春宵
𝐍𝐚𝐦𝐞
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「帰ったぜ、土産話でも聞くかい?」
おかえりなさい!
おかえり!
鶴丸さんおかえりなさい!
………。
庭には、鶴丸国永の帰還した台詞と共に聞こえる出迎えの者達の声が響いていた。
ものの数分もするとそこには小さな人だかりができていた。
確固たる地位を築きあげたのだろう。
どれだけ他の刀に慕われているのだろうか。
本当に優秀な刀だと感嘆した。
実力もさながら、彼の容姿には多くの者が惹かれるのだ。それは、人間も付喪神も同様なのだと思う。
「おっ、ひなじゃねえか!鶴さんのとこ行かなくていいのか?」
隣に居合わせたのは、先程俺と鶴を誤認した付喪神、太鼓鐘貞宗だった。
あんなに友人に囲まれて土産を与えている姿の中に、今日来た新参者が割り込めないだろう。と苦笑して言うと、ふーん。と素っ気ない反応が帰ってきた。
「でも、驚くと思うぜ、鶴さん。ずっと待ってたんだ。ここの鶴さんはかなり初期に来てたのに、ずっと一人部屋だからさ。」
『一人部屋?』
「ウチはほとんどが大部屋だからな。それか二人部屋なんだけど、鶴さんは昔っから一人部屋。
俺らの部屋に遊びに来るくせに、同部屋に誘っても断られちゃってな。待ってる奴がいるから、俺は一人部屋でいい。って。」
太鼓鐘の話にまた胸が踊る。
駄目だ、期待しては行けないとわかっている。
歴訪からしても、記憶からしても、そんなに鶴にとって俺は大事な存在だとは思えなかった。
ただ、同胞なだけ。
共に居た期間も短い。
ましてや、俺は鶴の主を俺の意思で殺した。
『仇でも返されないといいがな。』
自分で言って自分の肝が冷える。
勝てないさ。
鶴丸国永という存在には。
「おや、再会を前にして腰が引けているようだねえ。」
達観していた髭切にくすり、と揶揄された。
隣の膝丸も、それに同意するように鼻で笑う。
『………俺は、貴方達のように強くはない。ましてや、刀としてだって、』
「だからなんだと言うのだ。お前は、五条の刀であり、源氏の元で加護を与えていた刀だろう。誇りを持て。世話が焼けるな。」
うわ。と情けない俺の声と共に膝丸によって引っ張られた腕は、強制的に身体を動かした。
いってらっしゃい。と二振に見送られ、強制的に牽引される形となった。
『膝丸、お前、なんで、ちょっと待ってくれ』
「待たん。貴様が来ぬと嘆く彼奴の晩酌に、何故兄者を貸し出さねばならんのだ。」
理不尽とはこのこと。
だがそんな事はこの武人刀には効かない。
ぐいぐいと進む黒い軍服に引っ張られる俺は、どんどんその輪に近づいた。
「おい、鶴丸。喜べ、お前の寝屋がやっと埋まるぞ。」
そして、膝丸は仏頂面にそう言うとそのまま俺を放り投げた。
全然嬉しそうじゃない声のトーンの膝丸は、表情を変えることなくそのまま立ち去った。
「………その方は、」
誰かの呟く声を筆頭に、一瞬にして俺に視線が集まった。
これは…………。
「ひな………なのか?」
『…………。』
じわり、じわり、追い詰められる感覚がする。
鶴の元に群がっていた小柄な者たちが、それを感じ取ったように1歩1歩と後ろに下がる。
ーーー俺は五条の作風を宿りし刀で、名はひなと言う。又の名を源氏の装飾刀。
大丈夫、何も怖いものは無いだろう?
