フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】
【深淵オークション】
人身売買、人魚・獣人・妖精族の密猟、個人情報の取引、窃盗によって集められた美術品の数々。その他表では取引出来ないような《商品》を扱っている闇オークション。その一つがとある街の地下でひっそりと行われていた。
貴族向けのイベントらしく、室内は地下とは思えぬ荘厳っぷりだ。
司会者が小槌を持ち上げ、開会の挨拶をする。
「Ladies and gentleman!!本日の目玉商品はーーーーーー」
闇に包まれた欲望渦巻くオークションの幕が上がる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《ーー スカラビア寮 ーー》
主人公視点
「闇オークション……?」
「そうなんだよ〜最近アジーム家の領域のどこかで密かに行われているらしくてなぁ。父ちゃん達が探しているんだが、隠れるのが上手くて捕まらないんだ」
「ふぅん。熱砂の国も大変ですね」
寮長会議の書類をカリム君が忘れたので届けに行ったら、激甘なお茶でもてなされる事になった。甘党を自負している私でも甘いのだからきっと他の人は飲めないだろうな〜なんて考えていたら唐突にディープ過ぎる話題を持ちかけられた所である。砂漠の富豪には闇オークションなど世間話の類なのかもしれないが、こちとら前世一般庶民で現ゴースト擬きの私には重すぎる話題だ。
「お困りならアズール君を呼んで来ましょうか?」
「いや、アイツは呼ばなくて良い。話が余計ややこしくなる」
相談事ならアズール君が適任だと思って提案したのだが、ジャミル君に食い気味で却下された。心做しジャミル君の顔色が悪いような…?
「それにしても、そのオークション主催者はアジーム家のお膝元でヤンチャな真似をしますね。勇敢と無謀は紙一重という事でしょうか?ふふっ随分とバ……失礼。頭が弱い組織ですね」
「火遊びするには相手がデカ過ぎると思うよな〜?ホント何考えてんだろうな?」
「だが、未だに捕まってはいない。頭は悪いが隠れんぼは上手らしいな」
馬鹿な割に隠れるのが上手、ねぇ…
「それか、アジーム家と同規模の富豪がバックにいるから警察が手を出しにくい…とか?」
「カリムの実家と張り合える富豪なんて早々いないが、少なくとも貴族が関わっていることは間違いないな。高額で取引される商品を軽々買える人間なんて貴族か王族くらいだ」
「治安が悪化すると困るし、早いとこ捕まってくれると良いんだがなぁ」
私は甘ったるいお茶を飲み干すとお礼を言ってスカラビア寮を後にした。この後は寮長会議に参加して(呼ばれて)いなかったマレウス君の所へ書類を渡しに行かなきゃいけない。ディアソムニア寮は独特な雰囲気を持つ寮で、正直お化け屋敷っぽくて近づきにくい。いくら実体を伴うゴーストでも怖いものは怖いのだ。
「はぁー…学園長が呼ばなかったんだから学園長が渡すのが筋でしょうに!」
茨で囲まれた道を進み、ディアソムニア寮へと辿り着いた。書類渡したら速攻で帰る!と意気込み、寮の扉に手をかけた。
《ーー ディアソムニア寮 ーー》
ディアソムニア寮に着いた私を歓迎したのは、談話室にいたリリア君だった。
「あ、リリア君。これマレウス君にーーー」
「おお!海老原か!!丁度良い所へ来よったわ」
渡してくれる?と続くはずの言葉は、口に入れられた謎の物体のせいで紡ぐことが出来なかった。何コレ怖い。
「ワシお手製のクッキーじゃ!お主甘党じゃったよな?味はどうじゃ?ちと甘すぎたかのう」
私の口にある存在はリリア君曰く『クッキー』らしい。何かジャリジャリするし、全然甘くない。クッキーにしては硬すぎて噛めない。あと、割と本気で吐き出したいくらい不味い。もう一度確認しますね、これクッキーですか?
