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フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】

【大乱闘ブラザーズ+‪α‬】

いくつもの窓ガラスが飛び散り、机や椅子が粉々に崩れ、廊下には数名の生徒が倒れていたり、恐怖に怯えて蹲っていたり…
その日のナイトレイヴンカレッジはいつも以上に殺伐としていた。
まるで嵐が通り過ぎたかのように次々と倒れていく生徒たちは最後の力を振り絞って叫んだ。

「誰か、あの双子を止めてくれ!!」と。



《ー部室棟・ボードゲーム部室ー》
アズールは部活の活動日ともあって、部室を訪れていた。いつもはモニターで授業を受けているイデアも部活には生身の姿で参加している。

そんな二人は今この場にいない海老原に勝つためにチェスの技を研究している。というのも、顧問を務める海老原はチェスの名手で、何度挑戦しても未だ一勝すら出来ないのだ。負けず嫌いのアズールは今度こそ海老原を負かしてやるため、イデアと対策を練っている所だった。

「何かもう拙者、海老原先生には勝てる気がしないでござる」

「最初から弱気で立ち向かってどうするんです!?今度こそ僕が勝ちます。あの人に勝ち逃げなんてさせませんよ」

「そうでござるが……」

「大体、チェスなんて運が関係しないゲームなんですから局面さえ覚えられれば勝てるはずなんですよ」

そう。チェスは二人零和有限確定完全情報ゲーム。ゲーム理論の1つで運の介在する余地が無いゲームのこと。必ず必勝法は存在する。ただし、人の数以上の無数の局面を覚えることが出来ればの話だ。イデアには到底不可能に思えた。

「アズール氏、いくらアズール氏が賢くても流石に全ての局面を覚えるのは不可能なんじゃ……?」

「いえ、《全て》は覚えません。効率が悪いですし、何より時間の無駄です。僕が記憶したいのは海老原先生の駒の動きです」

「駒の動き?」

「ええ、そうです。僕はあの人の癖が知りたいのです。相手の癖さえ分かれば先手を打つ事が出来るかもしれない」

なるほど。とイデアは納得する。今目の前にある盤上の駒は、以前海老原がアズールと対局した時の位置と全く同じものだ。つまり《海老原が何を考えて駒を動かしたのか》の再現だ。アズールが海老原役、イデアが当時のアズールの役だ。慎重に1つ、また1つと駒を動かしていく。

そんな静かな時間に招かれざる客が…

バァンッ!!


開いた部室の扉が壁にぶつかり、静かだった部室に突然音が響く。チェスに熱中していた二人が同時に肩をビクッと跳ね上げ、何事かと入口を確認する。そこには肩で息をするハーツラビュル寮1年生とオンボロ寮の1年生がいた。

「ヒィイイイイイイイィィィィィイイ!!よ、陽の者がここに何の御用事で!?」

「イデアさん、落ち着いて下さい」

1年生に対しても怯えるイデアをアズールが宥める。


「……はぁ……はぁ……い、た!アズール先輩」

「アズール、先輩……はぁ……あの」

「……はや、く……グラウンド……はぁ……へ」

「…はぁ…そ、くり……兄弟……が……暴れて……るんだゾ」


エース、デュース、監督生、グリムが息も絶え絶えに報告した。

「え?そっくり兄弟?ジェイドとフロイドのことですか?」

「そう、です」

「はやく…来てください…」

「僕達じゃ、止められなくて」

「急ぐんだゾ」

ジェイドとフロイドが暴れている?
あの二人は似ていて非なるものだ。仲が良くても時には喧嘩もするだろう。僕には分からないが一般的に兄弟喧嘩なんて普通にあるものだ。

「兄弟喧嘩なんて普通のことでしょう?放って置けば勝手に仲直りしますよ」

等と軽く言ってみたら、凄い勢いで全員が首を振った。

「1〜2階の窓ガラスと机、椅子がほぼ全て大破しています」

「止めようとした生徒が軒並み返り討ちにあって医務室が渋滞してます」

「中庭の林檎の木が1本折れました」

「リドルの奴がカンカンに怒っているんだゾ」

どうやら手が出る方、しかも周りを巻き添えにするレベルの喧嘩だったらしい。これは寮長として止めに入らなければならない。
というか、林檎の木はまずいのでは…?あれ伝統ある木だぞ。

