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Good boy Good bye

「『アメフラシ・アーチェリー』については知ってるか?」
「……まあ一応は?」
エレベーターを待つ間、ふくらはぎを摩りながら訊ねるサジータに向かって、りんごは軽く片眉を上げてみせる。
「なんかしょっちゅうCMとか流れてるよね~。人材派遣とかよく知らないけど、儲かってんの?」
「そうだな。それなりには稼いでるんじゃないか?」
サジータのさっぱりとした受け流し方が、なんとなく気にくわない。
りんごはもう一度ふくらはぎを蹴っ飛ばしてやろうとした―――が、そのとき。
タイミング悪く、エレベーターが到着する。
扉が開くなり出てきたイカガールたちが、サジータの顔を見て「あっ」と小さい声をあげた。
「サジータ隊長!お疲れさまです!」
「お疲れさまですー!」
「お疲れさま、出向依頼か?」
サジータは面倒見の良さそうな笑顔で、隊員らしい彼女たちに軽く手を振る。
「いってらっしゃい、気をつけてな」
「はーい!!」
ガールたちはきゃっきゃと盛り上がりながら走り去っていった。
その様子を眺めていたりんごは、
「……ニンキモノデスネ」
と嫌味っぽく言ってやったが、サジータは小さく苦笑いしただけだった。
二人でエレベーターに乗り、サジータは最上階へのボタンを押した。
「うちは持ちブキごとに隊が分かれてるんだが」
奇妙な上昇感を味わう間、サジータが世間話のように解説をし始める。
「シューター、マニューバー、チャージャー、ブラスター、ローラー、ホクサイ、パブロ、スロッシャー、スピナー、それからシェルターだな」
「ええ……全部覚えてるわけ……」
「俺はチャージャー部隊の隊長なんだが」
ドン引きしたと言いたげなりんごの視線も気にせずに、サジータは続けた。
「今はシューター部隊の隊長がいなくてな……その代理もやってる。まあ、隊長っていってもやってることは中間管理職なんだけどな。派遣の仕事はほとんど部下がやってくれてるし」
「ふーん……」
りんごはちょっと考えてから、ふと悪戯を思いついた子供のように、にんまりと笑った。
「でもさ~、一応人材派遣会社なワケでしょ、ここ。サジータくんはおいくらマンエンで借りれるわけ~?」
「俺は高いぞ?」
りんごのからかいを受け止めつつ、サジータも悪戯っぽく笑った。
「うちで高いウデマエのメンバーを借りようとするなら、それなりの代金を払って貰わないとな。特に隊長格は桁が違う」
「……で、結局いくらなわけ?」
りんごが唇を尖らすと、サジータは黙ってイカフォンの画面を見せてきた。
画面に表示されていたのは、アメフラシ・アーチェリーの一般的な料金表だった。そのなかでも隊長格は別枠で料金が設けられているのだが、サジータの項目の金額に、りんごは目をむいた。
「……良心的なぼったくりバーみてえな金額してんじゃん……」
りんごの感想に、サジータはけらけらと笑った。
「良い比喩だな。今度からそう言おうかな」
「パクんないでくれます~?……ていうか、こんな値段じゃ借りるなって言ってるようなもんじゃん」
会話の合間に、エレベーターが目的の階に到着する。
サジータはりんごが先に降りるのを待ってから、連れ立つようにして「こっち」と指し示す。
「まあ、実質そうだな」
りんごがついてくるのを確かめてから、サジータは会話を続けた。
「というか、呼ばれたくないからこの値段なんだが」
「なんで?」
「んー……」
りんごのストレートな疑問に、サジータは返事に迷うかのように小首を傾げる。
サジータの弱味が握れるかもと、りんごは軽く身を乗り出した。
「……例えばなんだが」
「うん? うん」
「顔だけで気に入られてバトルもせずに長時間拘束された挙げ句、帰したくないから延長させろだのこのまま永久指命させろだのわけわかんねえ要求してくるカネ持ちに何人も当たったら、流石に疲れるしキレるしこうしたくもなる」
「…………」
りんごは一瞬ぽかんとしてから、思わず噴き出した。
「っふ、あっはははははは!!!!!やばいホスト狂いのオンナに捕まったホストじゃ~ん!!!!!」
りんごの容赦ないコメントに、サジータはしょっぱい顔で肩をすくめてみせた。
「いやもうほんと当時は大変だったんだからな、今でこそ笑い話になるけど……」
「まあ確かにサジータくん、悪くないお顔してますもんね。いやかわいそ~、オンナとお前がっていう二重の意味で」
「向こうもか?」
サジータがそう言うと、りんごは意地悪く笑った。
「だってあんた、そういうオンナは切って捨てられるタイプだろ?こわ~、後々恨まれてそ~」
「……じゃないといいんだが」
サジータは小さく息を吐いてから、
「あ、りんご、こっち」
と、おもむろに通路の先を指さした。
「え?……ていうか俺どこに連れてかれるわけ?」
「ただの施設見学だって」
怪訝そうに言うりんごに向かって、サジータは明るく笑ってみせる。
「お前が興味あるようなものがあるかはわからないけど、少なくとも暇つぶしにはなるだろ?」
「……まあいいけど~」
りんごは不承不承といった体を装いながら、サジータについていく。
サジータはそれを確かめてから、りんごと並んで歩き始めた。



