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だって今日は俺たち日和


最近、楽しいことが怖い。



その日は特に予定もなく、何か取り立てて起きるわけでもなく。
いつも通りの平和な日を、モチは当たり前のように過ごしていた。
「ありがとう〜」
バイトを終えて報酬を受け取り、坂道を降りたところに、彼はいた。
「あれ……」
モチの声に、相手も気が付く。
「クロトガくんだ〜」
「……ん」
クロトガはベンチに座ったまま、軽く片手を上げた。
何となく、今日の彼は元気がないように見える。
モチは首を傾げつつ、彼の傍に駆け寄った。
「どうしたの?」
「……何がだ?」
「元気ないように見えたから……」
「…………」
クロトガは答えなかった。
モチは黙って、クロトガの隣に座る。
「今日は一人か?」
「そうだよ〜」
そうか、とクロトガは言っただけだった。
その横顔が、どうにも落ち込んでいるように見えて、どうしようかなぁとモチが考えていると、不意にクロトガが立ち上がった。
「飲み物買うけど」
と、クロトガはモチに向かって言った。
「お前は何がいい?」
「……おしるこ!」
「こぼすなよ」
優しい兄のような口調で言うクロトガに、「こぼさないよ!」と、モチは意気込んでみせたのだった。



***



「今日はひとりなんだね」
「まあな……」
モチはおしるこ、クロトガはコーラ。
二人で飲み物を買い、ベンチに戻る。
「さみしい?」
「……え?」
「最近、おれやみどりくんと、いっぱい遊んでくれてたでしょ」
モチはあずきを口の横にくっつけたまま、クロトガに言った。
「今日はひとりだったから、さみしいのかな〜って」
「……そういうんじゃ……」
クロトガは言葉を途切らせると、黙って口の横をとんとんと指先で示す。
モチは口の横についたあずきに気がついて、慌ててそれを食べた。
「……別に、寂しいとかじゃねえよ」
「そうなの?」
「…………」
クロトガは何も言わない。
モチはベンチの上で足をぶらぶらさせながら、
「おれ、クロトガくんといるの好きだし、楽しいよ〜」
「…………」
「いつも遊んでくれてありがとう」
「…………」
クロトガはやっぱり何も言わない。
普段なら、ぶっきらぼうながらに、もっとお喋りしてくれるのだが。
どうしたのかなぁとモチが気にしていると、不意に、クロトガが口を開いた。
「………最近、お前らや、もみじたちといると……」
溜息のような、呼吸がひとつ。
「……怖いんだ」
「……どうして?」
モチが聞き返すと、クロトガは俯きながら言った。
「……オレの家族は、今、別のとこで暮らしてて……そこは、こんなに楽しくないから……」
「…………」
「オレばっかり、ずるいから……」
彼の赤い瞳が、揺れる。
「いつか、バチが当たるんじゃないかって……」
「…………」
こんなクロトガくん、初めて見たなぁと、モチは思った。
いつも強くて、かっこよくて、イカした彼は、乱暴な振りをして、とても優しい。
きっと、今も。
彼はとても優しいのだ。
「……良かった」
モチの一言に、クロトガが顔を上げる。
「クロトガくんも、楽しかったんだねえ」
モチはのんびりとそう言った。
「だから、そう思ってくれたんでしょ?」
「…………」
「おれ、それは良かったなあと思って」
「……モチ」
「大丈夫だよ〜」
特に根拠なく、モチはクロトガに笑いかける。
「バチなんか当たらないよ」
どうして、と言いたげなクロトガに向かって、モチは続ける。
「だって、そしたら楽しいことなんにも出来なくなっちゃうし……苦しいことしか出来なくなっちゃうよ」
「…………」
「おれ、クロトガくんがそうなるのは嫌だなぁ」
話の区切りに、おしるこを一口。
「……でも」
クロトガはコーラの缶を握り締めたまま、苦しそうに言った。
「……オレ、イカは……嫌いだ」
「クロトガくんも、同じイカなのに?」
「…………!」
何気ない一言のつもりだった。
けれど、クロトガは大きく目を見開いて、モチを見つめている。
あっ……と思う間もなく―――クロトガは、泣き出してしまった。
「……オレは……」
「あ、あの……」
モチは大慌てでハンカチを取り出し、クロトガに差し出した。
「ご、ごめんね……泣かないで……」
「……いや、悪い…」
クロトガは手の甲でさっと涙を拭うと、誤魔化すようにコーラを一口飲んだ。
「大丈夫だ……すまん」
「え、えっと……」
行き場を無くしたハンカチを、モチがさ迷わせていると、「大丈夫だ」と、クロトガが改めてそれを押し返した。
いそいそハンカチを仕舞い直しながら、モチは恐る恐る言う。
「クロトガくんが、なんでイカが嫌いなのか、おれにはわかんないけど……」
自分に言えるのは、正直な気持ちだけだ。
モチはそう思って、素直に言った。
「えっと……おれはクロトガくんのこと、大事な友達だと思ってるよ。みどりくんも……」
「…………」
クロトガは黙ってモチの頭をわしゃわしゃ撫でた。
それがクロトガの返事なのだと、モチは思った。



飲み物を飲み終えて、二人は解散することにした。
「話聞いてくれてありがとな」
いくらかすっきりした様子のクロトガは、モチにそう言った。
「……オレが泣いたの、みどりには内緒だぞ」
「うん!」
モチはきりっとした顔でうなずいてから、
「あっ、じゃあ指切りしよ!」
「えっ切るのか」
「切らないよ〜」
指切りげんまんを知らないクロトガに、モチはやり方を教えてあげた。
他のイカよりちょっと尖った指先のクロトガと、小指を組んで、モチはおまじないを歌う。
「嘘ついたらハリセンボンのーます!」
「えげつねえな……」
「ハッ……そうだね……」
クロトガの指摘に、モチは真面目な顔で、
「じゃ、じゃあ、嘘ついたら高いアイス奢るにしよう……!」
「……ロブサンドがいい」
「じゃあ、ロブサンド奢るにしよう……!!」
かくして、ボーイ二人の間には、固い約束が交わされたのだった。
「またな、モチ」
「うん!」
モチは大きく手を振って、クロトガを見送る。
夕陽が、二人を明るく照らしていた。