「イデアさん、一時休戦です」

イデアに断りを入れて、アズールはグラウンドへ向かった。


《ーグラウンドー》
グラウンドには野次馬が出来ていた。

「行っけーフロイド!やっちまえ」

「ジェイド、お前に賭けたんだから絶対勝てよー!」

等という声も聴こえる。賭けの元締めがラギーさんな辺り流石だなと思う。僕を呼びに来た1年生達はリドルに「アズール先輩連れてきました」と報告に行った。

「リドルさん、これは一体?」

「ああ、アズール。来てくれたんだね。全く酷い有様だ。魔法での私闘は御法度なのに…先生方がいないとはいえ、見過ごせないから首をはねさせて貰ったよ。構わなかったかい?」

「ええ、構いません」

リドルが気を利かせてくれ、2人の首には魔法封じの首輪が着いていた。しかし、魔法が使えない状況になっても彼らは構うことなく、長い手足を駆使して戦っている。お互いがお互いしか目に映っていないかのように喧嘩に熱中している。

「して、喧嘩の原因は?」

「それが分からないんだよ。放課後になって急に喧嘩を始めたらしい。しかも、人魚語を使って話している様だから僕らにはさっぱり分からなくてね。だから君に来てもらったんだ」

なるほど。僕は尚も喧嘩し続けている二人の声に耳を傾けた。

『ーーーーーーーー!!』

『ーーーーーーーー!?』

「アズール、何か分かったのかい?」

僕を覗き込んだリドルさんにいつもの営業スマイルで言った。

「ええ、僕も参戦して来ますね」



《ー実験室棟・魔法薬学室ー》
珍しく予定のない放課後だった。今日はモストロ・ラウンジのシフトもないし、日曜日でもないので思う存分新薬開発に勤しんでいた。周りに誰もいないので、鼻歌を歌いながら作業をしている。久々の自由にテンションが上がる。

「〜〜〜〜〜♪。.:*・゜♪。.:*・゜♪。.:*・゜」

後はこの材料を入れて掻き混ぜるだけ。
材料を入れ、慎重に大釜を掻き混ぜる。
出来た魔法薬を冷ます為に火を消す。

「で〜きたっと♩♬」

魔法薬を入れる小瓶を取り出そうと戸棚に手をかけた時だった。いきなり扉が勢いよく開けられた。
え、何?何事??危うく小瓶を落としちゃう所だったじゃない!

「え、海老原先生…!!」

ボロボロで今にも死にそうな顔をした監督生とその仲間達が入口に立っていた。え、ヤダ。この子達絶対面倒事に巻き込むじゃん!トラブルメーカーじゃん!ここに来た理由とか別に聞きたくないよ私。

ハッ!!まずい!今魔法薬をダメにされる訳にはいかない!!せっかく作った工程が複雑な薬を破棄したくない。

「ステイ!!全員その場から動くな!」

勢い余って師匠みたいなこと言ってしまったが仕方ない。魔法薬の方が大事だ。材料代だってタダじゃないんだから!

慎重かつ冷静に魔法薬を小瓶に移し替える。その間、監督生達は大人しくその様子を眺めていた。
移し替えが終わったタイミングで、聞きたくないけど聞かざるを得ないであろう事を聞く。

「……で、何の用なの?」

「お宅の所の寮長と双子が喧嘩してます」

「喧嘩というよりもはや戦闘です」

「早く止めないと次こそ死人が出ます」

「ヤバいんだゾ!」

めちゃくちゃヤバい状況ということは理解したが、喧嘩も強くない上に魔力もない私にどうしろと?
この子達は私のことを一体何だと思っているのか。

とりあえず、棚から回復薬を3つ取り出し、引きずられるようにしてグラウンドへ向かった。途中中庭の林檎の木が折れていたり、至る所に力尽きた生徒が倒れていたりとさながらスプラッタ映画のようだった。現実だと思うと全然笑い事じゃないけど。

