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イリコと『もみじ』

プライベートマッチから出ると、クロトガは大きく伸びをしてから、
「オレはガチマに行くが、お前らはどうすんだ?」
と、イリコたちに訊ねた。
「……とりあえず、イリコちゃんの戦勝会?」
「それから反省会ね」
マサバの提案に、アオが付け足す。
「いやとりあえず反省会は置いといてやれよ。イリコちゃん大分頑張っただろ」
「あ、大丈夫ですセイゴさん。いつものことなので」
「イエ、イリコサン、論点がズレてマス……」
イリコたちの会話を、クロトガは呆れたように眺めながら、「そうか」とだけ言った。
ついさっきよりも、少し表情が優しい……ような、気がしないでもない。
イリコは試しに、クロトガも誘ってみることにした。
「良かったら、クロトガくんも一緒に来ない?」
「何でオレが負けた勝負のセンショーカイに参加しなきゃいけねーんだよ」
クロトガはそう言って、イリコを追い払うように手を振った。
「オレはテメェらと違って忙しいんだ」
「それ、この間も言ってたけど」
イリコはもう一歩、踏み込んでみる。
「何か、私に手伝えることとかあったりする?よかったら、君の話、色々聞きたいなって思ってたんだけど」
「……そんなもんねえよ」
クロトガの眉がきつくしかめられる。だめか、と、イリコは引くことにした。
「……勘違いしてんなら訂正しとくが、」
少しだけ表情を緩めて、クロトガは言った。
「オレは、ただフレンドになってやっただけだ。オトモダチゴッコに付き合う約束まではしてねぇぞ」
「えっ……」
イリコは少しショックを受けて、おずおずとクロトガに近づいた。
「せっかくフレンドになったのに?」
「……そんなもん、ただの機能の名前でしかねえだろ」
言い分はわからなくもないが、ちょっと納得がいかない。
フレンド登録から、友達になれることだってある。
それをただの「機能」と言い切って、形ばかりのことと済ませてしまうのは、なんだかとても寂しい気がした。
……少しだけ迷ってから、イリコは自分の思いを正直に言うことにした。
「……私、君と仲良くなりたいんだ」
イリコの言葉に、クロトガは目を丸くした。
何か言われる前に、イリコは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「だから、フレンドになりたいと思ったの。友達になりたいって思った。急に言われても難しいかもしれないけど……私は少なくとも、クロトガくんとのこと、ただの機能で繋がっただけって話で終わらせたくないよ」
そう言って、イリコはにっこり笑う。
「君とまた一緒にバトルしたいもん。それならきっと友達になってた方が、バトルは楽しいよ」
「……わかんねぇな」
困惑しているというよりは―――本当に、理解できないと言いたげに、クロトガは言った。
「テメェのことを、オレがどんだけ邪険にしてるのか、わかってねえわけじゃねえんだろ。なのに、何でオレに構う?何でオレにちょっかいかけるんだよ」
「え、えっと……」
イリコはちょっと迷ってから、恐る恐るクロトガの顔を覗き込むようにする。
「……怒らないで聞いてくれる?」
「内容による」
「だよねぇ……」
クロトガの返事に納得しつつも、イリコはやっぱり引き続き、正直に話すことにした。
「私、ナワバリバトルが好きなんだ」
「…………」
「だから、戦うこと自体も好きなんだと思ってた」
クロトガは、イリコの話を黙って聞いてくれている。
イリコはクロトガの目をじっと見つめながら、話を続けた。
「戦うことが好きだから、勝てたら嬉しいし、もっと楽しいバトルがしたくて、そのために強くなりたいと思ってた。真剣にやっていけばいつか強くなれるし、負けてもきっと楽しいバトルができるって、本気で思ってた」
