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イリコとガチマッチ

そして、現在。
ガチアサリのステージは、海女美術大学。
ステージ上に散らばる「アサリ」と呼ばれるオブジェクトを拾い集め、相手のゴールに投げ入れるのが、基本的なルールになる。
しかし、ゴールを開くためには、アサリを10個集めて『ガチアサリ』と呼ばれる巨大なアサリ……アサリ?にしなければならないのだ。
しかもアサリは自チームのインクの上にある時、マップ上で光るため、ナワバリと同様に陣地を塗っておくのも大切になる。
更には、ゴールを開いたあとはアサリをどんどん投げ込んでカウントを進めなければいけないので、味方との連携も重要になる。
―――そう。考えることが多いのである。
とにかくめちゃくちゃ、多いのである!!
(忙しいよお、このルール……!!!)
でも、物凄く楽しい!!!!!
塗りが大事になるだけでなく、アサリを急いで相手ゴールに運ぶ必要があるので、軽くてなおかつ塗りブキであるもみじシューターは、このルールに適しているように感じられた。
始めたばかりながら、何とかB帯まで上がったところで、スケジュール変更の時間になった。
ロビーを出て、イリコは大きく伸びをする。それから、深く息を吐いた。
(……私らしい戦いかたかあ……)
ガチアサリのルールが忙しすぎて、結局バトル中は何も考えられなかった……けれど。
塗りを意識する、というスタイルは、バトルを始めてから、ずっと大切にしてきたことだ。
これまでもナワバリで負けた時は、大抵塗り意識が甘かったときだし……。
(……でも、塗りをそこまで求められない……もっと別の視点が必要になるルールは、どうすればいいんだろう?)
どんなバトルだって、『塗ってさえいれば勝てる』なんてことはない。でも、『塗らなきゃ勝てない』ことがあるのも事実だ。
もっと強くなるためには、多分、今以上の『何か』が必要になる。
それは、多分―――きっと―――。
「……おい……おい、お前!!」
「……え?」
突然声をかけられ、イリコは驚いて振り返った。
声をかけられた方向にいたのは、見知らぬイカボーイだった。
生意気そうな表情をした彼は、知り合いらしいおどおどした表情のイカガールを従えるようにして、イリコを睨みつけていた。
「お前さぁ、アサリの立ち回り全然なってねーじゃん!」
イリコが口を開く前に、生意気そうなイカボーイの方が、突然そんなことを言い出した。
「俺たちの足をひっぱんなよな!」
「え……」
あまりにも突然のことに、イリコは驚いてしまう。
「お前が足引っ張んなかったら、あそこでリード取れてたんだぞ!!」
「えっと……」
恐らくは、さっきのガチアサリで一緒にバトルしていたメンバーだったのだろう。
とはいえ、イリコはいつもフレンド以外の顔は忘れてしまうのだが……。
「ねえ、やめなよ……」
気弱そうなガールが、おずおずとボーイの腕を引っ張った。
「このひとだけが悪いわけじゃないじゃん……」
「なんだよ!事実だろ!?」
「えっと……」
イリコはちょっと困りつつも、はたと気が付いて、ポケットからメモ帳とペンを取り出した。
「あ、ねえ。じゃあ聞いてもいい?」
「は?なんだよ急に……」
イリコはイカボーイに向かって、真剣な表情で訊ねた。
「もっと具体的に改善点教えてもらえる?次から気をつけるから……」
「……は?」
きょとんとしたイカボーイを見て、イリコも思わずきょとんとしてしまう。
「えっ?だって私がヘマしなかったら、リード取れてたんでしょ?それならちゃんと次にイカそうと思って……具体的に教えてもらっていい?何分くらいのあたり?」
「な、なんだよお前……」
「……?」
なぜかイカボーイはたじたじと後ずさろうとし、イカガールは不安そうにイリコとボーイの顔を交互に見やる。
イリコが更に口を開こうとした、そのときだった。
「―――おい」
どこかで聞いた覚えのある低い声が、イリコの後ろから聞こえた。
「何してる?」
現れたのは―――深海色のジャケットを着て、長いゲソを束ねている、イカしたボーイ。
見覚えはない……はずなのだが。
(……どこかで、会ったことある……?)
だが、イリコには彼の名前も、どこで会ったのかも思い出せなかった。
「何だよお前!」
イリコが戸惑っているうちに、生意気なボーイが食ってかかるようにして
「俺はアメフラシ・アーチェリーだぞ!スピナー部隊でも活躍してて……」
「ねえ、やめなってば……!!」
イカガールが怯えたように声を引きつらせた。
「この人が誰かわかんないの……!?」
「は……?」
「……俺が誰だか知らないのか?」
イカしたボーイは、胸につけたピンバッジを見せつけるように、ジャケットを引っ張ってみせる。
彼がつけていたピンバッジは、虹に雨雲が添えられているという、シンプルで可愛らしいデザインのものだった。しかし、ボーイが付けるには、いささか可愛すぎるような気がする。
イリコにはそれが何かわからなかったが、二人のインクリングには意味がわかったらしい。
「ふ、副隊長のピンバッジ!?」
「このひと、マニューバー隊の副隊長だよ……!」
ガールは最早泣きそうな顔をしていた。
生意気だったボーイも、動揺しているのがはっきりと見て取れる。
(副隊長……?)
