フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】
【決闘デモンストレーション】
※【深海エンカウント】のおまけ
《ーー大食堂・アズール視点ーー》
その日、大食堂の中は様変わりしていた。
机が中央に一列だけ5m程並び、真っ白なテーブルクロスが敷かれている。他の机や椅子は全て片付けられ、中央の机を囲むように生徒達が群がっている。
「えー……只今より魔術による決闘の模擬戦を行います!希望者は机の上に上がり、相手を指名して下さい」
「机から相手を先に落とす、もしくは戦闘不能にした方の勝利です。時間制限はありません。あくまでも模擬戦ですので、怪我のないように!あと、シャンデリアを割った場合は、即失格とし、弁償して貰います!以上」
学園長が言い終えるや否や、参加希望者が殺到する。やがて机の上に乗ったのは、ナイトレイブンカレッジの生徒で、指名されたのはアキラさんだった。
「キャー!オルキヌス先輩頑張ってください!」
「生徒会長ー!カッコイイ」
「先輩こっち向いて〜!」
アキラさんが机に上がる時、黄色い歓声が飛び交う。いずれもローレライ魔術学院の女子生徒からで、如何に彼女達がアキラさんを慕っているかが分かる。アキラさんもそんな生徒達に手を振って応えている。さながら王子様だ。
「シャチちゃんモテモテじゃん!ウケる」
「うかうかしていられませんね、アズール」
「うるさい」
両隣のリーチ兄弟がからかう。
やがて、学園長の掛け声で試合が始まる。NRCの生徒が攻撃魔法を放つが、放たれた魔法はアキラさんの防衛魔法に遮られた。
防衛魔法を展開後、すぐにアキラさんが風魔法を放つ。相手の防衛魔法の詠唱よりも早く放たれたそれに吹き飛ばされ、NRCの生徒は呆気なく机の下へ落下した。
「勝者、アキラ・オルキヌス!!」
勝利したアキラさんへ、またも黄色い歓声が飛ぶ。アキラさんはローレライ魔術学院の生徒達に手を振り、微笑んでいる。
その後も何人か彼女に挑んだが、結果は最初の試合と同じ、呆気なく吹き飛ばされて終わる。ハーツラビュル寮の生徒が負けた後、一人の小柄な青年が登壇する。
「ローズハート寮長、頼みます!!」
「行っけーリドル先輩!」
ハーツラビュル寮、寮長リドル・ローズハートである。彼は自寮の生徒の負けっぷりに呆れ、彼らの敵を討とうと自ら志願したようだ。
「赤毛に小柄な体格……あぁ、リドル・ローズハートって貴方のこと?確か入学早々寮長になったと聞いたわ。よっぽど強い魔術師なのでしょうね」
「小柄は余計だが、まぁ君から見たらそうだろうね。僕も君のような聡明で強い魔術師と戦えて光栄だよ、“ローレライの女王”」
人間姿のアキラさんの身長は170cmくらいなので、リドルさんより10cm程高い。小柄表現も事実なのだから致し方ないだろう。
それよりも、
「ローレライの女王?」
僕の疑問を近くで聞いていたんだろう。先ほどから黄色い歓声を上げている女子生徒達が教えてくれる。
「アキラ・オルキヌス先輩の渾名です!ローレライ魔術学院の歴代最高魔力保持者にして、最強の魔術師!」
「オルキヌス先輩は1年生からずっと生徒会長を務めていて、その力に溺れることなく、努力し続けて学年首席を維持しているんです!」
「容姿も内面も素晴らしい!まさに皆を導く女王様です。学院には密かにファンクラブも存在する程人気なんですよ」
「へ、へぇ…そうなんですね」
当の本人は渾名に対して、何とも思っていないのか興味なさげにリドルさんに視線を向ける。
歴代最高魔力保持者にして最強の魔術師。そう呼ばれるくらいに強くなった彼女。あの時の勝手なお節介は無駄ではなかったと、無理やりでも魔法を教えておいて良かったと思う。だって、危うく将来有望な魔術師を一人失う所だったのだ。その時代の僕、よくやった!
