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Good boy Good bye

サジータ・リウス。
公的な年齢は23歳だが、実年齢は不詳。
名前もいわゆるプレイヤー・ネームというやつで、本来の名字は別とのこと。
バトル傭兵集団『アメフラシ・アーチェリー』の中でも、最も入隊が難しいと言われるチャージャー部隊の隊長を務めている。
ウデマエはオールX。愛用ブキはリッター4Kスコープ。トレードカラーはブルーで、バトル以外は大抵このインクカラーにしているのだそうだ。
凜々しい顔立ちと人当たりの良い性格、常に笑顔を絶やさない姿勢から、男女問わず非常に人気が高く、非公式ファンクラブまであるらしい。彼がサファリハットを愛用するようになってからは、このギアの注文数が異様に増えたとか、なんとか。
意外にも硬派で、浮いた話は一切無し。噂によると恋人がいたことはあるものの、バトルに打ち込むあまり、疎遠になってしまって別れたんだとか。
今では伝説となったナワバリプレイヤー『ウルコ』とは、かつてチームを組んで活動していた。そのチームこと『ウルトラマリネ』は、「彼女が引退しなければ世界を狙えた」とまで言われている。
現在はバトルを半引退状態で、後進の育成に専念しているらしい……。
(……叩いても叩いても埃の一つも出てこないって、逆に怪しいっていうかなんていうか……)
シャワーの水流を浴びながら、りんごは一つ、舌打ちした。生ぬるいお湯が時々傷口に染みるが、これぐらいの痛みなら慣れている。
……ネットで調べられる内容には限界があるとはいえ、どうもサジータの情報は「おきれいどころ」しか出てこない。
名の売れているプレイヤーなら、ゴシップのひとつやふたつあっても良さそうなものだが、彼にはそういう情報が、ほとんどといって良いほど見当たらないのだ。
一応、『昔チームメイトと噂になった』程度の情報はある……あるのだが、全て「ただの噂で真実は異なっていた」で済まされている。
(……そんなわけある~?ないない……)
恐らく『アメフラシ・アーチェリー』関連の情報には、徹底した情報統制が敷かれている。現時点では、りんごの推測でしかないが……。
しかし、マスコミだけでなくネット上の情報にまで影響を及ぼせるとなると、裏では相当なコネクションの力が働いているに違いない。
―――どうにも、胡散臭い。
(……ちょっと弱味握ってやれば、あのオキレイな顔が崩れると思ったのに)
やりづらくって、やりにくい。
ヒットしたかと思えば受け流されるし、すぐにやり返される。
さっきのキスだって、不意をつけただけで、何にもならない。
裏を取ってやろうと情報を漁ってやったものの、結局何にも出てこないし。
綺麗過ぎること自体に疑いの余地はあるものの、そこから汚れを引きずり出せなければ、どうにもならないのだ。
(……澄ました面して、自分は善人ですみたいな顔で親切ぶりやがって)
どうせその顔を引き剥がしたら、わかりやすくみっともない本性が表れるに違いない。

赤の他人なんて、みんなそんなやつばっかりだ。

「りんごー」
「!」
「夕飯出来るぞー」
風呂場の外から呼びかけるサジータの声は、まるで先ほどのやりとりなんてなかったかのように自然だった。
やっぱりキスとからかい程度じゃ、あの男のガードは崩せないのだろう。
自分と話している間も、目に警戒の色を帯びていたし。
……というか。
(あいつ、何で俺の夕飯まで当たり前に作ってんだろ……)
いやもう、そこは考えないことにしよう。朝食も昼食も、なんだかんだやけに美味しかったし。
「りんごー?大丈夫か?」
返事がないことを心配したのか、再びサジータの声が聞こえる。
「……今行く~」
りんごはシャワーの水流を止めてから、おざなりな返事をした。



