フェンリルは夢の中
【対価と宝石】2.5話
ジェイド視点
海老原アキラ先生が学園に来てから3ヶ月が過ぎようとしていた。この3ヶ月彼女には驚かされてばかりいる。
まず、性別を変える変身薬を飲んだ彼女がスラッとした体型に整った顔立ちのイケメンになったこと。「あ〜リーチ兄弟よりは身長伸びなかったか。残念」と言っていたが、身長は180cmに伸びた。あの時のアズールの悔しそうな顔といったら……たった4cm差でも女性に負けたのが余程悔しかったらしい。それを知ってか知らずか「でも、アズール君には勝てた」とアズールを煽ってケラケラ笑っていた。
次に驚いたのは彼女の記憶力と速読だ。元々読書が趣味で速読が得意だった彼女は、図書館にある数百冊の魔導書を2ヶ月でほぼ読み終えている。彼女曰く、『生徒に負けるのは嫌』らしい。
なるほど。近くにいる生徒(アズール)が大変優秀だと知った彼女はアズールに負けたくない一心で猛勉強していた様だ。
今では新しい魔法薬を作り、多くの難病患者を救っているし、彼女独自の視点で論述されるユニークな錬金術の論文は高い評価を受けている。魔法省からも保護者からも信頼を得ている彼女は努力を惜しまない秀才だった。
そして最後に驚いたのは、彼女は嘘をつくのが苦手ということ。こちらの世界に来て早々、学園長を煽って脅して自分の願いを叶えさせ、自分の手で過去と決別した彼女。ブラフやハッタリは得意な様だが、存外思っていることが顔に出るタイプだった。
今もフロイドが作ったお昼ご飯に目をキラキラさせ、頬を緩ませて味わっている最中だ。幸せそうに、楽しそうに食べる姿が面白くて僕とフロイドで競うように作っていたら必然的に料理の腕が上がった。
ラウンジの仕事(主に給仕)を男性の姿で手伝って貰っているが、賄いを食べる時もこの表情をするので必ずVIPルームで食べさせている。他の連中に見せるつもりは一切ない。この表情を見られるのは自分たちだけの特権だ。
アズールがヴィルさんと契約した為に、海老原先生は元の姿に戻る日曜日、ヴィルさんの手によって着せ替え人形と化す。様々な衣装を着せられ、メイクを施され、着飾る彼女は確かに美しいが必然的に疲労困憊になる。満足したヴィルさんが帰る頃にはぐったりとしているのだ。とてもご飯を勧められる状態ではない。
そんなこんなで彼女と過ごす日曜日、それもヴィルさんやルークさんが来ない日は特別だった。特にルールを設けた訳ではないが、予定がない日曜日は3人の内誰かが彼女と一緒に食事を摂るのが暗黙の了解として成り立っていた。いつもより上機嫌な彼女と片割れのフロイド、それを微笑ましそうに見守るアズールと僕。今日は珍しく全員揃っていた。
食事が終わり、紅茶を準備している時アズールが彼女に問いかけた。
「何か欲しい物はありませんか?」
恐らく日頃よく働き、ヴィルさん達の襲撃に耐えている彼女にご褒美をあげるつもりらしい。彼女は読んでいた本を閉じて、キョトンとした顔をアズールに向けた。
「欲しい物、ですか?」
「ええ、この所よく働いて頂いていますから。ご褒美でもと思いまして」
アズールの言葉に「ご褒美、ねぇ」と顎に手を当てて考えている。
「洋服は山のようにありますし、ご飯は凄く美味しいですし、部屋は快適ですから特にこれといって思いつきませんね」
服が山のようにあるのは、ヴィルさんが女性服や靴、学園長とクルーウェル先生が男性用のスーツや白衣などを大量に贈っているからだ。その為、彼女のクローゼットは拡張魔法によって1種の部屋になっている。
「もしくは叶えて欲しいことでも構いません」
「成仏」
「「「それはダメ/です」」」
「えーー!!」
すかさず全員で否定する。こんな面白い人を簡単に成仏させたとなっては、喩え相手がアズールであってもブチ切れる自信がある。彼女の膝(正確には太腿)を枕にしていたフロイドまで否定に入った。
「フロイド君起きたなら退いて下さい。重いです」
「ダメ〜エビちゃん先生のお願いが変わるまでは退かない」
