イリコと『もみじ』
「あっはっはっはっはっはっ!!!ごーめんごめん、マサバ狙いのガールかと思ってカマかけちゃっただけなんだって」
ハイカラスクエアにあるカフェ・テリア。
イリコはマサバたちに連れられて、ホットサンドやら何やらを奢ってもらっていた。
件のガール―――もとい、ボーイは『セイゴ』と改めて名乗ったあと、ひたすら愉快そうに笑っていた。
「お前ほんっと、マジで許さへんからな……」
ぶつぶつと文句を言うマサバに対し、セイゴはけろりとした表情で、
「いーじゃん別に。誤解だったんだからさー」
「その誤解をお前がさせたんやろが!」
マサバが叱りつけても、セイゴはぺろりと舌を出して笑うだけだ。その姿はどこからどう見ても、悪戯っぽい笑顔がチャーミングな、イカガールにしか見えない。
イリコが何とも言えない表情をハチに向けると、彼は「いつものことデス」と、仕方なさそうに苦笑いしていた。
「いやーしっかし、君面白いねー、イリコちゃんだっけ?」
セイゴが身を乗り出してイリコに話しかけてくるので、イリコは思わず身を引いた。
「あれから更に言うのが、『そんなんでアオさんとフレンドになりたいとかよく言えましたね』だもんなー!」
「あ、あれは……だってえ……」
イリコはホットココアの入ったマグカップを持ち上げながら、もごもごと言う。
「アオさんにあんなあからさまな態度とっておいて、まさかの彼女持ちかよ!って思っちゃって……」
「待って??おれそんな男に見える??そんな軽薄な男ちゃうよ???」
思わず真顔で割って入るマサバに対し、イリコは唇を尖らせて、そっぽを向いてみせた。セイゴはやっぱりくつくつと笑っていて、ハチは呆れたような顔をしているばかりだ。
「……そういえば、ハチくんは知ってたの?」
イリコはマグカップを置いてから、ハチに向かって訊ねた。
「セイゴさんがボーイだって……」
「あ、ハイ……」
ハチはちょっと申し訳なさそうな顔をして、おずおずとうなずく。
「セイゴサンとは知り合いナノデ……」
「お、教えてよう……」
「ス、スミマセン」
ハチはイリコに向かって、律儀に頭を下げる。
「イリコサンとセイゴサンがお知り合いではナイとは知らなくテ……もうご存じなのかと、思っテマシタ」
「まぁマサバのこと知ってたら、大体俺のこと知ってるわな」
セイゴはそう言って、ドリンクに差したストローをかじった。
「あらためまして、セイゴでっす。れっきとしたボーイだよ♡」
「イリコです……」
にぱっと笑いながら両手を広げてみせるセイゴはやたらと可愛い。イリコは何だか妙な敗北感を覚えながら、おずおずと名乗り返した。
「んあ、怖がらせちゃった?」
セイゴはイリコの顔を覗き込むようにして、首を傾げてみせる。
「それとも女装男子はNG系?そんなら着替えてくるけど」
「いえ、それは大丈夫ですが……」
正直なところ、イリコはセイゴに対して、どう反応すればいいのかわからなかった。
生まれて初めて女装しているボーイに会ったというのもあるけれど、セイゴの軽い口調は掴みどころがなく、かといって隙もない。いわゆる陽キャとかパリピとか、そういう感じでもなくて、かわしようがない。
ブキで例えるなら、そう―――撃とうとしたら逃げられて、逃げようとしたら撃たれるような―――
「……マニューバー……」
「え?」
「あっ」
考えていたことが、勝手に口から出ていたらしい。
イリコはそれに気がついて、顔を真っ赤にしてしまった。
「あ、わ、す、すみません!いやちょっとあの独り言というかなんというか……」
イリコが大慌てで誤魔化そうとしていると、セイゴは頬杖をつきながら、目を細めた。
「……俺の使ってるブキ、よくわかったね」
「えっ……え?」
「俺、マニュ専なんだよねー」
セイゴはそう言いながら、椅子の下からブキケースを引っ張り出す。
「これ、一番好きなやつ」
セイゴがケースから取り出して見せてくれたのは―――白と黒のツートンカラーに分かれた、イカしたマニューバーのブキだった。
イリコはそれを見て、思わず目を輝かせる。
「う、わあ……!かっこいい……!!」
「だろ?」
身を乗り出してブキに釘付けになるイリコに向かって、セイゴは得意げに笑ってみせる。
