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🏹🍎SSまとめ

『やっぱり気が変わったから行~かない』という、何とも彼らしい気まぐれさ溢れるメッセージに、サジータは思わずちょっと肩を落としてしまった。
『そうか』
我ながら素っ気ない返答だとは思うが、こう返す以外に思いつかない。
例えサジータが内心で彼が来るのを心待ちにしていようが、彼のために買い揃えた食材が余ろうが、彼に夕飯を作るために仕事をさっさと切り上げて急いで帰ってこようが、そんなこと、りんごには一切関係ないのだ。
サジータがやりたくてやっているのだから、文句を言う筋合いはない。
日持ちしない食材をどう消化しようか考えていると、珍しくりんごからすぐに返事があった。
前言撤回や嘘であることの一言を期待して、いそいそとイカフォンを覗き込むと、
『他に何か言うことないわけ』
「……?」
何故拗ねているのか。
そんじょそこらのガールのように、「会えなくて寂しい」とか、「次はいつなら会えそう?」とか、そういう甘ったるい言葉を求めているわけではないだろうに。
……サジータの正直な本音として、内心でそう思ってはいる。めちゃくちゃ思ってはいるけれど、そんなことを言い出したら、りんごはきっと酷く嫌がるに違いない。
二度と来ないとも言い出しかねないし、何ならそう言わないままぱったり消息が途絶えてもおかしくない。
自分が恋をしているのは、そういう相手だ。
少なくとも、サジータはそう理解していた。
『もういい』
返事に迷っているうちに、さらにメッセージが飛んできた。
『他の奴にも俺にしてるみたいにすればいいじゃん』
『どういう意味だ?』
慌てて返事をすると、りんごからまたすぐメッセージが飛んでくる。
『泊めたりとか、ご飯作ったりとか』
「…………」
いやまあ確かに、りんご以外にもそうすることはあるけれど。
だからといって、りんごが来る時ほどしっかり準備するわけではない。何ならりんごとしかしていないことだってあるし。……主に、夜のあれそれの方面で。
『もういい』
サジータが返事をする前に、またそうやってりんごからメッセージが送られてくる。
『りんご?』
もう返事はなかった。返事の代わりに、「ばーか」と書かれたスタンプだけが送られてきた。
「…………」
りんごの真意を測りかねて、サジータは思わずこめかみを抑えた。



***



面倒くさいオンナみたいなメッセージを送ってしまった。
りんごはイカフォンを持ったまま、テーブルに突っ伏してしまう。
(……やらかした……)
だって、ちょっと反応見て遊ぼうと思っただけなのに、あっさり納得するし。なんか素っ気なかったし。
(……いつもいつも、自分物わかりいいで~すみたいな顔しちゃってさ)
腹が立つ。たまには文句の一つでも言ってくればいいものを、サジータはいつだってりんごの我が儘を優先する。
そうだ。今のだってサジータが悪い。
なんか扱いっていうか、返事がちょっと雑だったような気がしなくもないし。だからりんごも面倒くさいことを言ってしまったのだ。つまりサジータが悪い。うん、そういうことにしよう。
責任転嫁を済ませたところで、気分が晴れるわけでもなかった。
今からでもサジータの家に乗り込もうかと思ったが、それも何だかちょっと気まずいし。
かといって、今更どこかに遊びに行く気にもなれない。
「……あーあ、つまんねえの……」
子供みたいにぼやいてから、りんごはおもむろに煙草をくわえ、火をつけた。
煙がゆらゆらと揺れるのを眺めながら、今日あいつが買い込んでいるであろう食材は誰の胃袋に入るのだろうかと考えて、りんごはまた無性に腹が立った。



