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イリコとガチマッチ

かつて、「インクリング」と「オクタリアン」の間で繰り広げられた歴史的大戦争……「大ナワバリバトル」。
地上を巡る争いから、約100年が経ち―――勝利の末に地上の世界を得たインクリングたちは、敗北によって地下へと追いやられたオクタリアンたちの存在を、いつしか時の彼方へと忘れ去っていた……。

―――ある、一部の若者たちを除いては。

「んああああああああホタルちゃんんんんんん!!!!!!!!!」
『4号頑張れ~、気張ってこ~』
タコたちの猛攻のなか、ホタルの呑気な声がけがインカムから聞こえてくる。
ヒーローチャージャーから手を離さないよう必死になりながら、マサバは急いで物陰に転がり込んだ。
辺りは一体、タコの紫インクだらけだ。
周囲を必死に塗り返しつつ、マサバはインクに潜り、アーマーの回復を待った。
『4号頑張れ~!3号に負けるな~!』
『アオリちゃんそれ禁句……』
「いやもうほんま許して……」
アオリからの声援(?)を受け、泣き言をこぼしながら、マサバは物陰から様子を窺う。
現在こちらを捕捉するであろうバイタコトルーパーは、二体。
いやらしいことに、一体のインクをかわしても、もう一体がカバーできる範囲に居座っている。
ヒーローシューターなら、一体目は無理矢理懐に潜り込んで、撃破することもできるのだが……今持っているのはヒーローチャージャーだ。とてもじゃないが、そういうわけにもいかない。
(―――アオちゃんやハチなら、何とかするのか?)
一瞬そんな考えがよぎって、慌てて頭を振る。
余計なことは考えない。今は、目の前の敵に集中だ。
距離があるので、スプラッシュボムの投擲は恐らく意味がない……そしてスペシャルカンヅメも切らしている……なら、今使えるものは、自分の身体と、チャージャー一本。
まずは、一体。戦場の鉄則、やられる前にやれ―――もう一体のインクは、何とかかわしきる。
マサバはゆっくり深呼吸して、自分がすべきことのイメージを、頭の中で整えた。
『4号、いけそう?』
「行くしかないやん?」
ナビしてくれているホタルにそう言ってみせてから、マサバはチャージャーを抱えて物陰から転がり出た。
すぐにマサバに気が付いたバイタコトルーパーが、急いでこちらを振り返ろうとする―――が―――先に、マサバのインクがヒットする!!
『4号!』
「わかってる!」
すぐさま後退し、もう一体が撃ち出したインクを、ぎりぎりのところでかわす―――マサバはすぐに物陰へ戻り、今度はそこから隠れながら狙い撃った。
再びヒット。
『やったあ~!』
喜ぶアオリの声を聞きながら、マサバは大きく息を吐き、伏兵がいないか確かめる……問題なさそうだ。
『とりまお疲れ~、他には敵いないみたいね』
『もうちょっとだよ、頑張って4号~!』
「あかん……あかんて、ほんま……」
敵のインクを塗り返しつつ、マサバはぼやくように言った。
「ほんまヒーローチャージャーだけは、データ収集勘弁してもらえんか……」
『なーにを言ってるでしか!データはきっちりとらしてもらうでしよ~』
「うげえ……」
聞こえてくるブキチの声に唸りつつ、マサバは周辺の様子を確かめる。
デンチナマズぬいぐるみまで、あとわずか。
「……もうちょい頑張りますかぁ」
マサバはもう一度だけ溜め息を吐いてから、ヒーローチャージャーを抱え直した。