リリア君は「渾身の出来じゃ!よく焼けておるじゃろう?」と誇らしげにしている。うん、よく焼けてはいるよ。焼き過ぎて硬いよ。魔法で焼いたの?誰かトレイ・クローバーを至急手配して!
「おかわりも沢山あるからの!いっぱい食べるのじゃぞ!!」
死んだ。いや、もう既に死んでるけど。
2度目の死が【死因:ダークマター 】なんて嫌だ。
飲み込めないし、吐き出せない状況に絶望していると救世主が…
「リリア、海老原に何をしている?」
「おお!マレウス。いや、クッキーを焼いたのでな。海老原にあげたら感動したのか腰を抜かしてしもうたんじゃ」
ちがーう!あまりの不味さと吐き出せない状況に絶望しているんだ!どっから出るんだそのポジティブな解釈!!
リリア君の言葉にブンブンと首を振ると、マレウス君が察したのか器を持って来てくれた。これに吐き出せということらしい。有難く器を貰い、口にあったダークマターを吐き出した。
「すみません。体調が(つい先程から)芳しくない状況でして…」
「そうなのか。無理強いしてすまんの」
マレウス君、君は私の救世主(メシア)だ!
ようやく例の書類をマレウス君へ渡せる。
「学園長が渡し損ねた様で、申し訳ありません」
「構わん。ほら、水だ。少しは気も紛れよう」
「ありがとうございます」
ただの水が凄く美味しく感じる。
テキパキと動けるあたり、リリア君の手料理の被害者は私だけじゃないらしい。
「ところで、海老原よ。最近噂になっておる事件を知っておるか?」
「ああ、闇オークション事件ですか?それなら熱砂の国絡みだと先程カリム君達から聞きましたよ」
「ならば話が早い。実は妖精族も被害に遭っていてな。何とか解決したいのじゃ」
おや、妖精族にまで手を出すなんて随分と命知らずな犯人さん。まあ、アジーム家の縄張りできな臭い事した時点で充分命知らずだけども…
「ちと協力してくれんかの?もちろん、安全は保証するぞ」
「対価なら僕が支払おう。何でも欲しい物を言うと良い。その代わり、アーシェングロット達には内密にして欲しい」
不要な争いはしたくないからな、と不敵に笑うマレウス君。
「分かりました。引き受けます」
《ーー オークション会場 ーー》
とある貴族の屋敷からのみ入れる地下は、まるで地下神殿のように広かった。会場には目元を仮面で隠した貴族達が大勢いる。
「Ladies and gentleman!今宵もお集まり頂き、ありがとうございます」司会が挨拶をして、商品のラインナップを始めた。
オークションにかけられる順番は、値打ちが低いと思われるものからだ。ただの人間から獣人、妖精族がオークションにかけられ、落札されて行く。落札者は彼らに【隷属の契約】をして、奴隷にするのだ。隷属の契約は違法であり禁術だ。決して許されるものではない。
さて、オークションも終盤に差し掛かった。宴もたけなわである。
「本日の目玉商品」として売り出されるのは、人魚化薬を飲んだ私。そう、マレウス君の依頼は潜入(という名の囮)捜査だった。
巨大な水槽に入れられ、尾鰭に鎖が付けられた私は人魚として競売にかけられる。かつて人間による「人魚狩り」で個体数が減った人魚は、現在人魚保護法によって守られており、人魚の捕獲は固く禁じられている。しかしながら、人間による密猟はまだ行われている。今ではレアとなった美しい人魚を求め、市場価値が年々増幅しているからだ。需要はあるが、供給はない状況。そこに現れた人魚の中でも一番捕獲しずらいオルカの人魚。(※巨体である事と群れで行動する習性ゆえ捕まえ難い)
資産価値は如何程かと呑気に水槽からオークションの様子を眺める。金額は1千万マドルからスタートし、数秒で1億マドルを突破。どんどん値がつり上がる。初めは好奇心で見ていたが、徐々に飽きてきて古い本に載っていた歌の一部を口ずさむ。
『My heart is pierced by Cupid
I disdain all glittering gold