クロトガは何も言わない。イリコはひとつ、呼吸をゆっくりとする。
……今日の戦いの名残が、まだ、体に残っている。びりびりとした、あの、感覚が。
「でも……それが、君にとって物凄く失礼な考えだったっていうことは、今日、肌で感じた」
「…………」
「君は、なんていうか……バトルを、『本物』の戦いとして、捉えてる」
そう言ってから、先に続ける言葉が見つからず、イリコは少し口ごもる。
「えっと、上手く言えないんだけど……私たちがしているバトルが偽物っていう意味じゃなくてね、なんていうか……」
「……ガチだって言いたいんだろ」
不意に、クロトガがイリコの言葉を引き取る。
イリコが驚いていると、クロトガは真剣な表情で続けた。
「オレは、本気で戦ってる。本気で相手をキルしに行ってる。本気でナワバリを取りに行ってる」
その通りだ。
イリコが相づちの代わりにこくこくとうなずくと、クロトガは眉をしかめてみせた。
「……オレは、お前らみてーなポンコツイカどもとは違う。『本物の戦い』が、何かを教わって生きてきた。だから……」
クロトガの表情が、一瞬、寂しそうに曇った―――ような気がした。
「テメェみたいに、『楽しいから』バトルしてるやつの気持ちは、ちっともわかんねえ」
「…………」
「何が楽しいのかもわかんねえし、何を楽しんでんのかもよくわかんねえ。……オレとお前は、違う『イキモノ』なんだよ」
「…………」
違う『イキモノ』。
その言葉が、何故か心に重くのしかかってくるようで、イリコは思わずうつむいてしまう。
……自分とクロトガは、違う『モノ』なのだろうか。
同じ、イカのはずなのに……?
「……ただ、」
―――そのとき。
クロトガの、張り詰めたような雰囲気が―――ほんの少し―――ほんの一瞬だけ。
ふっと、ほどけたような気がした。
「……今日のバトルは、……悪くなかった」
「……!」
イリコは思わず顔を上げる。クロトガは仏頂面のまま顔をそらしていたけれど、先ほどのように睨まれたりはしない。イリコは思わず頬を緩ませ、嬉しそうにうなずいた。
「―――うん!私も、楽しかった!」
「……チッ」
クロトガの雰囲気は、すぐ元に戻ってしまう。彼は不機嫌そうに眉をしかめて、
「オレの感想まで、勝手にテメェの言葉に置き換えんな」
そう言われても、イリコはもうひるまなかった。
イリコはまた真っ直ぐな視線をクロトガに向けながら、片手を差し出す。
「私、やっぱりバトルが好き。君とまた一緒に、楽しいバトルがしたい」
クロトガは答えない。イリコの手を取ろうともしない。
それでもイリコはクロトガに向かって、どこまでも真っ直ぐに、自分の思いを伝えた。
「だからまた今度、一緒にバトルしよう!できたら、今度は同じチームで!」
「…………」
少しして、クロトガの口から出たのは……返事ではなく、溜め息だった。
「何回も言うが、オレはテメェらと違って忙しいんだよ」
クロトガはそう言って、不機嫌そうに目を細める。
「今日みてーなプラベには、二度と付き合わねえからな」
「ぷ、プラベじゃなくてもいいから……」
「……13時から15時と、15時から17時」
「!」
クロトガは仏頂面のまま、イリコから目をそらす。
「その時間はガチマじゃなくて、レギュラーにいる」
イリコは思わずぱちぱちとまばたきした。クロトガが言っている意味を理解したのは、彼が更に言葉を続けてからだった。
「オレがナワバリやってるときに『フレンド』が勝手に入ってくんのは、止めようがねぇからな。……好きにしろ」
「……わぁ!!!」
イリコはぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとう、クロトガくん!!!」
「ったく……」
「……話は終わった?」
背後からアオに声をかけられ、イリコは思わず飛び上がる。
「わわっ!あ、アオさん……!」
「驚かせてごめんなさい」