フロイドが海老原先生の膝で駄々をこねる。こうなったフロイドが簡単に退かない事を3ヶ月で学んだ彼女は、1度ため息を吐いた後僕が淹れた紅茶を啜った。どうやらフロイドの勝ちの様だ。
彼女は暫く悩んだ後、アズールの後ろにある棚を指差して青い石を取るように指示した。
「これは……ブルートパーズ?」
青い石はかなり大きい宝石だった。
ブルートパーズ。トパーズの中でも希少な部類に入る宝石で、このサイズと状態の良さなら高額で売る事が出来るだろう。
「錬金術の実験で作った物ですが、使う予定も加工技術もないので貰って下さい」
「いや、それじゃご褒美にならないでしょう!」
ご褒美をあげるつもりが、逆に宝石を貰うという提案にアズールが声を荒らげた。
「うーん。私としては置いてあっても邪魔だし、かといって初めて作った錬金術の石なので捨てたくはない。貰ってくれると有難いんですよね」
何なら売ってくれても構いませんよ。という彼女にアズールの口は開いたまま塞がらない。
「それならアズールが加工しては如何ですか?」
流石に可哀想なので、助け舟を出してあげた。
「加工?」
「ええ、僕らみたいにピアスにしたり、ネックレスやブレスレットにも出来ますよ」
アズールがピクリと反応したので、何かを思いついたのだろう。ここは暫し見守るとしましょう。
「分かりました。この宝石は受け取ります」
「良かった!」
「ただし、もう1つ別のお願いをして下さい」
アズールからの無茶振りに彼女はまた頭を悩ませることになった。
結局、彼女は今日手にしていた本。【人魚語】を教えて貰う事を対価に選んだ。
《数日後》
ネックレスに加工されたブルートパーズが時折ワイシャツの隙間から覗くようになった。学園内で海老原先生に憧れを抱いている生徒が誰から貰ったのかと詰め寄っているのを度々見かけた。男性の姿の海老原は意味深に微笑んで『ナイショ』と答えていた。
【トパーズ石言葉】友情、希望、知性
※ブルートパーズは特に学問の守護神的存在と言われている。(諸説あり)
ジェイド視点
海老原アキラ先生が学園に来てから3ヶ月が過ぎようとしていた。この3ヶ月彼女には驚かされてばかりいる。
まず、性別を変える変身薬を飲んだ彼女がスラッとした体型に整った顔立ちのイケメンになったこと。「あ〜リーチ兄弟よりは身長伸びなかったか。残念」と言っていたが、身長は180cmに伸びた。あの時のアズールの悔しそうな顔といったら……たった4cm差でも女性に負けたのが余程悔しかったらしい。それを知ってか知らずか「でも、アズール君には勝てた」とアズールを煽ってケラケラ笑っていた。
次に驚いたのは彼女の記憶力と速読だ。元々読書が趣味で速読が得意だった彼女は、図書館にある数百冊の魔導書を2ヶ月でほぼ読み終えている。彼女曰く、『生徒に負けるのは嫌』らしい。
なるほど。近くにいる生徒(アズール)が大変優秀だと知った彼女はアズールに負けたくない一心で猛勉強していた様だ。
今では新しい魔法薬を作り、多くの難病患者を救っているし、彼女独自の視点で論述されるユニークな錬金術の論文は高い評価を受けている。魔法省からも保護者からも信頼を得ている彼女は努力を惜しまない秀才だった。
そして最後に驚いたのは、彼女は嘘をつくのが苦手ということ。こちらの世界に来て早々、学園長を煽って脅して自分の願いを叶えさせ、自分の手で過去と決別した彼女。ブラフやハッタリは得意な様だが、存外思っていることが顔に出るタイプだった。
今もフロイドが作ったお昼ご飯に目をキラキラさせ、頬を緩ませて味わっている最中だ。幸せそうに、楽しそうに食べる姿が面白くて僕とフロイドで競うように作っていたら必然的に料理の腕が上がった。
ラウンジの仕事(主に給仕)を男性の姿で手伝って貰っているが、賄いを食べる時もこの表情をするので必ずVIPルームで食べさせている。他の連中に見せるつもりは一切ない。この表情を見られるのは自分たちだけの特権だ。
