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だって今日は俺たち日和


最近、みどりが他のタコの話ばかりする。
タコが好きだタコが好きだと言いながら、みどりは目の前の自分のことより、他のタコのことばっかりだ。
胸の奥のもやもやを、ずっと言葉に出来ないまま、ハチは黙っていた。



***



「……ハァ……」
つまらない。
最近のみどりは、バイトで仲良くなったという、例のタコとばかり遊びに行っている。
一人で家にいてもつまらないので、レギュラーマッチに来てみたけれど……あまり、楽しくない。
地上に出た時は憧れだったナワバリバトルのはずなのに、今は胸の奥が、なんとなく塞いでいる。
みどりがいたら、きっと楽しかったのに。
(……次で抜けようかな)
時間を見ると、もうすぐスケジュール変更の時間だった。
次のバトルが終わったら帰ろうと決めているうちに、ハチは新しいステージに転送される。
味方はバレルスピナーリミックスとボールドマーカー7に、スプラローラー。
今はあまり見たくないブキに、胸がずきりと痛んだ。
試合開始の合図とともに、ハチは味方の動きに合わせて、一斉に飛び出す。
(……みどりは、)
今頃、何をしてるんだろう。
脳裏に過ぎった思いを、インクで塗りつぶしていく。
今は目の前のバトルに集中したかった。
そうすれば、なんとなく胸のもやもやが、晴れる気がした。



……バトルには勝ったが、やっぱり気分は晴れない。
スケジュール変更の通知とともに、部屋が解散となる。
ロビーから出たハチは、何度目になるかわからない溜息を小さく吐いた。
早く帰ろう。
みどりが何時、帰ってくるかわからないけど。
「あのっ、すみません!」
と。
急に声をかけられ、ハチは咄嗟に振り返る。
そこにいたのは、アシメヘアーのイカガールだった。
「さっきナワバリで一緒だったよね?」
オレンジ色の瞳をきらきら輝かせながら、彼女はそう言った。
「……エット」
そうだっただろうか。周りの容姿まではよく見ていなかった。
ハチが戸惑っている様子に気付いたのか、彼女はあっと小さく声をあげて、
「急にごめんね。私、イリコって言うんだ。さっきはボルシチ使ってたんだけど……」
「……アア」
それなら覚えがある。
ウルトラハンコによる大暴れで、一気に3キルも取っていたイカがいたが……そういえば、ガールだったような気がする。
「すごい上手い黒ZAPのひとがいるなぁと思って、感心して見てたの」
イリコはにこにことしながら言った。
「ウデマエどのくらい?まだ私A帯なんだけど……」
「……アノ」
やけに人懐こいイカガールだ。
何となくみどりを思い出しながら、ハチは怪訝そうに訊ねる。
「何カ、用デスカ?」
「あっ、ごめんなさい!!」
イリコは慌てて謝った。
「えっと、良かったらフレンドになって貰えないかなって……」
「フレンド……?」
「うん!」
彼女はぱっと顔を輝かせる。
「私、もっと強くなりたくて、強そうなひと見掛けたら、一緒にバトルして貰えないかってお願いしてるんだ。君のイカした黒ザップ捌きも、味方ポジでもう一回見て、勉強させて欲しいなぁと思って……どうかな?」
「…………」
新手のナンパ、だろうか。
それなら正直断りたいのだが、何となく悪いイカではない……ように見える。
それに……みどりだって最近、他のタコとばっかり仲良くしているし……。
「……イイヨ」
半分、みどりへの当てつけも兼ねて、ハチは頷いた。
「フレンド、ヨロシクオ願イシマス」
「やったぁ!ありがとう!」
イリコはぴょんぴょん跳ねて喜んだ。見た目は大人っぽく見えたが、案外歳は近いのかもしれない。
フレコを交換するなり、イリコがハチの名前を確かめて、ちょっと目を丸くする。
「ハチくんて私の友達と同じ名前だ〜、結構メジャーな名前なのかな?」
「ソウナンダ……?」
同じ名前のイカもいるのか。いや、タコかもしれないが。
イリコはそれ以上は深く気にしていないようで、イカリング2でステージを確かめてから、
「えっと、行くのペアリグマでもいいかな?」
と、おずおず訊ねてきた。
「今確かエリアだし、ボルシチの練度あげたいんだ。良かったら、次のスケ変まで一緒にお願いできたらな〜って」
「……イイヨ」
「ありがとう!じゃあ早速行こっか!」
イリコは嬉しそうな足取りで、ぱたぱたとロビーに向かっていく。
ハチは何となく、自分も少し楽しいような気がしながら、イリコの後を追い掛けた。



