𝐍𝐨.𝟏𝟏𝟐
𝐍𝐚𝐦𝐞
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『はあ…。』
一日が無事終わり湯呑も終え就寝間際、縁側に座った私はため息をついた。明日もまた現代へ向かわねばないことが憂鬱で仕方がない。
「君、夜風は身体に悪い。部屋で休むと良い。」
背後から聞こえた落ち着きのある声。
間違いない。
今日の近侍、膝丸だった。
『ちょっと憂鬱で…、』
いつも喧しい私の覇気の無い返答が気になったのだろうか、躊躇無く隣に腰掛けてきた膝丸に徐に視線を向けた。それは先日配布した軽装姿。
同じく湯呑後の膝丸は、髪も昼とは違った印象だった。
私の話を聞くつもり、なのだろうか。無言でこちらを覗く彼と目線が交わった。
「続けてくれ」
『本当に理不尽なことばっかりでね。』
それは現代の日本人への憤りだった。
付喪神達と暮らしている審神者にとって、意地汚い人間特有のそれはかなり応える。
話、ほぼ愚痴を淡々続けるも、膝丸は言及することなく無言で審神者を眺めるばかりだった。
そんな様子を見た審神者はついにしびれを切らし、つまらないよね。神様にする話じゃかったね。と強引に話を終わらせた。
「君が現世の話をするのは珍しいだろう?すまない。つい聞き入ってしまった。」
私の機嫌の悪さが伝わったのか、謝罪を入れた膝丸に驚く。聞き入る?こんな汚れた世界の話の何に魅力を感じるのだろうか。
「現世、俺の知ることの無い時代だろうな。」
少し棘のある台詞が闇に溶けた。
『うん、鎌倉から何百年も後だもの』
「そんな時代に君がまだ執着していることが恨めしい。」
突然の告白に驚いた。
膝丸が時代に嫉妬?
鬼になってしまうよ。と彼の兄の口癖を真似ていえば、膝丸はくすりと笑った。昼とは違った落ち着いた微笑みにまた胸が鳴る。
「時代に嫉妬したとて鬼はなるまい。」
そんな様子がおかしくて私もいつしか笑っていた。
「人の世は上手くいかないと聞く。だがその為に俺達はいる。昔は介錯が役目だったが今は人の形をとっている。こうして言葉を交わせるのだ、」
慈しみに溢れた笑みで私の頭を撫でる膝丸。
慰められて、いる。
「人の形になれば、こうして君を慰めることができるだろう。」
その優しさに包まれて弱い心が顔を出した。
ぽろぽろと溢れるものを必死に止めたかったこれ以上甘やかされたら、私は駄目になってしまう。
「泣き虫だな。君は。」
『泣き虫じゃない』
咄嗟に言い返すと、困ったように片眉を下げた。まるで短刀を目にかけている時のようで、段々と顔に体温が集まるのがわかった。
「そうだな。君は強い。こんなに多くの者からの信頼を得るのはそちらの世界で君ぐらいなのではないか?
『そうだね、会社の中で一番強いのは私かも。なんたって源氏の重宝がついてるものね。』
「君が望むなら何だって斬ってやろう。大丈夫だ、我ら兄弟は必ず君の味方をしよう。」
その強い意思に身体が震えた。
その言葉が今の私にどれだけ嬉しいことか、彼は理解しているのだろうか。喜びと感謝でどうにかなってしまいそうだった。
『明日も、頑張ろうかな。』
ふと、自然と零れた言葉に膝丸は再び笑った。
「ああ、励むといい。明日は兄者が夕餉当番だと聞いた。楽しみにしているといい。」
髭切の夕餉、それを聞いただけで目が輝いた。
のんびりしている髭切だが、うちの本丸の上位に入る料理の腕なのだ。
『うん。そうする。ありがとう。』
「気にする事はない。部屋まで送ろう。」
立ち上がり手を差し伸べてくれる膝丸の顔が月夜に照らされて浮かび上がる。
ああ、この刀はなんて綺麗なんだろう。
中身も外見も、完璧なんだ。
『私、膝丸に出会えてよかったよ。』
心の声がそのまま漏れた。
唐突なカミングアウトに驚きつつも、あくまで優雅に笑う膝丸も返答した。
「君の元に顕現したこと。俺も、光栄に思う。」
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