(私の心奪い去るのは)
There is nothing can console me
But my jolly sailor bold〜♪
(荒波こえる船乗りだけよ)』
位置が分かるように発信機を隠し持っているからマレウス君達に場所は伝えられている。この茶番に付き合うのもあと僅かだ。そう思っていると会場から『10億!!』という声が上がった。さっきまで5億マドル辺りで停滞していた会場は唐突に跳ね上がった金額にどよめく。
「10億!10億マドルが出ました。他にはいませんか?」
あまりの金額に誰も手を挙げない。
「では、オルカの人魚は10億マドルで落札!!落札者様はどうぞ前へ」
司会が落札した人物を登壇させる。
落札金額は10億マドル。随分高額だ。
いや、そんな事はどうでもいい。
それよりも…
『どうしてここに?』
『貴方を落札しに来ました』
ニコッと微笑むアズール君のアイスブルーの瞳は表情に反して全く笑っていなかった。もしかしなくても怒っていらっしゃる。
アズール君がいるという事はあの二人も来ているのだろうと会場に再び目を向ける。観客用の出入口にフロイド君がいた。ジェイド君は見当たらないが、恐らく搬入口の方を抑えているのだろう。奴隷となった人間や獣人、妖精族を逃がすために。
『手際がよろしいようで』
『荒事には慣れていますから。さあ、アキラさん。帰る時間ですよ』
アズール君はそう言うと私の尾鰭に付いた枷を魔法で壊してくれた。異様な雰囲気を察して司会者が慌て始めるがもう遅い。会場にはアズール君の水魔法で海水が溜まり始めている。
観客は海水にパニックを起こし、一斉に出口へと向かう。しかし、出口にはウツボの人魚が巨躯を揺らして待ち構えている。従業員達は観客を置き去りにして搬入口に走るが、そちらも同様にウツボの人魚によって塞がれていた。
私が水槽のガラスを尾鰭で破壊し、水槽の外に出ると観客のパニックはピークに達した。皆一様に「殺さないでくれ!」「助けてくれ!」と叫んでいる。
「アズール〜!もーコイツら絞めていい?」
「手足くらい千切っても良いよね?この人達他の種族にも酷い事をしたんですよ。許せません」
パニックに陥り、会場の真ん中に一塊に集まっている人間達。その周りをクルクルと鮫映画よろしくフロイド君と一緒に泳ぎ回っているとアズール君にため息をつかれた。
「妖精族の次期王が生け捕りにしろと言っているんです。つまみ食いはいけませんよ」
「「アズール(君) のケチ」」
やがて地下が海水で満たされ、一人また一人と気絶して行く。全員が気絶したのを認めるとアズール君が魔法を解いた。
「これに懲りたら勝手に依頼を受けてはいけませんよ、アキラさん」
「……はいはい。すみませんでした」
カリム君達の話もマレウス君達から依頼された事もバレている様だし、ややこしい事になってしまったな。アズール君からのお小言を適当に聞き流し、警察に連行されていく貴族達を眺めた。闇オークション事件はこうして幕を閉じた。
《ーー 後日談 ーー》
依頼を達成した報酬としてマレウス君から貴重な魔法石や魔導書、そしてなぜかガーゴイルの銅像が贈られた。リリア君には手作りのお菓子を贈ると言われたが、こちらは丁重にお断りした。事件解決を聞きつけたカリム君からは、お金や宝石が山のように贈られて有難いが使い道に困った。大半はアズール君に譲って魔導書だけ頂く事にした。
「人間は強欲と聞くが、海老原は欲がないな」
「それは人によりますよ、マレウス君。私だって欲はあります。知識欲・睡眠欲・食欲等、特に知識欲は人並み以上にあるでしょうね」
「なるほどな。金や宝石は欲望の対象ではなかっただけか」
「そうですね。それに私はアズール君達が喜んでる顔を見ている方が楽しいですから」
マドルを集計して「これでまた一歩モストロ・ラウンジの2号店に近付いた!」と息巻くアズール君と彼を楽しげに見つめるリーチ兄弟。彼らの計画を見ている方がずっと楽しい。それはどんな宝石にも変え難い価値のあるものだ。