***



結論から言えば、イリコとのバトルはとても楽しかった。
これがみどりとだったらとは思わずにいられなかったが、彼女に失礼だと気付いて、ハチはすぐにその思いを振り払う。
イリコはエリアが得意らしく、果敢に攻めてはカウントを進めていった。
攻撃的なバトルスタイルと言えば聞こえはいいが、やや無謀な攻めの時もある。
ハチは彼女のフォローとサポートに徹することを決め、堅実に塗りとキルを重ねて行った。
「イリコ、インクアーマー使うヨ」
『オッケー!!私もハンコ行くね!!』
イリコのウルトラハンコの猛進は、見てて気持ちいいほどの暴れっぷりだ。
投げたハンコがエリアのど真ん中にぶち当たり、それで延長戦の勝利を決めた時は、ハチも思わず声を上げて感心してしまった。
『ボルシチ大好きなんだ』
試合の合間に、ボイスチャットで彼女はそう言っていた。
『普段はもみじなんだけどね、このブキもっと上手くなりたくて……今日は付き合ってくれてありがとね!ハチくん!』
真っ直ぐなお礼の言葉に、ハチは何だかちょっと申し訳なくなってしまう。
ドウイタシマシテ、と答えると、インカムの向こう側で、彼女がふふっと笑う声がした。



「あーっ!楽しかったぁ!」
2時間のバトルを終えて、二人はロビーから出てくる。
「ありがとうねハチくん!あんなに勝てたの初めてかも!」
「ドウイタシマシテ」
はしゃぐイリコに、ハチは微笑みかける。
「僕モ楽シカッタ」
「ほんと?なら良かった〜」
イリコは安心したように笑ってから、
「あのさ、この後時間ある?さっきのバトルの反省会したくて……」
「反省会?」
「あ、ハチくんに反省点があるって意味じゃなくて、私のね」
そう言って、イリコはポケットからメモ帳を取り出してみせる。
「毎日書いてるんだけど、自分じゃ気づかないこともあるから教えて欲しくって。もし良かったら、ご飯とか奢るし!」
「エット……」
流石にどうしようか。
イリコは悪いイカではなさそうだが、みどりが家で待っているかもしれないし。
ハチが答えに詰まっていると、
「よっしゃー!!ご飯いこいこ!!」
聞き覚えのある声が、不意に耳に飛び込んできた―――みどりだ。
咄嗟に振り返り、ハチはみどりの名前を呼ぼうとして―――
「みどりお前ちっかいんだよ!!」
「やだぁもうクロトガくん照れちゃって〜♡♡」
「お前マジで一回ぶっ飛ばすぞ!!」
ハチが見たのは。
知らないタコとみどりが、仲良くじゃれ合いながら、どこかに行こうとしている姿だった。
「でも俺知ってるもんね!クロトガくんなんだかんだ俺のこと好きだって……」
「フレンドブロックした」
「ア"ーッ!!!待ってぇ!!!!!」
「…………」
見たくなかった。
見たくなかった
見たくなかった、見たくなかった、見たくなかった。
みどりがあんな風に誰かと仲良くしてるところなんて、