見覚えがある―――ような気がするボーイは、二人のインクリングを厳しい表情で見つめた。
「お前ら、所属はスピナーとシューターだな。なら、今はツムギさんとサジータさんか」
彼はそう言って、小さく溜め息をついた。
「『アメフラシ・アーチェリー』の勤務規則に、依頼人を含めた組織外の各種族に迷惑をかけるなってあるのを知らねえとは言わせねえぞ。あれは依頼外の目が届かないとこなら好き勝手していいって話じゃねえんだ」
「でも、こいつが……」
「俺の言ったことが聞こえなかったのか?」
ドスの効いた低い声に、生意気そうなボーイが縮み上がる。
イカしたボーイは、更に表情を厳しくした。
「お前らはいったん自宅謹慎。この件は各隊長に報告したうえで、正式な処分は追って通達する」
「あ、あんたにそんな権限あんのかよ……!」
「おっとお、意外にまだ威勢がいいな。カノジョの前で強がっちゃって可愛いねえ?」
イカしたボーイの声に、からかいが混じる。その目は全くと言っていいほど、笑っていなかったが。
「直属じゃないからって舐めてんじゃねえぞ?副隊長は各隊長の代理でもあんだよ。代理である以上、俺はマニューバー隊副隊長としてお前らに自宅謹慎を命ずる。わかったんなら、さっさと帰れ」
「う、ぐ……くそ……」
生意気なボーイはすっかり言い負かされ、悔しそうに後ずさりする。
気弱そうなガールが目に涙を浮かべているのを見て、イリコは思わず口を挟んでしまった。
「あ、あのう……」
「ん?」
声をかけると、イカしたボーイが軽く首をかしげながら、イリコの方へと振り向いてくれる。
こちらを見る目は優しい。やっぱり、イリコはこのボーイを知っている気がした。
「あの女の子の方は、私を庇ってくれようとしたん、ですけど……」
「は、はあ?!お前……」
「……わかった」
ボーイは心得たというように、小さく息を吐く。
「だが、ウデマエ上げ目的のスナイプも規則違反だ。イリコちゃんには悪いが、これも決まりなんでね」
「あ、はい……」
やっぱりこのイカ知り合いなんだ、と、イリコはあらためて思った。
と、なると―――心当たりは、一人しかいないのだが。
「チクショウ!覚えてろよ!」
ボーイはそう吐き捨てると、逃げ出すように立ち去ってしまった。
残されたガールはというと、一瞬迷うようにボーイの方を振り返ってから、イリコに向かって頭を下げる。
「あ、あの、ごめんなさい!」
「え?」
「彼、ちょっとウデマエ上げに躍起になってて……それで……」
謝られたイリコはぱちぱちとまばたきしてから、「気にしなくていいよ」と、ガールに向かって笑ってみせた。
「私、今日ガチマ始めたばっかりで、何にもわかんなくて……だから迷惑かけちゃったんなら、ほんとごめんね」
「えっ、今日初めてだったの!?そっか……」
ガールは驚いたように言ってから、イカしたボーイの視線に気が付いて、慌てて頭を下げた。
「あ、あの、本当に、ごめんなさい……それじゃあ私、もう行くから……」
「あ、待って!」
イリコは慌ててガールを引き留めると、急いでポケットからフレコカードを取り出し、差し出した。
「これ、私のフレコカード……良かったら申請して」
「え、でも……」
「一緒にバトルしてくれてありがとう!」
イリコは朗らかに笑って、そう言った。
ガールは戸惑ったような視線をイリコに向けたものの、カードは受け取ってくれた。
「こちらこそありがとう……それじゃあね」
イカガールは深々とお辞儀してから、先に先に行ったボーイの後を追いかけるようにして、走って行った。
「……相変わらずお人好しだなぁ……」
去って行くガールの背中を見送ってから、助けてくれたイカボーイがやれやれと肩をすくめる。
「いつぞやのマサバを思い出すぜ」
「……あの……」
イリコは恐る恐る、隣のイカボーイに話しかけた。
「セイゴさん……ですよね……?」
「えっ?そうだけど?」
彼は不思議そうにイリコの顔を見る。
「なんでそんな自信なさげな……あっ、ご~めんっ!!この格好でイリコちゃんに会うの初めてか~!!」
―――やっぱり、セイゴだ。
イリコは思わず、大きく溜め息を吐く。
「なんか見覚えあるなあ、聞き覚えのある声だなあとは思ったんですけど……最初、誰かわかんなくて……」
「ごーめんごめん、先に言えば良かったな」
そう言ってセイゴはけらりと笑う。
