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フェンリルは夢の中

【真相チェックメイト】6話
アズール視点


《ーー モストロ・ラウンジ VIPルーム ーー》

1週間の謹慎が明けて数日後。リドルさんの首輪を着けた監督生達一行がモストロ・ラウンジにやって来た。そして、今僕の目の前で土下座をしている。

「ほんっとうにすみませんでした!」

謝り続ける監督生さんは寝不足なのか、目の下に色濃い隈を作り、グリムさんもどこかやつれている。他のメンツも精神的な打撃を少なからず受けている様で、いつも以上に覇気がない。

外部からのハッキングで今回の事件の映像が出回り、レオナさんの国では王室の支持率が急激に落ち込んだ。王子という立場上、かなりの叱責を国から受けた様で流石のレオナさんも自分の軽率な行動に少しは反省しているらしい。契約書が破棄されて被害を蒙ったのは、どうやらこちらだけではなかった様だ。

「一応、謝罪だけ受け取っておきます。まあ、許しはしませんが」

僕の言葉に彼らは身を硬く強ばらせた。

「ところで、ここ数日ずっと気になっていたんですが、貴方達は何かリドルさんを怒らせる様なことをしたんですか?」

ハーツラビュルの寮長、リドルさんは生真面目でルールに厳しい。しかし、歳上のレオナさんや他寮であるラギーさんやジャックさんにまで首輪を着けるだろうか?と疑問に思っていた。

監督生さん達は首輪を嵌めるに至った経緯を教えてくれた。ついでに、僕が眠っている間や謹慎中に起きた出来事も。

「ふふっなるほど、そういうことでしたか」

裏で糸を引いている人物を思い浮かべ、自然と笑みがこぼれる。隣に控えているジェイドとフロイドも気がついたらしく、クスクスと笑っている。

突然笑いだした僕達に困惑する監督生さんが尋ねた。

「あの、出来れば海老原先生にも謝りたいんですけど、会えますか?」

「ああ、残念ですがアキラさんは今日お休みしておりまして」

「休み?今日シフト入ってねぇのか?」

「ちげーよ、トド。オレらが眠らせたの。ちょっと強引な方法で、だけど」

「はぁ!?ちょっと何してんスかアンタら」

「アキラ先生はここの所無理しすぎていたので、食事に睡眠薬を盛りました。ぐっすり眠っているので、今日はもう会えないかと」

「も〜アキちゃんせんせぇ、目離すとすぐ無理すんの!」


「じゃあ、明日にでも…」という監督生さんの提案を断る。

「申し訳ありませんが、明日は予定が入っていますので月曜日にいらしてください」

にっこりと営業スマイルで彼らに退室を促す。
さて、僕が眠っている間に1人で無茶な事をした彼女をどう甘やかしますかね。

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《ーー モストロ・ラウンジ ーー》
主人公視点

気絶するように眠った翌日、元の姿に戻った私は今何故かドレスアップされてモストロ・ラウンジでフルコースの料理を食べている。
どの料理も美味しく、見た目も華やかで文句の付けようがない素晴らしさだ。いつもの料理も凄く美味しいのだが、今日のは手の込み具合が違うというか…素人目から見ても手間暇かかっている料理だと分かる。

昨日の食事に睡眠薬が盛られていたのは状況的に明らかなのだ。体調が悪化していたにも関わらず徹夜をしたのは事実だし、パフォーマンスが下がっていたのは自覚していた。多分、私の体調を心配して薬を盛ったのだろうと推察も出来る。けど、この状況は何?目的がまるで分からない。誰かの誕生日って雰囲気でもなさそう。一人困惑しながら、美味しい料理に舌鼓を打つ。

ドルチェを食べ終わり、食後のお茶の時間になった。今まで給仕もしつつ、食事をしていたアズール君が口を開く。


「さて、アキラさん。貴方、僕達に秘密にしている事がありますよね?」

アズール君のオーバーブロットから1週間と少しして、私のことを名前で呼ぶようになった三人。まだ違和感があるが、今それは些細な問題だ。秘密にしている事…?
アズール君は断言した。私には隠し事がある、と。

