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フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】

【稚魚メロウズ】

お昼休憩がそろそろ終わる時間。購買で買ったサンドイッチを食べて、次の授業の流れをクルーウェル先生と相談していた。特にいつもと変わらない教師控え室のドアが乱暴に開け放たれた。あまりの騒々しさにクルーウェル先生と私が一瞬固まる。

「クルーウェル先生!海老原先生!大変っス!アズール君達が…!!」
「落ち着けブッチ!何があった?」

教師控え室に乱入して来たのは2年のラギー・ブッチ。クルーウェル先生に言われるがまま、彼は息を整える。

「アズール君達がちっちゃくなったんス!」

どういう意味か理解しかねるが、とりあえず緊急事態という事は分かった。

「小さくなったって具体的にどのくらい?」
「4~5歳くらい?で、元の人魚の姿になってるんスよ!」
「どういう理屈かは分からんがまずいな。エラ呼吸しか出来ない場合、早く水に移さなければ最悪死ぬぞ」

実験室の棚にあった大きめの水槽と人工海水の素をそれぞれ抱えて、彼らがいる中庭まで急いで走る。水はクルーウェル先生の魔法で後で入れる予定だ。


《ーー 中庭 ーー》

中庭に着くと人だかりが出来ていて、その中心に幼い姿のアズール君とリーチ兄弟がいた。三人とも人魚の姿をしていて、鱗や蛸足が乾いてきている。このままだとまずいのだが、リーチ兄弟がアズール君を守るように前に出て、周りの連中を威嚇している。

「あ、アズールくぅーん?ジェイド君?フロイド君?ほら、海老原先生連れて来たっスよ〜?だから暴れないで下さいっス!」

ブッチが頑張って私の事を紹介しているが、残念ながら私は幼い頃の彼らと面識がない。威嚇されて当然だった。

『それ以上近づかない方が身のためですよ』
『そうだよ。ギュッてされてーの?』

何人か彼らに噛まれたり、尾鰭で攻撃されたりしたのだろう。怪我している生徒もいた。
私はしゃがんでリーチ兄弟と目線を合わせて少しずつ近寄り、右手を差し出した。私に気が付いたフロイド君が噛み付く。稚魚とはいえ、かなりの力で噛みつかれ、肉を食いちぎられそうになる。

「ちょっ!海老原先生!?手、手を振り払うっス!血が出てるっスよ!?」
「何している仔犬!早く手を引け!!」

慌てている二人とは対照的に、私は至って冷静に自分の右手に噛み付いているフロイド君を無言で観察する。やがて私が何もしないのを怪しく思ったフロイド君は噛み付くのをやめた。右手は肉が抉れてボロボロの状態。

『…何で?何で抵抗しないの?』
『そうですよ。貴方の手、ボロボロにしたのに何故抵抗の一つもしないんです?』
『私が危害を加える人間じゃないことを証明するため、かな』

急に知らない土地にいたらビックリするのは当然だし、知らない人間に囲まれたら誰だって警戒するでしょ?彼らはただ自分達よりも大きな人間を警戒していただけだ。右手を差し出したのは、私の無害さをパフォーマンスするためだった。
私が人魚語を話せると思わなかった双子は、揃って目をパチクリさせている。

『初めまして、人魚の子ども達。ここはナイトレイブンカレッジ。私はこの学園の教員の海老原アキラです。よろしく』

自己紹介がてら場所の説明をしておく。自分の置かれた状況が分かれば少しは信用してくれるかもしれない。

『不慮の事故が起きたようで、貴方達の姿がその様になってしまいました。この後事故を起こした生徒と“お話”して来ますが、とりあえず貴方達は水槽の中に移動してくれませんか?呼吸苦しいでしょう?』

クルーウェル先生が魔法で水槽に水を満たし、持ってきた人工海水の素で出来るだけ海水に近づける。ついでに私の右手に回復魔法をかけて治してくれた。“Bad boy!!”と怒られたが、手際よく処置してくれたおかげで傷は残らなかった。

リーチ兄弟はお互いに顔を見合わせ、水槽の水をひと舐めした。毒を警戒していた様だが、入っていない事を確認するとアズール君を私に差し出した。ぐったりしているアズール君を抱きかかえて、水槽に入れる。次いでジェイド君、フロイド君も同じように入れた。幸い彼らに怪我はないようで、人工の海水に入ったことで少しだけ元気になった。


