春眠
𝐍𝐚𝐦𝐞
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少し風に当たってくる。そう一言告げて騒がしい部屋を後にした。
夜の庭は幻想的な景色が広がっていた。
昼に見る桜とは違う夜桜の姿は、鎌倉を思い出し、花々が夜に向かって咲き誇るのも風情があった。
そして桜が誘う小道を照らすのは大きく映った月夜。その道の先に見える丘へ目を凝らすと、青い光が見えた。
三日月宗近。
俺が来るのを待っていたかのようにこちらに向ける瞳に月を飼い慣らす彼こそが、俺をここに呼んだ人物である。
「来たか。」
『・・・・・・・・・。』
誤解は解けたようだな。
ことりと置いた急須と注がれた湯のみに花弁が落ちる。何も喋らない俺と裏腹に三日月宗近はまた口を開いた。
「源氏の双刀は嫌いか。」
『嫌いではない。』
ただ。
羨ましい。
刀自身の俺の感情。装飾刀であった私の感情。それらが入り交じって大きな竜巻のように身体を強ばらせ、手に力が入った。
私もそのように使われていたら、源氏の世が終末を迎えることは無かった。私に任せていれば、朽ちることはなかった。俺にとって、鎌倉は大切な居場所だった。私が守らなくては行けない場所だった。今こうして身を持った私なら、必ず役に立てるかもしれない____ ___ ____。
「国永の刀は血気盛んで敵わんな。」
釘を刺すような細い月が俺の思考を射った。
その一言は、俺を冷静にさせるに十分だった。
う、と自分の喉から呻き声がした。
何かわからない。
何が自分をそうさせるのかわからない感情に胸を抑える。
そんな様子を見た三日月宗近は、ここへ。と隣席に俺を招いた。
「その過去に囚われた感情は、いつか役に立つ。捨てずに胸に縛り付けておくと良い。」
『ここに居るものは全て苦しみと憎しみを胸に抱えて過ごしているのか』
鶴も、と言いかけて辞めた。
そうだ。
俺たちは刀。歴史を選ぶことは出来ない。
「我らは物。人ではない。こうして人の身を得ただけの物だ。今に紡がれた歴史が、この国の歴史なのだ。わかっているだろう。」
『もし、俺が鎌倉を終わらせない選択をしたらどうする。三日月宗近。』
挑発的に聞いた俺の顔は、さぞ爛々と輝いているだろう。そうだ。人の身ならば変えられる。自らの歴史も、それが事実となる。
「ほう、お前が歴史を変えるか。」
『ああ、出来る。今世に続く鎌倉を俺が魅せてやろう。』
売り言葉に買い言葉。
先程の釘を刺すような三日月宗近とは打って変わるような企むような表情に俺は気付かなかった。
自分の声に溺れるほどに酔う俺の姿を、この時の三日月宗近はどう見ていたのだろうか。
「そうともなれば、後ろの奴に俺は報告せねばならんな。お前の同胞が、いや、兄弟が
[歴史を変えようと目論んでいる]と。」
「はっはっはっ、恐ろしいことだ。」
鶴を正面に、背中から聞こえてくる笑い声に怒りが増す。
三日月は最初から分かっていた。
背後で鶴が聞いているのを知っていて俺を嵌めたのだ。
「ほう、もう一度聞かせてくれ。[ひな]。お前が、何だ?なあ、もう一度言ってみろ。」
この時、きっと鶴丸国永は本気で怒っていたのだろう。怒り狂った瞳で睨まれたら、物の怪も獣も、そして俺も、腰が抜けるだろう。
刹那、鶴の破格の握り拳と足が同時に俺の身体を突き破った。理解していたつもりだったが、理解を超える痛みは、この刀生で最大の痛みだったのかもしれない。そんな決まり文句を脳内で呟いて俺は意識を閉ざした。