学園長の合図で模擬戦が始まる。
流石に寮長クラスとあって、今までのように一筋縄ではいかない。
「首をはねろ!【オフ・ウィズ・ユアヘッド】」
リドルさんのユニーク魔法が飛ぶ。
アキラさんは、魔法を防衛魔法で弾いたり、机の上で避けたりしながら攻撃魔法を仕掛ける。
数分間の攻防の末、リドルさんの足が一瞬よろめいたのをアキラさんは見逃さなかった。リドルさんの足目掛けて魔法を放つ。咄嗟に避けようとしたリドルさんは、机の外へ足を踏み出した。
「しまった!!」
ドサッと机から落下した音。
学園長の「勝者、アキラ・オルキヌス!!」の声で、再び沸く会場。
拍手喝采の中、舞台に上がる者がいた。
レオナ・キングスカラー
夕焼けの草原の第二王子にして、サバナクロー寮の寮長。先のイソギンチャク事件の時に僕の契約書を砂に変えた人物である。
「………………獣臭い」
「喧嘩売ってんのか?」
そんな人に彼女が開口一番に言ったセリフが「獣臭い」である。あまりに予想外な一言に、両隣の双子が腹を抱えて笑っている。
人魚の時は全くと言っていいほど嗅覚がないから、その分強く臭うのだろう。シャチの人魚は鼻が利かないと僕は知っているが、生憎相手が相手なので、教える義理はないだろう。
「……まぁ、いい。お前、さっきから手ぇ抜いてるだろ?」
「何を根拠に?」
「お前自分のユニーク魔法を一度も使ってねーな。歴代最高魔力保持者で最強ならユニーク魔法も攻撃魔法の類なんじゃねぇのか?にも関わらず、一度も使わないのは本気じゃねぇからか?舐められたもんだな」
「あはっ……ははは」
アキラさんが笑う。それはさっきまで学院の生徒に向けていた優しい微笑みではなく、嘲るような、相手を挑発するような笑みだった。
「ふふっ……何をそんなに嘆いているの?私が本気を出さないから?これは模擬戦だよ。せっかくこっちが気を遣ってあげてるのに、わざわざ死人を出すつもり?」
「……この後の俺との試合だけは手を抜くな。殺す気で来いよ」
「ふぅん、威勢がいいね。後で泣きべそかかないでね」
「フンっ!誰が泣くかよ。そこにいるタコ野郎じゃあるめぇし」
レオナさんが僕を指差して嘲笑する。
それを見たアキラさんは、一瞬顔を顰めたがすぐにいつも通りの表情に戻った。
「お前、タコ野郎と同郷なんだろ?」
「そうだよ。それが何?」
「砂にした契約書の中に、もしかしたらお前の契約書があったのかと思ってな」
レオナさんが挑発的に笑う。どうやら彼女を怒らせて、本気を出させようとしているらしい。
「ないよ。アズールと契約したことなんて一度もない。私をそこら辺の雑魚と一緒にしないでくれる?」
冷ややかな声が空間に響き、彼女の鋭い視線が周囲の元イソギンチャク達に突き刺さる。
ああ、そうか……彼女は僕の身に起きたことを知っているのか。
「……で、いつまでこの茶番は続くの?貴方は私がアズールのために復讐したがってると、本気でそう思っているの?」
彼女はクスクス笑いながら言う。
「海は陸の世界よりも弱肉強食なの。安全な場所なんてないから、気を抜いた奴から死んでいく。復讐なんてしていたらキリがないわ」
それに……と彼女は続ける。
「アズールのことだから、既に別の手でも考えて動いているんでしょ?それなら、私が出る幕じゃないわ」
「ハッ……そうかよ」
「まぁ、ムカつくもんはムカつくから、八つ当たりはするけどね」
そういうと彼女はマジカルペンを一振りして、形状を変えた。真っ黒な大鎌はまるで死神が魂を刈り取る時に使う鎌のようだ。
「死なない程度に殺してあげる。精々無様に足掻いてよね、怠惰なネコちゃん」
学園長の合図と同時に、彼女は大鎌に変化したマジカルペンを軽々と振り回す。
レオナさんの足・手・頭を目掛けて、順番に別々の属性魔法が放たれる。
「馬鹿なッ……全属性魔法が使えるにしても、詠唱が速すぎる!!」
リドルさんが驚愕しながら叫ぶ。