「ケルビン525ベッチュー。使ったことある?」
「ないです!」
「ケルビンはあんま持ってる子いないもんなー」
くるりとブキを回し、セイゴはブキの持ち手をイリコに向けた。
「持ってみる?」
「いいんですか?!」
「いいよぉ~」
イリコはいそいそとブキの持ち手を掴み、下に向かって構えてみた。見た目はずっしりとしたブキだが、思っていたほど重くはない。
インクタンクを装着していないので、撃ち心地は試せないけれど、何となく気持ちははしゃいでしまう。
「わあ~……!!いいなぁ、かっこいいなぁ……!!」
「マニューバー好き?」
「好きです!あ、でも、スライドが上手く扱えなくて、あんまり使ってないんですが……」
「あれは慣れいるもんな~。普段は何使ってんの?」
「もみじです!」
「渋いね~、イカしてんじゃん。塗るの好き?」
「はい!キルはまだ苦手なんですけど……」
「もみじでキル取るの難しいよね~、相手に先にやられちゃったりとかしてさ」
「そ、そうなんです!!」
気が付くと、二人の会話はやたらと弾んでいた。
夢中になってバトルの話をするイリコと、上手く会話を繋げるセイゴを見て、マサバが何とも言えない顔をしながら、ハチに小声で話しかける。
「……相変わらず女の子の扱い上手ない?あいつ」
「マサバサンがヘタなだけデショウ」
ハチはコーヒーを飲みながら、つんとした表情で言った。
「おっま、言うたなお前!!」
「セイゴサンは人付き合いが上手いデスカラ」
あくまでもハチはクールな表情で、マサバに言う。
「イリコサンがバトル好きなのも、アナタから聞いテ知っテタんじゃナイデスカ」
「そ、そうなんやろけどぉ……」
マサバは居心地悪そうに首をすくめた。
「なんか今日のハチコー、冷たない?おれ何かした?」
「話の邪魔サレタの、許してマセン」
「だからそれはごめんってえ……」
ハチはわかりやすく知らんぷりして、オレンジジュースを飲み干した。
「セイゴさんも、アオさんとはお知り合いなんですよね?」
「そうだよぉ、俺はまだフレンドにはなってないけど」
すっかり警戒の解けたイリコに、セイゴはへらりと笑ってみせた。
「付き合いの長さだけで言ったら、マサバと同じくらいじゃない?」
「アオちゃんと会ったの同じタイミングやからな……」
「初めて会ったときは、『マサバはなんて女に惚れてんだ』と思ったけどな~」
けらけら笑うセイゴを、マサバが横から小突こうとする。が、あっさりかわされていた。
「今じゃたまにバイト付き合って貰ってるし、仲悪くはないと思ってるけどな」
「……は?」
セイゴの言葉に、マサバが思わず真顔になる。
「おれそれ知らんけど」
「お前いない時にやってるもん」
「なんでえ!?」
「バイト誘うのに一回フレ登録しないといけないだろ」
マサバが迫るのを押し返しつつ、セイゴは唇を尖らせる。
「俺とアオは毎回登録だけして解除してってやってたの。バイトのたびに。アオがそれでいいっていうから」
「おれもそれすれば良くない!?」
「……マサバサン、ちゃんと解除シマスカ?」
怪訝そうに言うハチに、「ああ……」とイリコがうなずく。
「してくれなさそうだよね」
「何ダかんダでちゃっかり登録シタままにしそうデスもんネ」
「なんか今日おれの扱い酷くない!?」
「イリコちゃんはそういうズルしようとしないで、ちゃんとアオとフレンドになったんだもんな~」
セイゴがスルーしたのを止めに、マサバはふて腐れた顔で突っ伏した。
さすがにかわいそうになってきたのか、ハチがさりげなくポテトの皿を押しやっている。
「やるじゃん。二年かけてアタックしてもなびいて貰えなかったやつもいるのにさ」
「うっさいわセイゴぉ……」
「あはは……」
「イリコちゃんって、最近スクエア来たんだって?」
話題がイリコに移り、イリコはぴょこんと背筋を伸ばす。
「デビューは他の街でした感じ?」
「あ、いえ!つい最近デビューしたばっかりなんです」
「へえー?最近までバトルとか興味なかったとか?」
「いえ……」
セイゴが意外そうに訊ねると、イリコは照れたように笑った。
「ずっと、バトルはやってみたかったんですけど……私、つい最近までバイトしてたんです。クラーケン・バーガーって知ってます?」
