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フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】

【悪役令嬢コンチェルト】

<設定>
・海老原アキラ
18歳。NRCの3年生。
入学以降ずっと学年主席の秀才。
とある小国の第一王子、アルバートと婚約している東の皇国の皇女の身代わりで王妃候補になる。(実際は貿易を生業とする貿易商の娘。父親は現在で言う所の外交官レベル)
イグニハイド寮所属(寮長はイデア)

・アルバート
とある小国の第一王子。頭悪い。
最近1年生の女学生エミリーにご執心。一応主人公と同学年だが、成績は天と地ほど離れている。

・エミリー
NRC1年。アルバートの浮気相手で、アルバートの国の男爵令嬢。

・オクタ3人組
いつも通りの三人。17歳。主人公より一つ年下。
アズールはイデアの手伝いでイグニハイド寮へ行くことがあるので、主人公とは面識がある。双子とは面識なし。「頭の良い王族の先輩」程度の認識。

・イデア
同じ寮の生徒・同級生として仲良し

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《ーー パーティー会場 ーー》
主人公視点

色取り取りなドレスが花のようにヒラヒラと舞うダンスホール。軽やかに響くワルツの音色。今宵は王家主催の社交パーティーだ。当然一国の姫君な上に王子の婚約者(偽)である私にも招待状は届くわけで…。気乗りはしなかったが王族からの招待を断るなんて出来るはずもなく、渋々会場に来ていた。
婚約者がエスコートして入場するのが一般的だが、王子側から予め断られていたので大方の状況は察していた。婚約破棄の発表でもするのだろう。
私が一人で入場したことに少なからず動揺した貴族達がヒソヒソと話出す。事態を把握していなかったらしい国王陛下と王妃様に招待のお礼を述べ、簡単に挨拶を済ませると壁側に行き静かに佇むことにした。


「海老原アキラ!君との婚約を破棄する!!」

数十分遅れてやって来た第一王子は、公衆の面前で婚約破棄宣言をした。

「そうですか。一応、理由をお聞かせ頂けますか?」
「貴様が未来の王妃に相応しくないからだ!知らぬとは言わせないぞ。貴様が男爵令嬢エミリーにして来た数々の悪行を!」

馬鹿王子は私がしたという悪行とやらを大声で喚き立てた。
しかし、私は男爵令嬢に危害を加えていない。学年主席をキープしつつ、王妃になるための勉強も同時に行っている私にそんな暇などあるわけがない。

「アルバート第一王子殿下。私がした悪行とやらの証拠は?まさかその令嬢、エミリー様と仰いましたか。彼女の証言だけですか?」
「エミリーは被害者だ。彼女の証言だけでも十分な証拠になり得るだろう!それが何だって言うのだ」
「貴方の仰っている悪行の数々。その犯行時間ですが私は【王妃教育】を受けておりました。ですので、彼女に危害を加えることは不可能です」
「何を馬鹿なことを。そんなのは嘘だ!王妃教育をサボっていれば十分可能だろう!」

静かに成り行きを見守っていた貴族たちがざわめき出す。「王妃教育をサボるだって?」「そんなことが許されるわけがなかろう」など口々に語る。
そんな貴族の言葉を遮るように国王陛下と王妃様が口を開いた。

「王妃教育は学園ではなく、この城で行われているものだ。監視の目もある。サボるなんて許されるわけがない。アルバート、お前が言うその時間に彼女がここで教育を受けた記録もきちんとあるのだぞ」
「学園の授業の後、すぐにこちらに来てお勉強をしていたわ。貴方の言う悪行に手を出している暇など彼女にはないと思うわよ」
「そんな……父上、母上。でも、俺は確かに!」
「自分の目で見たとでも言うのですか?アルバート、貴方がそんなに愚かだと思いませんでした。私達の育て方にも問題があった様ですね」