アズールがヴィルさんと契約した為に、海老原先生は元の姿に戻る日曜日、ヴィルさんの手によって着せ替え人形と化す。様々な衣装を着せられ、メイクを施され、着飾る彼女は確かに美しいが必然的に疲労困憊になる。満足したヴィルさんが帰る頃にはぐったりとしているのだ。とてもご飯を勧められる状態ではない。
そんなこんなで彼女と過ごす日曜日、それもヴィルさんやルークさんが来ない日は特別だった。特にルールを設けた訳ではないが、予定がない日曜日は3人の内誰かが彼女と一緒に食事を摂るのが暗黙の了解として成り立っていた。いつもより上機嫌な彼女と片割れのフロイド、それを微笑ましそうに見守るアズールと僕。今日は珍しく全員揃っていた。
食事が終わり、紅茶を準備している時アズールが彼女に問いかけた。
「何か欲しい物はありませんか?」
恐らく日頃よく働き、ヴィルさん達の襲撃に耐えている彼女にご褒美をあげるつもりらしい。彼女は読んでいた本を閉じて、キョトンとした顔をアズールに向けた。
「欲しい物、ですか?」
「ええ、この所よく働いて頂いていますから。ご褒美でもと思いまして」
アズールの言葉に「ご褒美、ねぇ」と顎に手を当てて考えている。
「洋服は山のようにありますし、ご飯は凄く美味しいですし、部屋は快適ですから特にこれといって思いつきませんね」
服が山のようにあるのは、ヴィルさんが女性服や靴、学園長とクルーウェル先生が男性用のスーツや白衣などを大量に贈っているからだ。その為、彼女のクローゼットは拡張魔法によって1種の部屋になっている。
「もしくは叶えて欲しいことでも構いません」
「成仏」
「「「それはダメ/です」」」
「えーー!!」
すかさず全員で否定する。こんな面白い人を簡単に成仏させたとなっては、喩え相手がアズールであってもブチ切れる自信がある。彼女の膝(正確には太腿)を枕にしていたフロイドまで否定に入った。
「フロイド君起きたなら退いて下さい。重いです」
「ダメ〜エビちゃん先生のお願いが変わるまでは退かない」
フロイドが海老原先生の膝で駄々をこねる。こうなったフロイドが簡単に退かない事を3ヶ月で学んだ彼女は、1度ため息を吐いた後僕が淹れた紅茶を啜った。どうやらフロイドの勝ちの様だ。
彼女は暫く悩んだ後、アズールの後ろにある棚を指差して青い石を取るように指示した。
「これは……ブルートパーズ?」
青い石はかなり大きい宝石だった。
ブルートパーズ。トパーズの中でも希少な部類に入る宝石で、このサイズと状態の良さなら高額で売る事が出来るだろう。
「錬金術の実験で作った物ですが、使う予定も加工技術もないので貰って下さい」
「いや、それじゃご褒美にならないでしょう!」
ご褒美をあげるつもりが、逆に宝石を貰うという提案にアズールが声を荒らげた。
「うーん。私としては置いてあっても邪魔だし、かといって初めて作った錬金術の石なので捨てたくはない。貰ってくれると有難いんですよね」
何なら売ってくれても構いませんよ。という彼女にアズールの口は開いたまま塞がらない。
「それならアズールが加工しては如何ですか?」
流石に可哀想なので、助け舟を出してあげた。
「加工?」
「ええ、僕らみたいにピアスにしたり、ネックレスやブレスレットにも出来ますよ」
アズールがピクリと反応したので、何かを思いついたのだろう。ここは暫し見守るとしましょう。
「分かりました。この宝石は受け取ります」
「良かった!」
「ただし、もう1つ別のお願いをして下さい」
アズールからの無茶振りに彼女はまた頭を悩ませることになった。
結局、彼女は今日手にしていた本。【人魚語】を教えて貰う事を対価に選んだ。
《数日後》
ネックレスに加工されたブルートパーズが時折ワイシャツの隙間から覗くようになった。学園内で海老原先生に憧れを抱いている生徒が誰から貰ったのかと詰め寄っているのを度々見かけた。男性の姿の海老原は意味深に微笑んで『ナイショ』と答えていた。
【トパーズ石言葉】友情、希望、知性
※ブルートパーズは特に学問の守護神的存在と言われている。(諸説あり)