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イリコとバトル<後編>

***



「お前とバトルしても楽しくねーんだよ」

―――ごめんなさい。
ごめんなさい。わたし、もっと頑張るから。

「あいつ強すぎ……空気読めよ……」
「自分は強いからって下のやつ見下してんでしょ」
「ウデマエあるからってバカにしてんじゃないの」

―――そんなこと。
そんなこと、ない。
わたしは、ただ。
ただ、みんなの役に立ちたくて、必死なだけ。
それなのに。

「どっか行けよ」「雑魚狩りしてんな」「あっちいって」

―――どうして。
どうしてみんな、わたしを遠ざけようとするの?

「アオ、もっと周りと仲良くできないの?シロミはお友達もいっぱいいるのに、あなたはいつも一人で……」
「お前は少し言葉が足りないことがあるからな。もっとちゃんと相手を思いやって……」

―――わたしが。わたしが悪いのか。
わたしが、周りと仲良くしてもらえないのが悪いのか。
じゃなかったら、きっとみんなわたしを遠ざけない。
だからきっと、わたしが悪いんだ。
わたしが、わたしが悪いから。

「ぼくはね、アオちゃんが好きだよ」

―――ああ。
やめて、ごめんなさい。
わたしが、わたしが悪かったから。

「これからも一緒に遊んでね」

―――お願いだから、どうか。
その子を。
その子を、傷つけないで。

(……わたしは、一人でいた方がいいんだ……)