そういえば、グレートセブンの石像や食堂のシャンデリアは無事だろうか。新しく栽培した植物園のあの薬草は?あれ育てるの苦労したから植物園ごと壊していたら絶対キレる。


《ーグラウンドー》
ジェイド君とフロイド君が喧嘩するのも珍しいというか初めて見たが、そこにアズール君まで加わるというのも意外だった。三人ともリドル君のユニーク魔法で首輪がはめられているが、気にすることなく拳を振るっていた。言わずもがな全員ボロボロである。彼らも止めようとした生徒達も。これを止めろって?正気か?
首輪をはめたリドル君は怒り通り越して呆れ顔だった。

「すみません、海老原先生。一応止めたんですが、双子の喧嘩に何故かアズールまで参戦してしまいまして…」

「リーチ兄弟が先に喧嘩していて、アズール君が加わったという解釈で間違いない?」

「ええ、そうです。ちなみに、彼らの言葉が分からず未だ原因不明です」

申し訳なさそうに顔を伏せたリドルの頭を撫でて、君のせいじゃないよと伝える。

さて、喧嘩の原因は何なのか。

『アズールはその日商談があるんでしょ!?買い出しならオレが一緒に行くし!』

『フロイドはその日大事なバスケの大会でしょう?代わりに僕が行きます』

『ジェイド、お前はそもそも前日から山に泊まりでしょう?!僕が行きます。商談なら日程をズラします』

“彼らの言葉が分からない”……なるほど、人魚語だからか。というか、口論しながら殴り合い出来るなんて器用だな。内容的にはモストロ・ラウンジのシフトかな?

『日曜日は彼女が元の姿に戻るんですよ?必ず護衛が必要です。この中で1番魔法の腕がたつのはこの僕です!僕が行きます』

『アズールは魔法が得意でしょうが、僕なら立っているだけで周りを牽制出来ます。物理攻撃も出来ますし、僕が行きます』

『でも、ジェイドは土曜日から山に行く予定なんでしょ〜?アズールだって今度の商談大事って言ってたじゃん!雑魚を蹴散らすの得意だし、オレが行く!!』


日曜日、元の姿に戻る、彼女。ワードから察するに十中八九私関連だ。最悪だ…

今週の日曜日は魔法薬学で使う材料を買いに外へ行く事になっていた。まあ、クルーウェル先生にお使いを頼まれただけなのだが。
アズール君達に予定がある事を知っていた為、1人で外出する許可を学園長に貰っている。が、私に対してアズール君達は過保護の傾向がある。当然1人での外出など認めてくれないと予想したから黙っていたのに。仕方ない。

「いい加減にしなさい!!」

「エビちゃん/海老原先生」


三人に正座するよう言い渡し、腰に手を当てて説教をする。


「フロイド君!日曜日大事な大会があるでしょう!優勝してトロフィーを持ってくるって約束しましたよね!?」

「だって……!」

「ジェイド君!土曜日から泊まり込みで山に行きますよね?満天の星空と朝日の写真、とても楽しみにしていたのに撮ってきてくれないのですか?」

「それは……!」

「アズール君!日曜日は大事な商談の日でしょう?右足から靴を履く位大事な日に利益優先せずにどうするんですか!!学生時代から一般の企業と関わるのは良い事です。貴重な経験をみすみす逃すなんてもったいないです!」

「ゔぅ……!」

「心配してくれているのは分かります。でも、俺のせいでお前達が我慢するのは嫌です。なので、日曜日は他の人にお願いして一緒に買い出しに行きます。これで文句はありませんね?」

「「「…………はい」」」

渋々了承した彼らに回復薬を手渡し、医務室で手当をしたら割れた窓ガラスや机等に修復魔法をかけるように指示した。全く喧嘩した理由が<誰が護衛するか>だったなんて拍子抜けである。


「時にリドル君、今週日曜日って予定あります?学園近くのカフェに凄く美味しいケーキがあるらしいですよ。お使いのついでで良ければ一緒に行きませんか?」

リドル君は突然の誘いに驚いていたが予定はないらしく、一緒に来てくれることになった。ついでに、トレイ君とケイト君も来てくれるらしい。


これにて一件落着……………………かな?

背後に感じる視線は気のせいだ。きっと。


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