確かに、彼女の詠唱は速い。一つの魔法を放ったと思えば、既に二つ目の魔法が放たれているほどだ。一つ目と二つ目の魔法の間隔は、僅か数秒。瞬きの間くらいしかない。
「チッ!同時詠唱か!?一体どうゆう舌してやがる!」
レオナさんが押されている。先程から防戦一方だ。攻撃しようにも防衛魔法を打つのが精一杯で、攻撃魔法を唱える時間がない。
「ーー波に揺蕩う哀れな魂よ、母なる海は歓迎する。さぁ、眠りなさい【深淵の鎮魂歌(アヴィス・レクイエム)】ーー」
彼女がユニーク魔法を放つ。
「な、何だコレ!歌?!」
「綺麗な歌、だな」
「誰が歌っているんだ?」
彼女のユニーク魔法【深淵の鎮魂歌】は、特定の人物の脳内に直接歌を流し込む。悲しく、どこか切ない歌声が流れる“だけではない”。一見ただの子守唄の様だけれど、聴いてしまったが最後、次第に身体の自由を奪われる恐ろしい魔法。
「あ、足が動かない!?」
「手も動かないゾ!!」
手や足から硬直が始まり、最終的には呼吸まで奪われる。海底に沈んで行くような感覚に襲われ、恐怖のあまり“一部の観客”はパニックに陥った。一部の観客、すなわち僕とリーチ兄弟以外の“イソギンチャク事件の関係者”だ。
「クソッ!!どうなってやがる」
「あれ?まだお喋り出来る余裕があるの?百獣の王って意外と体力あるんだね」
『たかだか百の王様ってだけなのに、ねぇ?』と食物連鎖の頂点が嘲笑う。
水の魔法で水球を作り、それをレオナさんのお腹を目掛けて放たれた。
「グハッ」
「ふふっ苦しいでしょ?海の中はもっと苦しいよ?海を渡る時は気をつけないとね。じゃなきゃ、簡単に足を引きずり込まれちゃうよ。ネコちゃん」
彼女は愉悦を瞳に映して笑う。
ビリビリとした彼女の殺気が空気を震わせ、会場全体に走る。
「あぁ、でも残念。もう貴方のお仲間は限界の様だわ。貴方が私に喧嘩を売らなければ、彼等も苦しまなくて済んだのにねぇ…可哀想に貴方のちっぽけなプライドのせいで、一体どれだけの人が死ぬのかしらね?」
「……ッ!!」
彼女はそう言って目を細め、サバナクロー寮の生徒を指差す。苦しそうに胸元を握り締め、次々と倒れ伏す生徒達を見て、レオナさんが机に両膝を着き、マジカルペンを手放す。
「レオナ・キングスカラー戦闘不能!勝者アキラ・オルキヌス!!」
学園長の宣言を聞き終えたアキラさんは、ユニーク魔法を解除した。苦しんでいた生徒達が一斉に息を吸おうとして噎せている。
「アキラ・オルキヌスさん、いやはや貴方のユニーク魔法は強力過ぎますね。一歩間違えたら生徒達全員が死んでいました。いくら貴方がローレライ魔術学院の生徒といえど注意せざるを得ません」
「あら?殺す気で来いと言ったのは彼ですよ、学園長。私は死なない程度に留めましたし、実際に死亡者や怪我人はいません。何か問題ありますか?」
「え、ええと……」
「問題ありませんよね?ああ、それと“生徒全員”ではありませんよ。私がユニーク魔法を掛けたのは、“たった”300人程度です。訂正お願いしますね」
アキラさんはルールに則り、魔法を使っていたため、何の問題もない。試合のルールでは「他の生徒を巻き込むな」とは言及されていないからだ。指摘事項がない以上、学園長の主張は通らない。もちろん、彼女が故意であれ事故であれ力加減を誤れば、今頃ここは死体の山だったに違いない。しかし、それは単なる可能性であり、実際には起こらなかったのである。結局、彼女の圧力に学園長は頷くしかないのだった。
《ーー大食堂・監督生視点ーー》
連戦での疲れもあるのだろう、アキラ・オルキヌス先輩からあくびが出た。魔法を連発した割にはブロットは溜まっておらず、オーバーブロットの兆しはない。流石歴代最高魔力保持者、凄まじい魔力量だなと感心すると共に恐ろしいとも思った。