人身売買、人魚・獣人・妖精族の密猟、個人情報の取引、窃盗によって集められた美術品の数々。その他表では取引出来ないような《商品》を扱っている闇オークション。その一つがとある街の地下でひっそりと行われていた。
貴族向けのイベントらしく、室内は地下とは思えぬ荘厳っぷりだ。
司会者が小槌を持ち上げ、開会の挨拶をする。
「Ladies and gentleman!!本日の目玉商品はーーーーーー」
闇に包まれた欲望渦巻くオークションの幕が上がる。
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《ーー スカラビア寮 ーー》
主人公視点
「闇オークション……?」
「そうなんだよ〜最近アジーム家の領域のどこかで密かに行われているらしくてなぁ。父ちゃん達が探しているんだが、隠れるのが上手くて捕まらないんだ」
「ふぅん。熱砂の国も大変ですね」
寮長会議の書類をカリム君が忘れたので届けに行ったら、激甘なお茶でもてなされる事になった。甘党を自負している私でも甘いのだからきっと他の人は飲めないだろうな〜なんて考えていたら唐突にディープ過ぎる話題を持ちかけられた所である。砂漠の富豪には闇オークションなど世間話の類なのかもしれないが、こちとら前世一般庶民で現ゴースト擬きの私には重すぎる話題だ。
「お困りならアズール君を呼んで来ましょうか?」
「いや、アイツは呼ばなくて良い。話が余計ややこしくなる」
相談事ならアズール君が適任だと思って提案したのだが、ジャミル君に食い気味で却下された。心做しジャミル君の顔色が悪いような…?
「それにしても、そのオークション主催者はアジーム家のお膝元でヤンチャな真似をしますね。勇敢と無謀は紙一重という事でしょうか?ふふっ随分とバ……失礼。頭が弱い組織ですね」
「火遊びするには相手がデカ過ぎると思うよな〜?ホント何考えてんだろうな?」
「だが、未だに捕まってはいない。頭は悪いが隠れんぼは上手らしいな」
馬鹿な割に隠れるのが上手、ねぇ…
「それか、アジーム家と同規模の富豪がバックにいるから警察が手を出しにくい…とか?」
「カリムの実家と張り合える富豪なんて早々いないが、少なくとも貴族が関わっていることは間違いないな。高額で取引される商品を軽々買える人間なんて貴族か王族くらいだ」
「治安が悪化すると困るし、早いとこ捕まってくれると良いんだがなぁ」
私は甘ったるいお茶を飲み干すとお礼を言ってスカラビア寮を後にした。この後は寮長会議に参加して(呼ばれて)いなかったマレウス君の所へ書類を渡しに行かなきゃいけない。ディアソムニア寮は独特な雰囲気を持つ寮で、正直お化け屋敷っぽくて近づきにくい。いくら実体を伴うゴーストでも怖いものは怖いのだ。
「はぁー…学園長が呼ばなかったんだから学園長が渡すのが筋でしょうに!」
茨で囲まれた道を進み、ディアソムニア寮へと辿り着いた。書類渡したら速攻で帰る!と意気込み、寮の扉に手をかけた。
《ーー ディアソムニア寮 ーー》
ディアソムニア寮に着いた私を歓迎したのは、談話室にいたリリア君だった。
「あ、リリア君。これマレウス君にーーー」
「おお!海老原か!!丁度良い所へ来よったわ」
渡してくれる?と続くはずの言葉は、口に入れられた謎の物体のせいで紡ぐことが出来なかった。何コレ怖い。
「ワシお手製のクッキーじゃ!お主甘党じゃったよな?味はどうじゃ?ちと甘すぎたかのう」
私の口にある存在はリリア君曰く『クッキー』らしい。何かジャリジャリするし、全然甘くない。クッキーにしては硬すぎて噛めない。あと、割と本気で吐き出したいくらい不味い。もう一度確認しますね、これクッキーですか?
リリア君は「渾身の出来じゃ!よく焼けておるじゃろう?」と誇らしげにしている。うん、よく焼けてはいるよ。焼き過ぎて硬いよ。魔法で焼いたの?誰かトレイ・クローバーを至急手配して!