どこからどう見てもまごう事なき『ボーイ』の姿であるセイゴだったが、その笑顔はいつもの彼らしいものだと気づき、イリコは何となくほっとした。
「さっきはうちの奴らがごめんね~。迷惑かけちゃってさ」
「あ、いえ、あの……」
イリコはちょっと困ったような表情を浮かべつつ、首を傾げて訊ねる。
「……あの、アメフラシアーチェリーってなんですか?」
「ん?……ああそっか、イリコちゃんにはまだ何にも話してなかったよな」
セイゴはちょっと考えるようにしてから、
「んー。せっかくだし、一緒に帰らない?家まで送るよ」
「えっ?いいんですか?」
「お詫びも兼ねて説明しないとだしな~」
そう言ってから、セイゴは何故か眉をしかめた。
「……どうせ、これから嫌でも聞くことになるだろうし……」
「……?」
よくわからないながらも、イリコは有り難く、セイゴの申し出を受けることにした。



***



『アメフラシ・アーチェリー』とは―――一言で言うならば、「バトル専門の人材派遣会社」である。
文字通り、バトルに関することならば『何でも』請け負うそうだ。
プラベやリグマの人数合わせから、ウデマエXとバトルしてみたいというリクエスト、何ならバトルのレクチャーまで、利用者の目的に合わせた人材を派遣してくれるという。
本人たちは「バトル傭兵集団」を名乗っており、会社には有名なプロプレイヤーも多く在籍していることから、ハイカラスクエアでは「今もっとも注目を集めるイカしたやつら」として、名高い評判を上げているのだとか。
「テレビとかで見たことない?」
セイゴにそう聞かれ、イリコは困ったような顔をした。
「うちにテレビないんですよね……」
「あらら、そっか。良かったら、今度動画とか検索してみてよ。うちの隊長とかよく出てるからさ」
「隊長さん?」
そういえば、彼はさっき副隊長がどうとか言っていた。
セイゴはちょっと微笑んでから、「うちは持ちブキごとに部隊が分かれてるんだ」と、説明を続けてくれる。
「シューター部隊、マニューバー部隊、チャージャー部隊、スピナー部隊、スロッシャー部隊、ブラスター部隊、ええとあと……パブロ隊とホクサイ隊、ローラー部隊、それからシェルター部隊だな」
「結構細かく分かれてるんですね!」
「まあ、部隊分けに関しては色々あったんだけどな……その話は長くなるから、また今度にするとして。うちの隊長は、みーんなウデマエオールXの強者揃いでさ」
セイゴはそう言って、自慢げに笑ってみせた。
「プロのナワバリプレイヤーとしても活躍してて、あっちこっちの大会でも実績残してるんだ。バトル見たら、イリコちゃんの参考にもなるんじゃないかな」
「わあぁ……!いつか戦ったりとかできますかね!?」
目を輝かせるイリコに、それはどうかな、と、セイゴは曖昧に笑っただけだった。
「大会とかに出たらワンチャンあるかもだけど……まあ、それはさておき。俺はそこの補佐役兼研修係やっててさ。たまーにああいうどうしようもないのがいた時には、こうやって出しゃばったりしてるってわけよ」
「副隊長さんって、そういうことだったんですね」
イリコは納得した。話を逸らされたのは、少し気にはなったが。
「そゆことそゆこと。こう見えて、真面目にオシゴトしてるのよん」
そう言ってピースしてみせるセイゴに、イリコは首を傾げてみせる。
「じゃあ、えっと……いつもとフクが違うのも、お仕事の関係ですか?」
イリコの問いかけに、セイゴは軽く唇を尖らせた。
「ん……まあそうとも言うし、そうとも言わない」
「……?」
「ねえ、イリコちゃん」
唐突に話変わるけどさ、と、セイゴは言った。
「イリコちゃんって、これからもハイカラスクエアでバトルやってくの?」
「……はい?」
本当に、唐突に話が変わった―――それだけではない。
セイゴは足を止めて、イリコを真っ直ぐに見据えていた。
「ナワバリやって、ガチマやって、プラベやってって、ここじゃなくてもできるじゃん」
セイゴはそう言って、イリコに向かって微笑みかける。
「それって、ここでやる意味ってあるのかなーってさ」
「……セイゴさん」
イリコも、セイゴを真正面から見つめる。
「何が言いたいんですか?」
「…………」
セイゴは黙って、うっすらと微笑んだ。
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