら、一度面と向かって話をしなければ。
「おーい、ハチー?何拗ねてんだよー」
「……拗ねテナイ……」
唇を尖らせるハチの頬をつついて、みどりはふはっと笑う。
「そんなに一緒にバイト行きたかった?」
「……ウン……」
くそう、みどりの笑顔が可愛い。
可愛いので、そういうことにしておこう。
ハチが噛み締めるようにそう思っていると、イカフォンを眺めていたみどりが、「あれ?」と不思議そうな声を出す。
「今日のシフトってシャケト場だったよな?」
「……?ドンブラコ、じゃナカッタ?」
「ええ……?」
首を傾げるみどりを見て、ハチも一緒に首を傾げたのだった。



***



「クロトガくん、昼間どこいたの?」
イリコに聞かれて、クロトガは軽く片眉をあげてみせる。
「バイトだよ。何回かお前に電話したけど、繋がんなかったからな」
「えっ、ほんと?」
イリコはぱちぱちとまばたきしてみせる。
「私も何回かクロトガくんに電話したんだけど、繋がんなかったんだよねー。なんでだろ」
「……?」
イリコの言葉に、クロトガは怪訝そうな顔をする。だが、イリコは深くは気にしていないようで、「私も一緒にバイト行きたかったなー」と、残念そうに呟いた。
「ポラリス楽しいから好きなんだけどなー」
「……あ?今日シャケト場だったぞ」
「え?今日はポラリスだよ」
イリコはそう言って、イカフォンの画面をクロトガに見せる。
「ほら。今日のシフト、ポラリス」
「…………」
確かにそう書いてある。だが、今日の現場は、間違いなくシャケト場だった。
クロトガの話を聞いて、イリコは怪訝そうな顔をする。
「……クロトガくん、どこのバイト行ってきたの……?」
「知らん……」
考えるのが面倒だ。
新しく増えたフレンドの名前を眺めながら、クロトガは小さく溜め息を吐いた。



(おわり)


***


<作品の補足>
・みどりくん、もちくん、クロトガくんは、それぞれ『別の世界』のイカさんタコさんで、何かの拍子で同じバイト先にきちゃった!という話でした
・それぞれの世界を大事にさせていただきたいという思いがあったので、最後の下りは「あくまでも世界線は別なんだよ」という意図で書かせていただいています
・でもロビーとかでふとした瞬間に繋がって、一緒にナワバリとかはできたらいいねみたいな……
・その点については、どうかふんわりと雰囲気で読んでいただけましたら幸いです
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