はじまりのお話し
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――今日の試合、3安打2盗塁1打点。週明けから一軍合流の予定。そっちは元気か?
洋一からの二週間ぶりの連絡は文面だけを見ると素っ気ないようだが、それは私にとってここ1年の中でもかなり上位に食い込むほどの吉報であった。――この程度で吉報と言ってしまうのは、プロ野球選手の交際相手としては不適任かもしれないが。
**
洋一と私が、野球部の選手とマネージャーという関係から恋人同士になったのは高校時代。当時はいちマネージャーとして選手全員を平等に応援していたつもりだったが、いつの日か彼ばかりを目で追うようになっていた。野球に真剣に取り組む姿に惚れたと言ってしまうと、もちろん部員全員が野球に真剣なので、
野球に真剣な姿とさりげない優しさと、顔がタイプだったのもある。要は男性として洋一の全てを好きになったのだ。
「洋一は進路どうするの?」
高校野球をやり終えた洋一、そして私は野球部のBグラウンド隅にあるベンチに並んで腰掛ける。盛期は越えたものの、まだ夏の盛りは続いている。屋外でゆっくり言葉を交わすのは暑さに慣れていなければなかなか体に
「ん、正直まだ実感が湧かねーんだよな」
「そりゃそうだよね」
小煩いセミの鳴き声は連日聞き続けてきたせいか、自分たちにとっては程よいBGMだ。
洋一の首筋を汗が伝い、制服のYシャツの襟に吸い取られる。洋一は右手に持ったペットボトル飲料を口に含むと、「ん、」とさも当然のように私に差し出す。お前も飲むか?、と。
「ありがと」
今さら
「洋一は、野球を続ける?」
「おう、まだ野球はやりてー」
彼の返答に私は安堵する。洋一が野球をする姿が大好きだから――辞めたとしても、洋一のことが大好きで大切であることに変わりはないのだが――、彼がまだ野球を続けたいと言ってくれることが素直に嬉しい。
「今のままじゃプロになんてなれねーけどさ」
「うん、」
そんなことないよ、とは言わない。半端な慰めは本人が望まないし、お互いに自分たちの立ち位置を理解しているからこそ正直な言葉を口にするのだ。
「凪はどうするんだ?」
――わたしはね・・・、そこまで口にして思わず言葉が詰まる。自分の決意を洋一に伝えるために自分から「進路どうするの」と会話を始めたものの、いざ口を開くとなると緊張する。
「ん?」
言葉に困る私の顔を洋一が覗き込んでくる。ちょっと、顔が近いよ。人がいないとはいえ、ここグラウンドなんだから。あなたにとっての聖地でしょう。
「あのね」
――洋一が大学で野球をするなら、わたしも付いていきたい。洋一を近くで支えられるように、大学で
恥ずかしくて洋一の顔を見ることができなくて、ベンチの座面を見ながら
「凪、お前、それってさ・・・」
驚いたような洋一の声。うつむく私の視界に彼の手が侵入してくる。その手は
ゆっくりと瞼を上げると洋一の顔はまだ至近距離にあって、目が合うと思うと正面から抱きすくめられる。
「それもう、プロポーズじゃねーか」
ああ、なんて
「もう、洋一っ、暑いよ」
柔らかに抗議をすると、洋一は渋々ながら腕をほどく。
「俺も、覚悟決めるか」
――凪にそこまで言われて、いつまでも引退した実感が湧かねーとか言ってらんねーし。腹括るわ。
そこまで重く考えてもらいたくて伝えたつもりはなかったのだが、確かによく考えてみれば私の言葉は彼の言うとおりプロポーズのようなものだ。
洋一は再びペットボトル飲料に口を付ける。「・・っし」。何かに気合いが入ったようだ。
「今日、監督に進路相談行ってくるわ」
「うん」
「凪は一般入試だろ?ちゃんと勉強しとけよ」
「もちろん、だいぶ前から頑張ってる」
――さすが俺の彼女、なんて嬉しそうに口角を上げる洋一。また彼の顔が近づいてくるから、私は洋一の腰に手を回して、再び目を閉じた。
それから暫くして洋一のW大への進学が決まった。一般入試の私はさらに受験勉強に追い込まれたが、洋一と共に前進するためと思えば心が折れることはなかった。
**
球団スカウトからの声掛けもあり、大学4年次にプロ野球志望届を提出。ドラフト4位指名で入団が決まったのは、奇しくも洋一の憧れた松井稼頭央と同じ球団であった。
高校、大学、そしてプロでも洋一は寮へ入寮。ゆっくりと会える時間はあまりなかったが、大学時代は私自身も彼を支えるための勉強で忙しくしていたし、会えないことばかりに不満を抱くことはなく――寂しさはもちろんあったが――、お互いに今自分に出来ることをひたすら頑張っていた。
都内で就職を決めた私の住まいは通勤を考慮して都内にした。洋一は球団本拠地の寮で暮らしており、私の家からは電車で1時間半ほどの距離ではあるものの、寮という性質上、いつでも会いに行けるというものでもなかった。
オフ日が月曜日に限られる洋一と、土日休みの私とはすれ違いの日々であり、プロ一年目、社会人一年目という新生活へそれぞれ飛び込んだ私たちは精神的にも肉体的にも疲れる一年を過ごしていた。
**
そして、洋一がプロ2年目を迎えた5月――私は社会人2年目となっていた――、二軍で好調を続ける洋一はようやく一軍合流のチャンスを掴み取ったのである。
今シーズンがスタートしてからというもの、洋一との連絡は疎遠気味になっていた。昨年は一軍での出場機会を得られず、大卒のプロ二年目である今年はさらに勝負をかけた年にしようと野球に集中しているのだろう。
もともと連絡はマメな方である洋一だったが、私も洋一には野球に集中してもらいたいから、あえてこちらから連絡をとるのは遠慮していた。
そんな中で洋一からの――今日の試合、3安打2盗塁1打点。週明けから一軍合流の予定。そっちは元気か?――という連絡があったのは、最後に連絡を取り合ってから二週間が経過してのことだった。
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