フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】
【激突ラフプレー】
ジャミル視点
茹だるような熱気に包まれた体育館の中、バスケットボールの弾む音やバッシュが床を擦る音が響いていた。他校のバスケチームとの練習試合なのだが、どうにも相手チームはラフプレーが多く、こちら側ばかり怪我を負っていた。
試合は現在第2クオーター。点数は25対5、うちが負けている。
当然気分屋のフロイドの機嫌は最悪で、それ以外のチームメイトも憤りを感じている。まさに一触即発の状態。
フロイドがやる気を出してくれさえすれば、まだ可能性はあるが正直今の状態では無理だ。
まず、フロイドの機嫌を直せる人間がいない。双子のジェイドならフロイドの機嫌も直せるかもしれないが山に行っている様で今はいない。笑顔が胡散臭いがフロイドを動かすことに長けているアズールも外部との取引でいない。彼らの保護者的ポジションにいる海老原先生も今日は朝から研究の為に実験室に缶詰らしい。
「ねぇ、もう飽きたからオレ帰るね」
そう言ってフロイドは立ち上がって出て行ってしまった。エースが必死に呼び止めるが、そんなことで留まる奴ではない。
このまま負けるのは心底腹立たしいが、諦めるしかなさそうだ。
第2クオーターが終わり、10分間の休憩に入る。
コーチからの指示は先程と変わらずだ。チーム全体の士気だけが徐々に下がっていく。
「……フロイド先輩さえいれば」
エースがぽつりと呟く。考えたって無駄だ。アイツはきっと戻って来ない。
各々水筒を出し、水分を補給する。
第3クオーターが始まる間際、急に体育館の入口が騒がしくなった。目を向けると何やら白い布を肩に担いでこちらに歩いてくるフロイドがいた。
「ウミヘビ君、ただいま〜」と呑気に片手を振っている。どうやら機嫌は直ったらしい。
「やめろ!離せ!!いい加減降ろせ」
と白い布もとい白衣を着た海老原先生がフロイドの肩で暴れている。
「と〜ちゃ〜く!」
フロイドは海老原先生をベンチに座らせるとゼッケンを着た。
「オレの活躍、ちゃ〜んと見ててね?」
まるで幼子が親に甘えるように海老原先生に伝えるフロイド。
「あーはいはい。応援してるよ。頑張って〜」
対する海老原先生は言葉は棒読みだったが、子どもをあやす様にフロイドの頭を撫でた。研究に没頭していたのだろうが、フロイドに連行された時点で諦めた様だ。「あともう少しで魔法薬が出来たのに」とベンチで嘆いている。
やる気満々のフロイドがコートに立つ。
そこからはどんでん返しだ。相手チームは変わらずラフプレーばかりだったが、それを圧倒するフロイドのプレー。コーチの話は聞かないくせに海老原先生のアドバイスはしっかり聞いて相手を翻弄している。完全にフロイドのペースになった試合に敵は手も足も出ない。
あっという間に同点に追い付き、相手に1点も取らせずに結果25対60という逆転勝ち。
「凄い。ほとんどフロイド先輩の得点…!」
「普段からやる気でいてくれたら良いんだがな」と思わず叶いもしない願いを口にしてしまった。当の本人はそんなの知ったことかと何処吹く風だ。
「エビちゃん先生ちゃんと見てた〜?」
「見てた見てた。お疲れ様。カッコよかったぞ!録画もしたから後でアズール君達にも見せよう!あ、マジカメにアップして良いか?」
今は男性の姿なので口調も男っぽい。わざとそうしているらしく、彼女も大変だなと少し同情する。だが、彼女のおかげでフロイドはすっかり上機嫌だ。何ならこのままバスケ部の顧問になって欲しいくらいだ。すぐサボるフロイドの為にも、策略が甘いチームの為にも。
相手チームの監督がこちらに向かって来る。
「いやぁ、凄いプレーでしたな!まさか我が校が負けるとは!」
フロイドが来なければ、あるいはやる気を消失したままならば勝ったのは自分のチームだとでも言いたい様だ。恰幅の良い男はガハガハと笑う。
「それに噂の海老原先生とこんな形でお会い出来るとは。いやはや噂通りの頭脳派イケメンですな」
“頭脳派イケメン”と称された海老原は僅かに顔を顰めた。
「どんな噂か存じ上げませんが、お褒めに預かり光栄です。あちらのチームの監督でしょうか?」