「僕が眠っている間の出来事を話して頂けますよね。ねぇ、フェンリルさん?」

どうしてその呼び名をアズール君が知っている?クルーウェル先生にフェンリルと揶揄されたのはあの日だけだ。それ以降呼ばれたことはない。つまり、あの場にいた誰かが話したとしか考えられない。

これは嘘を吐いても言い逃れは出来そうにないな。さらに言うなら、出入口側にアズール君が、両サイドにはリーチ兄弟がそれぞれ座っている。力比べなどしなくとも勝ち目はない。逃走不可能。さっきの手の込んだ料理は話を聞くための前払いだったのだと悟る。私は大人しく話すことに決めた。

アズール君はチェス盤を机に置いて駒を並べて、ゲームをしながらお話しましょうと言った。

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「話といっても、どこから話せば良いのか分からないわね」

黒い駒を並べながら話す。

「そうですね。では、僕がオーバーブロットした日からお願いします」

アズール君が白い駒を並べ終わる。
ゲーム開始の合図をして、先攻のアズール君がポーンを動かす。

「あの日の放課後、私はまずオンボロ寮に行ったわ。偵察ついでに水とツナ缶を置くために。結局何の情報も得られなかったけどね」

私も黒いポーンを動かす。

「水とツナ缶?何それぇ〜」
「何か意味があるんでしょうか?」

ジェイド君とフロイド君は対局の様子を見守りつつ、質問する。

「そこは後で話すわ。ただの保険みたいなものだし、大して面白くない話よ」

「布石みたいなものでしょうか。気になりますね」

アズール君が呟き、今度はナイトを動かした。

「…その後モストロ・ラウンジに向かって、例の事件に遭遇。アズール君が倒れて医務室に運んだのは私、ラウンジや寮の入口の対応をしてくれたのがジェイド君とフロイド君」

「医務室で学園長とクルーウェル先生に事情を説明した。学園長は当初彼らに罰則を与えようとはしなかった。挙句事件を隠蔽しようと企てたからある取引をした」

取引?とアズール君が聞き返す。

「ええ、取引。といっても学園長は要求を飲まざるを得ないから脅しに近いかもね」

「内容はこうよ。『彼らがリドル君の首輪を嵌めて1ヶ月を過ごす。もし首輪を1ヶ月以内に外せば、外部にリークし、警察にも通報する。約束を守るなら私は口外しない』」

アズール君だけユニーク魔法を封じられるのは不公平だし、本当は退学処分にしたかったんだけどね〜と笑いつつビショップを動かす。

彼らに首輪をしたのは心象操作的な意味もあった。犯罪者であることを本人や周りが認識しやすくするため。他の生徒達から悪意や好奇の目で見られる。彼らがやった事を正当化しようとするのは頭にイソギンチャクを生やしていた馬鹿共だけで、奴らは能天気に「次の試験の時も(契約書の破棄)頼むぜ!」等と言っていた。奴らの試験範囲だけクッソ難しくしてやろうか?と思った。今なら職権乱用もやぶさかではない。

「相手が王族じゃ退学処分は難しいですからね。では、何故動画をネットに流したのですか?彼らの首輪は外れていませんでしたよ」

「ああ、それはタイムラグのせいね。学園長と取引したのはアズール君がオーバーブロットした日で、実際にリドル君の首輪を着けたのはその2日後の夜。つまり、空白の時間が約1日半存在する。その間に私が事件について話したとしても契約違反にはならないわ。契約は首輪を嵌めた瞬間から1ヶ月だからね」

「というか、さり気なく私が流した事になってない?」

「では、貴方以外に一体誰が?」と尋ねつつ、アズール君はさっきとは別のポーンを動かす。

「イデア君だよ。私が動けなくなる事を想定して、合図したら監視カメラの映像を外部のサーバーを経由して流すように事前に頼んでいたの。もし、学園長が彼らにもっと厳しい罰を与えたり、魔法省や警察に被害を報告していれば動画流出は中止したわ」

学園長の優しさが仇になったわねと言いながら、もう一つのナイトを動かす。

「ふふ、やっぱりイデアさんでしたか。イグニハイド寮が特定出来ないのはおかしいと思っていたんですよね。ネットはあの人の庭なのに」

アズール君が笑う。
事実、イデア君の技術力ならハッカーの居場所くらい余裕で特定出来るだろう。機械工学分野は彼の庭であり、私の庭でもある。
動画の拡散はイデア君だけじゃなく、実はイグニハイド寮ほぼ全員が協力してくれていた。拡散していたのは彼らなのだから学園長が誰に聞いた所で、「特定出来ない」という結果になるのだ。イグニハイドの皆にはお礼に今度技術提供でもしようと思う。

