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フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】

【転生オクタヴィネル】
主人公視点

「あ゙〜もう最悪ッ!!」

私の嘆きの言葉はニューヨークのストリートに吸い込まれ、消えていく。今日は散々な1日だった。朝から中身の無い会議に長時間拘束されてお昼ご飯を食べる時間もなく、山のような資料と睨めっこ。そもそも定時という概念がなく、ここの所泊まり込みで研究をしている。そんな私を見かねた上層部が有給の消化を命じたため、明日から1週間が休みになった。そして帰ろうとした矢先、バケツをひっくり返したような雨である。

「髪うねるし、最悪よ。全く」

まるでついてない1日だったが、奇跡的に折り畳み傘は持っていた。鞄の中から折り畳み傘を出す。小さな折り畳み傘では足元までカバー出来ず、既にパンプスの爪先は浸水してしまっている。ヒールがすり減ったお気に入りのパンプスとは今日でお別れかもしれない…

「どうせ休みだし、帰ったらお風呂に直行して明日新しいパンプスを買いに行こう」

大まかに今後の予定を決め、家に向かって歩き出す。私の家は研究所から徒歩15分くらいなので、頑張って雨の中を進む。

住宅街に差し掛かった頃、小さな声が聞こえた気がした。声は路地裏の方から聞こえている。最初は猫の鳴き声かと思ったそれは、近づいてみると少年達の泣き声だった。これは只事ではないと思い、雨も気にせず走り出す。

「……アズール!……しっかりして!」
「寝てはいけません!……起きて下さい。アズール」

辿り着いた先にいたのは3人の少年達。この土砂降りの中傘もささずに身を寄せている。真ん中にいる子は具合が悪そうで目を閉じている。彼らは全員裸足で、着ている洋服もシャツとズボンだけ。明らかに異様な光景だ。

「大丈夫?救急車呼ぼうか?」

私がそう話しかけると、両端の少年(双子?)がキッと睨みつけたが、私の顔を見ると目を丸くした。

「え、アキちゃんせんせーじゃん!!」
「アキラ先生ですよね?!」

双子は私の名前を知っている様だが、私には全く覚えがない。

「どこかで会ったかしら?ごめんなさい。覚えていないわ」

私は先生と呼ばれる立場ではないので、その呼び方にちょっと違和感を覚えた。教師、医師、弁護士、国会議員などは【先生】と呼ばれることがあるが、私はただの研究者なので該当しない。人違いだろうか。

一先ず、救急車を呼ぼうと携帯を手にすると双子に断られた。何やら訳ありの様子なので、通報はやめておいた。

「……このままでは風邪をひくどころか、下手したら死ぬわよ。とりあえず、コートを貸すから着なさい……もう少しだけ歩ける?」

私がコートを貸すと双子は真ん中の銀髪の子に着せ、彼の腕を自身の肩に掛けた。どうやら歩いてくれるらしい。私は少年達を引き連れて家に向かった。


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ジェイド視点

前世の記憶を持って生まれた僕とフロイドは、最初神童と呼ばれていたが、やがて周りから嫌悪され5歳の時に両親に捨てられた。特に悲しいとも思わず、僕達が転生しているならばどこかにアズールもいるはずだと思っていた。そして、僕達が死ぬよりも大分前に消えてしまったアキラ先生も転生しているかもしれないと考えていた。

アズールとは施設で再会した。アズールにも前世の記憶があるらしい。転生した世界には魔法がないため、アズールでも難しい事がたくさんあった。幼少期の僕達は果てしなく退屈な毎日を送る羽目になった。まるでパズルの最後のピースが欠けているような、不完全な世界。

《親がいない子どもの為の施設》というのは大義名分で、実際はろくに食事を与えられず、職員の大人から暴力を振るわれる毎日。
「18歳までは施設にいる事が出来るが、18歳以降は自立しなければならない」というルールは表向きの表現。実際には「18歳になった子どもは臓器売買に使われるか、人身売買で金持ちに売られるか」の二択だ。18歳という規定はあるが、頭の出来が悪過ぎると18歳未満でも対象と成りうる。
だから僕達は18歳になる前に逃げ出した。走って走って、どこだか分からない住宅街の路地裏で、突然の豪雨に凍えながらも生きようとした。そうして、ずっと会いたかった人に出会う事が出来た。


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フロイド視点

アキちゃんせんせーと会えたのは本当に偶然だった。やっと会えた。アズールもジェイドも前世の記憶があったからアキちゃんせんせーも覚えてるって、そう思っていたのに…アキちゃんせんせーには前世の記憶がなかった。


アキちゃんせんせーは記憶がなくてもオレ達を助けてくれた。一人暮らしとは思えない程広々としたアパートの1室。彼女はアズールの体をタオルで乾かしてベッドに寝かせ、体温計や風邪薬などをテキパキと揃えた。その間にオレとジェイドは風呂に入れられ、スエットを貸して貰った。交代でアキちゃんせんせーも風呂に入り、今髪を乾かしている。「オレらが言うのも何だけど、警戒心ないの?」と尋ねると、「悪い人には見えないから大丈夫でしょ」とケロッと返された。