***



本日の夕飯は親子丼らしい。
器に盛られた温かいご飯に乗せられた、たっぷりの卵と鶏肉、それからタマネギ。
見るからに美味しそうだ。りんごは一応両手を合わせてから、レンゲでそれらを掬って口に運んだ―――美味しい。
「美味いか?」
感想を見透かしたかのように、サジータが微笑みかける。
それが何となく気にくわなくて、りんごはむっとしながらうつむいた。
「……そこそこ」
「なら良かった」
サジータは満足そうにそう言うと、自分も親子丼を食べ始める。
なんか、やっぱりむかつく。
出て行く前に、こいつに一泡吹かせたいなどとりんごが考えていると、目の端に何かごちゃごちゃしたものが映った。
「あ」
何気なく視線を移した先にあったのは、割れたイカフォン。それから機械の部品らしき何かが、工具と一緒に散らばっている。
「悪い、まだ直せてなくてな」
りんごの視線に気付いたサジータが、親子丼を飲み込んでから言った。
「今晩中には何とかするよ。もうちょっと待っててくれるか?」
「……別にいーけどぉ」
りんごはちろりとサジータを睨み付ける。
「GPS?とか、なんか変な機能つけないでよね~」
「俺がそれつけてどうするんだよ」
「わかんないじゃん?情報なんていくらでも捌きようあるでしょ~」
何せ、目の前の男が、本当にカタギかどうかも怪しい。
今のところりんごに危害を加える気はないようだが……りんごの『仕事』を邪魔した犯人の正体は、まだわかっていないのだ。
一応同僚に連絡はとっておいたが、果たして調べがつくかどうか。
もしかすると、真犯人は―――目の前に、いるかもしれないのだから。
「俺はそんなことしないぞ?」
サジータは食事の合間に、しれっとした表情でそう言った。
「する必要がないからな。そもそも、お前の情報が誰に売れるかなんて検討もつかないし」
「ふーん……」
嘘をついている様子はなさそうだが、りんごは全く期待も油断していない。
本音を隠すのが上手いやつなんて、どこにだっている。
りんごはちょっと矛先を変えることにして、
「ま、どっちかっていうとサジータくんのおうちの住所とかが売り出されちゃったら困るかもね~」
りんごの一言に、サジータがちょっと片眉を上げる。
「ファンとかに売れるんじゃな~い?俺のことこのまま放り出しちゃっていーの?」
「怪我が治ったら好きにするといい」
サジータは目を細めるようにして笑った。
「トラブル対応には慣れてるんでな。組織の下っ端の一人や二人、相手するぐらいならどうにでもなる」
「こっわ……本当にカタギかよ」
さてな、と、サジータは小首を傾げて笑うばかりだ。
―――食えないやつ。
内心でそう呟いてから、りんごは親子丼の続きを口に運ぶ。
料理はやっぱり文句のつけようがないほど美味しい。なんとなくそれが気に入らなくて、りんごはさっさと食事を終えることにした。
「ねえ、そういえばさ~」
二人とも食事を終えたあと、皿を片付けるサジータの背中に、りんごは何となく問いかけてみる。
「いつまで置いてくれる気あんの~?怪我治るまではいていいみたいだけど~」
「好きなだけいればいいだろ」
サジータの答えはあっさりしたものだった。
思いがけない返答に、りんごはちょっと目を丸くする。
「好きなだけって……」
どういう意味だ。いや、言葉以上の意味なんてないのかもしれないが。
りんごは怪訝そうな表情を押し隠して、にやにやとからかうように笑ってみせた。
「何~?そんなに俺のこと気に入った?軟禁したくなっちゃったとか~?」
「出てくのも好きなタイミングでいいって意味だったんだが……」
そうだな、とサジータはちょっと考えるようにしてから、おもむろにポケットを探り、何かをりんごに放り投げてきた。
反射的にりんごが受け取ったそれは―――鍵だった。
ご丁寧に、キーホルダーまでついている。
「……何これ」
「合鍵」
サジータはしれっと言ってのけた。「は?」とつい間の抜けた返事をするりんごに向かって、サジータは軽く肩をすくめてみせる。
「出てく時はポストにでも入れといてくれ。捨てるなよ、作るの結構高いんだからな」
「…………」
なんだこの男。
いったい何を考えているのかわからないし、はっきり言って薄気味悪い。
りんごに危害を加えるわけでもないし、親切にしたって行き過ぎている。
「……お前、何考えてんの?」
思わず本音が口をついて出た。サジータはきょとんとした表情で、「何がだ?」などと聞き返してくる。
「正直……気色悪いんだけど」
「初対面の時もそう言われたな」
「何が目的でこんなこと……」
―――と。
言いかけたりんごの目に、サジータの微笑が映る。
整った顔立ちに、銀色の瞳。
薄く目を細めた彼の表情は、……読めない。
「知りたいか?」
「…………」
何を考えているのか、全くわからない。
分かりたくもなくて、りんごは近くのソファにもたれかかり、大きく息を吐いた。
「はぁーあ……やっぱどーでもいーや……」
めんどくさい、と本音を呟いてから、りんごはちろりとサジータを睨んだ。
「怪我治ったらマジで出てくかんな~?」
「好きにしていいって言ってるだろ」
サジータはりんごの視線など意にも介さない様子で、洗い物を始めてしまう。
ちょっかいをかけにいこうか少し考えてから、りんごはやっぱり面倒になって、受け取った合鍵をかざすようにして眺めた。
「……これいくらで売れるかな~?」
「GPSついてるぞ?」
サジータの一言に、りんごは思わず露骨に顔をしかめてしまう。
「え?マジ?」
「嘘だよ」
その表情を見て、サジータはおかしそうに笑った。
「ま、売れたらそのときはそのときだな。すぐ引き払えるようにはしてあるし、好きにすればいいんじゃないか」
「…………」
やっぱりこいつ嫌いだ。
そう思いながら、りんごはあらためて合鍵を眺める。一見すると普通の鍵に見えるが、どうも電子錠くさい。
要は、合鍵を作ったりピッキングしたりするのがすこぶる面倒臭いやつだ。やっぱりこの男ただのイカじゃねえなと、りんごは眉間の皺を深くした。
「これ飲んだら寝ろよ」
皿を洗い終えたサジータが、薬の袋をりんごに手渡してくる。
「まだ怪我治りきってないんだからな」
「はいはーい……」
そうは言いつつも、サジータの言いなりばかりになるのはしゃくだった。
薬を飲み終えてから、りんごはふと悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
「せっかくだから添い寝しちゃう?」
「添い寝してほしいのか?」
一拍もおかない反撃。りんごも負けじと言い返す。
「ほらぁ~、俺って一応泊めてもらってる身じゃん?なんかお返ししないと心苦しいっていうかぁ~……」
「お返しねえ」
サジータは軽く片眉をあげてみせる。
「別にいらな―――っ!?」
隙をついて、りんごはサジータの襟元を掴み、自分の方へと引き寄せる。
ぶつかりあうような口づけを―――する直前、サジータはとっさにりんごの口を手で押さえてしまった。
「んん~!」
「……っぶね~……」
不意打ちに失敗したりんごが不満げにサジータを見やると、彼は呆れたような顔をして、「いいから寝ろよ」と、りんごの頭を軽く撫でてきた。
「お休み」
まるで兄のように優しい声と表情で、サジータは言った。
「良い夢見ろよ」
「…………」
りんごは黙って中指を立ててから、サジータのベッドに潜り込むことにした。
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