***



New!カラストンビ部隊。
かつて『大ナワバリバトル』で武功を上げたという大英雄、「アタリメ司令」が結成した、「タコと戦うための部隊」……それが、彼らである。
100年前の大ナワバリバトルに敗れたタコたちは、地下世界で細々と生き延びていたものの、エネルギー資源の不足により、生活等に困窮し始めていた。
タコによる大規模な襲撃は、これまでに二度行われている。しかし、それぞれの事件を解決に導いたのが、部隊に新規加入した「3号」と「4号」……すなわち、アオとマサバであった。
マサバは当時、連絡が取れなくなっていたアオを心配して探し回っていた際、偶然タコツボキャニオンに迷い込み、New!カラストンビ部隊の「2号」こと、ホタルと知り合ったのである。
ホタルがアオについて「タコと戦っているかもしれない」と言わなければ、マサバは入隊を断っていたかもしれない……結果的に間違ってはいなかった。間違ってはいなかったのだが。
そして今、やっぱり断っとけば良かったかなあと、何となく思ったり、思わなかったりする。
「お疲れさま、4号!」
「ご苦労やったね」
シオカラ亭に戻るなり、アオリとホタルに労われ、マサバは何とも言えない表情を浮かべる。
「……ただいま戻りました……いやしんどかったわ……」
「ほんとにチャージャー苦手なんだね~」
「アオリちゃん……」
無邪気なアオリの感想を、ホタルがやんわり窘める。ごめーんと笑うアオリに対し、
「事実やからね……」
と、マサバは苦笑いするしかなかった。
「いやぁ、やっぱおれはヒーローシューターがいいです……あれが一番好き」
「でも4号、普段はスロッシャー使ってるんでしょ?」
「まあそうなんやけどね」
マサバはぽりぽりと頭をかきつつ、首を傾げてみせる。
「ヒーローシューターはなんていうか……一番手に馴染むっちゅうのかな。このギア着てると尚更な」
「3号も同じこと言ってたね」
和傘をくるくる回しながら、ホタルが言った。
「ヒーローブキで、一番最初に持つからかな?」
「そうなん?」
マサバは思わず、ちょっとだけ頬を緩めた。
「3号と一緒なんは、ちょっと嬉しいな」
「ほんとにちょっと~?」
からかうように笑うアオリに、マサバは眉を下げて曖昧な笑みを浮かべた。
「勘弁してや、アオリちゃん……めちゃくちゃ嬉しい言うたら、またドン引きされるやん」
「そんなことないって~!あたし、4号のこと応援してるんだからねっ!」
うきうきしながらそう言うアオリに、マサバが何か言おうとした、その時だった。
「マッタクモッテ、ナゲカワシイ……」
隅の方から重苦しい声が聞こえ、三人はそちらを振り返る。
「オクタリアン軍団ガ本気ヲ出セバ、インクリングタチナド、ワレワレガ一掃デキルトイウノニ……」
ひび割れた水槽のなかに閉じ込められている、一匹のタコ―――オクタリアンの将軍こと、タコワサは、苦々しげな顔をしながらそう言った。
「毎回そう言うけどな、そないな言うならそうすりゃええやろがい」
タコワサに向かって、マサバはやや呆れたように言ってやる。
「ほんまにされたら困るけどな。おれとアオちゃんとハチコーじゃ、手が回らへんわ」
「ヌググ、デキタラソウシテイル!」
タコワサはいかにも悔しげな顔をしながら、握ったワサビをぶんぶん上下に振った。
「電力不足デ、全軍ハ出セヌノダ!!ダカラアアシテ地道ニダナ……」
「……アオリちゃんのライブの時、やたらぴかぴかしとらんかった?」
「あれはオオデンチナマズがあったからねー」
アオリは長椅子に腰掛けたまま、足をぷらぷらと揺らす。
「それでもまあ、無駄遣い気味ではあったかな?派手じゃないと面白くないと思ってさ!」
「まあ、アオリちゃんらしいね……」
呆れていいのかどうなのか。複雑そうなホタルの表情に、えへへっとアオリは照れ笑いしてみせる。
……しかし、オオデンチナマズ一匹であれほどの電力を賄えているとなると、確かに軍備に回されたらとてつもないことになるかもしれない。
そう考えたところで、マサバはふと気が付いた。
「……ホタルちゃん」
「ん?どしたん4号」
マサバは声を潜めて、タコワサには聞こえないよう、ホタルに話しかけた。
「……デンチナマズぬいぐるみって、あれも一応電力出してるんよな?」
「うん、そだけど……」
マサバの様子に不思議そうな顔をしながら、ホタルも声を低めてうなずく。
「それが、どーかした?」
「いや、前にそれ聞いとき、アタリメ司令のじいちゃんはタコに優しいんやな~って思てたんやけど……」
マサバは声を低めたまま、怪訝そうに片眉を上げてみせる。
「……軍隊はぎりぎり出せんけど、生活はできるぐらいの電力を計算して渡してるってこと……?」
「おじーちゃんがそこまで考えてるかはわから……」
ホタルは一瞬そう言いかけて、ちょっと眉をひそめる。
「……いや、あり得る気がしてきた……」
「だとしたらあのじーちゃん、相当食わせもんとちゃう……?」
「えええ……?でも、アノおじーちゃんよ……?」
「二人とも、何話してるの?」