アオは淡々とそう言ってから、軽く首を傾げてみせる。
「いつものファストフード店でいいでしょう?今日から新作のシェイクが出ると言っていたわよね」
「あ、そうなんです!アオさんと一緒に飲みたいなって……」
「そう……なら、行くわよ」
アオはうなずいてから、今度は青い瞳をクロトガに向けた。
「あなたも」
「……は?」
クロトガは意味がわからないと言いたげに、眉をしかめる。
「オレは行かねえって行って……」
「今日勝ったのはイリコでしょう」
アオはクールに言い放つ。
「それなら、付き合うべきだと思うわ。……あなたが、イリコの言うことを聞くという条件を飲んだのならね」
クロトガは一瞬ぽかんとした。
イリコも思わずぽかんとしていると、不意にクロトガは慌てたような顔をして、
「にっ……2pt差だぞ!!!大体、キル数はオレの方が多かった!!!」
「あらあらあら~?今更そんなこと言い出しちゃう?」
セイゴがにやにやと笑いながら割って入る。
「バトル終わってからは、あぐらかいて切腹でもしそうな勢いやったんになぁ」
マサバも笑顔で追撃した。ハチだけが遠慮がちな表情で、クロトガの様子を伺っている。
「お二人とも、アマリからかうのは良くないデスヨ……」
ハチはそう言って、クロトガに申し訳なさそうな顔をした。
「彼はマサバサンじゃないんデスカラ……」
「待ってハチコー、それどういう意味?」
「マサバはほらぁ、嫌よ嫌よも好きのうちっていうか?」
「いや好きでいじられてるわけちゃうねんけど??」
「えっ、違うんですか?!」
「イリコちゃんはおれを何だと思ってるの???」
マサバを囲む三人を、何とも言えない顔で眺めてから、アオはクロトガに向き直る。
「……あなたが負けたことを、からかいたいわけではないのよ」
クロトガは眉をしかめてはいたが、アオを睨むことはしなかった。
「でも、あの子の願いが、ただ『フレンドになる』ことだけじゃないのは……あなたも、わかっているんでしょう?」
アオはそう言って、小さく首を傾げてみせる。
「それなら、今日は大人しくついてくるべきだと思うわ。さっきも言ったように、『イリコの願いを叶える』という条件を飲んだのなら、ね」
「……チッ」
クロトガは何度目かになるかわからない舌打ちをした。
「くそ……飯食ったら帰るかんな!オレは!」
「えっ、来てくれるの!?」
「帰る」
「待って待ってごめんなさい!!!!!ほんとに来てくれると思わなかったの!!!!!」
踵を返そうとするクロトガをイリコが慌てて引き止め、周囲はその様子を見て笑った。
アオだけが大真面目な顔をして、
「クロトガが来るなら、反省会の内容も見直した方がよさそうね。敵として戦った相手の意見を聞けるのはそうそうないことだわ」
「いやアオちゃん、まずは戦勝会しよ?それからにしよ?」
「イリコちゃん何食べたーい?マサバが何でも奢ってくれるってー」
「待てやセイゴ!!!おれまだ何も言ってへんぞ!!!!!」
「新作のシェイクは絶対飲みたいんですよ!カステラコーヒー味!!」
「カステラコーヒー味……?」
「ドウシテその二つを混ぜちゃっタンデショウ……?」
「マサバー、俺メガトンモズクバーガーセットね」
「なんでお前に奢る話になっとんねん!!!」
「クロトガくん何食べる?マサバさん何でも奢ってくれるって」
「いや自分で払うわ……」
「ハチはどうするの?」
「ンー、考えてマス。アオサンは?」
「……カステラコーヒー味、挑戦してみようかしら」
若者たちははしゃぎながら、じゃれあいながら、会話をかわしながら、連れ立って歩いて行く。
イリコはその輪の中で声をあげて笑いながら、大事そうにブキケースを抱え直した。
昼間の太陽の下、今日もハイカラスクエアは賑やかだった。
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