***



「最近、クロトガくんが怖い……」
その日は、待ちに待ったプライベートマッチの日だった。
友人たちで集まり、一頻りバトルを楽しんだ後、雑談の最中にそう言い出したのは、みどりだった。
「俺に……優しい……!!!」
「ウルセェ」
いつも通りみどりを一蹴するクロトガだが、いつも通りみどりもへこたれない。
「違うんだよぉ〜……俺はクロトガくんにはそういう甘さは求めてなくて、なんかこうマスタードみたいなピリッとした感触っていうか……」
「長ぇ」
クロトガはまたもや一蹴した。
「一言でまとめろ」
「冷たくしてください!!!!!!!!!」
クロトガは黙って立ち上がると、自販機に向かった。
周囲が見守る中、彼は一本の冷えた缶ジュースをみどりに手渡す。
「……何これ」
「缶ジュース」
「物理的にじゃなくてえ!!!!!!」
「お前らも飲むか?」
クロトガはみどりを丸っきり無視して、ハチたちに声を掛けた。
「エ?デモ……」
「わー、いいの?」
ハチが遠慮しようとするなか、モチは遠慮なく喜んでいる。
それを見たマサバが、
「クロくんにばっか出させんの悪いから、おれも半分出すよ」
と、財布を取り出した。
「おう。元々お前に奢る気ねえしな」
「せやろなとは思った〜。ハチくんは何がええ?」
マサバに聞かれて、ハチはぱちぱちと瞬きしてから、
「ア……ジャア、みどりト同じヤツ……」
「仲良しやねえ〜」
「モチとロジは?」
クロトガに聞かれ、モチはにこにこしながら言った。
「おれ、おしるこがいいな〜」
「オシルコ?」
「甘くて美味しいんだよ〜」
「ジャア、ボクモ」
分かった、とクロトガは言い、マサバと共に飲み物を買ってきてくれた。
ハチはみどりと同じジンジャーエール、クロトガがコーラ、モチとロジはおしるこ、そしてマサバがブラックコーヒーだ。
「うう……クロトガくんが買ってくれたジンジャーエール美味しい……アッ」
みどりはハッとしたような顔で叫んだ。
「クロトガくんが買ってくれたジンジャーエール飲んじゃった……!!!」
「いや飲めよ飲み物なんだから……」
「せ、せめて缶とっとく……」
「……おいハチ、お前の同居人なんとかしろ」
「申し訳ナイ……」
ハチはそう言いながらも、ぐっと拳を握り締め、
「デ、デモみどりハ、ソウイウトコガカワイイノモアルカラ……!」
「お前は本当に自分の審美眼を見直した方がいい」
二人のやり取りに、マサバがからからと笑った。
「なんちゃらは盲目やねえ」
「お前絶対人のこと言えねえぞ……」
「な、なんでや!アオちゃんは誰が見ても可愛いやろ!」
「どんなひと〜?」
モチが興味を示して話題に入る。ロジもその後ろに続き、みどりとハチも近くに寄ってきた。
「待ってな♡今見せる〜」
「写真アルンデスネ」
「隠し撮りとかしてねえだろな……」
「ちゃんとイリコちゃんから貰ったやつです!!!!!!!!」
「本人じゃなくて????」
マサバがイカフォンで表示してみせたのは、ガール二人のプリクラ写真だった。
「こっちがアオちゃん、こっちがイリコちゃん!」
マサバが自慢げに見せた画像に、ボーイたちは思い思いに反応する。
「うわっめっちゃ美人!!!!!」
「せやろ……?」
「何でお前が自慢げなんだよ……」
「アッ……」
「どしたのハチ〜?」
「ナ、ナンデモナイ……」
ハチがふるふると首を横に振っているなかで、モチは無邪気な顔で、
「わ〜、おれも会ってみたいな〜」
「モチくんてこういう美人系がタイプなの?」
みどりが何気なく話題を振ると、モチはきょとんとした。
「タイプ?」
「好きなタイプとかさ〜!」
「…………」
その瞬間、モチがフリーズする。
「モチ……?モチ……!!」
「モチくん!?」
「あかん、モチくん宇宙に行ってもうた……」
「……ハッ」
ロジに揺さぶられ、モチは再起動した。
「あんまり考えたことないなぁ〜」
「そ、そっか……」
みどりはちょっとほっとしつつ、
「あっ、じゃあさ!ハチはどんなのがタイプ?」
「ナキソウ」
「えっなんで?!」
わいわいと楽しそうなボーイズを見て、クロトガが少し離れようとする。
それに気付いて、モチは急いで駆け寄った。
「クロトガくん」
「ん……気にしなくていい」
クロトガは小さく笑った。
「眺めてたくなっただけだ」
「……そっかぁ〜」
モチはそう言って、みんなから離れて座ったクロトガの隣に腰を下ろす。
するとロジがすぐに気がついて、慌てたようにモチの隣にやってきた。
「あれ〜クロトガくん、何でそんなとこいるの?」
気付いたみどりがそう言って、ハチもマサバもそちらを振り返る。
クロトガはやれやれと言いたげに、小さく溜め息を吐いた。
それを見て、モチはただ、楽しそうに笑ったのだった。
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