刀、学びました。
𝐍𝐚𝐦𝐞
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大丈夫、大丈夫だよ。
おばあちゃんはどこへも行かないからね。
ひなちゃんはいい子だよ。
夏の蝉がけたたましく生命を削っていた日。
古くなった軒下でしがみつく私に祖母は言った。
その日は数日を共にした祖母と別れの日だった。
かなり山奥に住まいを持つ祖母は、私が訪れる度に優しくもてなしてくれた。
朝は白く艶やかに光るお米。
お昼は川辺に吊るして冷やされたスイカ。
夜は祖母が作ってくれる稲荷寿司。
そんな祖母宅に訪れるのが私の年一の楽しみであった。
『いや、かえらない!』
迎えに来た両親そっちのけで祖母にしがみつく私は、木に留まるセミ同様。
頑なに帰りたくないのには理由があった。
『そしたらもう、布さんたちに会えない!やだ!かえらない!』
「ひなちゃん、アカンよ。」
布さん?と問いかける両親の前に、祖母はぴしゃりと私に告げた。
ひなちゃん、約束守らんと。
約束守らん子はもう会いに来れへんよ。
その瞳は、偶に怒る父親の顔そっくりだった。
咄嗟に口に手を当て、これ以上口が動かないようにギチギチに固めた。
当時、私には祖母との守るべき約束があった。
< ひとつ、 おばあちゃん家にあるかくしとびらはかってにあけないこと。>
< ふたつ、おばあちゃんが見せたものはぜんぶだれにもいってはいけないこと。>
< みっつ、ままとぱぱがかえるといったらかえること。>
この3つの約束を守ることを条件に、祖母は私に何でも与えてくれた。
しかし、この日。私は、そのなかの2つを破った。
ひとつ、両親の帰るという言葉に逆らった。
ふたつ、祖母家で見たものを両親に聞こえるように行ってしまった。
みるみる溢れた涙は、私の感情を爆発させるには満足な量だった。
『もう、きらい!みんな、きらい!』
ばっと飛び出した私は、両親の止める声も聞かずに祖母の家の広大な敷地を走り去った。
そして、走った。
畑、田んぼ、川、池。
今思えば何かの豪邸だったのだと思う。
走れども走れども気持ちがおさまることはなくて、ただひたすらに走った。
そして陽の光が余り差し込まない奥の森まで来たところで足を止めた。
そうだ、ここって。
見覚えのある道をどんどん進んだ。
そこは、ああ、やっぱり。
そこに出てきたのは古い廃れた屋敷。
祖母と約束していた1つ目の隠し扉のある秘密の場所だった。
玄関をあけ、物音しない部屋を進む。
そして奥にあった隠し扉を開けてしまった。
………みっつ。
祖母の家にある隠し扉を開けた。
晴れて私は、祖母との約束を全て破った。
その後、気がついたら自分の家の玄関に座っていた。
わけも分からず再び泣く私をあやす両親は、その話を信じてはくれなかった。
そして、
その日を境に、祖母は姿を消した。
そう、私は。
約束を破った代償に祖母を失った。
ごめんなさいも言えなかった。
帰りたくなかったのは理由があったのだ。
誰にも言えない秘密を交わした友人のために、私は祖母の家に残らねばならなかった。
◇◇◇◇
「かしゅうのあるじさま、あるじさま、あるじさま!!!」
ゆらゆらと揺れる視界。
突然に引き戻された意識に目を瞬かせる。
ここは?
随分と昔のことを考えていたようで、ぼーっとしてしまった。
『きこえてるよ、ごめんね。なんか懐かしい匂いがしたの。』
「随分と泣かれていましたよ。大丈夫ですか?ちゃんと加州さんもいらっしゃいますからね。もうすぐですよ。」
随分と泣いていた?
あれ、何を懐かしいと思ったんだっけ。
わからなくなった空っぽになった心で笑った。
『わかんない。すごく懐かしい気持ちになった。』
「疲れているのですよ。気をしっかり持ってくださいね。」
うん。なんて返したけど心は無い。
あれ、私。なんでここにいるんだっけ。
ふと横を向けば、そこには大きい人とその背中に背負われている赤い布に目が入る。
あれ………赤?
赤ってなんだっけ。
『赤い色、綺麗な色ねって話をしたんだ。』
「かしゅうのあるじさま?」
『私ね、破ったの。破ったの。みっつも。』
虚ろに呟く様子を流石におかしいと感じたのか、私に視線が集う。
「おい、どうした。しっかりしろ。」
「錯乱状態ってとこですかね。」
そして記憶は留まることを知らない。
見たもの、聞いたもの。感じたもの。
脳内に流れるレコードは、更に私を追い詰めた。
そう、何故私は約束を破ったのか。
『あの日、最後だったの。私の大好きな友達がおばあちゃんの家にいるのが最後だと言ったの。私には来年会えないと言ったの。可笑しいと笑ったの。だって………友達っていったのに。もう会えないなんておかしいじゃない……。』
狂乱気味にたどたどしく動く私の口に、意思はなかった。
『そう………あの人たちも刀を持っていた。そうだ。刀でおばあちゃんを守っていたの。とても素敵な人たちだった。なのに、私。』
「あるじ。」
私の言葉を制したのは、堀川国広でも和泉守兼定でもこんのすけでも無かった。
それは上から聞こえた声。
『…あ、』
「あるじ、落ち着いて。大丈夫だよ。」
深紅に黒が映える美青年。
和泉守兼定の背で意識を落としていたはずの彼が、いつしか目を開けていたようだった。
『かしゅう、くん。』
「うん。俺はここにいるよ。」
その優しい声が溶けていく。
じわり、じわり。
『かしゅう、くん、かしゅうくん、』
「うん、」
名前を呼べば必ず返事をしてくれる。
嗚呼、また私を守ってくれたの。
『私、やっぱり赤が1番好き。』
