同窓会へ出掛けた妻を心配する倉持くんのお話

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 時刻は22時半。人を待っている時間というのはどうしてこうも長く感じるのだろうか。
 一人でくつろぐには余裕のありすぎるソファに横になったまま、見飽きたYouTubeを閉じて、スマホを放り投げる。ゴツンと音を立てて床に落ちるスマホ。アイツが隣にいたら、優しいため息をつきながら俺の手元にスマホを戻してくれるのだろう・・が。落ちたままの機械は、画面を明るくして現在時刻を教えてくれる。

「もう、22時半だぞ、おい・・」

 付けっぱなしのテレビの音はもう耳にすら入ってこない。

 いい年の大人に門限を科すだなんて馬鹿げている。信頼している相手を冷静に待てない俺は、小さい男なのか?いや、そんなわけはない。断じてない。

 いつもなら隣に座っているはずの彼女は、高校時代のクラス会とやらに出掛けてしまっている。当時、彼女とは別のクラスだった俺は、家でひとり留守番をさせられているというわけだ。何でよりによって連続で御幸と同じクラスだったんだよ。ていうか、俺らのクラスは同窓会とかやんねーのかな。って、今はそんなことはどうでも良い。

 懐かしい同窓で集まって、思い出話をしながら酒を飲む。野球漬けで過ごした自分にとってはあまりピンとこない。もし仮に呼ばれたとして、行くかどうかもわからない。野球部のOB会なら迷うことなく行くのだが。

「・・・はぁ」

 落ち着かない。腹の奥がムズムズする感覚だ。どうしてこんな感覚になるのか。自覚はしているが、それを認めたくないのだ。情けない。

 は酒を飲むのは好きだが、あまり強くない。癖が悪いわけでもないのだが、どうも脇が甘くなるきらいがある。焼けぼっくいに火が付くなんてよく言うだろ・・・いや、だから、俺はこんなことで悩むような小さい男だったのかよ。

 思わず小さく舌打ちをして、ソファから起き上がる。あーあー、アイツが飲んでくるなら俺も飲んでやろう。

 冷蔵庫から缶ビールを一本取り出す。二本入っているうちの一本だ。週末にはと乾杯をするために、缶ビールは二本常備してある。

 ソファに腰掛ける。カシュ、ビールをタンブラーに注ぐ。アイツとペアのタンブラーだ。普段なら俺のタンブラーに上手に注いでくれる彼女は、今はいない。手酌だなんて。
 心の中で悪態をつくと、タンブラーからビールの泡が溢れ出てしまう。

「お、っと」

 溢れ出た泡を思わず着ている寝間着の袖で受け止めてしまった。慣れないことはするもんじゃない。台所に立ち、袖をタオルで拭く。着替えてしまってもいいが、どうするか。
 最近買った青色の寝間着。可愛らしい猫のイラストがプリントされていて、そういうガラじゃねーんだけどと断ったが、妻の強い押しに負けて買ってしまった。アイツが帰ってきたときに俺がこれを着ていなかったら、落ち込むだろうか。そう考えると、袖が軽く濡れた程度だし、まあいいかと着替えずにソファに戻った。

「ぷ、はぁ・・・」

 思わず一気飲み。なんだか物足りない。台所に戻り、冷蔵庫に取り残された缶ビールを一瞥する。もう一本を開けるか悩んだが、もうこの際だから飲んでしまおう。

「早く、帰ってこねぇかな・・」

 カシュ、とプルタブを上げると同時に思わず口から付いて出た言葉に自分でも驚く。寂しいとか、そんなんじゃない。万が一のことがあったら困るだろ。万が一のことが。

 二本目のビールは旨さが半減だ。

『今日、お前のクラス同窓会なんだろ?』

 拾い上げたスマホで前園に連絡を入れてみる。意外にも返信は早かった。『おう、大森も来てたで。豪華な土産・・・・・もって帰ったぞ』なんだよ、豪華な土産って・・・

 ガチャ、玄関の鍵が開く音だ。反射的に音のする方に目をやる。

「ただいま-」

 普段より惚けた、帰宅を告げる声。ゾノへの返信は後だ。

腹の奥はムズムズしたままだ。俺の知らない香りがついていないか確認してやらないといけない。

「おう、おかえり。楽しかったか?」

 余裕そうに言ってみるが、一人で缶ビールを開けている俺の姿は彼女にどう映っているだろうか。「うん、楽しかった」と赤ら顔の妻は、大きな紙袋を持って俺の隣に座ってくる。

 よし、俺の知らない香りは付けていないようだ。酒の匂いはするが、許容範囲だ。出掛ける前に点検した服装にも、乱れはない。珍しく膝丈のスカートを履いて出ようとするから、「こっちにしとけ」とマキシ丈のスカートを手渡したのだ。によく似合う、俺のお気に入りのスカート。

「あっ、わたしたち・・・・・・のビール」
「・・・お、おう」

 俺が一人で飲むことはほとんどない。は訝しげな顔をしたかと思えば、ふふと笑って俺の肩にもたれてくる。息が熱く感じるのは、俺の考えすぎだろうか。

「心配したよね。洋一、心配性だもんね」
「はっ・・?」

 俺が心配性? そんなわけないだろ、と思ったものの、家で一人彼女を待って過ごした時間で自分の性格を分からせられた気がする。だが、それを言ったら、心配性だけじゃない。もっと、はっきりと自覚している感情がある。

