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Good boy Good bye

大きな傷に真新しいガーゼが宛がわれ、丁寧に包帯が巻かれていく。
黙ってされるがままになりながらも、時々吹きかけられる消毒液が染みた。
ベッドに座ったりんごが小さくうめき声をあげると、サジータが一瞬手を止める。
「大丈夫か?」
「いいから、さっさとやって……」
文字通りの満身創痍。怪我していない箇所がないんじゃないかというくらい、あちこちが傷だらけだった。
時折、サジータが直視しないように目を細めるのに気が付いて、りんごは薄く笑う。
「なに、男の裸に照れるタイプ?」
からかうようにそう言うと、サジータは傷口から視線をあげて、軽く眉を上げた。
「そっちの趣味に見えるか?」
「意外とそうだったりしない~?」
相手の様子を窺いながら、反応を探るように、言葉を投げかける。
「案外俺のことも、体目当てで拾ってきたんだったりして~」
「……そうだとしたら?」
意外にも乗ってきた。
相手の銀の瞳に、自分が映っているのを確かめながら、りんごは軽く笑ってみせる。
「売られた恩の分、体で払ってあげようか?」
サジータの眉が、小さくひそめられる。
りんごは黙って笑顔を浮かべた。
方法なんていくらでもあるし、やりようだっていくらでもある。
主導権を握らせてやるふりをして、押し倒して、動けなくして、めちゃめちゃにして。
自分が怪我をしていようが何だろうが関係ない。
このお人好しの隙をついて、いかにも好青年ぶった顔を引き剥がして、壊して、ぐちゃぐちゃにして、ここに自分を連れ込んだことから後悔させて……。
「……俺の好きにさせてくれるんならいいぜ」
「……は?」
「ネコやる趣味はないし。かといって、そっちもその気はなさそうだし?」
素の声を出してしまったりんごに対し、サジータはにこっと笑いながら、包帯を結ぶ。
「恩返しって言うぐらいなんだから、それぐらいしてくれるんだろ?」
「……マジでそっちのケがあるやつかよ……」
いかにもノンケって顔してるくせに。
面倒くさいことになった。
そう言いたげなりんごの顔を見て、サジータは吹き出すようにして笑った。
「本気で嫌そうだな。なら、止めとくよ」
「……どーもぉ~」
気にくわない。冗談を本気にしてぎゃんぎゃん騒ぐタイプなら、いくらでもやりようがあるのに。
サジータは穏やかな表情のまま手当を終えて、りんごに着替えのTシャツを渡してきた。
「はい終わり。フク着ていいぞ」
「ん……ありがと」
素直に渡されたフクに袖を通す。少し大きかったが、別に文句はない。
古い包帯やガーゼをゴミ袋に捨てながら、サジータは立ち上がった。
「夕飯作ってくる。何か要るものあるか?」
「あー……」
少し考えて、りんごは遠慮がちに言った。
「なんか、ネット見れるやつある?パソコンとか……」
「そうだな……」
サジータは少し考えてから、ひょいと大きめのタブレットを持ち上げて、りんごに手渡す。
「タブレットでいいか?好きに使っていいぞ」
「ありがと……」
「あとこれ」
もう一つ、手渡されたものを見て、りんごは怪訝そうな顔をしてみせる。
「……イカホ?」
「白ロムだからSIMカード差せば使える」
中身は無事だったからな、とサジータは微笑んだ。
「やるよ。型落ちだけど、一時しのぎにはいいだろ」
「…………」
表情の怪訝さを深くしながら、りんごは渡されたイカフォンを眺めた。
「……なんか仕込んでないよね~、盗聴器とか……」
「あはは、そんな暇なかったって」
「暇があったらやるのかよ……」
りんごの嫌そうな表情に、サジータはくすくすと笑った。
「俺が親切なのが、そんなに怖いか?」
サジータの挑戦するような口ぶりに、りんごは眉間に皺を寄せる。
「……っていうか、薄気味悪いんだよね~君」
毒を吐くように、本音を投げかけた。
睨むりんごの視線を、サジータは微笑んだまま受け止める。
「俺なんかに親切にしたって、得することなんか何もないでしょ?」
「どうだろうな」
サジータはそう言って、意味ありげに笑ってみせる。
「案外、何か目的があって、俺自身のためにやってるのかもしれないぞ」
「は~……こわ」
何を考えているのか、さっぱりわからない。