一礼を舞って見せたものの、鶴の顔を見ることは出来なかった。
背後から聞こえた太鼓鐘の歓声を機に、拍手が沸き起こるまでの数分。
俺は顔を上げることは出来なかった。
「こりゃあ、驚いたな。今回の賭けは、お前の勝ちだ。ひな。」
懐かしい音が降り注ぐ。
その意味は、お前。
咄嗟に顔を上げれば、そこにいた琥珀色の瞳に呑み込まれた。
『おわッ…………』
「どこにいたんだ、ずっと、おまえは、あれからっ!」
羽織を引っ張られ彼の体温に触れるまで数寸。
膝丸といい、鶴といい、俺を雑に扱う様に翻弄される。
『つる、おれは、伝えたいことがあって、』
「なあ、教えてくれよ。あの後どこで何をしていた。」
真剣な眼差しで見つめられて戸惑うことこの上ない。
見つめ返してみると、彼の琥珀色の瞳の中には情けない自分の顔が見えてしまい彼から目を逸らした。
それを鶴は拒絶と捉えたらしく、先程まで穏やかだった彼の雰囲気が一変した。
「俺だけ、だったのか?お前を探していたのは。」
『ちがう、つる、今のは、』
ぎりぎり、と掴まれた肩が軋んだ。
駄目だ。これは、冷静じゃない。
「どこに辿ってもお前の姿は無かった、名も知れた刀だというのに、おまえは、俺はてっきり折れたものだと。なのに、突然俺の前に現れた。なのに、何も言ってくれないのか?」
『つる、待ってくれ、俺は、』
「鶴丸国永」
興奮し、錯乱状態に俺を問いただす鶴を前に、俺の言いたかったことは全て飛んでしまった。
真っ白になった頭の中を掻き乱すような鶴の視線に余計に混乱してしていた時だった。
その様子を見兼ねた刀の一声によって、鶴はぴたりと言葉を止めた。
「邪魔をするな三日月宗近。俺は今、此奴に聞いている。」
「はっはっはっ、熱中すると周囲を見なくなるのはお前の悪い癖よな。」
「どういうことだ。」
「さてな。」
その助言を貰い周囲を見渡せばそれは一目瞭然。周りの状況をやっと把握したように、鶴はため息をついた。
それはそう。
脅える周りにいた短刀。
慌てて母屋から出てくる主人。
それを連れてきたのは、先程あった赤目の彼だった。
「ちょっと、鶴さん!どうしたの!」
「………。」
誰かの制止が入ったことで、彼に掴まれていた肩は乱雑に開放された。
地面に叩きつけられた俺は、そのまま鶴の姿を目に入れることは無かった。
そして互いに何も言葉を発することなく、鶴は主人と赤目の彼に連れていかれた。
「あの、大丈夫ですか?」
『あ、ええ、はい。』
「前田藤四郎と申します。ひな様、お手当てを致しますので治療部屋へ行きましょう。」
立てますか?と物腰の柔らかい言葉に頷く。
注目を散々に浴びてしまった故に、初日からこんな騒動を起こしてしまった。
本当に大丈夫なのだろうか。
『っあ、膝丸!お前許さないからな』
「ほう?他人に責任を宛てがうか。」
『違う、お前が急に投げたから俺は…』
「おや、」
髭切の惚けた一言で我に返った。
俺の馬鹿………。
咄嗟に出てしまった言葉を濁すように咳払いをした。
振舞いに気をつけねば…。
『……コホン、膝丸、髭切。後で話がある。』
「あとでそちらに向かうとするよ。君の友人を連れてね。」
「まったく、世話のやける。」
痛い所を刺す彼らの言葉を背中で受け止め、前田藤四郎の後に続いて再び家に入った。
どうしてだろう。
どうして俺は、鶴が喜ぶと思ったのだろう。
勘違いをしていたのだろうか。
今まで持ち合わせていなかった感情というものが胸を突き刺して痛かった。
俺は、何がしたかったのだろうか。
どうしたら、よかったのだろうか。
自問自答をしても出ない答えに、俺は顔を歪ませた。