彼女のユニーク魔法は今までに見たどのユニーク魔法よりも凶暴で、人の命を簡単に奪える凶悪なものだった。レオナ先輩との模擬戦の時、僕らの命は彼女の手のひらの上。彼女は試合前、復讐ではなく、八つ当たりだと言っていた。彼女が本気で復讐をしようとしていたら、きっと今頃皆死んでいただろう。僕は恐ろしくも美しい彼女から目を逸らせないでいる。
先程の戦いを見て、壇上に上がる無謀な者はいない。挑戦者がいないので、彼女が舞台から降りようとした時、声をかける者がいた。
「おや、僕の相手はしてくださらないのですか?」
「!…まさか。喜んでお相手するよ」
オクタヴィネル寮の寮長、アズール・アーシェングロットが登壇する。その様子を嬉しそうに見つめるアキラ先輩には、先程までの殺気はなくなっていた。
「リドル・ローズハートもレオナ・キングスカラーも中々強かったけど、動きが予想通り過ぎて退屈だった。待ちくたびれたよ、アズール」
「まぁまぁ、ウォーミングアップは大事じゃないですか」
「うーん……体慣らしくらいにはなったけど、それよりも早くアズールと戦いたかったな」
「ふふっお待たせしたお詫びに、今日は特別な魔法をご覧にいれましょう」
「やった!」
彼女はアズール先輩と戦えるのが心底嬉しいようで、キラキラと瞳を輝かせる。会話の内容が戦闘でなければ、美男美女の談笑にしか見えない。
「せめて、会話の内容がもう少し穏やかなものだったらなぁ」
「なぁに?小エビちゃん、ビビっちゃってんの?」
思わず口にした独り言を聞かれているとは思わなかった。
「ふ、フロイド先輩!?さっきまで向こうに居たはずじゃ?」
「こちらの方が見やすそうなので、移動しました」
「ジェイド先輩まで!」
さっきまでいなかったリーチ兄弟が、いつの間にか真横にいるという恐怖。
「先輩達の身長ならどこからでも見やすそうですけどね」
身長190cmを超えるイケメンの双子は、僕の疑問に首を振る。
「ダメだよ、小エビちゃん」
「分かっていませんね。監督生さん」
「な、何が?」
「だって、アズールとシャチちゃんが戦うのなんて初めてだよ?昔から超仲良しだもん!二人の決闘なら一番良い所で見たいに決まってんじゃん!」
「あの二人が対峙するなんて貴重過ぎますね。これは特等席で見なくてはなりません」
そ、そんなにか。リーチ兄弟は壇上の二人を熱心に見つめながら話す。まるで、一秒たりとも見逃したくないと思っているかのようだ。ワクワクした様子を隠し切れていない。
「貴方がそんなに怒ってくれるとは思いませんでした」
アズール先輩がほんの少し照れながら言う。
「大事な人が傷付けられたら怒るに決まってるでしょ。それに私『復讐はしない』って言ったけど、『怒ってない』とは言ってない」
拗ねたように顔を逸らす彼女を見て、アズール先輩が苦笑いを零す。
「分かっていますよ。それに、貴方が本気を出したら、この世界ごと消しされる」
「ふふっ!あながちハズレていないかもね」
笑い事ではない会話がなされている。流石に嘘だろうと思って、ジェイド先輩を見上げるが返ってきた答えに絶望する。
「多分アキラさんなら出来ますね」
「は!?」
「シャチちゃんの魔法の師匠はアズールだし、今の学校でも最強なんでしょ?ユニーク魔法も禁術クラスのやべーヤツじゃん?普通に出来ると思うけど」
「それって、つまり、もしもアズール先輩がオーバーブロットで、その……亡くなっていたら」
「「間違いなくブチ切れて、世界滅亡でしたね/だったね〜」」
こっっっっわ!!!
「今日この場でユニーク魔法を披露したのも、アズールを護るための“牽制”だったのかも知れませんね」
「アズールに手を出したら殺すって思わせたかったのかもね〜」
「ヒェッ」
「あれれ?そんなに縮こまってどうしたの小エビちゃん」
「どうして悲鳴を上げるのですか?」
「「彼女/シャチちゃんにとっては純愛そのものなのに」」
いや、いやいやいや、そんな恐ろしい純愛があるか!?