「ええ。我が校にも貴方の様な方がいてくれればもっと強豪校になれますのに残念です。どうでしょう、我が校に移動されては?」
待遇も良くなりますよ。と男は自分の学校のアピールを始めようと口を開く。
「お断りさせて頂きます」
話始めた男の言葉を遮り、海老原は即座に断った。
冷たい声と鋭い軽蔑の視線が男を貫く。
「ラフプレーをしなければ勝てないような愚か者共に興味ないので」
海老原の言葉に感情的になった男は、海老原の左頬を殴った。
先程とは打って変わって、海老原に罵声を浴びせる。
一方、殴られた海老原は冷めた目で男を見下ろす。
「ラフプレーの証拠でもあるのか!?」
と吠えた男に対し、海老原はマジカメを確認するよう促した。
マジカメのトレンドには『〇〇カレッジ、ラフプレー』、『〇〇カレッジの暴力監督、ナイトレイブンカレッジの教員を殴る』などの文字。動画も上がっている。そこには先程の試合の動画と海老原が殴られた時の動画があった。いつの間に…?と思ったら、隣にいるエースが海老原が殴られた時の動画を撮り、試合の動画は海老原自身が撮影したものだった。
「この俺がただで殴られるとでも…?」
随分甘く見られたものだなと嘲笑う海老原。
男は力なく床に崩れ落ちた。
その後、監督を務めていた男はクビになり、ラフプレーをしていたチームは1年間試合禁止の処分を受けた。
<余談>
動画の拡散により、海老原が殴られたことを知った他の生徒からのリプが凄いことになっていた。
ヴィル『体育館よね?今から行くから待ってなさい。寄りにもよってアンタの顔を傷つけるなんて許さないわ!』
アズール『その監督を傷害罪で訴えましょう。必ず有罪にしてやります。生まれたことを後悔させてやりましょう。』
ジェイド『その男のアカウントの情報を得ました。裏垢もありますね。おやおや、彼結構やんちゃな方の様ですよ。リンク貼っておきますね。』
「ベタちゃん先輩もアズールもジェイドもめっちゃ怒ってる。ウケる〜でも、あいつはオレが先に絞める」
物騒な事を言うフロイドを必死に止め、警察に男を引き渡した海老原は息も絶え絶えの状態であった。
「もう捨て身の作戦は出来そうにないな」
とポツリと呟く彼女。
是非ともそうしてくれ。周りの被害が甚大だ。
ジャミル視点
茹だるような熱気に包まれた体育館の中、バスケットボールの弾む音やバッシュが床を擦る音が響いていた。他校のバスケチームとの練習試合なのだが、どうにも相手チームはラフプレーが多く、こちら側ばかり怪我を負っていた。
試合は現在第2クオーター。点数は25対5、うちが負けている。
当然気分屋のフロイドの機嫌は最悪で、それ以外のチームメイトも憤りを感じている。まさに一触即発の状態。
フロイドがやる気を出してくれさえすれば、まだ可能性はあるが正直今の状態では無理だ。
まず、フロイドの機嫌を直せる人間がいない。双子のジェイドならフロイドの機嫌も直せるかもしれないが山に行っている様で今はいない。笑顔が胡散臭いがフロイドを動かすことに長けているアズールも外部との取引でいない。彼らの保護者的ポジションにいる海老原先生も今日は朝から研究の為に実験室に缶詰らしい。
「ねぇ、もう飽きたからオレ帰るね」
そう言ってフロイドは立ち上がって出て行ってしまった。エースが必死に呼び止めるが、そんなことで留まる奴ではない。
このまま負けるのは心底腹立たしいが、諦めるしかなさそうだ。
第2クオーターが終わり、10分間の休憩に入る。
コーチからの指示は先程と変わらずだ。チーム全体の士気だけが徐々に下がっていく。
「……フロイド先輩さえいれば」
エースがぽつりと呟く。考えたって無駄だ。アイツはきっと戻って来ない。
各々水筒を出し、水分を補給する。
第3クオーターが始まる間際、急に体育館の入口が騒がしくなった。目を向けると何やら白い布を肩に担いでこちらに歩いてくるフロイドがいた。
「ウミヘビ君、ただいま〜」と呑気に片手を振っている。どうやら機嫌は直ったらしい。
「やめろ!離せ!!いい加減降ろせ」
と白い布もとい白衣を着た海老原先生がフロイドの肩で暴れている。
「と〜ちゃ〜く!」
フロイドは海老原先生をベンチに座らせるとゼッケンを着た。
「オレの活躍、ちゃ〜んと見ててね?」
まるで幼子が親に甘えるように海老原先生に伝えるフロイド。
