だって今日は俺たち日和
最近モチが不良の道を歩んでいる。
……かもしれない。
とにかくロジは焦っていた。めいっぱい焦っていた。
あの優しいモチが、いつか自分に絡んできたような不良になってしまったらどうしよう。
そんなこと、あるはずがない……そう思えていたのは、数日前までのことだった。
「ロジくん見て見て〜」
ある日、お風呂上がりのモチがタオルを肩にかけたまま、ぱたぱたと走ってきた。
ゲソから雫がぽたぽた垂れているのを見て、ロジはそれを拭いてやろうと、タオルを持ち上げた……と、その時だった。
入れ墨。入れ墨である。
どでかい入れ墨のイカのマークが、モチの白い腕を「ここ俺の場所っすよ」と言わんばかりに占領していたのである。
ロジが言葉を失うほどに驚いていると、モチは自慢げに「じゃ〜ん」と腕を見せてきた。
「タトゥーシールだよ〜」
かっこいいでしょ、と胸を張るモチに、ロジは動揺を隠せない。
シールで良かったとは思ったけれど、なんでまたこんなものを?
ロジが聞く前に、モチはその理由を、自分から話し始めてくれた。
「あのね〜、こないだ話したクロトガくんがイカしたタトゥー入れててね、おれも真似したくなったんだ〜」
「クロトガ……」
モチが最近よく話題に出す、あの『タコ』か。
モチの話によると、「雨の日に傘がなくて震えてるクラゲに上着をかけてあげてそう」なタイプだということだが……噂によるとイカ嫌いを公言していて、自ら地上に出てきたタコも毛嫌いしているらしい。
自分だってそうじゃないかと思わなくもないが、それはともかく、今心配なのはモチのことだ。
クロトガとやらは乱暴者で口も悪く、素行不良なのだとも聞いている。
このままでは、モチがどんどん悪い影響を受けてしまうかもしれない……。
(……ボクがなんとかしなくては)
ロジは思わず、ぎゅっと拳を握りしめた。
***
「えっクロトガくんってきょうだいいるの?!」
「兄さんが二人と、妹が一人いる」
今日の二人のブキは、みどりがカーボンローラー。クロトガがクラッシュブラスター。
ナワバリバトルを終えた後、ブキのチョーシを確かめながら、二人はロビー前のベンチで駄弁っていた。
「紹介……」
「するかバカ」
「えーっ!!!!!!!!!!!」
不満の声をあげるみどりを、クロトガはぎろりと睨む。
「尊敬する兄さん二人と、世界で一番大事な妹だぞ?!テメェに紹介なんか絶対するか!!」
「いやめっちゃきょうだい大好きじゃん……可愛いかよ……」
「ウルセェ」
クロトガは大きく舌打ちした。
「万が一テメェに会わせなきゃならなくなったとしても、指一本たりとも触れさせねえからな」
「ええ〜ん……なんでそんな……」
泣き声をあげるみどりだったが、「……もしかして」と、おずおずクロトガの顔を覗き込む。
「こ、こないだタトゥー触りまくったの、まだ怒ってたり……??」
「ったりめーだろこのセクハラ野郎!!」
クロトガは軽くみどりの足を蹴った。
「頭沈めるまで触りやがって……風呂じゃなかったらリスキルしてたぞ」
「ご、ごめんってえ!」
慌てて謝るみどりに対し、クロトガは眉をしかめてみせる。
「……次やったらマジでフレンドブロックするからな」
「……てことはブロック覚悟ならもうワンチャ、あいだだだだだだだ耳ちぎれちゃう!!!!!!!!!!!」
「ったく……」
クロトガはみどりの耳を引っ張るのをやめて、
「それよりだな」
と、親指で後ろの方を差す。
「あいつ、お前の知り合いか?」
「へ?」
みどりは耳を擦りながら、後ろを振り向いた。
そこにいたのは―――見知らぬタコボー
「イイ!!!!!!!!!!!!!!!」
……光のごとき速さで駆けていくみどりに、バトルでもそんだけ機敏に動けよとクロトガは思ってしまった。言わなかったが。
「エッ……エッ、」
先程からちらちらとみどりとクロトガの様子を伺っていたタコボーイは、突然駆け寄ってきたみどりに、とにかく驚いているらしい。
みどりはその勢いのままタコボーイに迫り、
「えっ君名前は!?いくつ?!どこ住み??てかメッセやってる?あっ良かったらフレンドにっぐえっっっ!!!!!」
「!?」
「怯えさせてんじゃねえ!!」
みどりの奇妙な声は、クロトガが彼の襟を思い切り引っ張ったせいだった。
「えっ、ちょっ、何すんだよぉクロトガくん!」
みどりは喉を抑え、げほげほ咳き込んでから、はっとしたようにクロトガの方を振り返る。
「ま、まさか……俺が他のタコボーイに目移りしたから、嫉妬してくれた……?」
「みどり、ジャーマンスープレックスって知ってるか?」
「暴力のレベルが上がってるんだけどぉ?!!!!!」
「いいから黙って一歩下がってろ」
クロトガは視線でみどりを黙らせた。
「フレンドブロックすんぞ」