「昔は番の人魚に手を出したら国が滅びたそうですから、あながち間違ってはいないかと」
「ま、アズールとシャチちゃんはまだ番じゃねぇけど?時間の問題でしょ」
僕はもう二度とアズール先輩を、引いてはアキラ・オルキヌス先輩を敵に回さないと決意し、再び舞台へ目を向ける。
壇上では恐ろしくも美しい人魚達が、笑いながら魔法を唱え、まるで踊っているかのように攻防戦を繰り広げるのだった。
※【深海エンカウント】のおまけ
《ーー大食堂・アズール視点ーー》
その日、大食堂の中は様変わりしていた。
机が中央に一列だけ5m程並び、真っ白なテーブルクロスが敷かれている。他の机や椅子は全て片付けられ、中央の机を囲むように生徒達が群がっている。
「えー……只今より魔術による決闘の模擬戦を行います!希望者は机の上に上がり、相手を指名して下さい」
「机から相手を先に落とす、もしくは戦闘不能にした方の勝利です。時間制限はありません。あくまでも模擬戦ですので、怪我のないように!あと、シャンデリアを割った場合は、即失格とし、弁償して貰います!以上」
学園長が言い終えるや否や、参加希望者が殺到する。やがて机の上に乗ったのは、ナイトレイブンカレッジの生徒で、指名されたのはアキラさんだった。
「キャー!オルキヌス先輩頑張ってください!」
「生徒会長ー!カッコイイ」
「先輩こっち向いて〜!」
アキラさんが机に上がる時、黄色い歓声が飛び交う。いずれもローレライ魔術学院の女子生徒からで、如何に彼女達がアキラさんを慕っているかが分かる。アキラさんもそんな生徒達に手を振って応えている。さながら王子様だ。
「シャチちゃんモテモテじゃん!ウケる」
「うかうかしていられませんね、アズール」
「うるさい」
両隣のリーチ兄弟がからかう。
やがて、学園長の掛け声で試合が始まる。NRCの生徒が攻撃魔法を放つが、放たれた魔法はアキラさんの防衛魔法に遮られた。
防衛魔法を展開後、すぐにアキラさんが風魔法を放つ。相手の防衛魔法の詠唱よりも早く放たれたそれに吹き飛ばされ、NRCの生徒は呆気なく机の下へ落下した。
「勝者、アキラ・オルキヌス!!」
勝利したアキラさんへ、またも黄色い歓声が飛ぶ。アキラさんはローレライ魔術学院の生徒達に手を振り、微笑んでいる。
その後も何人か彼女に挑んだが、結果は最初の試合と同じ、呆気なく吹き飛ばされて終わる。ハーツラビュル寮の生徒が負けた後、一人の小柄な青年が登壇する。
「ローズハート寮長、頼みます!!」
「行っけーリドル先輩!」
ハーツラビュル寮、寮長リドル・ローズハートである。彼は自寮の生徒の負けっぷりに呆れ、彼らの敵を討とうと自ら志願したようだ。
「赤毛に小柄な体格……あぁ、リドル・ローズハートって貴方のこと?確か入学早々寮長になったと聞いたわ。よっぽど強い魔術師なのでしょうね」
「小柄は余計だが、まぁ君から見たらそうだろうね。僕も君のような聡明で強い魔術師と戦えて光栄だよ、“ローレライの女王”」
人間姿のアキラさんの身長は170cmくらいなので、リドルさんより10cm程高い。小柄表現も事実なのだから致し方ないだろう。
それよりも、
「ローレライの女王?」
僕の疑問を近くで聞いていたんだろう。先ほどから黄色い歓声を上げている女子生徒達が教えてくれる。
「アキラ・オルキヌス先輩の渾名です!ローレライ魔術学院の歴代最高魔力保持者にして、最強の魔術師!」
「オルキヌス先輩は1年生からずっと生徒会長を務めていて、その力に溺れることなく、努力し続けて学年首席を維持しているんです!」
「容姿も内面も素晴らしい!まさに皆を導く女王様です。学院には密かにファンクラブも存在する程人気なんですよ」
「へ、へぇ…そうなんですね」
当の本人は渾名に対して、何とも思っていないのか興味なさげにリドルさんに視線を向ける。
歴代最高魔力保持者にして最強の魔術師。そう呼ばれるくらいに強くなった彼女。あの時の勝手なお節介は無駄ではなかったと、無理やりでも魔法を教えておいて良かったと思う。だって、危うく将来有望な魔術師を一人失う所だったのだ。その時代の僕、よくやった!