「あ、ごめんなアオリちゃん」
二人の様子に気が付いたらしいアオリに聞かれて、マサバは慌てて話を切り上げる。
「タコワサに聞かれたくない話やってん。後で、ホタルちゃんから聞いてもろていい?」
「わかったー!」
「グヌヌ!!ナンナノダ!!!」
タコワサは水槽の中で、悔しげにジタバタと暴れ回っていた。
「ニックキ3号ト4号メ……!電力サエアレバ、電力サエアレバァア……!!!」
「電力だけあったって、どうにもならないっしょ……」
ホタルは和傘を持ったまま、軽く肩をすくめてタコワサの方を見やった。
「そもそも、今はタコワサ将軍捕まってるんだし……あ、もう脱走はナシね」
「洗脳サングラスもね!」
「タコツボビバノンもな!!!」
「……サイゴノハ、ナンカチガウキガスルガ……マアイイ」
タコワサは軽く咳払いをしてから、じろりと部隊の若者たちを睨んだ。
「イッテオクガナ、ワガハイガイナクトモ、指揮ヲトレルモノハイルンダゾ」
「じゃあなんで助けにも来ぉへんのよ……」
「ダカラ!!!デンリョクブソクナノダ!!!!!!!!!」
「そもそも、そんなタコいたっけ?」
アオリはきょとんとして首を傾げた。
「タコのなかで一番偉いのって、タコワサ将軍なんでしょ?他に指揮とか指示とかできるタコっているの?」
「ム。アオリチャンハオボエテイナイカ」
腕組みならぬ足組みをしながら、タコワサは大きく頷く。
「代ワリニ軍ヲ率イルヒキイルモノナラ、ヒトリダケイル。ワガハイノ信頼デキル部下だ」
ホタルとマサバは思わず顔を見合わせる。
「ソノ名ハ『ジンベイ』。ワガハイニナンカアッタ時ハ、コイツニアトヲ任セテイル」
「ジンベイ……?」
……何となく、ただ者ではない、ような気がする。
少なくとも、そんなタコがいたという事実は初耳だ。
「なんか強そう……ってかやばそう……」
ホタルは警戒するような表情で、眉をしかめてみせる。
「少なくとも、おれとは戦っとらんよな……」
「そんなやついたらさすがに覚えてるっしょ……あ、ちなみに3号もないかんね」
そっか、とマサバはひとつ頷いた。アオも知らないような幹部というと、表舞台に立って戦うような人物ではないのかもしれない。
「チナミニ、アオリチャントハ会ッタコトガアルゾ」
覚エテナイカモシレナイガ、とタコワサは言った。
「隻眼ノ男ガイタダロウ。腕ニ、サメノ刺青ヲイレテイル……」
アオリは一人で腕組みしながら真剣な表情で悩んでいたが、
「……うーん……全ッ然覚えてないや……」
と、結局眉をハの字にして、肩を落とした。
「ソウカ。妹ニ、サインヲモラエナイカト頼ンダソウナンダガ……」
「……あっ、わかったかも」
「今ので?!」
「ちょっと待ってね……えーと……」
アオリはしばらく頭を抱えてから、突然はっとしたような顔で、
「あっ!もしかして、あの顔怖くてちょ~優しかったひと?!ヤバッ、めちゃくちゃこき使っちゃったかも!」
「アオリちゃん、ほんと地下で何してたの……」
呆れるホタルに、アオリはえへへと照れ笑いを浮かべた。
「いやだってさ~、そんなえらいひとだと思わなかったし?」
「そういうことじゃなくてね……まあ、イイカ……」
「ちなみに、どんなタコやったん?」
マサバが訊ねると、アオリは人差し指を頬に当てながら、思い出すように視線を上げた。
「えっとねー、背が高くてー、顔はちょっと怖いけどかっこよくてー、強そうだった!」
アオリの感想に、マサバはちらっとホタルを見る。
ホタルは黙って小さく首を振るだけだ。やっぱり、彼女にも心当たりはないらしい。
(……実際に強い奴なら、タコワサを奪還しにも来ないってのは、ちょっとおかしくないか?)
強そうというのは、あくまでも見た目の話で、本当はそうでもないのだろうか。
だが、タコワサ将軍からも信頼されており、あの強力なタコゾネスたちを率いることを任されているのなら、相当な実力者であると考えるのが自然だろう。
タコワサが言うように、電力不足のせいで積極的に侵攻できないというのは、嘘でもないのだろうが……なんとなく、気になる。
とはいえ、だ。
(……まあ、イイカ?ひとまず……)
とりあえず今はなんとかなってるし、恐らくきっと、これからもなんとかはなるだろう。
イカらしい脳天気さで考えるのを止めたマサバだったが、……なんだか、胸のうちがざわざわする。
今までにない妙な感覚に、何となく居心地の悪さを覚えながら、マサバはまたあらためて考えてしまった。

―――ジンベイ。
いったい、どんなオクタリアンなのだろう。

(……アオちゃんには、言っておいた方がいいな……)
クロトガやハチのこともある。もしかしたら、自分が思っている以上に、油断しない方がいい話かもしれない。
先輩でもあり、戦友でもあり……マサバにとって憧れのガールでもある彼女は、この話にどんな興味を示すのだろう。
今はこの場にいない彼女のことを思いながら、マサバは何となく、小さな溜め息を吐いた。
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