「すぐそうやって脅す〜……」
みどりは唇を尖らせつつも、大人しくクロトガの言う通りにする。
クロトガはやれやれと溜め息を吐いてから、混乱しっぱなしのタコボーイに向かって、「大丈夫か?」と、出来るだけ冷静に話しかけた。
「エ、エト……」
タコボーイはしばらく目を白黒させていたが、クロトガの声掛けで、徐々に落ち着きを取り戻したらしい。
みどりが何か言いかけるのを、クロトガは軽く小突いて制止した。
「お前……」
クロトガは軽く眉をしかめてみせる。
「さっきから着いてきてただろ」
「……!」
イカボーイの表情が真剣なものになる。横でみどりが小さく「えっ、そうだったの」と呟いたのは、聞かなかったことにした。
「見ての通り、」
クロトガは、みどりの方を顎で指し示してみせる。
「こいつは『俺ら』みたいなやつを見ると、いきなり迫ってくるヤベーやつだぞ。時間が惜しかったら適切に距離を取れ」
「…………」
「ねえクロトガくん、実は俺のこと嫌いだったりしない……?嫌いになったら早めに言ってね!?」
「うるせーな、嫌いになってたらとっくにブロックして……」
「待って今デレなかった?!!?!」
「…………」
クロトガはみどりのリブニットの端を掴むと、強引に前に引き下ろした。
「んむぐ〜ッ!!!!!!」
「……あ、アノ……」
「ほっとけ」
まるで覆面のようになってしまったリブニットと戦うみどりを本当に放っておきながら、クロトガは腕組みしてみせた。
「んで、俺らに何の用だ」
「…………」
「……だんまりかよ……」
クロトガは軽く舌打ちしてから、
「名前も言えねえか?」
目の前のタコボーイは警戒した色を見せつつも、
「……ロジ……」
と、ようやく名前を名乗った。
それを聞いて、クロトガは軽く目を見開く。
「……モチの友達か?」
「エ」
「違うのか?」
ロジと名乗ったタコボーイは、慌てたように首を振る。
「そうか」
―――不意に、クロトガの表情が和らいだ。
ロジが目を丸くしていると、彼は先程みどりを怒鳴っていたのかが嘘のように、落ち着いた声音で言った。
「ビビらせて悪かったな。オレらに何か用か?」
「…………」
「あっクロトガくん怖がらせてる〜」
リブニットを戻したらしいみどりが、にへにへ笑いながら言った。
「ウルッセエな!!!お前が先にビビらせたんだろが!!!!」
「ええ……俺にだけ当たりが強い……」
「……エ、ト……」
ロジは少しだけもごもごとして、恐る恐る言った。
「……モチニ、仲良くシテほしいッテ言ワレて……」
「大歓迎ですが?」
「おい」
「大歓迎ですが!!!?!!?!?」
食いつくみどりを見て、クロトガは大きく溜め息を吐いた。
「あーあ……もう知らねえぞ、オレは……」
「それじゃあさ、今からバイト行くんだけど一緒にどう?!」
何故か大興奮のみどりに、ロジはぱちぱちとまばたきしながらもうなずいた。
「やったー!!!行こう行こうクロトガくん、ロジくん!!」
「行こうぜ、ロジ」
ロジはおずおずとうなずいて、クロトガとみどりについて行った。
***
その夜。
バイトでたっぷり稼いできたロジは、モチの服を軽く引っ張った。
「モチ……」
「どうしたの?」
「ボクも、タトゥーシール、欲しいナッテ……」
それを聞いて、モチはぱっと顔を輝かせる。
「ロジくんのも買ってあるよ〜、好きなの選んでね」
「ウン」
タトゥーシールを選ばせてもらいながら、ロジはぽつりと言った。
「今日……バイトしてキタ」
「楽しかった?」
「ウン……」
クロトガやみどりと行ったバイトは、楽しかった。
噂に聞いていた二人は、そう悪いタコやイカにも見えなかった。
「…………」
ロジはクラゲのタトゥーシールを選び、モチに貼って貰うことにした。
……後日。
二人を見たカケが、モチとロジが大変なことになったと焦るのは、また別の話。
……かもしれない。
とにかくロジは焦っていた。めいっぱい焦っていた。
あの優しいモチが、いつか自分に絡んできたような不良になってしまったらどうしよう。
そんなこと、あるはずがない……そう思えていたのは、数日前までのことだった。
「ロジくん見て見て〜」
ある日、お風呂上がりのモチがタオルを肩にかけたまま、ぱたぱたと走ってきた。
ゲソから雫がぽたぽた垂れているのを見て、ロジはそれを拭いてやろうと、タオルを持ち上げた……と、その時だった。
入れ墨。入れ墨である。
どでかい入れ墨のイカのマークが、モチの白い腕を「ここ俺の場所っすよ」と言わんばかりに占領していたのである。
ロジが言葉を失うほどに驚いていると、モチは自慢げに「じゃ〜ん」と腕を見せてきた。
「タトゥーシールだよ〜」
かっこいいでしょ、と胸を張るモチに、ロジは動揺を隠せない。
シールで良かったとは思ったけれど、なんでまたこんなものを?