「おかわりも沢山あるからの!いっぱい食べるのじゃぞ!!」
死んだ。いや、もう既に死んでるけど。
2度目の死が【死因:ダークマター 】なんて嫌だ。
飲み込めないし、吐き出せない状況に絶望していると救世主が…
「リリア、海老原に何をしている?」
「おお!マレウス。いや、クッキーを焼いたのでな。海老原にあげたら感動したのか腰を抜かしてしもうたんじゃ」
ちがーう!あまりの不味さと吐き出せない状況に絶望しているんだ!どっから出るんだそのポジティブな解釈!!
リリア君の言葉にブンブンと首を振ると、マレウス君が察したのか器を持って来てくれた。これに吐き出せということらしい。有難く器を貰い、口にあったダークマターを吐き出した。
「すみません。体調が(つい先程から)芳しくない状況でして…」
「そうなのか。無理強いしてすまんの」
マレウス君、君は私の救世主(メシア)だ!
ようやく例の書類をマレウス君へ渡せる。
「学園長が渡し損ねた様で、申し訳ありません」
「構わん。ほら、水だ。少しは気も紛れよう」
「ありがとうございます」
ただの水が凄く美味しく感じる。
テキパキと動けるあたり、リリア君の手料理の被害者は私だけじゃないらしい。
「ところで、海老原よ。最近噂になっておる事件を知っておるか?」
「ああ、闇オークション事件ですか?それなら熱砂の国絡みだと先程カリム君達から聞きましたよ」
「ならば話が早い。実は妖精族も被害に遭っていてな。何とか解決したいのじゃ」
おや、妖精族にまで手を出すなんて随分と命知らずな犯人さん。まあ、アジーム家の縄張りできな臭い事した時点で充分命知らずだけども…
「ちと協力してくれんかの?もちろん、安全は保証するぞ」
「対価なら僕が支払おう。何でも欲しい物を言うと良い。その代わり、アーシェングロット達には内密にして欲しい」
不要な争いはしたくないからな、と不敵に笑うマレウス君。
「分かりました。引き受けます」
《ーー オークション会場 ーー》
とある貴族の屋敷からのみ入れる地下は、まるで地下神殿のように広かった。会場には目元を仮面で隠した貴族達が大勢いる。
「Ladies and gentleman!今宵もお集まり頂き、ありがとうございます」司会が挨拶をして、商品のラインナップを始めた。
オークションにかけられる順番は、値打ちが低いと思われるものからだ。ただの人間から獣人、妖精族がオークションにかけられ、落札されて行く。落札者は彼らに【隷属の契約】をして、奴隷にするのだ。隷属の契約は違法であり禁術だ。決して許されるものではない。
さて、オークションも終盤に差し掛かった。宴もたけなわである。
「本日の目玉商品」として売り出されるのは、人魚化薬を飲んだ私。そう、マレウス君の依頼は潜入(という名の囮)捜査だった。
巨大な水槽に入れられ、尾鰭に鎖が付けられた私は人魚として競売にかけられる。かつて人間による「人魚狩り」で個体数が減った人魚は、現在人魚保護法によって守られており、人魚の捕獲は固く禁じられている。しかしながら、人間による密猟はまだ行われている。今ではレアとなった美しい人魚を求め、市場価値が年々増幅しているからだ。需要はあるが、供給はない状況。そこに現れた人魚の中でも一番捕獲しずらいオルカの人魚。(※巨体である事と群れで行動する習性ゆえ捕まえ難い)
資産価値は如何程かと呑気に水槽からオークションの様子を眺める。金額は1千万マドルからスタートし、数秒で1億マドルを突破。どんどん値がつり上がる。初めは好奇心で見ていたが、徐々に飽きてきて古い本に載っていた歌の一部を口ずさむ。
『My heart is pierced by Cupid
I disdain all glittering gold
(私の心奪い去るのは)
There is nothing can console me