***



アメアリの設備であるトレーニングルームやらバトル講義室やらは一般開放されており、見学を希望すれば誰でも自由に入れる。
一見興味のなさそうな、だがその割にはちゃんと説明を聞いてくれるりんごを不思議に思いながら案内を続けていると、不意に誰かがサジータを呼ぶ声が聞こえた。
「サジータ」
耳触りの良い、穏やかに滑り込んでくるその声に、サジータはゆっくりと振り向く。
「社長。おいでだったんですか」
「いや、何。今日はたまたま時間が空いていたからね」
『社長』はひとの良さそうな笑顔で微笑むと、何気なく視線を隣のりんごの方に向けた。
「やあ、初めまして。サジータのお友達だね?」
「……ソウデスケド」
りんごはあからさまに不満を顔に出しつつも、一応は肯定した。
『社長』はまた微笑んでから、「ああ、申し遅れたね」と軽く会釈をはさんだ。
「私はこの会社……『アメフラシ・アーチェリー』の社長をしている者だよ。すまないが名前は名乗らない主義でね、好きなように呼んでくれ」
「…………」
りんごは怪訝そうに『社長』を見ているだけだ。彼が『社長』を警戒しているらしいことに気付き、サジータはさりげなく一歩前に出た。
「社長、俺の友人……の、りんごです。その、先日お話した……」
「サジータが助けた子だね?うん、聞いているとも」
『社長』はにこにこと、あくまでも笑顔を崩さない。
「そうだな。もし時間があるなら、私のところに遊びに来ないか?美味しいお茶とお菓子もあるよ」
「…………」
りんごは軽口を叩きもしない。
取り繕うような愛想笑いすらせずに、彼は『社長』をじっと睨み続けていた。
「……怖がらせちゃったかな?」
おどけたような口調で眉を下げる『社長』に、サジータは小さく苦笑いしてみせた。
「りんご」
サジータが呼びかけると、りんごは眉をしかめながらも視線を向けてくれた。
「こちら、うちの社長だ。あと……」
サジータは少し迷ってから、もう一つ付け足すことにする。
「俺の、育ての親でもある」
「……なるほどね」
何かを納得したらしく、りんごはつんと顎を上げた。
「お茶とお菓子って何か入ってたりすんの?」
「何かって?」
きょとんとする『社長』に対し、りんごはちょっと唇を尖らせる。
「睡眠薬とか」
『社長』はもう一度きょとんとしてから、小さく噴き出した。
「あはは、ないない。君にそんなことをしたらサジータに怒られてしまうよ」
りんごは軽く片眉を上げてみせただけだった。サジータは落ち着かない気分で、事の成り行きを見守ることにする。
「ちょっと君と話がしてみたかっただけなんだ。聞いてみたいこともあるけれど、そうだな。私も、君に聞かれたことは分かる範囲で答えてあげようか」
『社長』はそう言って、人なつっこく首を傾げてみせた。
「どうかな?大した時間は取らせないつもりだけど」
りんごは少し考える素振りを見せてから、
「まあ、少しくらいなら……」
と、渋々頷いた。
『社長』はにっこりと笑ってから、今度はサジータへと視線を向ける。
「サジータ」
「はい」
「君は外しておいてくれないか?彼と二人で話がしたいんだ」
……なんとなく予想はしていたが、隣のりんごが「は?マジかよ」とでも言いたそうな顔をしている。
だが、ここでついていくと反論できる理由も見当たらない。
「……わかりました」
少し間を置いてから素直に頷くサジータを、りんごが恨めしそうに睨んでいた。