王妃様は悲しげな表情で俯いている。

「アルバート第一王子を廃嫡とする!」

国王陛下は王子に処分を言い渡し、男爵令嬢を衛兵に捕らえさせた。

「父上、なぜエミリーを捕らえるのです!?」
「この娘が我が国のスパイであることは調べがついておる。牢獄へ入れろ」

男爵令嬢ことエミリーはこの国の情報を敵対している隣国へ流しているスパイだった。
この後エミリーは投獄となり処刑されるだろう。馬鹿王子は廃嫡、つまり王子ではなく平民に降格。ついでに王族だからと考慮されていたが、成績不振で学園も自主退学となるらしい。
私はというと、無事に婚約破棄され自由の身となった。有責での婚約破棄。つまり、東国には何の落ち度はなく、全てこの国の責任であるという事。これで本物の姫様もお喜びになる事でしょう。

「この件は私の方から皇帝陛下に報告させて頂きます。婚約は正式に破棄となりましたので、此度の婚約によって結ばれた我が皇国との和平条約は白紙。国交も途絶えさせて頂きますので、よろしくお願い致します」
「ま、待って下さい!皇女殿下」
「愚息は廃嫡と致しました。ですからどうか和平条約だけは……どうか慈悲を!」
「くどい。私が今までどれほど慈悲を与えたと思う?婚約者がいる身でありながら人目をはばからず白昼堂々と浮気した挙句、私に濡れ衣を着せようなど王族として……いや、人としてどうなのかしら?」

必死に懇願する国王と王妃にニコリと微笑み、小声でこう告げる。

「小国風情が図に乗るなよ」

私はクルリと向きを変え、ドレスの裾を掴み、優雅にお辞儀をした。

「この国の平和な時間が一秒でも長く続く事をお祈り申し上げます。それでは皆様、ご機嫌よう」

私の背後で響くのは、国王・王妃の両陛下の嘆きの声と貴族達のどよめく声だけ。それらの声を重い扉で閉ざし、外へ出た。日が沈んで少しだけ冷たい夜風が私を出迎えてくれた。

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《ーー 庭園・主人公視点ーー》

学園へ戻ろうと薔薇の咲き誇る庭園を横切った時、ふと聞き覚えのある声に呼び止められる。

「随分手の込んだお芝居でしたね、海老原さん」

イデア君と同じ部活の後輩、アズール・アーシェングロットがそこにいた。仕立ての良いスーツを身に纏い、双子(おそらくリーチ兄弟)を連れている。彼らも今日のパーティーに参加していたらしい。

「お芝居?さあ、なんのことでしょう」
「先ほどの婚約破棄のことですよ。海老原先輩はわざとそうなるように仕向けましたね。それもかなり前からだ」
「あんなまどろっこしい計画、数日で出来る訳ないもんねぇ。エビちゃん先輩執念深〜い!」

白を切り通すつもりだったのだが、彼らにはもうバレてしまっているらしい。ならばもう隠す必要もないだろう。この場には私達しかいないのだから。それにもう皇女様のフリをする必要もない。

「いつから気がついていたの?ボロを出したつもりはなかったのだけれど、何かミスをしたかしら」
「いいえ、海老原さんはボロを出したりしませんでした。むしろ完璧な演技でしたよ。強いて言うならば“完璧すぎた”。『相手から婚約破棄させた上で、相手を有責で断罪する』なんて普通やらないですよ」
「そうね。“普通”ならやらないわね。面倒だし?でも、いくら学園始まって以来最悪の成績者だとしても相手は王族。下手に婚約破棄をすれば国際問題だもの。慎重に行かざるを得ないでしょう?」

出来るもんならとっくの昔にやっている。
出来ないからこそ、厳しい教育に耐え続けながら地道に浮気や不正の証拠を集めたのだ。

身分とは厄介なルールだ。生まれた場所によって人生が決まる。どれだけ無能であろうが身分が上ならやりたい放題。自分の地位に胡座をかいた無能の象徴が先程の元王子だ。我が国の姫様には相応しくない。

「男爵令嬢の事を密告したのも貴方なのではないですか?」
「……どうしてそう思うの?」
「あの馬鹿…失礼、頭の足りない元王子は両陛下から溺愛されていました。そんな親バカが子どもの不貞を疑うはずがありません。彼女の情報を得るのは不可能かと」

