フェンリルは夢の中
銃声が轟く。甲高い悲鳴と鼻を突く硝煙の臭い。サイレンの音は鳴り止まないーーーー
研究所内は騒然としていた。多くの研究員は突如押し寄せて来た不審者ーーーもとい敵国の軍人の銃によって銃殺、もしくは重傷を負っている。
逃げ道はないが、それでも諦めるわけには行かない。何としても”これ”だけは敵の手に渡ってはならない。
撃たれた左足が酷く痛むーーー
泣くな。泣いたところで状況は変わらない。
走れ!前に進むんだ!!
そう自分に言い聞かせ、痛みで動きの鈍る足を無理矢理前に進め、ようやく屋上まで辿り着いた。左足を引きずる様にして、塀のそばまで歩く。ここは地上30階。ここからマザーコンピューターを落とせば粉々になる。きっと研究は白紙になるだろうが、それでいい。こんなもの作るべきじゃなかったんだーーー
「さよなら、私の愛おしい子」
そう呟いて、持っていたパソコンを宙へ放り投げた。数秒後、地上からガシャン!!と音が響いた。
少しの間地上に散った部品を眺めていると屋上の入り口から声をかけられた。
「貴方は何をしたのか分かっているのか!?それは革命に必要なものだったんだぞ!!」
怒りを顕にした男性の研究員。その後ろには武装した軍人たち。銃口は全て私に向いている。私は冷ややかに言う。
「貴方こそ、組織も祖国も裏切るなんて自分が何をしているのか理解しているのかしら」
「革命のためだ!多少の犠牲は仕方がないだろう?」
開き直る男に嫌悪感しか沸かない。むしろ憎悪かもしれないが…
男はさらに続ける。
「マザーコンピューターが壊れたのは痛手だが、貴方ならまた同じものが作れるだろう。私と一緒に革命を起こそうじゃないか!」
……寝言は寝て言って欲しい。
「何が革命よ。あんなものはただの戦争。戦争の道具を作り続けるロボットになるくらいなら死んだ方がマシよ…残念だったわね、裏切り者さん。データは私の頭の中。鬼ごっこは私の勝ちよ」
勝ち誇った様な表情を浮かべ、私は宙に身を投げた。
落下しながら見上げた夜空には、月が輝いていた。
「今夜は満月だったのね。通りで明るいわけだわ」
久しぶりに見る月は、それはそれは綺麗なもので。こんな状況で最後に思うのが月が綺麗だなんて笑えるわと地面に打ちつけれられる衝撃に備えて目を閉じた。
ーーーーーーーさよなら、残酷で美しい世界