***



『社長』とやらに招かれた部屋はいわゆる執務室といったところで、大きな窓の外からは、例のインクの雨がぽたぽたと降ってきているのがよく見えた。
(……やっぱり雨の檻じゃねえか)
窓から出ようとしても、色の違うインクに当たればダメージを受ける。
意図してやっているのだとしたら―――良い趣味をしている。
気が合うとは思わないが。
「どうぞ座って」
『社長』は相変わらずにこにことした笑顔でりんごにソファを勧め、何やら紅茶を入れ始める。
「すまないね、急に声をかけたりして。お邪魔ではなかったかな?」
「別に……」
りんごは『社長』への警戒を解かないまま、どっかりとソファーに座り込む。
……さっきから、妙に空気がべたべたとして気持ち悪い。
例えて言うなら、砂糖を溶かして煮詰めた蜜を、とろとろと足下に流されて、その匂いが鼻につくような。
何にも知らない無邪気な子供なら、その甘さに喜んで駆け寄ろうとするのだろう―――だが。
りんごは少なくとも、そんな甘ったれたお子様ではない。
むしろその先にあるえげつない落とし穴を、散々見てきた側の『大人』だった。
「そんなに警戒しなくてもいいよ」
『社長』は入れたての紅茶を運んできながら苦笑いする。
「別に取って食おうっていうわけじゃないんだ……ただ私は、」
どうぞ、と、りんごの目の前に紅茶が置かれる。
「君やサジータが心配でね」
「はあ」
物は言い様だな、とりんごは思った。
少なくとも、サジータに聞かれたくない話があるのは確かなのだろう。
それにも関わらず、恩を着せるような言い方をするのが気にくわない。
……というか。
一目見た瞬間から、厄介な相手だと思った。
食えない雰囲気やお人好しの様子がどことなくサジータと似ている、というか、恐らく彼は、目の前のこいつを踏襲しているのだ。
だとしたら。
サジータに輪をかけて、厄介な奴に違いない。
「……で、話したいことって何?」
並べられるお茶にもお菓子にも手をつけずに、りんごはソファにふんぞり返った。
「ナンパならごめんなんだけど~?」
「むしろ、君が私に色々聞きたいことがあるんじゃないかい?」
りんごと向かい合うようにして座りながら、『社長』は微笑んだ。
「サジータが何故君を助けたのか、とか、彼の詳細な経歴とかね」
「…………」
「アメアリはうちの子たちの尽力で、徹底した情報統制が敷かれていてね」
『社長』はティーカップを持ち上げながら言った。
「誰が何を調べようとしたなんかは、大体体分かるようになっているんだ。ああ、脅すつもりとかじゃないから安心してくれ。ただの事実報告というだけさ」
「……キモい」
「え?」
「いかにも善人でーすみたいな顔しながらカマかけてくんのやめてくれる~?この会社ではそういうのが流儀なわけ~?」
りんごはじっとりと相手を見据え、『社長』は微笑んだままそれを受け止めている。
「あんたが何をオハナシしたいのか知らないけど、サジータくんに近寄るなって話ならむしろあっちに言ってやってよね~。向こうが俺に夢中でさぁ、このままストーカー化されても困るんですけど~?」
「サジータはそこまで愚かじゃないさ」
『社長』はようやく苦笑いを浮かべながら、ティーカップを口に運ぶ。
りんごは肘掛けに肘をついて、ふんと鼻を鳴らした。
「どーだか。ていうかあんたあいつの育ての親ってマジ?そんな年に見えないんだけど」
「ありがとう、よく言われるよ」
りんごの問いかけを『社長』はにっこりと受け流す。
事実、目の前の彼はボーイと言っても差し支えないぐらいには若く見えた。下手すると自分たちとそう変わらない年にしか見えない。
……そういえば。
アメアリの社長というとメディアにも滅多に露出せず、謎多き人物として語られている。
今現在会社の代表として顔を出すのはほとんどがラキアというガールで、実質彼女がアメアリを統率しているとも言われていた。
しかし、会社を立ち上げてからわずかな期間でスクエアにも名を馳せる企業に成長させた手腕は、やはり本来の『社長』である彼の実力によるものだろう。
そんなイカと今、相対しているというのに―――りんごの心境は、とにかくこいつむかつくからぎゃふんと言わせるか、もしくはさっさと帰りたいという気持ちでしかなかった。
これならまだ、サジータと馴れ合っている方が、よっぽどマシだ。
「君を退屈させても申し訳ないから、あらためて話をしようか」
りんごの不機嫌さを見抜いたかのように、『社長』は言った。
「さて、りんごくん。もし良かったらなんだが……」
りんごは思わず身構える。
『社長』はそれを気にもせずに、にっこりと笑った。
「うちに転職する気はないかい?」
「……は?」
りんごは、危うくソファからずり落ちそうになった。
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