春宵
𝐍𝐚𝐦𝐞
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新たに目覚めると、自分の体はもう霊体ではなかった。
手を空かせど、肌を見ても、人間と同様に造られた身体には驚かされた。
高まる高揚感を隠せず、口角が上がる。
しかし、刀剣男士という名目の元で再び新しい主に遣えることになるとは思っていなかった。
刀の世は終わったというのに我らを使う人間がまだ存在するのかと問えば、歴史を守ることを主命として動いているのだとか。
「やあ、気分はどうだい?」
髭切は俺を見据えると少し目を細め、貼り付けたような笑みで俺を視界に捉えた。
『そうだな、不思議な気分だ。』
「待ちくたびれたよ。僕はいつだってお前を探したけれど、随分と逃げ足が早いようだからねえ。こうして会えるとは思ってもみなかったよ。」
微笑む口元と裏腹なその獲物を狩るような目付きに圧され、後退する。
人の元に生まれし身体であっても、絶対的な惣領の刀に変わりはない。
目線をそらすように空を仰いだ。
『確かに貴方達に会う機会は度々あった。しかし、刀ではない存在での謁見は俺自身がやるせなかった。無礼を詫びよう。』
そう。俺のような飾り物が会いにいける程の存在ではなかった。
ほんの少しの歴史の中で被った運命だったが、武士の頂点の宝として持たれていた彼らに羨む気持ちは尽きなかった。
奉納地や主、名称を度々変え、歴史を渡って来た彼らの姿は幾度も見た。しかし、一方的に避けた俺の行動によって互いにこうして会話するのは初めてのことだった。
「そうか。ひなは、源氏の刀の前に五条の刀であったな。」
『そうだ。数少ない五条国永の真作として残る刀だ。』
「では、国永とは兄弟なのかい?」
そうか。鶴丸国永。
鶴はもうここにいるのか。
ああ、そうだ。俺は、鶴の。
そこで声が途切れる。
鶴の、鶴の、俺は鶴丸国永の、何だ。
最後に会ったのはいつだったろうか。
あれは、白を薄汚して床に崩れ落ちた姿。
゛ なあ、ひな。俺はもう………。゛
疲弊しきって笑っていたあの顔が未だに忘れられない。
刀は人間を選べない。その事実を1番感じていたような奴だった。
友人や主を失い、乱雑な扱いを受けた事実は彼をあれまでにしてしまったと心を痛めた記憶は未だ脳裏から離れない。
『鶴丸国永は、そうだな。俺の友人であり一番近い存在だ。』
そう言った俺は、自然に笑えていたのだろうか。
そうとなれば、鶴丸に会いたかった。
きょろきょろと当たりを見渡す動作をすれば、縁側の黒髪の青年が、まだ帰ってないけどね。と教えてくれた。
「じゃあ、それまで本丸の案内でもしてあげれば?髭切、膝丸。」
「ああ。」
そう言うと彼は姿を消してしまった。
彼は?と聞けば加州清光だ。と答えた膝丸に納得の頷きをしてみせた。
◇◇◇◇
「ここは、厨。隣が厠。2階は自室がある。」
『なるほど。』
二振につれられ建築物の中に入れば、寝殿造とまでは言わないが、複雑な構造に驚いた。
「あれ〜!鶴さん!帰ってたなら言えよ〜!!」
その時、背後から強く掴まれた身体と共に大きい声でそう告げられて身体の自由を失った。
背後の様子は見えないが、かなり小さい身体の様で、尚更困惑した。
『……これは?』
「太鼓鐘貞宗、言わば鶴丸の友人だ。」
俺と鶴を見誤っているのか、土産がどうだ、厨の者がどう、と言った話を始めてしまった。
太鼓鐘、それは鶴丸ではない。新たにここへ来た鶴丸の友人だ。離してやれ。
彼に膝丸がそう言うと、驚いたようにぱっと手が離された。
「うわ〜、!スマン、白いからてっきり鶴さんかと……。」
『ひなだ。源氏に縁のある五条の刀だ。よろしく頼む。』
「ひなってあのひなか!そっか〜!鶴さん喜ぶぜ〜!ずっとまってたから!」
新しい刀か!鶴さんの友達なら、俺の友達の友達だな!宜しくな!と元気一杯の挨拶を貰いその場から消えていった。
青い髪飾りに琥珀の瞳。
小さいながらに大きなものを感じて尊敬の意を込めて見送った。
鶴丸が、俺を待っていた。
ずっと。
突然の出来事だったが、思わぬ情報を耳に入れてしまった俺は、自然と頬が緩んだ。
元気にしているようでよかった。
「第四部隊が帰ってきたようだな。」
膝丸が言い終わるか否か、外から神社の民が鳴らす鈴が響き渡った。
ああ、会えるのか。鶴に。
「迎えに行くだろう?」
『当たり前だ。』
問われた言葉など愚問。
あの日、俺は引き止められなかった。
でも今は形を持つ者だ。
迎えに行こう。
そう言って玄関へ来た道を歩いた。