「町外れにアル、ハンバーガー屋さんデスネ」
ハチが会話に混ざると、イリコは「そうそう」と嬉しそうにうなずいた。
「中学卒業してからすぐ、そこで働かせてもらってました。二年くらいかな?」
「えらいなぁ」
いつの間にか復活したマサバが言った。
「おれらなんかそのくらいの頃、ナワバリで転がり回っとったで」
「なつかしい話すんなよ……。でも、その年で働くって珍しいね」
「あ、私両親いなくて」
さらっと言ったイリコに、ボーイ3名は思わず言葉を失った。
「あ、元々はちゃんといたんですよ。旅行中に行方不明になっちゃったんですよね」
イリコは何でもないことのように続けた。
「おっきくなるまでは、伯父さんと伯母さんにお世話になってて……それからスクエア来るまでは、お姉ちゃんと二人暮らししてたんです。だから家にオカネ入れたかったんですよね、お姉ちゃんにばっかり頼るのやだったので……」
「…………」
「…………」
「……さらっとぶっ込んでくるね、君」
マサバとハチがぽかんとしているなか、感心していいのか呆れていいのかわからないと言いたげな顔で、セイゴが言った。
「いやー、そのうちマサバさんとかには話すかもなぁと思ってたんですが……」
照れたように笑うイリコに、マサバはおずおずと、
「アオちゃん知っとるの……?」
「まだ言ってないです。言う機会なくて……」
「まあ、家庭の事情はなぁ……」
「……ボクたちに話しテ、良かっタンデスカ」
遠慮がちに聞くハチに、イリコはふふっと笑った。
「だってハチくんたち、悪いひとじゃないでしょ」
目を丸くするハチに、イリコは首を傾げてみせる。
「この話したからって、親無しとかなんとか言うわけじゃないじゃない?だからいいかなーって」
「それは、そうデスが……」
「あと、セイゴさんをちょっとびっくりさせたかったのもあるし?」
「……え?もしかして今の、俺に対する仕返し?」
セイゴに向かって、イリコはにっこり笑った。
セイゴはそれを見て、やれやれと首をすくめる。
「……なるほど。君のこと、ちょっと舐めてたな……」
「えへへへ」
セイゴの感想に、イリコはちょっと嬉しそうな顔をした。
「まあそういうわけなので、同年代の他の子よりデビューが遅かったんです。でも、お姉ちゃんが今年の誕生日に、『イリコのやりたいことをして欲しいから』って、送り出してくれて」
「いいお姉さんやね」
「自慢のお姉ちゃんです!!」
姉を褒められ、イリコはぱっと顔を輝かせる。
「お姉ちゃんも前はスクエアでバトルしてたんですけど、ちょっと前に引退しちゃって……」
「へえ!そんなら、おれらとバトルしたことあるかもな」
「おねーさん、なんて言う名前?」
「ウルメです。ウルメ・イワシ」
「!」
イリコから出た名前に、セイゴが咄嗟に眉をひそめる。
その表情を見て、イリコは思わずきょとんとした。
「セイゴさん、ご存じですか?」
「……いや」
セイゴはちょっと悩むような顔をしてから、首を振った。
「似たような名前聞いたことあるけど、多分別人だな。ごめんごめん」
「おれも心当たりないなぁ」
マサバは何も気付かない様子で、ハチの方を見る。
「ハチは?」
話を振られたハチは、首を左右に振ってみせた。
「すみマセン、存じテナイデス」
「そっかぁ」
イリコは特に気にせず、ちょっと残念そうな顔をしてみせる。
「私もお姉ちゃんからバトルしてた時の話、あんまり聞いてないからなぁ……」
「お姉さんの方が知ってるかもわからへんね。良かったら、今度聞いてみて」
「そうしてみます!」
イリコはにっこり笑ってうなずいた。
―――と。
不意に、全員のイカフォンから、思い思いのアラームが鳴る。
「わ、なんだろ」
「スケ変じゃね?」
時間は13時。ナワバリバトルのスケジュールが変わり、ステージが変更されるタイミングだ。
「レギュラー、ハコフグとザトウやって」
「せっかくダカラ、これから行きマセンカ?」
ハチが思いついたように、三人に提案する。
「ボク、モットイリコサンと一緒にバトルしタイデス」
「え、いいの?」
「ええやん!セイゴも行かんか?」
「お~、行く行く。レギュラー超久々だけど」
