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フェンリルは夢の中

【延命デスペアー】5話
監督生視点

首輪を付けられた翌日、状況は一変した。
今朝マジカメにとある動画が投稿された。そこには契約書をVIPルームから盗み、寮の入口で破棄したレオナ先輩とラギー先輩が映っていた。アズール先輩のオーバーブロットの映像はなく、契約書が砂に変わった所で動画は終わっている。この動画は匿名でアップされ、瞬く間に拡散されていった。

学園長は動画の配信元を突き止めて削除させるべくイグニハイド寮に協力を求めたが、彼らの技術力を持ってしても特定には至らず、外部からのハッキングによる情報漏洩としか分かっていない。朝からマスコミの取材対応や魔法省の呼び出しで学園長は大忙しだ。


廊下を歩けば悪意や好奇に満ちた視線が無遠慮に突き刺さり、一部の名前も知らない生徒に契約書を返せと言われる。事件をよく知っているオクタヴィネル寮生は危害を加えて来ないが、その瞳には憎悪が込められていた。

僕達は同じクラスのオクタヴィネルの寮生達に理由を聞くことにした。彼らは嫌そうな顔をしたが、僕とグリムとエース達を空き教室に連れ込み、重い口を開いた。

「俺達はモストロ・ラウンジでバイトする代わりに、寮長に格安で人化薬を売って貰う契約をしていた」

「人化薬は劇薬の類で調合がかなり難しい。難易度が高い薬は相応の値段になる。安さを求めて下手なものを飲めば副作用に苦しむことになるが、副作用が出ないものは通常より高額になる。1本数万〜数十万マドルするものもある」

「俺達人魚や人外は人型を保つために定期的に飲まなければならないが、学園からの支給品だけじゃ足りない。だが、自分で買うとなると高くて手が出せない。だから寮長と契約をしていたんだ」

「でも、お前らのせいで契約書はなくなった。俺達は直に人型を保てなくなって、学園を去らなければならないかも知れない。恐らく、オクタヴィネル寮生の大半が退学を余儀なくされるだろう」

退学……。オクタヴィネル生の大半が?
契約書がなくなったせいで?

寝不足の頭を必死に働かせて提案する。

「そんな……!な、何とかならないの?学園長に人化薬をたくさん貰えるように頼んでみるとか!」

僕の言葉にオクタヴィネル生達は首を振る。

「学園からの支給品はかなりお粗末な出来だ。副作用で歩く度に足に激痛が走ったり、人化する持続時間が短かったり…」

「寮長か海老原先生なら副作用を出さずに調合出来る。それも寮生一人一人に合わせて作ってくれる」

「なら、その2人に頼めば…!」

「自分達が何をしたのか忘れたのか?」

「あの二人は謹慎中で、寮長は眠ったままだ!そもそも契約書がなくなったんだから俺達に薬を作る義理なんてあの人達にはないんだよ!」

抑えていた感情が爆発したかのようにオクタヴィネル生は叫んだ。

「……じゃあ、謹慎が解けたら海老原先生にだけ頼んだらどうだ?あの人、一応教師だろ。生徒の頼みなら作ってくれるんじゃねーか?」

ジャックが提案する。
そうだ。あの人は助手とはいえ、この学園の教師だ。教師という立場なら手を貸すんじゃないだろうか?

「謹慎が解けたら海老原先生は魔法省に入るって噂だ。元々魔法省からスカウトされていたし、今だって魔法省からの手紙が毎日届く。前まではこの学園に恩があるからと断っていたが、今回の件で愛想が尽きただろ。あの人が学園を見限るのも時間の問題だ」

海老原先生もまた異世界から来た人だとは聞いていた。魔力がない、自分と同じ“普通の人間”だと思っていた。でも、彼は違った。僅か半年の間にクルーウェル先生の助手が完璧に務まるレベルまで魔法を理解し、魔法省からスカウトされるくらい優秀な人だった。

「……もう良いか?喩え今後学園を去らなければならないとしても一つでも多くの事を学んでおきたいんだ」

そう言うとオクタヴィネル生達は次の授業へ行ってしまった。残された僕達はまだ現実を受け止め切れていなかった。

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《ーー 食堂 ーー》

現実を明確に直視した(させられた)のは、その日の昼休みだった。いつものメンバーと食堂に行くと後ろから声を掛けられ、振り向いた時には頬に拳がめり込まれていた。僕の体は殴られた勢いのまま、近くの壁まで吹き飛ぶ。

「監督生!!/ユウ!!」

エースとデュースが動くよりも先に僕を殴った人ーー
サバナクロー寮の3年生、レヴィー・グレイ先輩が僕の胸ぐらを掴む。

「……返せ」

「えっ?」

「俺の契約書を返せよ!!」

食堂全体に彼の悲痛な叫びが響き渡る。

「俺の所の寮長が契約書を砂にしたのは知ってる。お前が寮長を唆して契約書を破棄させたんだろ?」

「…そうです、けど」

「何故俺の契約書まで破棄した?お前らのせいで俺の妹は死ぬんだぞ!」

「ど、どういうことですか?」

レヴィー先輩は語り出した。

「俺の父親は物心ついた時からいない。今まで母親が女手一つで育ててくれた。歳の離れた妹は難病を患っている。医者にも匙を投げられる程だ。延命治療薬はあるが、スラムで暮らす俺達にはその薬は高価過ぎる。とても払える額じゃない」