学園長の合図で模擬戦が始まる。
流石に寮長クラスとあって、今までのように一筋縄ではいかない。
「首をはねろ!【オフ・ウィズ・ユアヘッド】」
リドルさんのユニーク魔法が飛ぶ。
アキラさんは、魔法を防衛魔法で弾いたり、机の上で避けたりしながら攻撃魔法を仕掛ける。
数分間の攻防の末、リドルさんの足が一瞬よろめいたのをアキラさんは見逃さなかった。リドルさんの足目掛けて魔法を放つ。咄嗟に避けようとしたリドルさんは、机の外へ足を踏み出した。
「しまった!!」
ドサッと机から落下した音。
学園長の「勝者、アキラ・オルキヌス!!」の声で、再び沸く会場。
拍手喝采の中、舞台に上がる者がいた。
レオナ・キングスカラー
夕焼けの草原の第二王子にして、サバナクロー寮の寮長。先のイソギンチャク事件の時に僕の契約書を砂に変えた人物である。
「………………獣臭い」
「喧嘩売ってんのか?」
そんな人に彼女が開口一番に言ったセリフが「獣臭い」である。あまりに予想外な一言に、両隣の双子が腹を抱えて笑っている。
人魚の時は全くと言っていいほど嗅覚がないから、その分強く臭うのだろう。シャチの人魚は鼻が利かないと僕は知っているが、生憎相手が相手なので、教える義理はないだろう。
「……まぁ、いい。お前、さっきから手ぇ抜いてるだろ?」
「何を根拠に?」
「お前自分のユニーク魔法を一度も使ってねーな。歴代最高魔力保持者で最強ならユニーク魔法も攻撃魔法の類なんじゃねぇのか?にも関わらず、一度も使わないのは本気じゃねぇからか?舐められたもんだな」
「あはっ……ははは」
アキラさんが笑う。それはさっきまで学院の生徒に向けていた優しい微笑みではなく、嘲るような、相手を挑発するような笑みだった。
「ふふっ……何をそんなに嘆いているの?私が本気を出さないから?これは模擬戦だよ。せっかくこっちが気を遣ってあげてるのに、わざわざ死人を出すつもり?」
「……この後の俺との試合だけは手を抜くな。殺す気で来いよ」
「ふぅん、威勢がいいね。後で泣きべそかかないでね」
「フンっ!誰が泣くかよ。そこにいるタコ野郎じゃあるめぇし」
レオナさんが僕を指差して嘲笑する。
それを見たアキラさんは、一瞬顔を顰めたがすぐにいつも通りの表情に戻った。
「お前、タコ野郎と同郷なんだろ?」
「そうだよ。それが何?」
「砂にした契約書の中に、もしかしたらお前の契約書があったのかと思ってな」
レオナさんが挑発的に笑う。どうやら彼女を怒らせて、本気を出させようとしているらしい。
「ないよ。アズールと契約したことなんて一度もない。私をそこら辺の雑魚と一緒にしないでくれる?」
冷ややかな声が空間に響き、彼女の鋭い視線が周囲の元イソギンチャク達に突き刺さる。
ああ、そうか……彼女は僕の身に起きたことを知っているのか。
「……で、いつまでこの茶番は続くの?貴方は私がアズールのために復讐したがってると、本気でそう思っているの?」
彼女はクスクス笑いながら言う。
「海は陸の世界よりも弱肉強食なの。安全な場所なんてないから、気を抜いた奴から死んでいく。復讐なんてしていたらキリがないわ」
それに……と彼女は続ける。
「アズールのことだから、既に別の手でも考えて動いているんでしょ?それなら、私が出る幕じゃないわ」
「ハッ……そうかよ」
「まぁ、ムカつくもんはムカつくから、八つ当たりはするけどね」
そういうと彼女はマジカルペンを一振りして、形状を変えた。真っ黒な大鎌はまるで死神が魂を刈り取る時に使う鎌のようだ。
「死なない程度に殺してあげる。精々無様に足掻いてよね、怠惰なネコちゃん」
学園長の合図と同時に、彼女は大鎌に変化したマジカルペンを軽々と振り回す。
レオナさんの足・手・頭を目掛けて、順番に別々の属性魔法が放たれる。
「馬鹿なッ……全属性魔法が使えるにしても、詠唱が速すぎる!!」
リドルさんが驚愕しながら叫ぶ。
確かに、彼女の詠唱は速い。一つの魔法を放ったと思えば、既に二つ目の魔法が放たれているほどだ。一つ目と二つ目の魔法の間隔は、僅か数秒。瞬きの間くらいしかない。