But my jolly sailor bold〜♪
(荒波こえる船乗りだけよ)』
位置が分かるように発信機を隠し持っているからマレウス君達に場所は伝えられている。この茶番に付き合うのもあと僅かだ。そう思っていると会場から『10億!!』という声が上がった。さっきまで5億マドル辺りで停滞していた会場は唐突に跳ね上がった金額にどよめく。
「10億!10億マドルが出ました。他にはいませんか?」
あまりの金額に誰も手を挙げない。
「では、オルカの人魚は10億マドルで落札!!落札者様はどうぞ前へ」
司会が落札した人物を登壇させる。
落札金額は10億マドル。随分高額だ。
いや、そんな事はどうでもいい。
それよりも…
『どうしてここに?』
『貴方を落札しに来ました』
ニコッと微笑むアズール君のアイスブルーの瞳は表情に反して全く笑っていなかった。もしかしなくても怒っていらっしゃる。
アズール君がいるという事はあの二人も来ているのだろうと会場に再び目を向ける。観客用の出入口にフロイド君がいた。ジェイド君は見当たらないが、恐らく搬入口の方を抑えているのだろう。奴隷となった人間や獣人、妖精族を逃がすために。
『手際がよろしいようで』
『荒事には慣れていますから。さあ、アキラさん。帰る時間ですよ』
アズール君はそう言うと私の尾鰭に付いた枷を魔法で壊してくれた。異様な雰囲気を察して司会者が慌て始めるがもう遅い。会場にはアズール君の水魔法で海水が溜まり始めている。
観客は海水にパニックを起こし、一斉に出口へと向かう。しかし、出口にはウツボの人魚が巨躯を揺らして待ち構えている。従業員達は観客を置き去りにして搬入口に走るが、そちらも同様にウツボの人魚によって塞がれていた。
私が水槽のガラスを尾鰭で破壊し、水槽の外に出ると観客のパニックはピークに達した。皆一様に「殺さないでくれ!」「助けてくれ!」と叫んでいる。
「アズール〜!もーコイツら絞めていい?」
「手足くらい千切っても良いよね?この人達他の種族にも酷い事をしたんですよ。許せません」
パニックに陥り、会場の真ん中に一塊に集まっている人間達。その周りをクルクルと鮫映画よろしくフロイド君と一緒に泳ぎ回っているとアズール君にため息をつかれた。
「妖精族の次期王が生け捕りにしろと言っているんです。つまみ食いはいけませんよ」
「「アズール(君) のケチ」」
やがて地下が海水で満たされ、一人また一人と気絶して行く。全員が気絶したのを認めるとアズール君が魔法を解いた。
「これに懲りたら勝手に依頼を受けてはいけませんよ、アキラさん」
「……はいはい。すみませんでした」
カリム君達の話もマレウス君達から依頼された事もバレている様だし、ややこしい事になってしまったな。アズール君からのお小言を適当に聞き流し、警察に連行されていく貴族達を眺めた。闇オークション事件はこうして幕を閉じた。
《ーー 後日談 ーー》
依頼を達成した報酬としてマレウス君から貴重な魔法石や魔導書、そしてなぜかガーゴイルの銅像が贈られた。リリア君には手作りのお菓子を贈ると言われたが、こちらは丁重にお断りした。事件解決を聞きつけたカリム君からは、お金や宝石が山のように贈られて有難いが使い道に困った。大半はアズール君に譲って魔導書だけ頂く事にした。
「人間は強欲と聞くが、海老原は欲がないな」
「それは人によりますよ、マレウス君。私だって欲はあります。知識欲・睡眠欲・食欲等、特に知識欲は人並み以上にあるでしょうね」
「なるほどな。金や宝石は欲望の対象ではなかっただけか」
「そうですね。それに私はアズール君達が喜んでる顔を見ている方が楽しいですから」
マドルを集計して「これでまた一歩モストロ・ラウンジの2号店に近付いた!」と息巻くアズール君と彼を楽しげに見つめるリーチ兄弟。彼らの計画を見ている方がずっと楽しい。それはどんな宝石にも変え難い価値のあるものだ。