延命治療薬は回復系魔法薬の最上級だ。作れる人間も限られていて、材料も希少なものばかりだ。その上、子ども用となれば難易度は更に上がる。

「アズールの噂を聞いて、彼奴と契約した。彼奴はすげぇ奴だよ。難易度の高い魔法薬も作れちまう。本当は全ての魔法を差し出しても足りないくらいなのに、実験のためだからと俺の大した事ないユニーク魔法を対価に要求したんだ。残りは卒業後の出世払いで良いからってな。就職出来るのかも分からねぇ俺みたいな奴に、そう言ったんだ」

彼は「マジフトの選手にもなれそうにないのに」と自嘲気味に笑った。

「海老原先生が来てからは、あの人も一緒に魔法薬を作ってくれた。毎月薬を取りに行くと二人して目の下にひでぇ隈作って、『今回は持続性を高めたんだ』とか『妹でも楽に飲めるように苦味を抑えてみた』とか言って笑うんだよ。作るのだって難しいのに、毎回改良を重ねて試行錯誤して何時間も薬と向き合ってくれたんだ!!」

それなのに…
事情を知らない僕達が一方的に契約書を破棄してしまった。結果、アズール先輩はオーバーブロットし、海老原先生は監督不行届きで謹慎処分となった。彼に薬を作ってあげられる人はもういない。

海老原先生に連絡しようと思っても、彼の端末は学園長が預かっているし、オクタヴィネル寮は寮生以外立入禁止で直接会うことも叶わない。仮に会えたとしても彼らは寮の外に出られないし、何より僕達を助ける理由がない。

「1週間以内に薬を飲ませなければ妹は死ぬ。まだ6歳なのに…!たった6年しか生きていないのに!お前らが俺の妹を殺すんだ!!」

泣き叫ぶ先輩に掛ける言葉が見当たらなかった。


『死というものはな、想像を絶する恐怖と悲しみを与えるんだよ。本人にも周りの人間にもな』


海老原先生の言葉が木霊する。
消えることのない悪夢の中で、記憶に焼き付いた彼が笑った気がした。



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《ーー オクタヴィネル寮・寮室 ーー》
主人公視点


オーバーブロットから3日目の夕方、アズール君が目を覚ました。起きた時はまだ頭が働いていないのか混乱していたが、徐々にいつもの彼に戻っていった。

フロイド君に作って貰った料理を食べて、ジェイド君が淹れた紅茶を飲む。アズール君はまだ少しずつしか食べられないけど、それでも一緒にご飯を食べる時間は楽しかった。

「二人がいない学校ちょーつまんねぇ」
「そうですね。僕も凄く退屈です」

リーチ兄弟がそれぞれ不満を漏らす。

「謹慎中なんだから仕方ないじゃないですか。僕だってやりたい事が山ほどあるんですよ。寝てる場合じゃないです」

とアズール君が返した。いや、寝て下さい。やりたい事は体調万全にしてからにしよう?ね?


「嗚呼、そういえば今日面白い事を聞きました」

「え、何ジェイド。何聞いたの?」

フロイド君が面白い事に反応して、ジェイド君に話の続きを促す。

「海老原先生の謹慎が解けたら魔法省に入るという噂が出ていますが本当ですか?」

「はぁ〜?」

「え?」

ジェイド君の言葉にフロイド君とアズール君が固まる。

「ん?何それどこ情報?私魔法省に入るつもりないよ」

「何だよガセネタじゃん!その噂流した奴ぜってぇ絞める!!」

フロイド君が憤慨し、アズール君がほっとした様に胸をなでおろした。「そうだと思いました」とジェイド君だけがくすくす笑っている。


「あ、そういえばオレも今日おもしれ〜もん見た!小エビちゃん達が金魚ちゃんの首輪してて、食堂で何か揉めてんの」

ほらこれ〜と見せてくれたマジカメの映像。そこには確かに監督生と以前契約していたレヴィー君が映っていた。

「ああ、彼は延命治療薬の契約者ですね」

アズール君も覚えている様だ。

「治療薬が手に入らなくて困ってるみたいだね〜アズール」

「おやおや、困りましたね。どうしますか、アズール」

二人が期待した眼差しでアズール君を見つめる。

「決まっているでしょう。困っているならば、慈悲の心で救って差し上げなくては!」

いつもの笑顔で彼は宣言した。

契約書は砂に変わった。私達にレヴィー・グレイを助ける義理はない。こちとらボランティアで人助けなどしていないのだ。果たして今度の対価は何になることやら。

「協力してくれますよね、海老原先生?」

「ええ、もちろん」

ほんの少し日常を取り戻した彼らを見守りつつ、紅茶を飲み干した。



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翌日、アズールと海老原の連名で書かれた手紙がレヴィー・グレイの元に届いた。手紙には延命治療薬のレシピと、クルーウェル先生を始め、一部の生徒に調合や材料の提供などの協力を頼んだことが記されていた。

協力者達の支援により延命治療薬はなんとか完成し、レヴィーの妹であるジェーン・グレイは無事一命を取り止めた。この感動的なエピソードはメディアを通じて報じられ、レヴィーもテレビの取材に応じていた。

『俺はアズール・アーシェングロットと海老原先生に妹を救って貰った。感謝してもし切れないくらいだ!彼らは妹を見捨てなかった』

と涙を浮かべながら彼は語る。
そして、こう続けた。

『彼らに対する処罰は本当に必要なのだろうか?罰を受けるべき人間は他にいるのではないだろうか』



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