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フェンリルは夢の中

【激昂フェンリル】3話
主人公視点


私がこの世界に来てから約半年が経った。
入学式ではちょっとしたイレギュラーが起きた。異世界から来た魔力を持たない男子生徒と魔獣が紛れ込んだのだ。私という前例もあり、男子生徒を追い出すことも出来ず学園に置くことになって早数ヶ月。オンボロ寮の監督生となったユウさんの周りは常に騒がしい。
入学早々、食堂の魔法石で出来た伝統のシャンデリアを破壊。魔法石を探すことで退学処分を免れ、友達のエースさんとデュースさんとグリムさんとよくつるんでいる。

ハーツラビュル寮長リドル・ローズハートとサバナクロー寮長レオナ・キングスカラーの相次ぐオーバーブロット。どちらの現場にも必ず監督生がいる。これはただの偶然なのか?

嫌な予感がする。監督生は先日アズール君と取引をした。
『3日後の日没までに写真を取ってくる。出来なければオンボロ寮を徴収する』

今日が約束の3日目だ。徐々に沈んでいく太陽を眺めながら目的の場所を目指して歩く。
辿り着いた先にはオンボロ寮。今は監督生とグリムさんが使っている為、少しは掃除されているが依然埃っぽい場所だった。

何か相手の目的が分かる様なものがあれば少しは安心出来るかと思い、色々探してみたが結局何も見つけられなかった。

「ま、そう簡単に尻尾は出さないよね」

予め用意していた飲料水とツナ缶を冷蔵庫へ入れて扉を閉めた。


今日はジェイド君もフロイド君もアトランティカ記念博物館に出向いていて不在。そろそろモストロ・ラウンジへ行った方が良いだろう。私はオンボロ寮を後にし、鏡舎に向かって歩き出した。


《ーー モストロ・ラウンジ ーー》
平日にも関わらずモストロ・ラウンジは大盛況だった。開店からサバナクロー寮生で満員、注文殺到で人手が圧倒的に足りない。キッチンもホールもてんてこ舞いで、アルバイトの寮生達も困惑している。今日は団体客の予約なんてなかったはず……

ラウンジが盛況なのは良いことだが、妙に胸騒ぎがする。何かがおかしい。警戒しなきゃいけない気がする。でも、何に?

考えつつ、大量の注文を捌いていく。
バイトの寮生が呼んだのだろう。いつの間にか支配人ことアズール君もホールに出て来た。


1人の生徒がアズール君にぶつかったのが見えた。体勢を崩したアズール君に近寄って、転ばないように背中を支える。

「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとうございます。海老原先生」

ぶつかった生徒ーーラギー・ブッチはアズール君に一言謝り、そそくさとどこかへ行ってしまう。何となく彼が去った方向を目で追っていた私は、アズール君の取り乱した声で我に返った。

「V.I.Pルームの金庫の鍵がない!」


《ーー モストロ・ラウンジ V.I.Pルーム ーー》
駆け込んだ先の部屋に目的の人物は既に居なかった。
私とアズール君を待ち受けていたのは、サバナクロー寮の寮長 レオナ・キングスカラーだった。

キングスカラーは悪びれもせず、落とし物を届けに来たと言い、アズール君に金庫の鍵を渡すと去っていった。

金庫の中身を確認すると、たくさんあった黄金の契約書は全てなくなっていて、モストロ・ラウンジの売上金や書類のみが入っていた。

クッソ!!やられた!!!


《ーー オクタヴィネル寮・入口 ーー》

『俺こそが飢え、俺こそが乾き、お前から明日を奪うものーー』

「待ちなさい!!」

アズール君が叫ぶ。

「………おっと、もうおでましか」
「それ以上近くなよ。契約書がどうなっても知らないぜ」

キングスカラーは黄金の契約書の束を持ち、忠告する。

「か、返してください………それを返してください!」

キングスカラーは語る。監督生が企てた計画を…

「なぜだ、なぜアイツは僕の邪魔ばかりしてくる!?イソギンチャクから解放したってアイツには何の得もないだろう!?」

事実そうなのだ。イソギンチャクを解放しても彼にメリットはない。強いて言うならオンボロ寮を取り返せるくらいだ。オンボロ寮だって彼がアズール君と契約しなければ取り上げられることはなかった。

「それについては、俺も同意だな。…そこでだ。なあアズール、俺と取引しようぜ」
「は?」
「この契約書をお前に返したら、お前は俺に何を差し出す?」

「なんでもします」とアズール君は返す。だが、キングスカラーはそれを断った。「契約書の破棄に協力しなければ毎朝部屋の前で大騒ぎする」と監督生に脅されている為だと。オンボロ寮を取られたら、自分が寝不足になる。そんな理由で……?どちらの話に利益があるかなど明白なのに…

「アイツらにサバナクロー寮から出て行ってもらう為にも契約書は破棄させてもらうぜ」
「まさか、そんなことで……!?」
「悪党として、監督生に一歩負けたな、アズール」
「う、嘘だ……やめろ!」


「ーーーさあ、『平伏しろ!』
『王者の咆哮!』」

「やめろおおおおおおおお!!!」

黄金の契約書がサラサラと砂に変わっていく。
私はあまりの光景に声が出せなくて、目を逸らすことも出来ない。ただ呆然と立ち尽くしていた。

「あ、あああ……あああああ……!!!」
「僕の、僕の『黄金の契約書』が……っ!」
「全部、塵に………………っ!」

全てが砂に変わってしまった。キングスカラーとブッチが契約書を破棄することに協力したのは以前結んだ契約書を混乱に乗じて破棄する為。それならイソギンチャクとキングスカラーの分だけを破棄すればいいじゃないか……!
一向に出てこない声に反して頭の中は大騒ぎだった。考えが纏まらない。