「チッ!同時詠唱か!?一体どうゆう舌してやがる!」
レオナさんが押されている。先程から防戦一方だ。攻撃しようにも防衛魔法を打つのが精一杯で、攻撃魔法を唱える時間がない。
「ーー波に揺蕩う哀れな魂よ、母なる海は歓迎する。さぁ、眠りなさい【深淵の鎮魂歌(アヴィス・レクイエム)】ーー」
彼女がユニーク魔法を放つ。
「な、何だコレ!歌?!」
「綺麗な歌、だな」
「誰が歌っているんだ?」
彼女のユニーク魔法【深淵の鎮魂歌】は、特定の人物の脳内に直接歌を流し込む。悲しく、どこか切ない歌声が流れる“だけではない”。一見ただの子守唄の様だけれど、聴いてしまったが最後、次第に身体の自由を奪われる恐ろしい魔法。
「あ、足が動かない!?」
「手も動かないゾ!!」
手や足から硬直が始まり、最終的には呼吸まで奪われる。海底に沈んで行くような感覚に襲われ、恐怖のあまり“一部の観客”はパニックに陥った。一部の観客、すなわち僕とリーチ兄弟以外の“イソギンチャク事件の関係者”だ。
「クソッ!!どうなってやがる」
「あれ?まだお喋り出来る余裕があるの?百獣の王って意外と体力あるんだね」
『たかだか百の王様ってだけなのに、ねぇ?』と食物連鎖の頂点が嘲笑う。
水の魔法で水球を作り、それをレオナさんのお腹を目掛けて放たれた。
「グハッ」
「ふふっ苦しいでしょ?海の中はもっと苦しいよ?海を渡る時は気をつけないとね。じゃなきゃ、簡単に足を引きずり込まれちゃうよ。ネコちゃん」
彼女は愉悦を瞳に映して笑う。
ビリビリとした彼女の殺気が空気を震わせ、会場全体に走る。
「あぁ、でも残念。もう貴方のお仲間は限界の様だわ。貴方が私に喧嘩を売らなければ、彼等も苦しまなくて済んだのにねぇ…可哀想に貴方のちっぽけなプライドのせいで、一体どれだけの人が死ぬのかしらね?」
「……ッ!!」
彼女はそう言って目を細め、サバナクロー寮の生徒を指差す。苦しそうに胸元を握り締め、次々と倒れ伏す生徒達を見て、レオナさんが机に両膝を着き、マジカルペンを手放す。
「レオナ・キングスカラー戦闘不能!勝者アキラ・オルキヌス!!」
学園長の宣言を聞き終えたアキラさんは、ユニーク魔法を解除した。苦しんでいた生徒達が一斉に息を吸おうとして噎せている。
「アキラ・オルキヌスさん、いやはや貴方のユニーク魔法は強力過ぎますね。一歩間違えたら生徒達全員が死んでいました。いくら貴方がローレライ魔術学院の生徒といえど注意せざるを得ません」
「あら?殺す気で来いと言ったのは彼ですよ、学園長。私は死なない程度に留めましたし、実際に死亡者や怪我人はいません。何か問題ありますか?」
「え、ええと……」
「問題ありませんよね?ああ、それと“生徒全員”ではありませんよ。私がユニーク魔法を掛けたのは、“たった”300人程度です。訂正お願いしますね」
アキラさんはルールに則り、魔法を使っていたため、何の問題もない。試合のルールでは「他の生徒を巻き込むな」とは言及されていないからだ。指摘事項がない以上、学園長の主張は通らない。もちろん、彼女が故意であれ事故であれ力加減を誤れば、今頃ここは死体の山だったに違いない。しかし、それは単なる可能性であり、実際には起こらなかったのである。結局、彼女の圧力に学園長は頷くしかないのだった。
《ーー大食堂・監督生視点ーー》
連戦での疲れもあるのだろう、アキラ・オルキヌス先輩からあくびが出た。魔法を連発した割にはブロットは溜まっておらず、オーバーブロットの兆しはない。流石歴代最高魔力保持者、凄まじい魔力量だなと感心すると共に恐ろしいとも思った。
彼女のユニーク魔法は今までに見たどのユニーク魔法よりも凶暴で、人の命を簡単に奪える凶悪なものだった。レオナ先輩との模擬戦の時、僕らの命は彼女の手のひらの上。彼女は試合前、復讐ではなく、八つ当たりだと言っていた。彼女が本気で復讐をしようとしていたら、きっと今頃皆死んでいただろう。僕は恐ろしくも美しい彼女から目を逸らせないでいる。
先程の戦いを見て、壇上に上がる無謀な者はいない。挑戦者がいないので、彼女が舞台から降りようとした時、声をかける者がいた。
