春宵
𝐍𝐚𝐦𝐞
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「傷みますか?」
ふるふると首を横に振る。
傷に入る程でもない小さな掠り痕を見つめた。
凡そ四畳半の和室
手入れ部屋と掲げられた部屋に通された俺は、絆創膏と言われるものを肌に付着した。
これを付けておくと暫くしたら傷は回復するらしい。
審神者の霊力を上手く添付しているのだとか説明を受けたものの、上の空の俺の思考に入ることは無かった。
「………鶴丸さんは、本当に楽しみにしていたんですよ。」
前田藤四郎は道具を片しながら言葉を零した。
『俺が鶴の立場だったらこの程度で済むはずがない。』
「それは、どう言った……?」
『鶴の元の主を殺した。俺の主がじゃない、俺自身の意思で殺したんだ。』
自分の言葉が自分に重く伸し掛る。
そう、俺は禁忌を犯した付喪神。
「失礼するよ。おや、取り込み中だったかな。」
「兄者、入る間合いを無理やり作ったな……?」
前田藤四郎が何かを発する前に空いた扉。
その先には源氏。
何かを察した前田藤四郎は、俺と彼等に一礼をすると扉の外に姿を消した。
「まったく鶴丸も鶴丸だが、お前もお前だ。このように人の形を取る前から霊体で言の葉を交わしていた仲だろう。今更怖気付くな。」
目の前に腰掛けた膝丸が一層低い声で俺に忠告を促した。以前の話を何故彼が知っているのかは容易に想像できた。
鶴の口は何より軽いのは知っている。俺がここに来るまでに何振に俺の話をしたのだろうか。
『怖気付いてない。俺は、ここに来たからには刀として存在したいんだ。そのためには、鶴からの許しを得ないといけないんだ。』
「許し、ねえ。」
そう、許し。
彼の前で彼の主を殺害し、彼の前から無言で姿を消したこと。
「それを貰ったらお前は刀としてここに存在出来ると思っているのか?」
膝丸の質問の意図がわからず首を傾げる。
強さや練度、そういった類のことだろうか。
今の俺は誰よりも新人。刀として暫く振るわれなかった。
もちろん、弱いことは承知している。それは、
自分なりに言葉を紡いでみたものの、その先を言うことはできなかった。それは、俺の胸倉を掴んだ者がいたからだった。
「兄者………。」
「ねえ、君は誰?」
髭切は見かけによらない強さで俺の胸元を強く引き、その琥珀の瞳が俺の視界に広がる。
『俺は、源氏の装飾刀で、』
「僕はね、名前なんてどうでもいいんだ。だってそんなモノは変わりゆく人間が与えたものに過ぎない。」
名前なんて肩書なんて、逸話なんて後から幾らでもついて行く。嘘でも真でも。
己は己であれ、それが付喪神の運命だろう。
「目を逸らすな。見つめ直せ、お前は誰?」
膝丸同様の低い声で俺に説く髭切の目は本気だった。わかっているだろう、と言わんばかりに俺の心を見透かす髭切の目から逃げる事など俺にはできなかった。
『俺は、五条国永に打たれたひな。それが事実だ。それ以上も以下もない。』
「そうだね。そして、君は禁忌を犯して堕ちてしまった。でも、源氏という時代に君は神として崇められた。」
こくり、と頷いた。
「鶴丸国永は君の何?」
『同胞だ。』
「いつから鶴丸は君の近くにいたの?」
『いつから………?』
徐ろに胸に手を当てた。
どくり、どくり、鼓動が耳元で鳴り響く。
彼は何時だって一緒にいた。
主が変わろうとも、歴史が動こうとも、鶴と離れることはなかった。
鶴丸国永は五条国永作刀。
そして俺もまた、五条国永作刀。
鶴と俺。
「君は、鶴丸国永と何が違うの?」
核心を付いた髭切の言葉が胸に刺さる。
忘れていた隠していた奥底の記憶が脳内でグルグルと渦を巻く。
違う?
違わない。
俺と鶴は同じだったんだ。
『俺自身も、鶴丸国永だったんだ。 』
『そうだ、俺は、それをずっと、』
そして立ち上がる。
それを伝えてなくては、この言の葉で。
この口で、声で。
そのまま走って部屋を出ていくひなの姿を見送るように源氏の重宝達は口遊びを始めた。
「ああ、本当に世話のやける。」
「とか言って何だかんだ楽しそうだったけど?」
「鶴丸国永を振り回す存在だからな。味方にして損は無いだろう。」
「確かにねぇ。鶴丸国永と瓜二つの容姿にして真逆の性格。ふふ、僕たちみたいだね。ひ、肘丸。」
「ああ、俺の名前だけは言えない病か何かに囚われてる兄者も大概だな。」