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フェンリルは夢の中【スピンオフ、短編等】

【少女インディグネント】

<アズール視点>

「呼び出して悪いな。アーシェングロット」
「いえ、大丈夫です」

僕はクルーウェル先生に薬学室に呼び出されていた。特に何か問題を起こした訳ではないし、そんな記憶もない。ジェイドとフロイドもいつも通りに過ごしているはずなので、何かやらかしはしていないだろう。はて、なぜ僕は呼び出されたのだろうか。

「とある仔犬の不手際で運悪く魔法薬が海老原にかかってしまってな」

このザマだ。とクルーウェル先生の後ろに隠れている少女を指差す。
大体5〜6歳くらいの少女は、少し怯えたようにクルーウェル先生の上着を握って、ひょっこりとこちらに顔を出した。

「被ったのが若返り薬の失敗作でな。記憶も体も子どもに戻ってしまった。数時間〜1日程度で元に戻るだろうから今日はもう寮に連れ帰ってくれ」

クルーウェル先生の言葉を聞いていたアキラさんの肩がビクリと揺れる。子ども特有の大きな瞳には不安の色が窺える。

「事情は説明してあるし、こちらの言うこともきちんと理解できるようだ」

Good girl!!
そう言ってクルーウェル先生はアキラさんの頭を撫でた。

記憶がない上に知らない世界にいるにも関わらず、泣き喚くこともなく大人しい。子ども時代の彼女は案外人見知りなのかもしれない。
僕は蹲み込んで彼女と視線を合わせ、自己紹介した。

「アズール・アーシェングロットです。よろしくお願いします」
「えびはら あきらです。よろしくおねがいします」

急にしゃがんだ僕に吃驚しながらもおずおずと小声で自己紹介してくれた。



《ーー 中庭 ーー》

子どもに戻ったアキラさんと手を繋ぎ、彼女の歩くスピードに合わせて歩く。今の彼女に記憶はないので、見るもの全てが珍しく感じるのだろう。先ほどから目をキラキラさせて辺りを見渡しながら歩いている。よそ見をする度に転びそうになるので、こちらは気が抜けない。

寮に戻ろうと中庭を横切っている時だった。ガラの悪い連中が二人絡んで来た。

「よぉ!インチキタコ野郎。今日は子どものお守りか?」
「丁度いい。そのガキ庇いながら戦うんだろう?リーチ兄弟もいないみたいだしな」

アキラさんと繋いでいる手を見て、お守りだと嘲笑う。

「お前と契約したせいで俺たちの人生はめちゃくちゃなんだ」

契約違反をした元イソギンチャク達はグチグチと文句を言い始めた。
正直逆恨みもいいところだ。こいつらは自己責任という言葉を知らないらしい。

「俺らの恨み晴らさせてもらうぜ!!」

魔法での私闘はご法度なのだが、いつしか教師にバレなければOKみたいな風潮になってしまっている。それにしても、タイミングが悪い。子ども連れなら僕に勝てると息巻いているが、彼女に怪我一つでもさせてみろ。お前らに待っているのは死だけだ。
マジカルペンを取り出そうとした時、聞き慣れた声がした。

「あれ〜アズールじゃん!」
「おや、アズール奇遇ですね」

ジェイドとフロイドは先ほどの連中の背中を蹴りつけ、地面に叩きつけた。双子の長い足によって背中を踏みつけられている2人組は、「ぐえぇ」とカエルが潰されたような声を出している。

「ってか、その稚魚何?アズールの隠し子?」

「んな訳ないでしょう!アキラさんですよ。魔法薬を被ってしまった様で、一時的に子どもになっているんです」

僕の説明に二人が納得する。未だに潰されている不良共はこの際無視だ。

「お兄ちゃん達、アズールさんの味方?」

さっきまで無言だった少女が口を開く。
彼女の質問にジェイドとフロイドが頷くと「ちょっとそのままでいてくれる?」とお願いした。僕と繋いでいた手を離し、不良どもの前まで歩いて行く彼女。

説教でもするのかと思いきや、渾身の力で不良の顔の側面を蹴り上げた。衝撃で歯が1本飛んで行く。それに驚いている間に、もう一人の顔も蹴り上げ、同じ様に歯が飛んで行った。いたいけな少女の姿からは想像できない行動に思わず呆然と立ち尽くしてしまう。

「うーん。あんまり綺麗に折れないな〜ペンチがあれば全部抜いてあげられるのに」

少女らしからぬ物騒な発言である。
彼女は抜け落ちた歯を見て、あとどのくらい蹴れば全部抜けるかを計算している様だった。

「え、待って待ってこの稚魚ちゃん!じゃなかった、アキちゃんせんせー!何してんの?」

「アキラ先生?そんなことしたら危ないですよ!」

面白いことが大好きな双子でもこれは流石に予想外の様で、珍しく焦っている。僕は更に蹴りかかろうとしているアキラさんを慌てて抱き上げて、不良から引き離した。

「何してるんです!?危ないでしょう?」

問いかけると、彼女は不思議そうに首を傾げてこう言った。

「だってこの人達、自分の無能さをアズールさんのせいにして、ずっとグチグチうるさいんですもん。あんまりうるさいから喋れなくしてあげようと思って。歯がなくなれば喋れないでしょう?」

何か問題あります?とでも言いたげな表情に苦笑する。
彼女は人見知りなんかじゃない。黙って状況を見極めて、ずっと機会を伺っていたのだ。

子どもらしい無邪気さと彼女特有の計算高さを目の当たりにして、小さくてもアキラさんはアキラさんなのだと思った。



<余談>

騒ぎを聞きつけたクルーウェル先生がやって来て、事情を聞いた後、アキラさんのおでこにデコピンをした。「Bad girl!!」と言われ、おでこを抑える彼女の姿につい笑ってしまうと、涙目ながらポカポカと頭を叩かれた。



Indignant・・・憤慨する。怒る
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