「おや、僕の相手はしてくださらないのですか?」
「!…まさか。喜んでお相手するよ」
オクタヴィネル寮の寮長、アズール・アーシェングロットが登壇する。その様子を嬉しそうに見つめるアキラ先輩には、先程までの殺気はなくなっていた。
「リドル・ローズハートもレオナ・キングスカラーも中々強かったけど、動きが予想通り過ぎて退屈だった。待ちくたびれたよ、アズール」
「まぁまぁ、ウォーミングアップは大事じゃないですか」
「うーん……体慣らしくらいにはなったけど、それよりも早くアズールと戦いたかったな」
「ふふっお待たせしたお詫びに、今日は特別な魔法をご覧にいれましょう」
「やった!」
彼女はアズール先輩と戦えるのが心底嬉しいようで、キラキラと瞳を輝かせる。会話の内容が戦闘でなければ、美男美女の談笑にしか見えない。
「せめて、会話の内容がもう少し穏やかなものだったらなぁ」
「なぁに?小エビちゃん、ビビっちゃってんの?」
思わず口にした独り言を聞かれているとは思わなかった。
「ふ、フロイド先輩!?さっきまで向こうに居たはずじゃ?」
「こちらの方が見やすそうなので、移動しました」
「ジェイド先輩まで!」
さっきまでいなかったリーチ兄弟が、いつの間にか真横にいるという恐怖。
「先輩達の身長ならどこからでも見やすそうですけどね」
身長190cmを超えるイケメンの双子は、僕の疑問に首を振る。
「ダメだよ、小エビちゃん」
「分かっていませんね。監督生さん」
「な、何が?」
「だって、アズールとシャチちゃんが戦うのなんて初めてだよ?昔から超仲良しだもん!二人の決闘なら一番良い所で見たいに決まってんじゃん!」
「あの二人が対峙するなんて貴重過ぎますね。これは特等席で見なくてはなりません」
そ、そんなにか。リーチ兄弟は壇上の二人を熱心に見つめながら話す。まるで、一秒たりとも見逃したくないと思っているかのようだ。ワクワクした様子を隠し切れていない。
「貴方がそんなに怒ってくれるとは思いませんでした」
アズール先輩がほんの少し照れながら言う。
「大事な人が傷付けられたら怒るに決まってるでしょ。それに私『復讐はしない』って言ったけど、『怒ってない』とは言ってない」
拗ねたように顔を逸らす彼女を見て、アズール先輩が苦笑いを零す。
「分かっていますよ。それに、貴方が本気を出したら、この世界ごと消しされる」
「ふふっ!あながちハズレていないかもね」
笑い事ではない会話がなされている。流石に嘘だろうと思って、ジェイド先輩を見上げるが返ってきた答えに絶望する。
「多分アキラさんなら出来ますね」
「は!?」
「シャチちゃんの魔法の師匠はアズールだし、今の学校でも最強なんでしょ?ユニーク魔法も禁術クラスのやべーヤツじゃん?普通に出来ると思うけど」
「それって、つまり、もしもアズール先輩がオーバーブロットで、その……亡くなっていたら」
「「間違いなくブチ切れて、世界滅亡でしたね/だったね〜」」
こっっっっわ!!!
「今日この場でユニーク魔法を披露したのも、アズールを護るための“牽制”だったのかも知れませんね」
「アズールに手を出したら殺すって思わせたかったのかもね〜」
「ヒェッ」
「あれれ?そんなに縮こまってどうしたの小エビちゃん」
「どうして悲鳴を上げるのですか?」
「「彼女/シャチちゃんにとっては純愛そのものなのに」」
いや、いやいやいや、そんな恐ろしい純愛があるか!?
「昔は番の人魚に手を出したら国が滅びたそうですから、あながち間違ってはいないかと」
「ま、アズールとシャチちゃんはまだ番じゃねぇけど?時間の問題でしょ」
僕はもう二度とアズール先輩を、引いてはアキラ・オルキヌス先輩を敵に回さないと決意し、再び舞台へ目を向ける。
壇上では恐ろしくも美しい人魚達が、笑いながら魔法を唱え、まるで踊っているかのように攻防戦を繰り広げるのだった。
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