これ以上会話していても実のある話はなさそうだと判断して、りんごは片手でサジータを追い払った。
「寝込み襲ったりしないでよね~。君、俺の趣味じゃないから」
「ははは、しないしない」
サジータはけらりと笑ってから、
「夕飯作ってくるよ。待っててくれ」
と、ダイニングキッチンの方へと向かってしまった。
気に入らないと思いつつも、りんごはタブレットの画面を開く。
ネットで調べ物をしていると、しばらくして、部屋にいい匂いが立ちこめてきた。
しょうゆの匂い。と、わずかに薬味の匂い。
「お待たせ」
サジータがトレーに載せて運んできたのは、うどんだった。
インスタントではなく、いわゆる生麺というやつだ。
具材は卵と天かす、それからネギ。
見た目はごくシンプルな、普通のうどんだが。
「箸持てるか?」
「それぐらいできます~」
「なら召し上がれ」
あえて答えずに、ほんの少し口をつける。
今更、毒を盛られているとは思わないが、どうにも居心地が悪い―――
……あ。美味しい。
「美味いか?」
「…………」
感想を見抜かれたような気がして、りんごは黙ったままうどんを食べ進めた。
茹で過ぎていないうどんに、ほどよく半熟になった卵の黄身が絡み、天かすとネギがアクセントになって……とにかく美味しい。
そういえば、こんな食事を取ったのはいつ振りだったっけと、らしくないことを考えてしまう。
「……ごちそうさま~」
「おそまつさまでした」
しっかりつゆまで飲み干して、完食してしまった。
空腹だったのだから仕方ない。仕方ないと、りんごは自分に言い聞かせる。
「これ、痛み止めな」
食後に渡されたのは、白い紙袋に入った錠剤だった。
「診てくれた医者が、寝る前に飲んでおくようにってさ」
「はあ……ありがと。お水くれる?」
「ん、ちょっと待っててくれ」
水を汲んだコップをりんごに渡してから、サジータは小さく笑う。
「さっきと違って、案外素直だな?」
「今更毒盛られてもね~」
錠剤を口に放り込み、りんごは水で流し込む。
「あの時死んでたんなら、今死んだって同じでしょ」
「……」
サジータの表情が、少し固まる。
それを見逃さずに、りんごはにんまりと笑った。
「あ、怒った?」
「……せっかく生きてるんだから、そんな風に言うなよ」
「余計なお世話で~す」
お説教は聞きたくないと、りんごはさっさとベッドに潜ってしまう。
「……おやすみ」
サジータの優しい声が、やけに耳についた。



***



太陽の光が、目を刺すようにまぶしい。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいるのだと気付いて、りんごは目を覚ます。
「あ、おはよ」
家主である青年は、ぱたぱたと忙しそうに何かの支度をしていた。
りんごは寝ぼけながらも起き上がる。体はまだ痛い。
「朝飯と昼飯はレンジの中、冷蔵庫の中のものは好きにしていい」
サファリハットを被りながら、サジータがキッチンと廊下を指さす。
「トイレは玄関前、洗面所と風呂場がその隣。あ、まだシャワーは浴びるなよ、傷口開くから」
「…………」
「好きにしてていいけど、出てくなら俺が帰ってきてからにしてくれ。鍵開けっぱになるしな」
「……え、どっか行くの?」
ようやく頭も醒めてきたりんごが怪訝そうに訊ねると、サジータは当たり前のように、
「仕事だけど」
「は?」
「悪いな、今日は顔出しとかないとなんだ」
「……いやいやいや、」
りんごは思わずベッドから転げ落ちそうになった。
「知らねえ男部屋に一人置いてくのかよ!?」
「名前と住所わかってるし?」
サジータはけろっとした表情だ。いやなんでけろっとした顔してるんだよ。
「お、俺がカタギじゃないってわかってる!?」
「こそ泥でもないだろ?」
そう言って、サジータは軽く肩をすくめてみせる。
「ていうか、ちゃんと寝てろよ。傷口まだちゃんと塞がってないんだから」
「…………」
「あ、夕飯何がいい?」
「……いや、なんでもいいわ……」
「わかった」
脱力するりんごを残し、サジータは爽やかな笑顔で「行ってきます」と出て行った。
かちゃ、と鍵の締まる音。
「…………」
起きたばかりだというのに、謎の疲労感。
「……寝直そ」
りんごはベッドに戻り、痛む体を無理矢理寝かしつけた。



***



『アメフラシ・アーチェリー』とは。
