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日曜日、遠征先のデイゲームが終了してしばらくすると「これから新幹線で帰るところ」洋一からのメッセージが届いた。
夕方にはこちらに到着予定のようで、明日は洋一がオフ日だし、私も月一の休暇を取得した日である。事前に会う約束はしていないけど、私は駅まで迎えに行こうかと思い立った。月曜日を一緒に過ごせなくても、ほんの少しで良いから洋一に会いたい。もう1か月は会えていないし、その間ろくに連絡も取れていなかった。
メッセージを入力し始める。「よかったら駅まで迎えに行っても――、」途中まで入力したところで洋一から追加のメッセージを受け取る。
――仙台まで行くのしんどい。今日は早く寮に帰って寝るわ。
私は入力途中の文字を消した。
――いつもお疲れ様!仙台は遠くて大変だよね。今日の試合も見てたよ。ゆっくり休んでね。
*
今日の仕事も疲れた。社会人2年目となり、後輩の指導をさせてもらいながら自分の仕事をこなすのにはまだ慣れない。最近の暑さも身体に堪える。野球部のマネージャー時代は暑さにも慣れていたはずが、大学を経て5年以上も経過すると暑さへの免疫も下がっているのかもしれない。
私は額に汗を滲ませながら帰宅すると、スーツを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。時刻は20時過ぎ、今ごろ洋一の出場する試合は後半戦に差し掛かったところだろうか。
普段なら帰りの電車に揺られながらスマホで観戦するのだが、今日はその余裕がなかった。運良く座れた座席で寝落ちしていた。
試合の展開が気になり、早めにシャワーを切り上げる。リモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。今日は地上波で試合が放送される日――といっても地方テレビだが――だ。球団スポンサーのCMが終わると、「さあ、本日は三連戦の最終日。現在一勝一敗、両球団ともここで勝利し、明日からの3連戦に弾みを付けたいところ」アナウンサーの実況からテレビ中継が再開する。
「工藤さん、ここまでの試合を見ていかがですか?」
実況アナウンサーが解説の工藤氏へ話を振る。現役時代は洋一の所属する球団で投手を務めていたレジェンド選手だ。夏季のホーム三連戦はイベントも多く、解説者も豪華になる傾向がある。
「はい、両チームとも守備の乱れなく堅実ですね」
「今日のショートの守備位置には倉持選手がついていますが、安定した守備を見せていますね。工藤さんはどのようにご覧になっていますか?」
「そうですね。ここまでエラーもないですし、若手ですけど安心して見ていられますね」
あの工藤氏が洋一について話していることに感動しながら、私はソファに腰掛けて野球中継に集中する。
現在、ショートのポジションは固定選手がいない状況だ。ゴールデングラブ賞の常連であったショートのベテラン選手が昨シーズン限りで引退し、今シーズンは若手起用を推し進めているところ。そんな中で洋一にも白羽の矢が立ったのであった。
「現在、ショートのポジションは固定されていない当球団。これからの成長が楽しみですね」
「そうですね。個人的には倉持選手の俊足を活かした活躍が楽しみです。稼頭央のオーラに近いものを感じるんですよね~」
「工藤さんの仰る通り、倉持選手は松井稼頭央さんに憧れて野球を始めたそうですよ」
「へ~それは楽しみだ。あいつすごいストイックだったからなぁ」
「8回表まで終了致しまして、ここまで両チーム無得点。得点圏までランナーが進むもなかなか打線が繋がりません」
*
肩がびくりと跳ね上がり、私はソファから飛び起きる。つい眠ってしまっていたようだ。野球中継はすでに終了し、付けっぱなしのテレビ画面には地方テレビの垢抜けないCMが流れる。
「今日の試合、どうだったんだろう」
最後まで試合を見ることができず、慌てて今日の試合結果を検索する。試合結果0-1。スコアを見ると9回裏に1得点、最後は4番の一振りでサヨナラ勝利。現地では相当盛り上がっていただろうなと思いつつ、試合ハイライトを見ることにする。時刻は23時を迎えるところだ。
「すごい歓声・・・」
4番バッターの打球がレフトスタンドに入ると、球場からは今日一番の歓声が巻き起こる。ガッツポーズをしながら打者走者がホームベースを踏む。それを迎えるチームメイトの手には蓋の開いたペットボトルが握られ、それぞれが勢いよくペットボトルを振ると噴水のように水が舞い上がる。洋一の姿もそこいて、選手同士が肩を組みながらサヨナラ勝利を祝い合っていた。
映像越しにそんな姿を見ていると、スマホに着信が入る。「倉持洋一」と表示される画面。
「あっ、もしもし」
『おう、俺。テレビ電話にしてもいいか。凪の顔見たい』
慌てて電話を取ると、疲れ気味の洋一の声が聞こえた。ソファで寝落ちしてしまって髪はボサボサだし、見せられる顔じゃないからと躊躇したが、洋一の「顔が見たい」の言葉に、「髪ボサボサだけど、笑わないでね」と前置きをしてカメラをオンにした。
『ほんとにボサボサだな』
ククッと笑う洋一はすでに入浴を済ませているようだ。ヘアセットされていない彼の髪型は、やはり普段より幼くみえるなと回顧してしまう。可愛いね、だなんて言ったら怒るだろうか。
久しぶりに洋一と話ができたことが嬉しくて、でも彼が疲れて無理をしていないかと気が気でない部分もある。
「もう、笑わないでってお願いしたのに」
「今日の解説、工藤近藤さんだったんだよ。洋一の話していたよ」
『え、マジ?どんな話してた?』
球団OBのレジェンド選手の話題に上っていたことを話すと、洋一は目を輝かせた。