「ところで、魔法省の対応が早かったのは貴方が何かしたからですか?学園長が会議に掛けられて酷く絞られたらしいですよ」

確か学園の寄付金が大幅に減額され、学園長の給料も暫く50%減らすとか…。本当魔法省えぐいことするよね

「そこは空白の1日半に該当するわ。事件翌日の夕方、クルーウェル先生と魔法省に行き、今までのオーバーブロット事件の話をして、今回の証拠も渡した。もし、学園長が報告に来ない場合はこの証拠を有効に使って欲しいとお願いしたの。ふふ、お偉いさん達鬼の形相で怒っていたわ」

報連相はどこの世界でも大切なんですね。覚えておきましょう。
魔法省に行くのは私一人でも良かった。でも、クルーウェル先生に付き添いをお願いしたのは私だけだと信用されないと思ったからだ。長年学園に勤めている教員が一緒なら話の信憑性が増す。実際、魔法省のお偉いさん達は私達の話を信じてくれた。
まあ、その信憑性の代償にクルーウェル先生の研究の手伝いを要求され、ここ数日まともに寝ていなかったわけだが…。

アズール君がビショップを動かした。

「その様子だとレヴィー・グレイさんの件も予測済みだったんですか?」

「そりゃあ毎月決まった頃に薬を渡していたんだし、ある程度ならね。契約書がなくなったら自分の妹がどうなるかくらい理解出来る子だもの。彼の性格を考えたら元凶の所に殴り込みに行くことくらい予測出来るよ」

私ならそうするし、何なら殴るよりも元凶の息の根を止めようと画策するだろうけどね。

「今回は特別にレシピも材料の手配もしましたが、本当に無償で良かったんですか?」

「そ〜だよ。アズール損してんじゃん!」

今まで黙って成り行きを見守っていた二人が口を挟む。

「心象操作のため、ですよね?アキラさん」

「そうだよ。客商売ってイメージが大切でしょ?『契約書がないので助けません』って報道されるより『謹慎中で契約書はないけど、彼の妹を救うために尽力しました』って言われた方が好感が持てるでしょ?」

そう。全ては心象操作のため。
イメージ戦略ってやつよ。

「人って醜聞と同じくらい美談が好きなんだよ。事実を自分の都合がいいように脚色して物語を作る。今回のもそう。悲劇のヒロイン、ジェーン・グレイを救った英雄って感じの報道でしょ?それで、私たちの敵として監督生や学園長が悪として描かれ批判される」

光の反対は闇。英雄の反対は悪党。
英雄は悪党の存在があって初めて意味を成す。影が濃ければ濃いほど光の強さが増すように、悪党が理不尽なことをする程、英雄の功績が称えられる。悪党がいない平和な世の中にヒーローは要らないでしょ?
まあ、私は英雄じゃないんだけれど。むしろ私は罪人側だ。称えられる筋合いはない。英雄視されるのはごめんだ。

「弱者から金を搾り取るよりも、世間を味方にして知名度を上げる方がずっと利がある。それに、マスコミを巻き込めば広告料タダで宣伝してくれるしね」

人の噂も七十五日。どうせその内事件のことなど忘れられるだろうけど、宣伝効果も少しはあるでしょう。

人は一度楽を覚えたら簡単には抜け出せない。急な階段より緩やかなスロープの方が歩きやすいから足を鍛えることを忘れる。自分で努力するより他人の力を借りた方が楽だから頭を使う術を忘れる。欲望は欲望を生み、願いは尽きることがない。皆慈悲を求めて蜘蛛の糸に手を伸ばす。

私はクイーンの駒を手に持ち、宣言する。

「チェックメイト」

「ああーーー!!!?」

チェスはアズール君の負けで終わった。
机に項垂れて悔しがっている。悔しそうにしながらも必死で局面を思い出し、「この駒をあそこに置いていれば!」とか「ここで駒を引いていたら」とかブツブツ言っている。敗因を研究する所が彼らしいなと思った。普通の人間なら負けて悔しがってそこで終わりだ。敗因なんて考えもしない。