ハイカラスクエアのイカした若者の間では、現在ちょっとした話題になっている、「バトル傭兵集団」である。
業務内容は、主に「人材の貸し出し」。貸し出しはバトル関連に限るとはいえ、リグマやプラベの人数合わせから、ウデマエXのプレイヤーによるレッスン、大会参加のための長期レンタルなど、内容は様々だ。
メンバーは全員、持ちブキのブキ種ごとに各隊に振り分けられており、隊長はそれぞれ虹の色を模したインクカラーを自分のインクカラーにしている。隊長はいずれもウデマエXを誇る強者揃いで、彼らを目当てに入隊を希望する者たちも後が断たない。
そんな『アメフラシ・アーチェリー』において、サジータはチャージャー部隊の隊長と、シューター部隊の隊長代理を務めていた。
「あっリーダー!おはようございま~す!」
「おはようございます、サジータさん!」
「おはよ~」
隊員たちに軽く手を振って挨拶をかわしながら、サジータは自分たちに割り当てられている執務室へと向かう。
「おはよ~、クラーヴいるか?」
ドアを開けて、部屋を覗き込む。
黒い瞳と、緑の瞳が、同時にサジータへと向けられた。
「……おはようございます、リーダー」
「おはよう、エル」
チャージャー部隊副隊長、エルが礼儀正しくお辞儀をし、その隣でシューター部隊副隊長、クラーヴが軽く手を振る。
「おはようさん、サジータ」
「おはよ、クラーヴ」
サジータは軽く挨拶をかわすと、にへっと笑った。
「昨夜はありがとな」
「へいへい……っと、エルちゃんごめ~ん」
クラーヴはエルの方を見ると、ちょいちょいとサジータを指さす。
「出勤早々悪いんだけど、リーダー借りてっていい?ちょっと話あってさ」
「……わかりました」
エルはクールな表情のまま、小さく頷く。
「……今日はリーダーに見ていただきたいものもないので……何かありましたら、連絡いたします」
「ああ、頼むよエル」
サジータが軽く手を振ると、エルは軽く会釈してみせた。
クラーヴはサジータを連れて執務室から出る。
廊下に出るなり、クラーヴは軽く眉をひそめた。
「……全く、闇医者みたいなことさせやがって」
そう言って、彼は軽くサジータを睨む。
「あの患者、ちゃんと寝てんだろうな?」
「どうだろうな」
サジータは苦笑しながら肩をすくめてみせる。
「素直に言うこと聞くように見えたか?」
「見えねえから心配してんだよ……」
クラーヴはそう言って棒付きキャンディーを取り出し、口に咥える。
「変なの拾ってきやがって。エルちゃん心配させんじゃねえぞ?」
「お、心配してくれてるのか?」
「一応親友なんでね」
「あ、サジータさん!」
二人が軽口を交わし合っている時だった。
廊下の向こう側から、一人のボーイが走ってくる。束ねたゲソを揺らしながら走ってきた彼に向かって、サジータとクラーヴは軽く手を振った。
「おはようございます!」
「おはようさん、セイゴ」
「クラーヴさんも……」
「俺はついでか~い」
クラーヴに額をつつかれ、セイゴは屈託なく笑う。
「セイゴ、昨日はありがとな」
サジータはにこやかな表情で、セイゴに言った。
「お前のお陰で助かったよ。一人じゃ運べないしな」
「いえ、それはいいんすけど……」
セイゴはそう言って、辺りをきょろきょろと見回す。
周囲にひとはいない。彼はそれを確かめてから、声をひそめるようにして言った。
「えっと……昨夜拾ったイカ、あの後どうしたんですか?」
「今うちにいる」
「へっ?」
セイゴが素っ頓狂な声を出し、クラーヴはやれやれと肩をすくめた。
「お前さあ……知らないやつ一人で家に置いてきたのか?」
「個人情報は握っといたし?本名かわかんないけど」
「あ、あいつどう見てもカタギじゃないって言ってたじゃないですか!」
セイゴは声を押し殺しながらも、慌てたように言う。
「家中ひっくり返されたらどうするんですか!」
「金目のものは置いてないしなぁ」
サジータはあくまでも呑気な表情で、サファリハットを傾げた。
「そもそも俺の部屋には防犯カメラつけてるし……まあ、それ教えてないから防犯にならないんだけどな。わはは」
「笑い事じゃないですよ……」
明るく笑うサジータに、セイゴは思わず肩を落とす。
クラーヴも呆れたような顔をしていたが、「まあサジがいいならいいか……」と、小さくこぼした。