***



翌日。
仕事から帰ってきたサジータを待ち構えていたのは、いかにも「不機嫌で~す」と言いたげな顔をしたりんごだった。
吸いさしの煙草を咥え、どこともなく眺めていた彼は、サジータの顔を見るなり眉をしかめる。
「遅いんだけど~?」
「……部屋入って待ってて良かったんだぞ?」
うっかり声が弾みそうになるのを押さえながら、サジータはそう言った。が、
「何にやけてんの?キモ」
「…………」
……顔には出ていたらしい。
まいったな、と思いつつ口元を押さえていると、りんごは唇を尖らせてから、サジータの脛を軽く蹴った。
「ねー、俺お腹空いたんだけど。なんか作って」
「わかったわかった……」
幸い、昨日買って置いた食材はまだある。
手早く作れるメニューを考えながらドアの鍵を開け、中に入る。
りんごも当たり前のような顔をして部屋に入ってくる……はずだった。
「…………」
「……どうした?」
いつもなら、勝手知ったる他人の家と言わんばかりにずかずか上がり込んでくるりんごが、きょろきょろと部屋を見渡し始める。
「……別に~?」
りんごはつんとした表情で、じろりとサジータを見やる。
「あれから俺以外の子、泊めた?」
「泊めてないよ」
サジータはそう答えてから、りんごの様子に首をかしげて、
「何かあったのか?」
サジータの問いかけに、りんごは怪訝そうな顔をする。
「なんかって?」
「俺に八つ当たりしたいようなことでもあったのかと思って」
「…………」
図星だったのかなんなのか、りんごは思いっきり嫌そうな顔をしてから、サジータのふくらはぎを思いっきり蹴り飛ばした。
「いって、痛いって。的確に急所狙わないでくれ」
りんごはむくれたような表情をしてから、ぐいぐいとサジータのシャツを引っ張った。
「ねえ」
「ん?」
「キスして」
サジータは軽く眉をあげてから、すぐにりんごへと顔を寄せる。
唇に触れるだけのキスをすると、りんごは不満そうに甘えた視線を投げかけた。
「……足りないんだけど」
りんごの腕がサジータの首の後ろに回る。
もう一度、互いについばみ合うように唇を押し付け合い、それでも足りないと貪り合う直前に、サジータはそっとりんごを押し留めた。
「……夕飯は?」
「後でいい……」
「ん、わかった……」
「……ねえ」
サジータが口づけようとした瞬間、りんごが上目遣いで言った。
「パスタがいい。ミートソースにして」
「……わかった」
サジータはそう言って、小さく微笑む。
「何でも作るよ」
サジータからの答えに、りんごは満足そうに目を閉じた。



***



「お腹空いたんだけど~」
事を済ませて夜10時。
げしげしとりんごから蹴りを入れられるままにサジータはベッドから降り、「わかったわかった」と生返事をしながら、散らばったフクを拾い集めた。
「パスタでいいんだよな?」
「ミートソース!」
「はいはい、わかってるって」
とりあえず下だけ履いてから、サジータはじっとりと汗ばむ身体に眉をしかめて、りんごの方を振り返った。
「先にシャワーだけ浴びてきていいか?すぐ済ませるから」
「一緒に浴びたいっていうんなら浴びてあげてもいいけど~?」
ベッドに横たわったまま、そう言ってにまにまと笑うりんごに、サジータは軽く眉を上げてみせる。
「夕飯遅くなるぞ」
「うわ~、サジータくんのすけべ~」
きゃたきゃたと笑うりんごに、サジータは内心ほっと息を吐いた。
どうやら、機嫌は直ったらしい。
……それなら良かった。
「はいはい、どうせ俺はすけべですよ」
サジータがそう言いながらりんごの頭を撫でてやると、彼は満更でもなさそうに手にすり寄ってきた。
可愛い。絶対そうとは言わないが。言ったら最後、二度と甘えてきてくれないだろうし。
「機嫌が直ったようで何よりだ」
「は?別に機嫌悪くしてませんし~」
りんごは澄ました顔でサジータの手を払いのけた。サービスタイムは終了だと言わんばかりの表情に、サジータは仕方なく手を引っ込める。
「ねえ、おサジってさ~」
乱れたゲソを直しもせずに、りんごは不意に言った。
「俺以外にセフレ作んないの」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「……別に」
視線を逸らすりんごに、サジータもそれ以上問いかけることはやめた。
……そもそも、りんご以外とこんな関係になるつもりはないのだが。
サジータは少し迷ってから、
「今のところ予定はないよ」
と、若干曖昧な答え方をすることにした。
「ふーん……」
質問してきたくせに、まるで興味のないような返答をしてから、りんごは更に聞いてくる。
「じゃあ、俺に飽きたら作る?」
「……やっぱり何かあっただろ」
そう言って手を伸ばそうとすると、「何もないって!」とりんごはまたサジータの手を払いのけた。
「サジータくんが意外と性欲オーセーだから、俺だけじゃしんどくなってきたな~って思っただけですぅ~」
「……マジで?」
「なわけねえだろばーか」
早くシャワー浴びてこいよ、とりんごが枕を投げつけてくる。
サジータは仕方なく、一人で風呂場に向かうことにした。

自分から離れていくサジータの背中を、りんごは黙って見つめる。
彼の背中や首筋には、自分が散々しがみつき、噛み付いた痕が、いくつもいくつも残っている。
「…………」

もし、あの背中に痕をつけるのが、自分だけじゃなくなったとしても。
他の誰かのものにならないなら、それでいい。

「……ばっかみてえ」
りんごはそう吐き捨てて、サジータのベッドに潜り込んだ。
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