そう思って泣いていた、あの日。
あのひとが、まるで、どこかの『ヒーロー』みたいに―――



ヒッセンを持って、現れた。



***



「―――――」
……少し、肌寒い。
ぶるりと身を震わせてアオが起き上がると、黒い革ジャケットがずれ落ちた。
「……?」
誰のものだろうと考える前に、上から声が降ってくる。
「おい」
不機嫌そうな低い声に、アオはおずおずと顔を上げた。
「起きたんなら上着返せ。ったく……」
「……クロトガ……?」
彼は床に落ちてしまったジャケットを拾い上げ、埃をはたき落としてから袖を通す。
「静かになったと思ったら寝てやがる。考えごとしてんじゃなかったのかよ、テメェはよ」
「…………」
そう言われて、アオはいつの間にか、自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。
―――イリコを泣かせておいて、自分は居眠りだなんて。
申し訳なさで胸が苦しくなったが、頭は少し、さっきよりもすっきりしたような気がする。
「ごめんなさ、……いえ」
まだ肩に残る温かさに気付き、アオは小さな声で言う。
「……ありがとう、ね。この場合は……」
「……けっ」
クロトガはどうでも良さそうに吐き捨ててから、壁に背を預けて両腕を組んだ。
「イカってのはもっとこう……」
彼は唇をわずかに動かし、何かを言いかけてから、
「……いや、いい」
「……?」
結局何も言わないクロトガを、アオは不思議そうに見つめる。
クロトガは彼女の視線を無視して、
「で、寝てる間に答えは出たのか?」
「…………」
クロトガの問いかけに、アオは黙って俯いた。
わずかに眠っている間に、随分とはっきりした夢を見たような気がする。
あれは……思い出だ。
自分の、どうしようもない、過去の一部だ。
「……クロトガ、あなたは……」
アオの静かな声に、クロトガは眉をひそめる。
「……自分の味方に、お前なんかいなくていい、お前なんかと一緒にバトルしたくない……って、言われたことは、ある?」
「…………」
クロトガは少し目を細めてから、
「ねえな」
と、はっきり断言した。
「……そう」
アオは小さくうつむいて、自分の手の甲を見つめた。
「わたし……わたしはね、何度かそう、言われてきたことがあるの」
「…………」
「それでね……ああ、そうなのか、って、思ったの」
言いたいことが、上手く言葉にならない。
それでも、クロトガは黙って聞いてくれている。
アオはたどたどしく、ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「そう思われるのは、わたしのせい。わたしが悪いんだって……」
「…………」
クロトガは、口を挟まない方がいいのだろうと思っていた。
今ここでアオの話を聞くべきなのは、多分、自分でなければならないのだ。
きっと、イリコやマサバといった連中なら、途中でアオのことを否定するのだろう。
ソンナコトハナイ。アオサンハワルクナイ。
―――そんな言葉が励ましに、慰めになっているのなら、今、アオはこんなに苦しそうな顔はしていないはずだ。
彼らがまごう事なき善人で、とてつもないお人好しだということは、クロトガにもとっくにわかっている。
だからこそ。
だからこそクロトガは、ただ、黙ってアオの話を聞いていた。
「わたし……わたしは……」
アオは大きく息を吐きながら、両手で顔を覆う。
「……イリコに、そう思われるのが怖いんだわ」
「…………」
「イリコにまで失望されて……もう一緒にいたくないって言われるのが、怖くて」
「…………」
「だから、先にお別れしようとしたんだわ。でも……」
一度言葉を切って、アオはぎゅっと手で手を握る。
「……でも……」
「…………」
それ以上の言葉が出てこないようで、アオはうつむいたまま、黙り込んでしまった。
彼女が何も言わないのを確かめてから、クロトガはひとつ、溜め息を吐く。
「……お前のことなんか、オレは知ったこっちゃねえよ」
「…………」
「でも、だ」
クロトガは壁から背を離し、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「そいつらが馬鹿だってことはわかる」
「……え?」
「考えなくてもわかるだろうが」
クロトガは軽く顎をしゃくって、眉をしかめてみせた。
「テメェみたいなウデマエのやつがいるのにわざわざ敵に回して、不利な状況作ってどうすんだよ。有能な味方は活用してこそだろうが、だったらバトルも何もねえだろ」
「……く、クロトガ」
アオは戸惑ったような表情をしながら、
「わたしがいいたいのは、そういうことじゃなくて……」
「お前が言いたいことあるのはオレじゃねえだろ」
あえてアオの言葉を強引に遮り、クロトガは扉を指し示す。
「結論出てるならもみじに言ってこいよ。オレはぐだぐだ長話に付き合う気はねえぞ」
「……そ、そうよね」
アオは申し訳なさそうに肩を落とし、またうつむいてしまう。
「ごめんなさい、わたしったら、つい……」
「……長話してぇんなら、今度から先に言え」
じれったそうに頭をかきながら、クロトガは軽くアオを睨む。
「お前の命令なら聞かねえわけにいかねえからな。……わかったか」
クロトガの言葉に、アオはぱちぱちとまばたきしてから、思わず口元を緩めてしまった。
彼の不器用な優しさが、今はとてもありがたい。
「……ありがとう、クロトガ」
アオの小さな礼の言葉に、クロトガはただ、眉をしかめただけだった。
―――と。
ちょうど会話が途切れたところで、不意に部屋のドアがノックされる。
「……? どうぞ」
「失礼する」
アオの返事を聞いて入ってきたのは、黒いバイザーを着けた青年だった。
「カザグルマ」
現れた青年の名を呼びかけながら、アオは椅子から立ち上がる。
「どうかしたの?この部屋を使うのなら、移動するけれど……」
「否、ラキアから言伝を預かってきたまでだ」
カザグルマは淡々とそう言った。
「アオ嬢とクロトガ氏。両名に伝えたいことがある故、彼の執務室まで来られたしとのことだ」
「……オレにもか?」
怪訝そうに眉をしかめるクロトガに対し、カザグルマは静かにうなずいてみせる。
「イリコ嬢とマサバ氏にも同様に迎えが行っている。諸姉らは拙が案内するようにと」
「……ハチは?」
「聞いていない。拙が知っているのは、先に伝えた4名までだ」
アオはしばらく黙ってから、「……わかったわ」とうなずいた。
「クロトガ、あなたも一緒に来て……何の用件か、気になるわ」
「……わかった」
クロトガはアオに対してうなずいてみせる。
カザグルマは二人の様子をじっと見つめてから、黙って軽く視線を伏せた。



***




『アメフラシ・アーチェリー』。
バトル専門の『傭兵』集団。バトルのことなら何でもござれ。人材の貸し出しから実力者による講習まで、ありとあらゆるニーズにお応えする―――。