「良くないですよ!何言ってるんですかクラーヴさん!」
「だってなぁ……」
「だってじゃなくて!!」
「まあまあ、ここで立ち話もなんだしな」
セイゴを宥めながら、サジータは廊下の先を指さしてみせる。
「ラキアにも報告したいし、今からマニューバー部隊のとこ行こうぜ。セイゴの入れたお茶飲みたいし」
「……誤魔化されませんからね」
セイゴは唇を尖らせてそう言いつつも、駆け足で先に行ってくれた。おそらくはお湯を沸かしに行ってくれたのだ。
セイゴが走っていく後ろ姿を眺めながら、クラーヴは呆れとも感心とも言えない表情をしてみせる。
「相変わらず、年下の扱いが上手いなぁ」
「俺はお茶が飲みたいだけだって」
サジータはしれっと答えながら、のんびりセイゴの後をついていく。クラーヴは物言いたげにサジータの横顔を見つつも、黙って付いて行った。
三人が向かったのは、マニューバー部隊隊長の執務室である。
先に行ったセイゴを追いかけるようにして、サジータはそのドアを開けた―――と、その瞬間。
「にゃっはっはっはっはっはっは!!!!!」
……甲高い笑い声。
執務机の上で胡座をかいた一人のイカガールが、高く結い上げた真っ赤なゲソを揺らしながら、とにかくハイなテンションでイカフォンに向かって喋っている。
「だーーーーーい丈夫ですってこのスーパーカリスマ天才レジェンド美少女ウルトラグレートハイスペックイカガールラキアちゃんにお任せあれ~!!!!!!はいはい、はいは~い♡そんじゃまそゆことでよろしくばいびーシーユアゲイ~ン♡♡♡えっ!?まだ用件ありまくりーの!?」
「……ラキ~」
彼女に向かって、サジータは控えめに声をかけた。
件のイカガール―――マニューバー部隊隊長ことラキアはサジータたちに気が付くと、ぱちんとウィンクしてみせた。
「そこら辺の用件はぁ~、お電話よりメールで用件送っちゃっちほしいにゃあ~???そんじゃまそゆわけわけで、今度こそバイビ~!!!!!ぽちっとな♡」
イカフォンの通話終了ボタンを押して、ラキアはにひっと笑う。
「おはよ~う、おサジっ!ごめんねっ、今ちょっとバイブス上げぎみだからいつものテンション戻るのちょっと時間かかるかもっ!」
「忙しそうなとこ悪いな……」
「ラキア~、おはよ~」
「あんれま~クラーヴまでどしたのどしたの~?!チャージャー部隊隊長とシューター部隊副隊長の殴り込み案件って感じ~?!」
「そんなわけないだろ」
サジータが肩をすくめると、ラキアは「にゃはは!」とテンション高く笑った。
「だよにだよにウベンじゃあるまいし~。今うちのラブリープリティー副隊長がお茶入れてくれてるから適当にくつろいでてん♡」
ラキアがそう言うと、セイゴがひょっこり顔を出す。
「リーダー、オレンジスパイサーでいいですよね?」
「いいよーん!!セイゴちんらぶ~♡」
「はいはい、俺もリーダーのことは敬愛してますよ」
セイゴは適当にラキアを受け流すと、てきぱきとお茶を入れ始める。
まだまだテンションの高いラキアを、サジータは心配そうに見やった。
「ラキ、ちゃんと休んでるのか?」
「だ~いじょうぶだよぉ~」
ラキアは体を左右に揺らしながら笑う。
「おサジはラキアちゃんのことちょっと舐め過ぎでは~?昨夜もちゃんと歯ぁ磨いてから寝たかんねっ!」
「ソファで三時間だけね」
テキパキと紅茶を入れつつ、セイゴは軽くラキアを睨む。
「サジータさん、うちのリーダーに何とか言ってやってくださいよ。昨日だって定時で帰った振りして、また出社して残業してたんですよ」
「セイゴち~~~~~~~~~~ん」
「……気苦労かけるな、セイゴ」
サジータは腕組みしてソファに腰掛ける。
「クラーヴ、あとでラキアに睡眠導入剤出してやってくれ」
「うーん、ラキアはカフェイン抜いてからだなぁ……」
クラーヴはサジータの隣に座りながら、ぽりぽりと頭をかいた。
「マジで今度社長に直談判して一週間くらい休ませるしかないんじゃねーか?俺ならそうする」
「名案だな」
「そ~れ~よ~り~さ~」
自分に向けられた話題を逸らそうと、ラキアは両手の人差し指をぴっとサジータに向ける。
「おサジ!あんた謎のイケメンイカボーイ拾ってきたんだって?セイゴちんから報告受けてるよ~ん」
「……まあ、その話もしに来たんだが」
仕方なく、サジータは肩をすくめる。