全員の賛同が得られて、ハチは嬉しそうににっこり笑う。四人は席を立ってトレーやら何やらを片付けたあと、揃って店を出ることにした。
ハイカラスクエアにあるカフェ・テリア。
イリコはマサバたちに連れられて、ホットサンドやら何やらを奢ってもらっていた。
件のガール―――もとい、ボーイは『セイゴ』と改めて名乗ったあと、ひたすら愉快そうに笑っていた。
「お前ほんっと、マジで許さへんからな……」
ぶつぶつと文句を言うマサバに対し、セイゴはけろりとした表情で、
「いーじゃん別に。誤解だったんだからさー」
「その誤解をお前がさせたんやろが!」
マサバが叱りつけても、セイゴはぺろりと舌を出して笑うだけだ。その姿はどこからどう見ても、悪戯っぽい笑顔がチャーミングな、イカガールにしか見えない。
イリコが何とも言えない表情をハチに向けると、彼は「いつものことデス」と、仕方なさそうに苦笑いしていた。
「いやーしっかし、君面白いねー、イリコちゃんだっけ?」
セイゴが身を乗り出してイリコに話しかけてくるので、イリコは思わず身を引いた。
「あれから更に言うのが、『そんなんでアオさんとフレンドになりたいとかよく言えましたね』だもんなー!」
「あ、あれは……だってえ……」
イリコはホットココアの入ったマグカップを持ち上げながら、もごもごと言う。
「アオさんにあんなあからさまな態度とっておいて、まさかの彼女持ちかよ!って思っちゃって……」
「待って??おれそんな男に見える??そんな軽薄な男ちゃうよ???」
思わず真顔で割って入るマサバに対し、イリコは唇を尖らせて、そっぽを向いてみせた。セイゴはやっぱりくつくつと笑っていて、ハチは呆れたような顔をしているばかりだ。
「……そういえば、ハチくんは知ってたの?」
イリコはマグカップを置いてから、ハチに向かって訊ねた。
「セイゴさんがボーイだって……」
「あ、ハイ……」
ハチはちょっと申し訳なさそうな顔をして、おずおずとうなずく。
「セイゴサンとは知り合いナノデ……」
「お、教えてよう……」
「ス、スミマセン」
ハチはイリコに向かって、律儀に頭を下げる。
「イリコサンとセイゴサンがお知り合いではナイとは知らなくテ……もうご存じなのかと、思っテマシタ」
「まぁマサバのこと知ってたら、大体俺のこと知ってるわな」
セイゴはそう言って、ドリンクに差したストローをかじった。
「あらためまして、セイゴでっす。れっきとしたボーイだよ♡」
「イリコです……」
にぱっと笑いながら両手を広げてみせるセイゴはやたらと可愛い。イリコは何だか妙な敗北感を覚えながら、おずおずと名乗り返した。
「んあ、怖がらせちゃった?」
セイゴはイリコの顔を覗き込むようにして、首を傾げてみせる。
「それとも女装男子はNG系?そんなら着替えてくるけど」
「いえ、それは大丈夫ですが……」
正直なところ、イリコはセイゴに対して、どう反応すればいいのかわからなかった。
生まれて初めて女装しているボーイに会ったというのもあるけれど、セイゴの軽い口調は掴みどころがなく、かといって隙もない。いわゆる陽キャとかパリピとか、そういう感じでもなくて、かわしようがない。
ブキで例えるなら、そう―――撃とうとしたら逃げられて、逃げようとしたら撃たれるような―――
「……マニューバー……」
「え?」
「あっ」
考えていたことが、勝手に口から出ていたらしい。
イリコはそれに気がついて、顔を真っ赤にしてしまった。
「あ、わ、す、すみません!いやちょっとあの独り言というかなんというか……」
イリコが大慌てで誤魔化そうとしていると、セイゴは頬杖をつきながら、目を細めた。
「……俺の使ってるブキ、よくわかったね」
「えっ……え?」
「俺、マニュ専なんだよねー」
セイゴはそう言いながら、椅子の下からブキケースを引っ張り出す。
「これ、一番好きなやつ」
セイゴがケースから取り出して見せてくれたのは―――白と黒のツートンカラーに分かれた、イカしたマニューバーのブキだった。
イリコはそれを見て、思わず目を輝かせる。
「う、わあ……!かっこいい……!!」
「だろ?」
身を乗り出してブキに釘付けになるイリコに向かって、セイゴは得意げに笑ってみせる。
「ケルビン525ベッチュー。使ったことある?」
「ないです!」