「あーはいはい。応援してるよ。頑張って〜」
対する海老原先生は言葉は棒読みだったが、子どもをあやす様にフロイドの頭を撫でた。研究に没頭していたのだろうが、フロイドに連行された時点で諦めた様だ。「あともう少しで魔法薬が出来たのに」とベンチで嘆いている。
やる気満々のフロイドがコートに立つ。
そこからはどんでん返しだ。相手チームは変わらずラフプレーばかりだったが、それを圧倒するフロイドのプレー。コーチの話は聞かないくせに海老原先生のアドバイスはしっかり聞いて相手を翻弄している。完全にフロイドのペースになった試合に敵は手も足も出ない。
あっという間に同点に追い付き、相手に1点も取らせずに結果25対60という逆転勝ち。
「凄い。ほとんどフロイド先輩の得点…!」
「普段からやる気でいてくれたら良いんだがな」と思わず叶いもしない願いを口にしてしまった。当の本人はそんなの知ったことかと何処吹く風だ。
「エビちゃん先生ちゃんと見てた〜?」
「見てた見てた。お疲れ様。カッコよかったぞ!録画もしたから後でアズール君達にも見せよう!あ、マジカメにアップして良いか?」
今は男性の姿なので口調も男っぽい。わざとそうしているらしく、彼女も大変だなと少し同情する。だが、彼女のおかげでフロイドはすっかり上機嫌だ。何ならこのままバスケ部の顧問になって欲しいくらいだ。すぐサボるフロイドの為にも、策略が甘いチームの為にも。
相手チームの監督がこちらに向かって来る。
「いやぁ、凄いプレーでしたな!まさか我が校が負けるとは!」
フロイドが来なければ、あるいはやる気を消失したままならば勝ったのは自分のチームだとでも言いたい様だ。恰幅の良い男はガハガハと笑う。
「それに噂の海老原先生とこんな形でお会い出来るとは。いやはや噂通りの頭脳派イケメンですな」
“頭脳派イケメン”と称された海老原は僅かに顔を顰めた。
「どんな噂か存じ上げませんが、お褒めに預かり光栄です。あちらのチームの監督でしょうか?」
「ええ。我が校にも貴方の様な方がいてくれればもっと強豪校になれますのに残念です。どうでしょう、我が校に移動されては?」
待遇も良くなりますよ。と男は自分の学校のアピールを始めようと口を開く。
「お断りさせて頂きます」
話始めた男の言葉を遮り、海老原は即座に断った。
冷たい声と鋭い軽蔑の視線が男を貫く。
「ラフプレーをしなければ勝てないような愚か者共に興味ないので」
海老原の言葉に感情的になった男は、海老原の左頬を殴った。
先程とは打って変わって、海老原に罵声を浴びせる。
一方、殴られた海老原は冷めた目で男を見下ろす。
「ラフプレーの証拠でもあるのか!?」
と吠えた男に対し、海老原はマジカメを確認するよう促した。
マジカメのトレンドには『〇〇カレッジ、ラフプレー』、『〇〇カレッジの暴力監督、ナイトレイブンカレッジの教員を殴る』などの文字。動画も上がっている。そこには先程の試合の動画と海老原が殴られた時の動画があった。いつの間に…?と思ったら、隣にいるエースが海老原が殴られた時の動画を撮り、試合の動画は海老原自身が撮影したものだった。
「この俺がただで殴られるとでも…?」
随分甘く見られたものだなと嘲笑う海老原。
男は力なく床に崩れ落ちた。
その後、監督を務めていた男はクビになり、ラフプレーをしていたチームは1年間試合禁止の処分を受けた。
<余談>
動画の拡散により、海老原が殴られたことを知った他の生徒からのリプが凄いことになっていた。
ヴィル『体育館よね?今から行くから待ってなさい。寄りにもよってアンタの顔を傷つけるなんて許さないわ!』
アズール『その監督を傷害罪で訴えましょう。必ず有罪にしてやります。生まれたことを後悔させてやりましょう。』
ジェイド『その男のアカウントの情報を得ました。裏垢もありますね。おやおや、彼結構やんちゃな方の様ですよ。リンク貼っておきますね。』
「ベタちゃん先輩もアズールもジェイドもめっちゃ怒ってる。ウケる〜でも、あいつはオレが先に絞める」
物騒な事を言うフロイドを必死に止め、警察に男を引き渡した海老原は息も絶え絶えの状態であった。
「もう捨て身の作戦は出来そうにないな」
とポツリと呟く彼女。
是非ともそうしてくれ。周りの被害が甚大だ。