ロジが聞く前に、モチはその理由を、自分から話し始めてくれた。
「あのね〜、こないだ話したクロトガくんがイカしたタトゥー入れててね、おれも真似したくなったんだ〜」
「クロトガ……」
モチが最近よく話題に出す、あの『タコ』か。
モチの話によると、「雨の日に傘がなくて震えてるクラゲに上着をかけてあげてそう」なタイプだということだが……噂によるとイカ嫌いを公言していて、自ら地上に出てきたタコも毛嫌いしているらしい。
自分だってそうじゃないかと思わなくもないが、それはともかく、今心配なのはモチのことだ。
クロトガとやらは乱暴者で口も悪く、素行不良なのだとも聞いている。
このままでは、モチがどんどん悪い影響を受けてしまうかもしれない……。
(……ボクがなんとかしなくては)
ロジは思わず、ぎゅっと拳を握りしめた。
***
「えっクロトガくんってきょうだいいるの?!」
「兄さんが二人と、妹が一人いる」
今日の二人のブキは、みどりがカーボンローラー。クロトガがクラッシュブラスター。
ナワバリバトルを終えた後、ブキのチョーシを確かめながら、二人はロビー前のベンチで駄弁っていた。
「紹介……」
「するかバカ」
「えーっ!!!!!!!!!!!」
不満の声をあげるみどりを、クロトガはぎろりと睨む。
「尊敬する兄さん二人と、世界で一番大事な妹だぞ?!テメェに紹介なんか絶対するか!!」
「いやめっちゃきょうだい大好きじゃん……可愛いかよ……」
「ウルセェ」
クロトガは大きく舌打ちした。
「万が一テメェに会わせなきゃならなくなったとしても、指一本たりとも触れさせねえからな」
「ええ〜ん……なんでそんな……」
泣き声をあげるみどりだったが、「……もしかして」と、おずおずクロトガの顔を覗き込む。
「こ、こないだタトゥー触りまくったの、まだ怒ってたり……??」
「ったりめーだろこのセクハラ野郎!!」
クロトガは軽くみどりの足を蹴った。
「頭沈めるまで触りやがって……風呂じゃなかったらリスキルしてたぞ」
「ご、ごめんってえ!」
慌てて謝るみどりに対し、クロトガは眉をしかめてみせる。
「……次やったらマジでフレンドブロックするからな」
「……てことはブロック覚悟ならもうワンチャ、あいだだだだだだだ耳ちぎれちゃう!!!!!!!!!!!」
「ったく……」
クロトガはみどりの耳を引っ張るのをやめて、
「それよりだな」
と、親指で後ろの方を差す。
「あいつ、お前の知り合いか?」
「へ?」
みどりは耳を擦りながら、後ろを振り向いた。
そこにいたのは―――見知らぬタコボー
「イイ!!!!!!!!!!!!!!!」
……光のごとき速さで駆けていくみどりに、バトルでもそんだけ機敏に動けよとクロトガは思ってしまった。言わなかったが。
「エッ……エッ、」
先程からちらちらとみどりとクロトガの様子を伺っていたタコボーイは、突然駆け寄ってきたみどりに、とにかく驚いているらしい。
みどりはその勢いのままタコボーイに迫り、
「えっ君名前は!?いくつ?!どこ住み??てかメッセやってる?あっ良かったらフレンドにっぐえっっっ!!!!!」
「!?」
「怯えさせてんじゃねえ!!」
みどりの奇妙な声は、クロトガが彼の襟を思い切り引っ張ったせいだった。
「えっ、ちょっ、何すんだよぉクロトガくん!」
みどりは喉を抑え、げほげほ咳き込んでから、はっとしたようにクロトガの方を振り返る。
「ま、まさか……俺が他のタコボーイに目移りしたから、嫉妬してくれた……?」
「みどり、ジャーマンスープレックスって知ってるか?」
「暴力のレベルが上がってるんだけどぉ?!!!!!」
「いいから黙って一歩下がってろ」
クロトガは視線でみどりを黙らせた。
「フレンドブロックすんぞ」
「すぐそうやって脅す〜……」
