春宵
𝐍𝐚𝐦𝐞
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少し昔話をしよう。
それは、俺が鉄鋼から打たれこの世に物として生まれた時から始まる物語。
五条の刀。
それがどれ程の値打なのかは歴史の流れで大きく変わった。
刀が主流である時代には何時も有名な刀鍛冶の刀は需要があった。
それは、俺とて同じことだった。
「まあた君の主は変わったのか。」
『嗚呼、これで五十と四人目だ。お高く止まるお前の主程ではないな。』
はっはっはっ、と軽快な笑いが響く。
響くといっても聞こえているのは我ら霊体を持つ付喪神のみ。
人間はそれを知る由もなく女だ酒だと宴会の真最中だった。
「同じ手中から生まれた
『お前の賭事は録でもない物ばかりだ。』
笑いながら喉を通る液体に頬を染める。
友人であり共に生まれた存在、鶴丸国永との関係性は曖昧で謎の多いものだった。
「何を言う、今は俺が上の刀だ。なあ、いいだろう。君。」
主従関係にあった鶴の主と俺の主は、大層仲睦まじく良く夜を共に過ごしていた。
刀の霊体である俺達も同様、月日を共に過ごすことが多かった。
『わかったよ、何を賭けるか言ってみろ。』
「そうだなァ、今夜とびっきりの驚きを見れると思うか、思わないか。」
また始まった、とため息をついては口に液体を流し込む。
『ああ、賭けてやろう。思わないに全賭けだ。』
「ったく、面白味のない奴だな君は。」
今夜は何か起きる予感がするんだ。等と妙に浮かれていたのを思い出す。
あの頃はまだ俺も鶴も刀として生まれて日も浅く、人間の醜い欲望を舐めていた。
それは一瞬にして突然の出来事。
夜も深く、主はこのまま遊び呆けるのかと思った時だった。
「御命、頂戴する!」
蝋燭の火が消えるか消えまいか、そんな風が吹いた瞬間に、俺の主の灯火は消えた。
『なにが、おきているんだ、』
突然過ぎて戸惑う俺の横で、鶴は静かにその様子を達観していた。
「惨いな。人間。」
その声は恐ろしく低く、俺の動揺さえも落ち着かせるほどに冷たかった。
「主様も御人が悪い。仲睦まじい様子を見せておいて容赦なく斬り捨てるとは。」
「少しでも夢が見れただけ幸せだろう。」
ピクリとも動かなくなってしまった主の姿に笑いが出た。
嗚呼、これで五十と四人目が死んだ。
「ほうらな?今日はとびっきりの驚きだっただろう?」
『何を言う、これが驚きか?笑わせる。いつもの如くお前の主に耳打ちでもしたのだろう?』
この時代の霊は物の怪と同等。
丑三つ時に現れるそれら俗物と同等な存在なのは癪に障るが、それらを駆使して鶴はよく主を化かしていた。
「いいや、今回は何もしてないさ。俺たちがしなくったって人間はいつか壊れる。」
『壊れたらまた次の主だ。そうやって流れていくんのだろう?』
そう、この日もそうだと思っていた。
殺した側の主が持ち返り、質に入れるなり、所持するなりするのだと思っていた。
だって、今までがそうだったから。
「主様、此奴の遺体はどうしましょう。」
「知らん。犬にでも食わせてやれ。」
「刀は売り飛ばしましょうか。」
「そうか、此奴も私と同じ五条の刀を持っているとかなんとか言っていたな。同等の立場にいると思い上がった罪は大きい。貸せ、ここで折る。」
「『は………?』」
ざわめく家臣も同じく、俺達も動揺した。
今、なんて?
ここで、折る?
『今、なんと言った?折る?唯の人間が俺を折るだと?』
「おい、落ち着け、ひな。」
話しかける鶴を邪険に振り払い、怒りが収まりきれなかった。
『いいだろう。その覚悟、俺に見合うとでもおもったのか?』
「な、なんだ、刀が勝手に!」
俺を持っていた臣下が突然刀を左右に振り回し始め、次々と周りを殺めた。
人間よりも霊体の我々の方が力を持っていた太古の昔。
人間は神を崇め、物の怪に頼り、式神さえも存在した時代。
やろうと思えば操れた。
そして俺は鶴の主を殺めた。
『……………、満足か?鶴。』
「辞めてくれ、冗談を言う気分じゃない。」
『では、俺が折れる方が驚きか?』
「………辞めろ。」
乾いた笑いを引き攣らせる程に殺気の籠った言葉。
おお、怖。なんて言ってみても、鶴は機嫌を治してくれなかった。
『仕方が無いだろう。俺達は物だ。偶に霊体を持つだけで、何も得られやしない。何を捨てて何を選ぶか、その権利がないんだ。』
沈黙の末、鶴が告げた言葉は短いものだった。
「……哀しいな。」
鶴の一声、とはこの事。
それから俺は暫くの間「呪われた刀」として価値も名声も無い唯の刀に成り下がり、鶴は「主を必ず守る刀」として代々の有名な人間の元へ嫁いだ。
それからだった。
五条の刀といえば、鶴丸国永と言われるようになったのは。
あれば、俺が間違っていたのだろうか。
それは今でもわからない。
あの時、俺が折れていたら。
鶴丸国永の存在はどうなっていたのだろう。
取捨選択。
それが出来ないと嘆いていたあの日。
俺は霊体でありながら人間と同じように取捨選択をしていた。
そして、その選択を誤った。
「その月日から数年して、源氏の装飾刀だからな。人を殺めた刀を毎日祈る民には笑いが込上げる時もあった。」