「守備も安定しているし、俊足を活かして活躍してもらいたいって」
『うお、マジかよ!』
洋一はみるみる笑顔になって、子どものように喜んだ。洋一の笑顔に心癒やされる。それとは反対に私は急な眠気を感じる。洋一の話を聞きたいのに、こみ上げてくる欠伸を押し殺しきれない。
『凪、疲れてんのか?』
私の欠伸に気がついた洋一は心配そうに声のトーンを落とす。いけない、今は洋一に集中したいのに。
「ん、大丈夫」
『この前、仕事の話しようとしてたよな』
この前、というのは洋一が北海道へ遠征中のテレビ電話の際であるとわかったのは、洋一の『ホテルのWi-Fiが調子悪くて、あのときは先に通話切ってごめんな』というバツの悪そうな表情からだった。
「いいのいいの、私は大丈夫だからさ」
『よくねーだろ。凪、隈できてるぞ』
『最近俺も余裕なくてさ、ちゃんと連絡できてなくて悪かった』
『仕事大変なんだろ。今さらかもしれねーけどさ、この間の続き聞かせろよ』
そうやって私を気遣ってくれる洋一にも疲れの表情が見える。甘えてしまってもいいのだろうか。強がろうとも思ったが、私の強がりなんか洋一はすぐに見透かしてしまうだろう。
「うん、最近は土日も持ち帰りの仕事してて」
「ちょっと疲れちゃった、早く洋一に会いたいよ」
洋一に会いたい、そう口にするとこれまで我慢していた感情が溢れてくる。野球に取り組む洋一を応援したくて、自分も仕事が大変だったけれど彼の負担にもなりたくなかった。洋一の声が聞きたい、顔が見たいという気持ちを我慢して、それが彼への献身だと考えていた。
「ごめんね、わたしまだ弱くて」
精一杯に歯を食いしばるけれど、心身の疲労から来る涙、そして洋一に話を聞いてもらえた安心感から来る涙をもう止められなかった。
『凪』
洋一の優しい声がスマホのスピーカーから聞こえてくる。私は部屋着の袖で涙を拭い、画面の中の彼を見た。
『シーズンが終わったら入籍しよう』
「うん」
それは、結婚指輪を購入したときに交わした約束だった。
『そんで、球団の寮は出るから一緒に住もうぜ』
「うんっ」
『俺、もっと頑張るからさ。待たせてばっかで悪いけど、もう少し待っていてくれ』
洋一にとって
「うん、待ってる。洋一、愛してる」
『ああ、俺も。凪、愛してる』
**
仕事の昼休み、スマホがメッセージの受信を通知する。差出人は洋一で、文字によるメッセージはなく、1つの動画が送られてきていた。洋一から動画だなんて珍しい。私は自分のデスクに座ったまま、昼食のおにぎりを口に運ぶ。鞄からイヤホンを取り出してスマホに繋げると、洋一からの動画を再生した。
「おっと、ちゃんと映ってるか?おーい凪、今日は福岡に遠征中だ」
スマホのインカメラで撮影しているのだろう、洋一はカメラ目線でこちらに手を振る。背景には広いドーム型の球場が写り、アップをする選手の姿も見える。
そういえば高校生のときにもよく自撮りをしていたなと、懐かしい気持ちが蘇る。
「球場のソフトクリームがすげー旨かった。次に福岡で試合のとき、凪も来て食ってみろよ。じゃーな」
まさかのビデオメッセージに私は思わず吹き出してしまう。これまで連絡が疎遠になっていたことに対する彼なりの気遣いなのだろうとわかった。
「じゃーな」という言葉でもう動画が終わるのかと思ったが、「あ、そーだ」と思い出したような洋一の声が続く。
「凪が応援してくれてるの、ちゃんとわかってるから。じゃ、今日も頑張るわ」
そう言って洋一から送られてきた動画は終わった。私は驚きと嬉しさで人には見せられない顔をしているはずだ。私も動画で返事をした方がいいのだろうか。しかし、昼休みでほとんどの社員が出払っているとはいえ、さすがに恥ずかしい。
――動画ありがとう!洋一の元気そうな顔が見られて、午後の仕事も頑張れそうだよ。
そして、一枚の写真を添付した。
*
「おい倉持、アップするぞ」
ストレッチをする先輩選手に混ざり、倉持も試合に備えてアップを始める。最近の自分の余裕のなさから、妻――入籍はこれからだが――への連絡を疎かにしてしまっていた。まさか凪に泣かれるだなんて思ってもみなかった倉持は、好きな女を泣かせるなんてダセーなと猛省していたのである。
結婚4年目の先輩選手にそれとなく結婚生活について聞いてみたところ、「遠征も多いし、きちんと連絡してやらないと捨てられるぞ」だなんて脅されてしまった。
一軍初出場のお立ち台でプロポーズをしたことは球団の中でも
凪のやつ、どんな反応するかな。不安と期待と恥ずかしさを抱えながらも、凪に動画を送信してすぐにアップが始まってしまい彼女からの反応を確認することができないでいた。
一通りのアップを済ませ、ロッカールームに置いたままのスマホを確認しに行く。ロック画面には凪からのメッセージの受信が通知されている。――動画ありがとう!のメッセージとともに”画像を受信しました“の文字。
倉持は凪とのやり取りの画面を開くと、受信した画像のサムネイルを確認する。
「・・・く、ヒャハハッ」
思わず吹き出してしまうのは照れ隠しのためである。画像を拡大表示すると、それは凪が働くオフィスでの自撮り写真であった。彼女の手にある小さなメモ帳には「洋一、今日も頑張れ!」と書かれており、写真中央の凪は恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「あー、くそ・・・」
――早く結婚してぇ!
倉持はメモ帳の端に小さく書かれた文字を見逃さなかった。「大好きだよ」その言葉だけで俺は今日も頑張れる。
おわり
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