みどりは唇を尖らせつつも、大人しくクロトガの言う通りにする。
クロトガはやれやれと溜め息を吐いてから、混乱しっぱなしのタコボーイに向かって、「大丈夫か?」と、出来るだけ冷静に話しかけた。
「エ、エト……」
タコボーイはしばらく目を白黒させていたが、クロトガの声掛けで、徐々に落ち着きを取り戻したらしい。
みどりが何か言いかけるのを、クロトガは軽く小突いて制止した。
「お前……」
クロトガは軽く眉をしかめてみせる。
「さっきから着いてきてただろ」
「……!」
イカボーイの表情が真剣なものになる。横でみどりが小さく「えっ、そうだったの」と呟いたのは、聞かなかったことにした。
「見ての通り、」
クロトガは、みどりの方を顎で指し示してみせる。
「こいつは『俺ら』みたいなやつを見ると、いきなり迫ってくるヤベーやつだぞ。時間が惜しかったら適切に距離を取れ」
「…………」
「ねえクロトガくん、実は俺のこと嫌いだったりしない……?嫌いになったら早めに言ってね!?」
「うるせーな、嫌いになってたらとっくにブロックして……」
「待って今デレなかった?!!?!」
「…………」
クロトガはみどりのリブニットの端を掴むと、強引に前に引き下ろした。
「んむぐ〜ッ!!!!!!」
「……あ、アノ……」
「ほっとけ」
まるで覆面のようになってしまったリブニットと戦うみどりを本当に放っておきながら、クロトガは腕組みしてみせた。
「んで、俺らに何の用だ」
「…………」
「……だんまりかよ……」
クロトガは軽く舌打ちしてから、
「名前も言えねえか?」
目の前のタコボーイは警戒した色を見せつつも、
「……ロジ……」
と、ようやく名前を名乗った。
それを聞いて、クロトガは軽く目を見開く。
「……モチの友達か?」
「エ」
「違うのか?」
ロジと名乗ったタコボーイは、慌てたように首を振る。
「そうか」
―――不意に、クロトガの表情が和らいだ。
ロジが目を丸くしていると、彼は先程みどりを怒鳴っていたのかが嘘のように、落ち着いた声音で言った。
「ビビらせて悪かったな。オレらに何か用か?」
「…………」
「あっクロトガくん怖がらせてる〜」
リブニットを戻したらしいみどりが、にへにへ笑いながら言った。
「ウルッセエな!!!お前が先にビビらせたんだろが!!!!」
「ええ……俺にだけ当たりが強い……」
「……エ、ト……」
ロジは少しだけもごもごとして、恐る恐る言った。
「……モチニ、仲良くシテほしいッテ言ワレて……」
「大歓迎ですが?」
「おい」
「大歓迎ですが!!!?!!?!?」
食いつくみどりを見て、クロトガは大きく溜め息を吐いた。
「あーあ……もう知らねえぞ、オレは……」
「それじゃあさ、今からバイト行くんだけど一緒にどう?!」
何故か大興奮のみどりに、ロジはぱちぱちとまばたきしながらもうなずいた。
「やったー!!!行こう行こうクロトガくん、ロジくん!!」
「行こうぜ、ロジ」
ロジはおずおずとうなずいて、クロトガとみどりについて行った。
***
その夜。
バイトでたっぷり稼いできたロジは、モチの服を軽く引っ張った。
「モチ……」
「どうしたの?」
「ボクも、タトゥーシール、欲しいナッテ……」
それを聞いて、モチはぱっと顔を輝かせる。
「ロジくんのも買ってあるよ〜、好きなの選んでね」
「ウン」
タトゥーシールを選ばせてもらいながら、ロジはぽつりと言った。
「今日……バイトしてキタ」
「楽しかった?」
「ウン……」
クロトガやみどりと行ったバイトは、楽しかった。
噂に聞いていた二人は、そう悪いタコやイカにも見えなかった。
「…………」
ロジはクラゲのタトゥーシールを選び、モチに貼って貰うことにした。
……後日。
二人を見たカケが、モチとロジが大変なことになったと焦るのは、また別の話。