さて、第1段階はクリア。次は事件の犯人を突き止めようとしたが、犯人は中庭の隅で気絶していた生徒だった。彼のユニーク魔法で三人を小さくしたは良いものの、返り討ちにあったと自供。アズール君達への逆恨みによる報復だったようだ。魔法は約1日で効果が切れるらしく、明日の朝には元に戻るとのこと。

この生徒には後でお灸を据えるとして、問題は小さくなった彼らのお世話だ。クルーウェル先生には「今日の授業はもう良いから仔犬共を連れて帰れ」とご丁寧に台車まで付けて水槽を渡された。仕方ないのでアズール君達の制服やマジカルペンを纏めていると、見かねたオクタヴィネル寮生が手を貸してくれた。


《ーー オクタヴィネル寮 ーー》

こんな狭い水槽では可哀想だなと思い、寮生達と相談してモストロ・ラウンジの水槽へ移す事にした。ちなみに、モストロ・ラウンジは臨時休業なので水槽を使っても問題ない。支配人達がこれでは開店出来そうにないしね。

大きな水槽で楽しげに泳ぐリーチ兄弟と水槽の片隅で縮こまるアズール君。手伝ってくれた寮生にお礼を言って、生徒達を授業へ送り出した。私は特にやることがないので、ラウンジのソファーで本を読むことにした。


夜になったので水槽にいる彼らにご飯をあげて、ラウンジから出ようとしたら後ろの水槽から物音がした。どうやら内側からフロイド君が尾鰭で水槽を叩いたらしい。耐衝撃性のガラスで良かったと心の底から思えるくらいの力加減だ。割れないと分かっていても怖い。

『どこに行くんですか?』
『どこって自分の部屋。もう消灯時間だし、貴方達ももう寝なさい』

寂しそうな声でアズール君が聞いた。
諭すように私が言うと、ジェイド君に反論された。

『ヤです。貴方もこっちで寝て下さい!人魚なのでしょう?』

ヤって、可愛いな。普段のジェイド君なら絶対言わないセリフだなと思う。

『残念だけど私は人魚じゃない。人魚語が話せるだけのただの人間。一緒には寝られない』
『え〜エビちゃん先生、なんとかなんないの?人魚化薬とか飲んでさぁ、人魚になってよ』

中々の無茶振り。人魚化薬クッソまずいって知ってる?というか、記憶なしの子ども状態でも私のあだ名「エビちゃん先生」なのか。

未だに駄々を捏ねる少年達。
水槽のガラスが心配になるくらいタックルをしている。いや、それ壊したって一緒には寝れないってば!それに水槽壊したら怒られるの私なんだよ!?

「あ゙あ゙ーもう!!」

ラウンジの入口の鍵を内側から締めて、水槽の上部へ足早に移動する。水槽近くにある棚から人魚化薬を手に取った。

『今日だけだからね!』

水面に顔を出し、期待の眼差しでこちらを見つめる三人。ワクワクしている顔は子どもっぽくて可愛いが、それに流されると後々厄介だと私は知っている。

性転換薬と併用すると新しく飲んだ方の効果しか出ない。よって、女性の姿でかつ人魚化するわけで…

『すっげー!エビじゃなくてオルカだ!』
『おやおや、これは予想外ですね!まさかオルカで、しかも女性だったなんて!』

キラキラした目で私の尾鰭の周りを楽しげにクルクル泳ぐリーチ兄弟。対してアズール君は急に現れた海の支配者にビックリしている。

『あ゙あ゙ー口の中クッソ不味いし、大きめとはいえ流石にこの姿だと狭いし、アズール君ビビるし…もう嫌だわ』
『び、ビビってなどいませんよ!ちょっと驚いただけです!』

声めっちゃ震えてるけど?本能的な恐怖ってやつなのかな。怯えさせるつもりはなかったんだけどなぁ…
まあ、どっちにしろ明日の朝には私も皆も元に戻る。今日は我慢して貰おう。

『あーはいはい。サッサと寝ますよ〜お休みなさい』
『おやすみぃ〜エビちゃんせんせー』
『おやすみなさい。海老原先生』
『…おやすみなさい、海老原先生』

腕やお腹に巻きついて眠る三人に多少動きにくさを感じつつ、目を閉じる。明日ユニーク魔法を使った生徒に子守り代を色付きで請求してやろうと心に決め、私も眠りについた。


《ーー 余談 ーー》

先日ユニーク魔法を放った生徒はボロボロの状態で医務室に運ばれた上、オクタヴィネルから高額な慰謝料を請求されたらしい。


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