「これ、おみやげ」

 そういえば、とは持ち帰ってきた紙袋から何やら取り出す。赤い派手な外装の箱には、ひょうきんな表情をしたタコのイラスト。

「ビンゴ大会で当たったの。たこ焼き器!」

 いえーい、と嬉しそうなに、俺はため息。今はそんなポップな気分じゃねーんだけど。
 つーか、大の大人がビンゴ大会って。凪のクラスの幹事は催し物が好きなやつだったのか。こちらを見つめてくるタコに妙に腹が立つ。ゾノが言っていた豪華な土産・・・・・ってこれのことかよ。

 「お風呂入ってくるね」と立ち上がったは、ビールの注がれたタンブラーの隣にたこ焼き器を置いて、風呂へ向かった。

 おいタコ、こっち見んなよ。



 程なくして風呂から出てきたは、ピンク色の寝間着に身を包んでいる。すっぴんでも可愛い。俺だけが見られる顔だ。
 俺の隣に座ってくる彼女の顔は未だ赤ら顔だ。酒のせいなのか、風呂上がりだからだろうか。シャンプーの香りが心地良い。

「クラス会ね、楽しかったよ。でも、きっと洋一が心配してくれていると思ってね、あまりお酒は飲まないように気をつけたよ」

 あと男性ともあまり話さなかった!そもそも高校で男友達いなかったし・・・あ、前園くんとはよく話したよ。洋一も元気だよって伝えといた。野球部のみんなにも会いたいなって言ってたよ。それから―――

 余程楽しかったのか、クラス会の思い出話を細かに説明してくれる。腹の奥のムズムズは消えないが、一人ソファに横になって彼女を待っていたときに比べればどうってことない。

 ――ただね、と続ける。

「みんなといるときも、やっぱりお酒は洋一と飲みたいなーって思っちゃった」

 せっかく久しぶりにクラスのみんなと会っているのにね、申し訳なさそうに話す彼女はやっぱり可愛かった。

「俺も、酒飲むならとだなって思ってたとこ」

 僅かにビールの残るタンブラーに口をつける。注いでから時間が経ったそれは、もう飲めたものではなかった。はたと視線を感じて、横にいるに目を向ける。口元に手をやって、こちらを見てくる彼女はやっぱり赤ら顔だ。

「な、なんだよ」
「仲良いね、わたしたち」

「洋一 大好き」

 柔らかな言葉と、感触。抱きしめてくる彼女の腰にそっと手を添えた。

「きっと妬いてくれていたんだよね」

 彼女には敵わない。自覚はしていたが、認めたくなかった自分の感情をこうも簡単に受け入れさせてくるだなんて。

 腹の奥のムズムズの正体は彼女の言葉のとおりだ。彼女が向ける笑顔も、彼女の過ごす時間も、すべて俺が隣にいたいのだ。心配・・だなんてぬるい言葉だけでは表現しきれない。それは、明らかな嫉妬だ。
 情けない自分の感情を認めて、彼女もそれをわかっていてくれる。誰とでもそうなれるわけではない、自分たちの心の繋がりは安心として腹の奥に染みこんでいく。

が大事なんだから、当たり前だろ」
「うん、ありがとう」

 こんな言葉を口にするような性格ではない。だが、気持ちは言葉にしないと相手に伝わらないよと教えてくれたのは今目の前にいる彼女だ。

 もう寝ようかと、立ち上がり、俺の手を引く彼女について行く。
くそ、気持ちは穏やかなはずなのに、眠れる気がしない。
並んで布団に横になる。堪えきれず、の柔らかな体を抱き寄せる。

「ふふ、新しいパジャマもよく似合うね、洋一さん」

 茶化すように、照れたように笑う愛おしい彼女。俺の青色の寝間着に顔をうずめてくる。

 野球部の奴らは今の俺を見たら笑うだろうか。お前、そんなキャラだっけと。寝間着の腹の部分に可愛らしい猫のイラストがプリントされた、ピンクと青の俺らの寝間着・・・・・・を見たら。

「おやすみ、洋一」
「バカ、眠れるわけ、ないだろ」

 大事な妻を改めて抱き寄せ、優しくキスをする。一度始めたキスを止める手段を、俺は持っていないのだ。

**

 スーパーの生鮮コーナーでトレイに乗った茹で蛸を手にしながら、彼女はわくわくした表情をする。粉ものの陳列棚を物色したあとは、酒の陳列棚へと進んでいく。

「そういえばね、ビンゴの景品のたこ焼き器、前園くんが選んだんだって」
「ふうん」

 そうだ、昨夜ゾノに連絡をしてから、まだ返事をしていなかった。

『豪華な土産、サンキュ。今夜はたこ焼きパーティーらしい』



(倉持は文句を言いつつも妻のお願いをみんな叶えてあげてしまう優しい男性、だったらいいな)


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