「そ〜いえばさぁ、水とツナ缶は結局何なの?」

フロイド君が言うまですっかり忘れていた。

「あーあれは新薬を混ぜてあるの。何事もなければ回収しようと思っていたんだけどね。彼とんでもない事をしたし、最初正義ヅラしたからちょっとお灸を据えようかなと思ってまだ解毒剤あげてなかったわ」

色々な事があり過ぎて、うっかり解毒剤を渡していなかった。

「新薬?それはどのような効果があるのですか?!」

さっきまで負けて悔しがっていたのに、新薬と聞いてアズール君が飛び起きた。そんなに期待されましても…

「ただの睡眠障害を誘発する薬だよ。悪夢を見る効果があるやつ。自分の嫌だと思う光景を毎日見ることになるだろうね。人間は寝なければ生きていけないから精神的にも肉体的にもストレスがかかる。薬の持続時間は大体2週間〜1ヶ月くらいかな」

精神が先に死ぬか、それとも肉体がもたなくなるのか。そこはまだ解明していなかった。今度誰かを捕まえて実験しよう。

「何故そんな薬を?」

「言ったでしょう?ただの保険だって。彼らが大人しく写真だけ持って来たら回収していたわ。でも、彼らは壊したんだよ。寝る間を惜しんで努力してやっと結晶化した物を容易く破壊した。その上、インチキだの詐欺だの言って悪だと決めつけた。“自業自得”だと言ったの」

試験対策のノートや他の依頼品はアズール君達が努力して作り上げたものだ。試験対策ノートだって過去100年分のデータの統計をとり、一つずつノートを書いていた。パソコンで資料を作るのとは掛かる時間が違う。ジェーン・グレイの魔法薬だって毎回苦労して、何度も失敗を繰り返して完成したもの。
地道な努力を繰り返して契約に至る。契約書は言うならば努力の結晶だった。簡単に壊して良いようなもんじゃない。

「同じ苦しみを味合わせてあげようと思った。睡眠時間を削って努力した分、彼らの眠りを奪ってやろうって。アズール君覚えてる?あの怠惰なネコがあの日言ったセリフ」


『オンボロ寮を取られたら、俺が寝不足になっちまう』


「自分が寝不足にならない為、自分の契約書を破棄する為に彼は契約書を砂にした。オンボロ寮に薬を仕掛けたのは、監督生が計画の首謀者だからその代償を払って貰うためね」

当然、機会があればあのネコにも薬を盛るつもりだ。それも監督生に盛った薬を10倍濃くしたやつを!そう思うくらいには怒っているのだ。何なら全ての権力振りかざして留年させてやりたい。

「彼らが寝不足になったとしても、“自業自得”でしょう?」

ね、面白い話じゃなかったでしょ?とキングの駒を弄びながらアズール君達を見る。

「ふふっ…あはは!」

彼らは笑いを堪え切れずに遂に笑い出した。
肩を震わせて、口を大きく開き悶絶する様に笑いまくっている。いつもは貼り付けた愛想笑いやクスクスとした控えめな笑みしかしないのに、今は完全に大爆笑だ。
冗談を言ったつもりはないんだけど、そんなに笑うこと?

「っ…は、はは!アキちゃんせんせー最高すぎ!!」

「ふ、ふふ…アキラ先生は予想外の行動をしますね。面白いです」

「…あはは!本当アキラさんの行動力には驚かされますね。ふふ…つくづく敵に回したくない人だ!」

「ねぇ、それ褒めてんの?」

私の行動が余程お気に召したらしい彼らはその後しばらく笑い続けた。新薬の話そんなに面白かったのだろうか。人魚のツボは分からないな〜と思いつつ、楽しそうな三人を眺めた。



《ーー 後日ーー》

私の前で土下座する監督生達と表面上和解したが、首輪に関しては別問題なのでそのままだ。
監督生に解毒剤を「睡眠薬」と称して渡した。
「その薬を飲むとよく眠れる」と嘘を吐いたが気づかれる事はなく、むしろ泣きながらお礼を言われる始末。ちょっとだけ罪悪感に苛まれた。


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