「あそこ、一応うちの社宅だからな……部外者を泊めたとかなんとかでウベンにうるさく言われる前に、ラキアの許可貰っとこうと思って」
「いいよ~ん」
ラキアはあっさり承諾した。
「後で書類はライコちゃんに作ってもらうからぁ~、とりあえずそのイケメンセンシティブボーイとやらの話聞かせてもらおうか!紅茶飲みながらな!」
「……って言っても、別に面白い話ないぞ」
セイゴが、テーブルに全員分の紅茶を並べていく。
執務机の上に座ったままのラキアには、その前へ。
「いやいや、あんたが赤の他人拾ってきたってだけで十分面白いけども?救急車呼べばそれで済む話じゃ~ん?」
「…………」
サジータは言いづらそうにしてから、視線を落とす。
「……ゴミ捨て場で、死にかけてたんだよ」
「!」
ラキアの眉が、ぴくりと動いた。
「……訳ありっぽかったしな。救急車だけならいいが、警察案件は面倒だろ」
「……まあ別にあんたがいいならいいけど~?」
「よ、良くないですよリーダー!」
セイゴが慌てたように言った。
「俺言ったじゃないですか、絶対やべーやつだって!」
「だからって、おサジが外に怪我人おっぽり出すような男だと思うかね?」
机の上に座ったまま、ラキアは紅茶を一口飲む。
「だ~いたい、あたしが言った程度で聞くような男なら、『あの』チャージャー部隊を任せてないんだにゃー。そもそもあたしよりしっかり者だしねん」
「そういう問題じゃ……」
「……なあ、セイゴ」
サジータはそっと口を挟んだ。
「お前が心配してくれてるのはわかるけど、あいつを助けるって決めたのは俺だから……理解してくれとは言わないが、否定しないでくれると嬉しいな、と思うんだが」
「……人助け自体を、否定するつもりはないですけど……」
セイゴはどうしても納得いかないという表情で、眉をしかめた。
「だって……絶対なんかありますよ、あいつ……」
「だーいじょうぶだって。サジ強いしな」
クラーヴがそう言って、軽くウィンクしてみせる。
「ちょっと前にピーニア嬢ちゃんのボディガード任せられてた話は、お前も知ってんだろ?なんかあったらタイヤキのおっさんが黙ってないって。なあ?」
「余計心配なんですけど……」
眉を下げるセイゴに、「だーいじょうぶだってば」と、ラキアがお茶請けのクッキーをつまみながら言う。
「大体おサジだって、ただのお人好しでやってるわけじゃないだろうし」
「え?」
「いや今サジータさん『え?』って言いましたけど」
「ずばり」
セイゴの突っ込みを全く聞かずに、ラキアがびしっと人差し指を立てる。
「好みだったんやろ?」
「……いや」
サジータは何とも言えない顔をしてみせる。
「俺はそんな話一言もしてないんだが……」
「え!?下心もなくイケメンがイケメン拾うわけないでしょ!?」
「お前の認識はどうなってるんだ」
「むしろ、そういうことにしといた方が周りの理解は早そうじゃね?」
ラキアは頭の後ろで手を組みながら言った。
「ウベン以外ならの話だけど」
「……あの、リーダー……」
セイゴが恐る恐る、ラキアに向かって言う。
「俺、真面目に話してるつもりなんですけど……」
「あたしだって大真面目だぞい」
そう言って、ラキアはしれっとした顔で言う。
「大真面目にこれ以上おサジを追求してやんなって言ってんの。これはリーダー命令で~す」
軽い口調だが、そう言われてはセイゴも何も言えなくなってしまう。
彼は肩をすくめて、
「……イエス、リーダー」
と、渋々納得した。
「まあ、まあ、ラキ」
そんなことで職権乱用しなくてもいいだろうと、サジータはセイゴの肩を軽く叩く。
「俺も十分気をつけるからさ。それでいいってことにしてくれないか、セイゴ」
「……サジータさんが、そう言うなら」
セイゴはようやく納得したように、小さくうなずいてくれた。
「ありがとな」
サジータはにっこり笑ってから、「お茶のおかわり頼めるか?」と、セイゴに空になったカップを渡す。
セイゴが立ち上がろうとした瞬間、ちょうどサジータのイカフォンが鳴った。
「ごめん、俺のだ……もしもし、エル?」
『……リーダー』
エルは、いつもの淡々とした口調で言った。
『……社長がお呼びです』
「…………」
サジータは、思わず口を横に引き結んだ。
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