「モットーは迅速☆確実☆丁寧に♡てなわけでピーニアちゃんの件もちゃちゃっとお片付けしといたからそこは安心してほしいにゃん、警察からちょちょーっと事情聴取とかはあるかもしれんからそんときはお願いするかもだけど」
「は、はぁ……」
ラキアの執務室に通されたイリコは、セイゴに入れてもらった紅茶を飲みながら、軽く首を傾げる。
色々と聞きたいことはある。聞きたいことはあるのだが。
(……なんでこのひと、机の上に座ってるんだろう……)
ラキアは大きな机の上で胡座をかきながら、同じくセイゴが入れた紅茶を飲んでいた。
同じ部屋にいるサジータやウベンは突っ込もうともしないし、ラキアの傍に控えているセイゴはいつものことと言わんばかりの顔をしているし。
……きっと、深く気にしない方がいいのだろう。
そう思いながら、イリコがまた紅茶に口をつけようとした、その時だった。
「……ラキア隊長、よろしいでしょうか」
ドアの向こうからの呼びかけに、「入っていいみょーん」とラキアが応える。
開いたドアの向こう側からは、小柄なガールが現れ、恭しく礼をした。
「……失礼いたします。マサバさんをお連れしました」
「お!あんがとね~エルたそ!」
ガールの横から、バツの悪そうな顔をしたマサバがひょっこり顔を出す(セイゴが露骨に顔をそらしたのを、イリコは見逃さなかった)。
小柄なガールはちらっとサジータの方を見てから、また恭しく礼をして、どこかに行ってしまった。
「……なんやラキアちゃん、おれに用て……」
マサバはぽりぽりと頭をかきながら、慣れた様子で部屋に入ってくる。
「おれ今イリコちゃん探すのにいそがし……っているぅー!!!??」
「あ、な、なんかすみません……」
「なんやおれあちこち探したのにここにおったんか!!そんなら見つからんわけやわー!!」
イリコの顔を見るなり、マサバはぱっと顔を輝かせて、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
イリコが申し訳ないやら何やらで戸惑っている間にも、マサバは「いや見つかって良かった」と、安心したように笑っていた。
「後でハチコーにも連絡しとかな。手分けして探してたから……」
「あ、ハッチなら迷子になってたから受付で保護してるみょん」
ラキアがすかさずそう言った。
「今回の用件はハッチ含んでないから、もうちょい待っててもらうとしてー。あと二人がきたら話始めるね」
「話……?」
マサバが不思議そうに問いかけるも、ラキアは謎のポーズ(両手でピースをした状態で固まっている)のまま、何も言わなくなってしまう。
あと二人って誰のことだろうとイリコが思っていると、すぐにその答えはやってきた。
「失礼する」
カザグルマの声が聞こえ、執務室のドアが開く。
現れたのは―――アオとクロトガだった。
アオはすぐにイリコの視線に気が付いたようだったが、酷く申し訳なさそうな顔をして、うつむいてしまった。
(アオさん……)
イリコとしても謝りたいのだが、そんなタイミングではないだろう。
「ラキア。アオ嬢とクロトガ氏を連れて参ったが」
「ありがとカザくん!お二人さんも座って座って~」
アオはイリコから少し離れたソファに座ったが、クロトガはただそのソファの横に立っているだけだった。
ラキアはそれを見てちらっと笑ってから、気にしない素振りで部屋の様子を見渡す。
「全員揃ったねい。お休みいただいてるところ、わざわざお呼び立てして申し訳ない」
ラキアはそう言って、机の上から飛び降りる。
「あらためて自己紹介いたしましょう。私は『アメフラシ・アーチェリー』代表取締役代理のラキア・スカーレット」
急に真面目な口調になったラキアに、イリコは驚く。
ラキアはぽかんとしている一部の面々の様子も気にせずに、話を続けた。
「私たち『アメフラシ・アーチェリー』は、『バトル』に関連することなら基本無制限に仕事を引き受ける、人材派遣業者です。依頼さえあれば、しかるべき規約を守っていただくことをお約束していただいたうえでそのお仕事を遂行し、お仕事内容に合った依頼料を貰ってます」
そこまで言ってから、ラキアの表情がへにゃりと和らぐ。
「そんで、今回はイリコちゃんを守ってほしーの♡っていうご依頼をしかるべきところからいただいたわけなんだけど」
「……依頼?」
セイゴから、そんな話は聞いていない。
イリコがそう思ってセイゴの様子をうかがうと、その視線に気付いたセイゴが、ふるふると首を横に振った。
どうやら、セイゴも知らないらしい―――彼が知らんぷりをしていなければだが。
でも、多分本当に知らないのだろう。彼も戸惑ったような顔をしているし。
「んで、その依頼人から、もう一つ別の依頼をいただいてるのね」
そう言って、ラキアはにっこりと笑う。
「イリコちゃん、アオちん、マサバっち、そしてクロトガくん」
名前を呼ばれた四人が、それぞれぴくりと反応する。
「我々は、君たちの実力が見たいんだ」
「……へ?」
ラキアの横に、セイゴを除いた『アメフラシ・アーチェリー』の面々が並ぶ。
彼らは、イリコたち四人を真っ直ぐに見据え、
「マニューバー部隊隊長、ラキア・スカーレット」
「チャージャー部隊隊長、サジータ・リウス」
「ホクサイ部隊隊長、カザグルマ・サワラビ」
「……パブロ部隊隊長、ウベン・シン」
「私たちは、君たちにバトルを申し込む」
不敵な笑みを浮かべ、ラキアはそう言い放った。
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