「ケルビンはあんま持ってる子いないもんなー」
くるりとブキを回し、セイゴはブキの持ち手をイリコに向けた。
「持ってみる?」
「いいんですか?!」
「いいよぉ~」
イリコはいそいそとブキの持ち手を掴み、下に向かって構えてみた。見た目はずっしりとしたブキだが、思っていたほど重くはない。
インクタンクを装着していないので、撃ち心地は試せないけれど、何となく気持ちははしゃいでしまう。
「わあ~……!!いいなぁ、かっこいいなぁ……!!」
「マニューバー好き?」
「好きです!あ、でも、スライドが上手く扱えなくて、あんまり使ってないんですが……」
「あれは慣れいるもんな~。普段は何使ってんの?」
「もみじです!」
「渋いね~、イカしてんじゃん。塗るの好き?」
「はい!キルはまだ苦手なんですけど……」
「もみじでキル取るの難しいよね~、相手に先にやられちゃったりとかしてさ」
「そ、そうなんです!!」
気が付くと、二人の会話はやたらと弾んでいた。
夢中になってバトルの話をするイリコと、上手く会話を繋げるセイゴを見て、マサバが何とも言えない顔をしながら、ハチに小声で話しかける。
「……相変わらず女の子の扱い上手ない?あいつ」
「マサバサンがヘタなだけデショウ」
ハチはコーヒーを飲みながら、つんとした表情で言った。
「おっま、言うたなお前!!」
「セイゴサンは人付き合いが上手いデスカラ」
あくまでもハチはクールな表情で、マサバに言う。
「イリコサンがバトル好きなのも、アナタから聞いテ知っテタんじゃナイデスカ」
「そ、そうなんやろけどぉ……」
マサバは居心地悪そうに首をすくめた。
「なんか今日のハチコー、冷たない?おれ何かした?」
「話の邪魔サレタの、許してマセン」
「だからそれはごめんってえ……」
ハチはわかりやすく知らんぷりして、オレンジジュースを飲み干した。
「セイゴさんも、アオさんとはお知り合いなんですよね?」
「そうだよぉ、俺はまだフレンドにはなってないけど」
すっかり警戒の解けたイリコに、セイゴはへらりと笑ってみせた。
「付き合いの長さだけで言ったら、マサバと同じくらいじゃない?」
「アオちゃんと会ったの同じタイミングやからな……」
「初めて会ったときは、『マサバはなんて女に惚れてんだ』と思ったけどな~」
けらけら笑うセイゴを、マサバが横から小突こうとする。が、あっさりかわされていた。
「今じゃたまにバイト付き合って貰ってるし、仲悪くはないと思ってるけどな」
「……は?」
セイゴの言葉に、マサバが思わず真顔になる。
「おれそれ知らんけど」
「お前いない時にやってるもん」
「なんでえ!?」
「バイト誘うのに一回フレ登録しないといけないだろ」
マサバが迫るのを押し返しつつ、セイゴは唇を尖らせる。
「俺とアオは毎回登録だけして解除してってやってたの。バイトのたびに。アオがそれでいいっていうから」
「おれもそれすれば良くない!?」
「……マサバサン、ちゃんと解除シマスカ?」
怪訝そうに言うハチに、「ああ……」とイリコがうなずく。
「してくれなさそうだよね」
「何ダかんダでちゃっかり登録シタままにしそうデスもんネ」
「なんか今日おれの扱い酷くない!?」
「イリコちゃんはそういうズルしようとしないで、ちゃんとアオとフレンドになったんだもんな~」
セイゴがスルーしたのを止めに、マサバはふて腐れた顔で突っ伏した。
さすがにかわいそうになってきたのか、ハチがさりげなくポテトの皿を押しやっている。
「やるじゃん。二年かけてアタックしてもなびいて貰えなかったやつもいるのにさ」
「うっさいわセイゴぉ……」
「あはは……」
「イリコちゃんって、最近スクエア来たんだって?」
話題がイリコに移り、イリコはぴょこんと背筋を伸ばす。
「デビューは他の街でした感じ?」
「あ、いえ!つい最近デビューしたばっかりなんです」
「へえー?最近までバトルとか興味なかったとか?」
「いえ……」
セイゴが意外そうに訊ねると、イリコは照れたように笑った。
「ずっと、バトルはやってみたかったんですけど……私、つい最近までバイトしてたんです。クラーケン・バーガーって知ってます?」
「町外れにアル、ハンバーガー屋さんデスネ」