見たくなかった。

「は、ハチくん……?」
気付けば両目から涙が零れていた。
泣いているハチに気付くこともなく、みどりはそのまま、どこかに行ってしまった。



***



イリコは泣き出してしまったハチをベンチに座らせ、飲み物まで買ってきてくれた。
面倒見の良い彼女に申し訳なくなりながら、ハチは温かいお茶のペットボトルを受け取る。
「……アリガトウ……」
「良いよ〜、気にしないで!」
奢りだからね、と彼女は明るく笑ってから、ハチの隣に座る。
「でも、急にどうしたの?何かあった?」
「…………」
ペットボトルで両手を温めながら、ハチは俯いてしまった。
なんと説明したらいいのかわからない。どこから話せばいいのかも。
ハチが口ごもっていると、「大丈夫だよ」と、イリコは言った。
「話したくないなら無理しなくていいし。でも、話したら楽になることだってあるでしょ?だから、ハチくんが無理しない範囲で話してくれたら嬉しいなーって」
「……イリコハ優シイネ」
まるでみどりみたいだと思ってから、やっぱり胸がずきりと傷んだ。
―――話せば楽になることもある。
本当にそうなんだろうかと思いながらも、ハチは恐る恐る話してみることにした。
イリコなら、全部聞いてくれる気がした。
「……実ハ……」
ハチはみどりの名前を伏せて、淡々と訳を話した。
イリコは時々相槌を打ちながら、真剣に話を聞いてくれていた。
ハチが一通り話し終えると、彼女は真面目な顔で、
「ちゃんと寂しいって言った?」
「……エ?」
「我慢してたら、何にも伝わらないでしょ」
そう言って、彼女はにっこり笑う。
「そのひとに、ちゃんと寂しいって伝えてみたらどうかな。もしかしたらハチくんが寂しがってるの気付いてないだけで、気付いたらちゃんと見てくれるかもよ?」
「……ソウ、カナ……」
でも、確かにそうかもしれない。
ただでさえみどりは鈍いのだから……言わなきゃ、何も伝わらないだろう。
「頑張れそう?」
イリコに確かめられて、ハチはおずおずとうなずいた。
「ウン……話シテミル」
「良かった!」
イリコはそう言って、にっこり笑った。
「頑張ってね、ハチくん!応援してる!」
「……アリガトウ、イリコ」
お礼を言いながら、ハチもちょっとだけ、イリコに微笑み返した。



***



「……タダイマ……」
「あっお帰りハチ〜!」
家に帰ると、みどりはいた。
「聞いてよ〜。今日さ、バイトで……」
考えるより先に、身体が動いた。
「え?」
気付けば思わず抱き締めていた。
ハチに抱き締められたみどりは不思議そうな顔をしながら、されるがままになる。
「ん?え?え、と……」
「みどり……」
なんて言えば伝わるんだろう。
いつもいつも、何も上手く伝わらない。
それでも。
「ボ、クモ、」
我慢してたら、何も伝わらないから。
「一緒ガイイ……」
ハチはたどたどしく、自分の気持ちを伝えようとする。
「サ、ミシイ……カラ……」
胸が詰まって、それ以上は言えなかった。
重たいと思われはしなかっただろうか。
ハチが恐る恐るみどりの様子を伺おうとすると、
「そういうのはもっと早く言ってよ〜!」
わしゃわしゃわしゃ!
……と、勢いよくみどりにあたまをなでられてもハチはびっくりしてしまう。
「じゃあ今度一緒にバイト行こ!その時友達も紹介するしさ!」
「ア……ウ、ウン……」
「あ、あと今日さ、バイトでめっちゃ稼いできたんだ〜!」
そう言って、みどりはにっこり笑った。
「お菓子いっぱい買ってきたし、一緒に夜更かししてゲームしよ〜!」
「……ウン」
ハチも思わず、釣られて微笑んだ。
みどりは優しい。
今はこれでいいか、と、ハチは思うことにした。
心の中で、今日会ったあのイカガールに、感謝をしながら。



***



何だかイリコが不機嫌な気がする。
「おいもみじ……」
「なぁに?」
話し掛ければ返事はするが、目を合わせてくれない。
何かしただろうかとクロトガがそわそわしていると、イリコが横にぴったり張り付いてきた。
「……んだよ」
「別にぃ」
イリコはぷいと顔を逸らす。
「何でもないです〜」
……何なんだ。
訳が分からないが、このままではどうにも落ち着かない。
クロトガは少し考えてから、イリコの様子を伺いつつ、
「……明日ナワバリ行くけど」
と、言ってみる。
イリコはくるんと瞳をクロトガに向けて、
「友達と?」
「は?いや、アイツらと会う予定はねえけど……」
どうしてここでみどりやモチの話が出てくるのだろう。
疑問に思いながらも、クロトガは「お前は?」と質問を投げ返す。
「え?」
「予定あんのかって聞いてんだよ」
「……!」
イリコの目が、きらきらと輝き出す。
「ない!一緒に行っていい?」
「なら、11時な……ステ悪かったら、リグマでいいか」
「うん!」
イリコはにこにこ笑いながらうなずいた。
「ありがとう、クロトガくん!」
「……ったく……」
どうやら機嫌は直ったらしい。
何を我慢してやがるんだかと思いながら、クロトガはイカフォンで明日のステージを確かめた。
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