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フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】

【熱烈ラブレター】
主人公視点

綺麗に澄み渡った青空の昼下がり。私、海老原アキラはここに来たことを後悔していた。目の前にはポムフィオーレの腕章を着けた生徒。頬を赤く染め、彼はラブレターを渡して来た。

「海老原先生が好きです。返事は要らないので、僕の気持ちだけ受け取って下さい」

字面だけで判断するなら、一見良さそうに見えるこのセリフだが、言われた側は「一方的に気持ちだけ押し付けられる身にもなれ」と思わざるを得ない。感情の押し付けはやめて欲しい。せめて断る権利をくれ。

無情にもラブレターを寄越した生徒は言うだけ言って走り去って行った。自分の気持ちを押し付けて満足するタイプなのかな。迷惑極まりない。至極不愉快だ。しかも、今日に限った事ではない。他の生徒からもラブレターなり告白なりを受けている。

何なの?毎日告白しなきゃいけないノルマでもあるの?男性の姿だから告白なんてされないと思っていたのに、この世界に来て約半年間ずっとこんな感じだ。女性である事がもしバレたらと考えるとゾッとする。

そんなこんなで増えていくラブレター。大変古風で良いと思うよ?私宛じゃなければ。あと地味に長いんだよ!論文かな?!貰った手前読まない訳にはいかないし、読んだら内容暗記しちゃうしで悪循環。デススパイラル!バルガス先生みたいに筋肉モリモリになったら少しは告白減るのかな。でも筋肉ゴリラは嫌だなぁ…澄み渡る青空とは対称的に私の心は曇り空だ。

どうしてか、いつもアズール君やリーチ兄弟がいない時を見計らって告白される。まあ、気持ちは分からなくもない。彼ら魔法だけじゃなく物理的にも強いから怖いよね。しかも、彼らはラブレターを見つけると破り捨ててしまうのだ。この間中庭で渡されたラブレターは、ジェイド君のファイアショットで見るも無残な灰になってしまった。もはや破り捨てるという次元ではない。そのため貰っても管理に困るのだ。


どうしようかなと思い悩み、一応木の茂みに隠れてラブレターを読む。読むんだけれど…

「レターというか、もはやポエム」

目を通すけど、文章の全てがポエム。ポムフィオーレの副寮長を思い出して頭が痛くなって来た。ポムフィオーレではポエムの練習とかしているのだろうか(ポムフィオーレ風評被害)

『儚い花の様な笑顔、ふわりと揺れる優しい髪、美しく響く声。その姿はまるで地上に舞い降りた天使そのものーーーー』

ゔぇぇー
誰だよそれ。妄想の中で存在が美化され過ぎている。恋に恋する乙女のようなポエムにテンションは右肩下がりだ。

別に偏見はないのだ。男子校だし、そういう事もあるだろう。でも、よく考えて欲しい。他にも見目麗しい生徒がわんさかいる。頼むからそっちに行ってくれないかな。


願いは叶うことなく別の日、今度は実験室へ呼び出された。目の前には調理部らしいハーツラビュル寮の生徒。手に持っているのはクッキーだ。美味しそうな匂いがしている。しかし、残念な事に断らなければならない。

「せっかく作ってくれたのにごめんな。手作りの物は受け取れないんだ」

これには理由がある。以前別の生徒に手作りのカップケーキを貰ったところ、中に入っていたのは生徒の髪の毛だったのだ。私自身ドン引きだったし、それを見ていたアズール君達から「今後僕達と食堂以外の手作り料理は禁止です!」と怒られた。危機感がなかったのは事実なので何も反論出来なかった。媚薬や惚れ薬入りの物を貰うこともあったし、髪の毛混入事件以来手作りは貰わないことにしている。

ハーツラビュル寮生は理由を聞くことなく、代わりにと分厚いラブレターを差し出し、教室を出て行った。あれデジャブかな?


部活中に最近ラブレターが流行っているのかとイデア君に聞いたら「そんな訳ないでござる。というか、海老原先生に直接渡すだけでも無理ゲー」と言われた。確かに私が1人でいる時間は割と少ない。いつもアズール君かジェイド君かフロイド君の誰かと一緒にいる気がする。今アズール君は不在だが、イデア君がいるから1人ではない。ラブレターや手作り料理を貰わないためには、誰かと一緒にいれば良いのでは?四六時中は無理でも少しは減るかもしれない。

って、この間まではそう思ってたんだけどな。と私はモストロ・ラウンジのVIPルームで現実逃避していた。

「この惚れ薬を海老原先生に飲んで欲しいんです!」

それが依頼主(例のポムフィオーレ生)の願いだった。律儀にポイントを貯めての願い事がこれである。真っ向勝負で来ると思わなかった。返事は要らないから気持ちだけ受け取れって言ってたくせに。

「これを飲めば良いんだな?」
「はい!飲むだけで良いです!これで貴方は僕のものだ」

念の為確認を取る。
後半のセリフは聞かなかったことにしよう。

キュポンという音を立てて瓶の蓋を開け、一気に飲み干す。

「大丈夫ですか?」

アズール君が私の顔を覗き込み、体調を確認する。惚れ薬は飲んだ後、最初に目を合わせた人間が対象になる。つまり、アズール君が惚れ薬の対象になった訳だ。私はアズール君の腕を引っ張り、自分の隣に座らせて抱きしめる。向かい側にいるポムフィオーレ生は「こんなの契約違反だ!!」と騒いでいる。

「“飲むだけで良い”と言ったのはお前だろ。言われた通り俺は飲んだが、その後の事はこちらの自由だろ?契約は達成している」

私がアズール君に抱き着きながら反論すると、生徒はふらふらと覚束ない足どりで部屋から出て行った。足音が遠ざかったのを確認して、アズール君を離す。

「協力ありがとう。アズール君」

「どういたしまして。それにしても貴方は妙な連中に好かれますね。狂信的というか、盲目的というか…」

「私だって好きでこうなってる訳じゃない。勝手に理想を押し付けられて盲目的に恋愛感情を向けられるのよ。よりにもよって私を天使と勘違いするなんて途轍もなく不愉快だわ」

今回の契約者がアズール君に惚れ薬を頼んでいた事は知っていた。だからこそ、警戒していたし、薬は事前に水の入った瓶と交換されていた。事実私は瓶の中身が“惚れ薬”だなんて一言も言っていない。アズール君に抱きついたのもただの演技、随分簡単なトリックに引っかかってくれたものよね。


「惚れ薬のご利用は計画的に、ね?」


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