ハチが会話に混ざると、イリコは「そうそう」と嬉しそうにうなずいた。
「中学卒業してからすぐ、そこで働かせてもらってました。二年くらいかな?」
「えらいなぁ」
いつの間にか復活したマサバが言った。
「おれらなんかそのくらいの頃、ナワバリで転がり回っとったで」
「なつかしい話すんなよ……。でも、その年で働くって珍しいね」
「あ、私両親いなくて」
さらっと言ったイリコに、ボーイ3名は思わず言葉を失った。
「あ、元々はちゃんといたんですよ。旅行中に行方不明になっちゃったんですよね」
イリコは何でもないことのように続けた。
「おっきくなるまでは、伯父さんと伯母さんにお世話になってて……それからスクエア来るまでは、お姉ちゃんと二人暮らししてたんです。だから家にオカネ入れたかったんですよね、お姉ちゃんにばっかり頼るのやだったので……」
「…………」
「…………」
「……さらっとぶっ込んでくるね、君」
マサバとハチがぽかんとしているなか、感心していいのか呆れていいのかわからないと言いたげな顔で、セイゴが言った。
「いやー、そのうちマサバさんとかには話すかもなぁと思ってたんですが……」
照れたように笑うイリコに、マサバはおずおずと、
「アオちゃん知っとるの……?」
「まだ言ってないです。言う機会なくて……」
「まあ、家庭の事情はなぁ……」
「……ボクたちに話しテ、良かっタンデスカ」
遠慮がちに聞くハチに、イリコはふふっと笑った。
「だってハチくんたち、悪いひとじゃないでしょ」
目を丸くするハチに、イリコは首を傾げてみせる。
「この話したからって、親無しとかなんとか言うわけじゃないじゃない?だからいいかなーって」
「それは、そうデスが……」
「あと、セイゴさんをちょっとびっくりさせたかったのもあるし?」
「……え?もしかして今の、俺に対する仕返し?」
セイゴに向かって、イリコはにっこり笑った。
セイゴはそれを見て、やれやれと首をすくめる。
「……なるほど。君のこと、ちょっと舐めてたな……」
「えへへへ」
セイゴの感想に、イリコはちょっと嬉しそうな顔をした。
「まあそういうわけなので、同年代の他の子よりデビューが遅かったんです。でも、お姉ちゃんが今年の誕生日に、『イリコのやりたいことをして欲しいから』って、送り出してくれて」
「いいお姉さんやね」
「自慢のお姉ちゃんです!!」
姉を褒められ、イリコはぱっと顔を輝かせる。
「お姉ちゃんも前はスクエアでバトルしてたんですけど、ちょっと前に引退しちゃって……」
「へえ!そんなら、おれらとバトルしたことあるかもな」
「おねーさん、なんて言う名前?」
「ウルメです。ウルメ・イワシ」
「!」
イリコから出た名前に、セイゴが咄嗟に眉をひそめる。
その表情を見て、イリコは思わずきょとんとした。
「セイゴさん、ご存じですか?」
「……いや」
セイゴはちょっと悩むような顔をしてから、首を振った。
「似たような名前聞いたことあるけど、多分別人だな。ごめんごめん」
「おれも心当たりないなぁ」
マサバは何も気付かない様子で、ハチの方を見る。
「ハチは?」
話を振られたハチは、首を左右に振ってみせた。
「すみマセン、存じテナイデス」
「そっかぁ」
イリコは特に気にせず、ちょっと残念そうな顔をしてみせる。
「私もお姉ちゃんからバトルしてた時の話、あんまり聞いてないからなぁ……」
「お姉さんの方が知ってるかもわからへんね。良かったら、今度聞いてみて」
「そうしてみます!」
イリコはにっこり笑ってうなずいた。
―――と。
不意に、全員のイカフォンから、思い思いのアラームが鳴る。
「わ、なんだろ」
「スケ変じゃね?」
時間は13時。ナワバリバトルのスケジュールが変わり、ステージが変更されるタイミングだ。
「レギュラー、ハコフグとザトウやって」
「せっかくダカラ、これから行きマセンカ?」
ハチが思いついたように、三人に提案する。
「ボク、モットイリコサンと一緒にバトルしタイデス」
「え、いいの?」
「ええやん!セイゴも行かんか?」
「お~、行く行く。レギュラー超久々だけど」
全員の賛同が得られて、ハチは嬉しそうににっこり笑う。四人は席を立ってトレーやら何やらを片付けたあと、揃って店を出ることにした。