相変わらず料理が下手なのかキッチンが使われた形跡はほとんどない。髪を乾かした彼女はデリバリーを適当に頼み、オレとジェイドに向き直る。

「さて、救急車を呼ばなかった理由を聞かせて貰いましょうか」
「良いけどさぁ〜それを言ったら、アキちゃんせんせー無関係じゃなくなっちゃうよ?」
「本当に宜しいのですか?アキラ先生」

ジェイドも一緒に忠告したが鼻で笑われた。

「家に連れて来た時点で既に関係者よ」


彼女に今までの事を話す。前世の事や今世の13年間の出来事などを話した。

その間にデリバリーの商品が届いた。オレ達の前にたくさん料理を並べて、「好きなだけ食べなさい」と言ってくれた。料理の中にはリゾットもあり、彼女はそれをアズールに持って行った。アズールに薬を飲ませて、彼女はリビングに帰って来た。適当に食事を済ませた後、彼女は言った。

「……話は大体分かったわ。貴方達がいた施設名にも聞き覚えがある。前々から黒い噂が絶えないと思ってはいたけど、まさか事実だったとはね」
「僕達の話を信じてくれるのですか?」
「ええ。嘘をついているようには見えないし、貴方達の腕や足には証拠となる痣があるでしょ。少なくとも施設に問題があるのは明らかだわ」
「アキちゃんせんせーは前世の話も信じてくれる?」

前世の話を産みの親にした時、酷く気味悪がられた。それ以来、前世の話はジェイドとアズールにしかしていない。記憶がないアキちゃんせんせーが信じてくれるかは分からなかった。

「正直、前世については半信半疑って所ね。私は科学者の端くれだし、流石に全部の話を鵜呑みには出来ないわ。自分で検証したわけではないからね」

そう言って彼女は「ごめんね」と困った様に笑った。オレ達を気味悪がる事なく、嘘偽りない言葉を返してくれる彼女は、やっぱりオレらが知るアキちゃんせんせーだった。

「ううん。大丈夫!ありがと〜アキちゃんせんせー」
「アキラ先生、明日アズールにも話をして貰えますか?」
「良いわよ。どうせ明日から1週間有給だから暇だしね。貴方達もどこかに行くつもりはないのでしょう?」

その言葉に素直に頷く。帰る場所なんて今のオレ達にはなかった。

「それじゃあ、まずは施設の問題を片付けましょうか。手伝ってくれる?…えっと」
「ジェイド・リーチです」
「同じくフロイド・リーチで〜す!」

彼女は小さく微笑んで、「ジェイド君、フロイド君」と昔みたいに呼んでくれた。


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アズール視点

目が覚めると知らない部屋にいた。施設でもなく、病院でもない。僕は誰かに捕まったのだろうか?ジェイドとフロイドは無事なのか等と思考を巡らせ、ベッドの上から動けないでいると不意に部屋の扉が開いた。

「あ、アズール起きた〜!おはよー」
「おはようございます。アズール」
「フロイド?ジェイド?」

扉から入って来たジェイドとフロイドを見て、胸を撫で下ろす。良かった、捕まった訳ではありませんね。僕が安心していると、二人は誰かを呼びに行った。

「ほら、アズール。アキちゃんせんせーだよ!」
「ちょっとフロイド君、押さないで!ジェイド君は腕痛いから引っ張らないで!」

フロイドに押され、ジェイドに腕を引かれて連れて来られたのは、ずっとずっと会いたかった人で…知らず知らずのうちに溢れ出た涙を見たアキラさんが慌てる。

「ちょっ!アズール君?どうしたの?どこか痛い?」

心配する彼女にブンブンと頭を横に振る。
「良かった……アキラさんが生きてて、会うことが出来て良かった」と泣きながら口にすると、彼女は困惑しつつも僕を抱きしめて頭を撫でてくれた。


漸く落ち着いた僕にジェイドが昨日と一昨日の出来事を説明した。一昨日僕達が施設から逃げ出し、雨に打たれていた所にアキラさんが通りかかって助けてくれた。僕は風邪で昨日丸一日眠っていて、ジェイドとフロイドが看病してくれていた。その間にアキラさんは警察や新聞記者に手を回していた様で、施設の悪事は無事世間にバラされて施設職員は逮捕、子ども達は他の施設へ保護された。

「魔法が使えなくても、前世の記憶がなくても相変わらず凄い方ですね」
「ええ、本当に。アキラ先生は身寄りがない僕達を引き取る手続きまでしてくれましたよ」

お人好しな所も変わりませんね、とジェイドがニタニタと笑う。

「ふふ、それはそれは。対価を用意しておかなければなりませんね」
「特別な物をご用意しましょう」

僕達が対価の話をしていると、アキラさんと一緒にキッチンで料理をしていたフロイドが呼びに来た。今日はデリバリーの商品ではなく、彼女が下手くそなりに頑張って作った料理がテーブルに並ぶ。味も見た目もイマイチだけれど、それは世界で一番優しいもので、魔法の代わりに愛情が込められていた。


《ーー 余談 ーー》
数年後、前世の記憶を取り戻した海老原は三人から同時にプロポーズされ「重婚じゃん」と困り果てていた。



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