確かに両陛下は第一王子を溺愛していた。王家に男兄弟はアルバート以外いない。彼には妹しかいないのだ。たった1人の後継者をそれはもう溺愛していた。盲目的に。

「別にあのまま両陛下が王子の言う事を鵜呑みにして婚約破棄でも良かったんだよ。そうしたら遅かれ早かれこの国は隣国に滅ぼされるでしょうし、あの人達もまとめて処刑されてある意味ハッピーエンドだったかもね」

私は一輪の薔薇の花を手折って、花弁を一枚ずつ抜き取った。

「男爵令嬢の事を密告しておいたのは、『濡れ衣を着せられる可能性があったから』よ。冤罪で首をはねられるなんて冗談じゃないわ」

近くにある噴水の淵に座って、真っ赤な花弁が流されていくのを見つめる。

「何にせよ王家は我が皇国を味方に付けられなかった。シナリオの過程に違いこそあれ、私を繋ぎ止められなかった時点で行き着く先は“この国の破滅”。ゲームオーバーなのよ」

真紅の花弁は水を吸って沈んで行った。


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《ーー 庭園・アズール視点 ーー》

「残念だけど、この国は近々潰れる。もってあと5年って所かしら。モストロ・ラウンジの2号店を建てようと考えているのならこの国はやめた方が良い。わざわざタイタニック号に乗る必要はないでしょう?」

淡々と述べる彼女は水に沈んで行く薔薇の花弁を楽しそうに見つめている。

「ご忠告痛み入ります。この国が潰れるのであれば、貴方はどうなさるおつもりですか。貴方、本物の皇女様ではないでしょう?国に帰ったら殺されるのでは?」
「ふふっまさかそこまで調べて来たなんてね。イデア君でも見抜けなかったのに…」

イデアさんでも知らない(もしくは知っていて言及していない)情報を言い当てられた彼女は怯えるどころか、ケラケラと笑っている。

「ご心配なく。婚約破棄は我が国の総意よ。元々和平条約のために組まれた縁談だったけど、そんな事の為に本物の姫様を渡すはずないじゃない。しかも、あんな頭お花畑で下半身ゆるゆるの王子なんかに!ま、そのバカ王子のおかげで和平条約も婚約も白紙なんだけどね」

これでやっと目障りなハエ(小国)を潰せるわ!と彼女は笑い、思い出したかのように自己紹介を始める。

「あ、そういえばこちらの身分では初めましてね。私は東国の貿易商の娘、海老原アキラ。よろしく、深海の商人さん?」

彼女は楽しそうにくるりと回り、ドレスの裾をふわりと翻す。

「ふふっあははッ!こんな重苦しいドレスも、ギラギラする宝石も、嘘ばかりで退屈な社交界も、毎日何時間も拘束される王妃教育ももうないわ!!」

自由を宣言する彼女は月光を浴びてキラキラと光り輝いて見えた。

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《ーー イグニハイド寮・イデア視点 ーー》

「アキラ氏、この間のパーティーで何したの?婚約破棄されてからアズール氏達が頻繁に寮に襲撃してくるんだけど」
「ちょっと会話と挨拶をしただけよ。私も何で追いかけ回されてるのか分からないわ。というかイデア君寮長だし、同じ部活の後輩でしょ!何とかしてよ」
「拙者のような陰キャにオクタヴィネルの相手は無理ゲー」

婚約破棄以降、学園で会えば転寮を打診され、ボードゲーム部・バスケ部・山を愛する会への入部を勧められているらしい。果てはイグニハイド寮の前で出待ち。オクタヴィネル寮の寮服と相まってその姿は完全にマフィアかヤクザの取り立てだ。絶対に関わりたくない。

「婚約破棄したらひっそりと平和な学園生活が送れると思ってたのに何故目をつけられた?」
「あーあの3人組は面白い事が好きらしいよ(特にリーチ兄弟)。アキラ氏を相当気に入ってるみたいだし…面白い人だと認識したんじゃない?」
「え〜私面白みないでしょ!アイツら目ぇバグってんじゃない?」

