短編集
夕方の六時頃、いつから見かけるようになったのかそれはもうわからないけど綺麗、と呟いた君に俺は一瞬で目を奪われた
日課のスケッチ中、学生さんなのかな、制服をきてスクールバックを背負って俺の後ろ赤く色づいた紅葉を見て「きれぇ…」と言って蜂蜜色の瞳を輝かせた、俺はそれを見て手に持った鉛筆が自然と彼を描きだした
サッサッと音を立て彼を描く線は迷いなく彼の輪郭を描いていつもより早いスピードでスケッチが終わる、それでも彼を視界から外したくなくてペンを持ったまま、絵を描くフリをした
帰り道に見かけた男性、ベンチに座ってスケッチブックに絵を描いてる、真剣な眼差しで景色を見ては視線を落としてスケッチブックに書き込んでいる、落ちてきた髪を耳にかける仕草が綺麗で思わず「綺麗」と言ってしまった。その声に気づいて伏せた視線をこちらが向いて赤い瞳と一瞬視線が合った気がした、俺は見ていたことを誤魔化すために彼の後ろの紅葉に視線を向けた
毎日のように見かける彼その度に増える彼の絵、名前も知らないただここをこの道を通るということしか知らない、そんな彼が歩いている時にポトリと何かが落ちた
「ねぇ!君!」
「ほぇ?」
「これ、落としたよ」
スケッチブックをベンチに置いて落ちた物を拾い上げる定期入れ、かな?少し汚れを落として手渡せば、驚いた声を出して受け取ってくれた
「うぇ!あ、ほんまや!ありがとうございます!」
「どういたしまして」
君との初めての会話思ったより低い声で驚いた、それから会えば会釈するくらいの仲になれた、お互い名前はまだ知らない
俺が定期を落としてから視線が合えば会釈することが出来るようになった、彼は雰囲気通りの優しい声をしてて、もう少し話してみたいと思った、だから
「あの…」
「あれ、君…えっとどうしたの?」
「描いてるの見てもいいですか?」
「これ?んー……いいよ」
声を掛ければ少し悩んだ様子を見せたが見るのを許してくれたので、ベンチの隣に腰掛けてスケッチブックを覗き込めば
「これ、俺?」
「ごめんね勝手に描いて」
「それは、いいんですけど…絵、うま…」
「ありがとう」
嬉しそうにえへへと笑うのを見て"可愛い"と言いそうになった、歳上の男の人に言う言葉じゃないなっと思って慌てて口を手で塞いだ
「どうしたの?」
「なんも!なんもないです」
「そういえばさ君、名前なんていうの?」
「俺ですか?みことっていいます」
「みことちゃんね、俺すちっていうんだ」
初めての名前を聞いた、すち、すちさん、うん覚えた
「すちさん、また見に来てもいい?」
「おいで、俺はここで描いてるから」
俺達がお互いの名前を知って話すようになったのはあの時から、俺が絵を描いて、みことちゃんがその絵を見るそれだけの関係性、その関係に名前をつけなくても俺はよかった。
あの瞳に恋をしたけれど、彼が好きだと思うけど出来れば彼には俺じゃなくて可愛い女の子と付き合って欲しいと思う、例え男の俺と付き合っても彼の将来を潰すだけなら付き合えなくていい、そう思ってた
「すちさん、俺と付き合ってくれん」
「……本気で言ってるの」
「俺は本気だよ、知らんかもだけど定期拾ってもらう前から俺はすちさんのこと見てたよ、すごい綺麗な人やなって」
「え…」
「俺、一目惚れしたんよ、真剣に絵描いてるすちさんに惚れたんよ、ほんまは諦めようと思っとった男同士やし…でも話したら優しいし笑顔は可愛いしで諦めれんくなった、俺はすちさんが欲しい」
真っ直ぐ、熱のこもる瞳で見られて、"気の所為だよ""気の迷いだよ"なんて言えなくなった、嘘を付いてるわけでも冗談を言ってるわけでもなくてみことちゃんが本気で言ってるのがわかってしまった、それに応えないのは失礼、かな…
「みことちゃん」
「だめ…?」
「俺は、ただの芸大生だし男だよ、みことちゃんが思ってるほど優しくもない、良い人でもないと思う、それでもいいの」
「俺はすちさんがいい」
「……もう一回聞くけど本当に俺でいいの?」
「なんどだって言うよ、俺はすちさんがいい」
一目惚れしたのは俺だって同じ、あの日俺は宝石のような輝く瞳に恋した、明るく笑う君のそばにいたいと思った、けれど俺には手にできないと諦めた、でも手にしていいなら
「……俺で良ければ付き合って」
「やった!すちさん!」
「なぁに?」
「俺!大事にするから!」
「みことちゃん…俺も大事にするよ……好きだよみこと」
「俺も大好きだよすちさん!」
泣いてしまいそうなくらいに嬉しかった、俺は一度諦めてしまったけど、君が求めてくれるなら、そばに居ていいと言ってくれるなら…俺は一生君を愛すよ