「ああ、あああああ……っ!」
「あ〜〜〜〜っ!!!もうやだ〜〜〜〜〜!!!」

「!? アズール君!!」

私でさえ混乱しているんだ。契約書の持ち主であるアズール君の絶望は計り知れない。彼は契約書を砂にした二人に対し、キレ始めた。

「僕はまた、グズでノロマなタコに逆戻りじゃないか!」
「そんなのは嫌だ……いやだ、いやだ、いやだ!!」
「もう昔の僕に戻るのは、嫌なんだよぉ……っ!」

アズール君は徐々に黒いオーラを纏い始める。

「あ、そうだ。なくなったなら、また奪えばいいんだ……」

「全部、全部僕によこせぇ!!」と叫びながら、アズール君はユニーク魔法を使っていく。アズール君に魔法を吸収された生徒が次々と倒れていく。

「アズール君!!やめて!お願い!!」
「契約書を介さないとブロットが!!このままだとオーバーブロットしてしまう!!」

必死で叫ぶが、彼の意識は他に向いている様で耳に入らない。
せめて、生徒の被害を減らそうと寮の外に出るな!と生徒たちに向かって叫ぶ。

途中でジェイド君とフロイド君が戻ってきた。
彼らの呼びかけにも応えずに、アズール君はどんどん周りの生徒から能力を吸収していく。

やがて、アズール君は人魚の姿に変わり、背後には巨大な香水の様な瓶の頭を持つタコの人魚がいた。

「「海老原先生!/エビちゃん先生!」」

蛸足の1本が私に向かって振り上げられた。
咄嗟に後ろに飛んで避ける。自分がさっきまでいた所には蛸足が食い込み、地面にヒビが入っている。リーチ兄弟の声がなかったら重傷は免れなかっただろう。

「どーする?エビちゃん先生」
「どうなさいますか、海老原先生」

二人同時に話しかけられた。
どーするもこーするもないわ。作戦は一つだけ。

「ぶん殴ってでも止める!!」
「「りょーかい/畏まりました」」


<数十分後>
流石アズール君と言うべきか。攻撃魔法も防衛魔法も治癒魔法も全てがトップクラスだ。数人掛かりでようやく倒し、彼は人魚の姿から人間の姿に戻った。呼吸はしているが、意識がない状態だ。
オーバーブロットした直後の為、一度医務室へ運び、医者に診てもらった方が良いだろう。

監督生たちからは「良かった」と言われた。助かって良かった?
それはあくまでも結果論でしかない。オーバーブロットは助からない可能性の方がずっと高かった。しかも、今回のオーバーブロットは意図的に仕組まれた計画によって引き起こされた様なもの。お前らが契約書を破棄する計画など立てなければ彼はオーバーブロットせずに済んだかもしれない…。

「契約通り写真も持って来た。これで完全勝利だ」と、「契約書を失ったのは悪どい事をしていたから自業自得なのだ」と。まるで正義のヒーローの様に清々しい顔でそう言った彼らを一瞥し、アズール君の体を抱き抱え医務室へ向かう為、私はその場を後にした。


《ーー 医務室 ーー》
ジェイド君とフロイド君にはオクタヴィネル寮の方をお願いした。モストロ・ラウンジは営業の途中で投げ出して来てしまったし、寮の入口には能力を吸い取られて眠っている生徒がいるからその対応の為だ。

医者にアズール君を診てもらった。その後医者は学園長に報告する為、医務室を出て行った。今は眠っているアズール君と私以外誰もいない。

「死んじゃうかと思った」

緩くカールする銀髪を撫でる。
涙で視界が遮られ、よく見えないが彼の呼吸音だけは聞き取れる。


大丈夫。彼は死なない。そう言い聞かせ、震える手でタブレットを出現させる。涙を乱暴に拭うと、通話ツールを呼び出す。
イグニハイドと共同で開発したこのタブレットは、認識阻害魔法がかかっている。たとえ真横に人がいても私の声は通話相手にしか聞こえない。内緒話にはもってこいな優れものである。
時間が時間なだけにもう寝ているかもしれないと思ったが、意外にも相手はワンコールで出てくれた。彼に今日起こった出来事と協力して欲しい内容を伝えると、二つ返事で了承してくれた。通話を終え、端末をしまう。


しばらくアズール君の様子を観察していたら、医務室の扉が開いた。
入って来たのは学園長とクルーウェル先生。事情を説明すると学園長はすぐに事態の収束(隠蔽)に動こうとしたので、それを制す。なんだかんだと理由をつけて隠蔽したがる学園長を説き伏せるのは容易ではないが、理論武装した上こちらは正論を振りかざすだけなので結局折れたのは学園長の方だった。

「正式な処分については明後日の夜発表します」

そう言い捨てて、学園長は去って行った。
クルーウェル先生は何かあった時のために、ここに残ってくれるらしい。
学園長の足音が聞こえなくなった頃を見計らい、私は口を開いた。


「クルーウェル先生、私と取引しませんか?」


この世界へ来た時とは違う男の姿で、同じ台詞を吐いた。



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