アズール氏達がどこに面白みを感じているかは知らないが、アキラ氏は結構面白い人だと思う。同じ寮だからか、アキラ氏は気さくに話してくれる。いつもは丁寧な言葉遣いと所作なのに、拙者と話す時だけ言葉が乱雑になる所。バカ王子に何を言われても愛想笑いで受け流すのに、帰寮すると密かにサンドバッグをぶん殴ってストレス発散してる所。何でもない顔で首席を取る癖に、毎日予習と復習を欠かさず死ぬ気で勉強している所。外面がすこぶる良いのだこの子は。そういう所はアズール氏に少し似ているかもしれない。今言うと彼女のご機嫌を損ねるから言わないが…

「とりあえず、寮のセキュリティ上げとくからそれで勘弁して」
「……はぁい」

自由に振る舞うことが許されない世界にいた彼女。王族が決めた婚約に縛られて、自分だけの時間なんてほとんどなく、夢さえも諦めて…それでも気丈に振舞っていた。

「アキラ氏」
「ん?」
「婚約破棄、おめでとう」
「ありがとう」

やっと自分の足で、自由に好きな道を歩けるね。
願わくば彼女の未来に幸多からんことを…

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《ーー 数年後・イデア視点 ーー》

ナイトレイブンカレッジを卒業後、嘆きの島で過ごしていた僕の元に一通の手紙が届いた。
差出人はアズール・アーシェングロット。かつての後輩からの手紙に好奇心半分、不安半分にペーパーナイフで封筒を切る。

「フヒヒッやっぱり捕まったでござるか」

封筒には手紙と写真が入っていた。
写真には元オクタヴィネルの三人組と彼らに捕まった元身代わり姫のアキラ氏の姿が写っていた。

「学園にいる時からアプローチ凄かったもんね。あの三人をかわし続けるのも至難の技でござるが、卒業後も追いかけられていたとは…」

アズール氏の勧誘に負け、ボードゲーム部に在籍していたアキラ氏。モストロ・ラウンジの従業員も半ば無理やり手伝わされていたが、卒業までの約2年間をそれなりに楽しそうに過ごしていた。
卒業後の彼女は誰にも行先を伝えず、世界を旅して回っていた。時折、旅行先から絵葉書が送られて来ていたため元気なのは知っていたが、まさかあの三人がまだ追いかけていたとは思わなかった。執念深いと言うか、何と言うか…アキラ氏、ご愁傷様。
手紙にはアキラ氏を捕まえたので、時間がある時にモストロ・ラウンジへ来てくれという内容だった。

「追いかけっこはアキラ氏の負けだね」

そう呟きながらスケジュールに都合をつけて、近々伺う旨を手紙に認める。


《ーー 余談 卒業後・アズール視点ーー》
実は僕とアキラさんが初めて出会ったのは学園じゃない。僕らが最初に出会ったのはアキラさんがご両親と一緒に行商に出た港町だ。当時はまだ幼く記憶も曖昧だからかアキラさんは覚えていないみたいだけど、僕ははっきり覚えている。
あの日は錬金術の研究に必要な素材が浅瀬にしかなくて、それを取りに行った所を密猟者に捕まった。それをたまたま通りかかったアキラさんが大人顔負けの魔法を駆使して助けてくれた。その時に名前と皇国の貿易商だという事を聞いていた。彼女が話す商人の交渉術や外国に行った時の話は、海の中しか知らない僕に衝撃を与えた。陸に対する興味を与えてくれた人、僕の世界を変えた人、それが彼女だ。

「ずっと前から知っていたと言ったら貴方はどんな反応をするでしょうね」

ビックリするだろうか、それとも「何で黙っていたの!?」と問い詰められるだろうか。彼女の表情を想像するだけで笑みが零れる。

「さて、これで37ヶ国目ですか」

いい加減捕まって欲しいが、流石は貿易商の愛娘。まるで語学の壁なんて最初から存在しないかの様に様々な国を飛び回っている為、全く捕まらないし見つからない。

「絶対見つけて捕まえてやりますよ」


砂漠の熱風が数m先の艶やかな黒髪を揺らした。黒髪の持ち主はこちらに気がつくと全速力で走り出す。追いかけっこはまだ始まったばかりだ。



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